【偶像×相棒】   作:後藤陸将

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第34話 ブログ

 鑑識課の部屋を後にした右京は、特命係の小部屋に戻り米沢から送られたアイの以前使っていた携帯に残されていたデータを閲覧し始める。尊も自席でノートパソコンにコピーしたデータを黙々と確認し始めた。

 彼らが鑑識課の部屋を出たころには既に日が沈みかけていたが、尊がデータを一通り検めたころには、既に時計の針は夜8時を回っていた。

「……ダメですね。メールのやり取りで、男女の仲を疑わせるようなものはなし。電話帳に登録されている人物に、菅野の交友関係と重複するものも、アイさんの個人的な関係がありそうな連絡先もなし。頻繁に電話する相手やメールする相手も仕事関係だけ。妙に他愛のない内容のB小町のメンバー宛のメールが未送信のまま残っていることが気になりますが、内容自体は本当になんということもないものですし、宛先もグループの同僚で何かのメモ代わりというわけでもない。なんの端緒もない」

 尊は疲れた目を擦りながら報告をするが、それに対して右京の反応はない。それどころか、尊の方を見ようとすらしない始末だ。

「よう、忙しそうだね」

 そこへ、角田が顔を出す。勝手知ったるなんとやらで、断りもなくコーヒーを淹れ始める姿に尊は思わず苦笑を漏らす。

「ええ、まぁ」

「例の、B小町のアイの事件絡みだろ?一体何を見ているんだ?」

 角田は眼鏡の位置を直しながら、尊のノートパソコンの画面を覗き込む。

「アイさんの携帯に残されていたデータです。米沢さんに頼んで削除されたものも復元して杉下警部と一緒に中身を検めていたのですが、めぼしいものは何も」

「ふ~ん、じゃあ、警部殿は熱心に何を見てるんだ?」

 角田は湯気の立ち昇る愛用のマグカップを片手に、右京の背後に回り込んで画面を覗き込んだ。

「……ん?こりゃブログサービスのサイトだろ?」

 右京が見ていたのは、米沢からもらったデータではなく、ひと昔前に流行ったブログサービスのサイトだった。

 どうやら、右京はその画面でいくつかのアドレスとパスワードを試しているようだが、上手くいっていないらしい。

 尊がそのことを訝しく思っていると、ここでようやく右京が口を開いた。

「君のいうとおり、電話帳も、通話記録も、メールボックスにも何か、ルビーちゃんとアクア君の父親に繋がるような情報はありませんでした」

「なるほど、そのあたりの情報には早々に見切りをつけて、ネットの利用履歴を確認したら、このサイトを何度か利用している履歴があったと」

 尊の言葉に、右京は頷く。

「ええ。アイさんの昔の携帯のブックマークに登録されていました。この手のブログサイトは、IDとパスワードを知る管理者でなければ閲覧できない設定にすることで、周囲に露呈しないやりとりをする場にもなります」

「この手のブログを使って麻薬(ヤク)や拳銃の取引するヤツが一昔前には結構いたんだよ」

 角田がボヤきながらコーヒーを口に運ぶ。

「何せ、IDとパスワードがなきゃサイトに入れやしない。一見普通のブログに見えても、管理者専用ページを一見して分からないような妙な場所に隠して、そこに書き込んでやり取りをするって手口もあった。一時期は手を焼かされたよ」

「最近じゃあ、そもそも検索エンジンとかにもひっかからなくて、特定のツールやコミュニティからの承認がなければアクセスできないダークウェブでの取引が主流になってきてるんですよね」

「そうそう。結局、公的な企業が運営しているサービスなら、最悪令状を取って情報を開示してもらうことができるが、ダークウェブじゃあそうはいかない。後ろ暗い取引をするやつらがそっちに流れるわけだな。最近じゃあ、組織犯罪対策第五課(ウチ)もサイバー犯罪対策課と連携することが多いぞ。流石にこの年でサイバー犯罪を追っかけるためにITのあれこれを勉強するのはシンドイよ」

 尊と角田の会話を聞き流しながら、右京は画面に向き合って何やらパスワードを試し続けている。

「杉下警部は、アイさんと双子の父親――Xとのやりとりは、このブログを通じて行われていたと考えているんですか?」

 尊の問いかけに、右京は静かに首肯する。

「可能性は十分あると思いますよ。Xとの接触に並々ならぬ警戒をしていたアイさんなら、自分の素性や居場所につながる情報を不用意に晒すようなことはしないでしょうからね。流石に、銃や違法薬物の売買のようにダークウェブとまではいかなくとも、情報の秘匿という点では十分に有用です」

 右京はそう言いながらキーボードを叩き続ける。

「いくらあんたでも、ログインするためのメールアドレスとか、パスワードなんて分かるのか?何かヒントがあるわけでもないだろ」

「このブログサイトを運営している『Burai』*1では、登録の際にアドレスとパスワードの入力が必要になります。さらにフリーメールは使えませんし、携帯固有情報を提供する必要がありますから、メールアドレスの候補はかなり絞れます」

「詳しいですね。ですが、それでログインに必要なアドレスが特定できたとして、パスワードはどうするんですか?」

「パスワードもアイさんの自宅に各種サービスに利用するIDとパスワードのメモがあったのでそこから試しているのですがねぇ……」

「全部覚えてるんだ……」

 先日訪れたアイの自宅で見つけた各種IDやパスワードのメモを、写真に撮ったり書き写すことなく全て暗記していたことをさらりと告げられ、尊は思わず舌を巻いた。

 以前にも右京は偶然追い越した白バイのナンバーを一目で覚えたこと*2があったが、よくここまで記憶できるものだと感心を通り越して呆れてしまうほどだ。

「他のパスワードの使いまわしじゃあないみたいですね」

 右京が次々に打ち込むパスワードが悉く弾かれるのを見て、尊は思わずため息をつく。右京はそれを気にすることなく、次々と思いつくままにパスを打ち込んでいくのだが、いずれもエラーメッセージが表示されるばかりだ。

「警部殿、諦めてブログの運営に問い合わせて中身を見た方がいいぞ。いくら暇だとはいえ、パスワードをかたっぱしから試すなんて時間の無駄にもほどがあるだろう」

「意固地にならず、素直に問い合わせましょうよ」

 角田と尊が諦めるように促すものの、右京がキーボードを叩く手は止まらない。

「全く、暇で羨ましいよ」

 角田はコーヒーのお替りを愛用のパンダのマグカップに注ぐと、パソコンの前に陣取った右京を尻目に特命部屋を後にした。

 しかし、尊が右京が諦めるまで付き合うしかないと考え、長丁場に備えて喉を潤そうと未開封の天然水のペットボトルを開けた直後、右京の手が止まった。

「杉下警部?」

 訝しむ尊をよそに、右京は静かに告げる。

「どうやら、問い合わせには及ばないようです」

*1
SEASON7第18話『悪意の行方』参照

*2
SEASON8第1話『カナリアの娘』参照




SEASON7第18話『悪意の行方』
 亀山君がサルウィンに渡航して、右京さん一人で特命係をしていたころの話で、匿名の掲示板で勝手に盛り上がって犯罪に走った人々の悪意に右京さんと特命係第三の男、陣川警部補が巻き込まれるというあらすじです。
 劇場版第一作での陣川君の行動が事件の発端になっていたところも、劇場版とテレビ本編のリンクが感じられて面白いです。
 そしていつもどおりスタンガンで気絶させられ監禁させられる右京さんと、いつもどおり犯罪者に惚れて失恋して酒におぼれる陣川君というお約束。
 
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