なお、あとがきはヤンジャン最新話を読んでいない方にはネタバレを含みますので、ネタバレを好まない方はスキップすることをおすすめします。
「まさか、杉下警部……」
尊は微笑みをたたえる右京の肩越しに、先ほどまで右京がログインに四苦八苦していたパソコン画面を覗き込む。
画面に表示されていたサイトのトップページには、ピンク色の背景にデフォルメされたキャラクターが描かれた、いかにも素人が作りましたと言わんばかりのブログタイトルとアクセス者数を表すカウンター、更新履歴が表示されている。
アクセス数は4桁に及ばず、最新の記事も8年前の日付だ。女子小中学生が流行りに乗ろうと仲間内で作ったはいいものの、すぐに飽きて放置されたブログの慣れの果て。尊はそんな印象を抱いた。
「B小町のブログ?」
「記事から察するに、これはB小町が活動を始めた最初期――まだメンバーが4人だけだったころの非公式なものでしょう」
「あ~、確かにこれは公式のクオリティじゃないですね」
苺プロのHPのB小町のページと比べると、レイアウトやデザイン、内容ともに雲泥の差であると尊は感じた。
「子供が友達と一緒に流行りにのって作ったブログといった感じでしょうか。でも、よくわかりましたね、ログインに必要なアドレスとパスワード」
「アイさんの携帯には、B小町の初期メンバーに宛てた未送信のメールの下書きが百件ほど残っていました。内容はどれも他愛のない会話を振るもので、少なくとも送信を憚るようなものではありません。その中の一つ、メンバーのニノさんに宛てたメールの下書きの文中でこのB小町の旧ブログのことが触れられていたことを思い出しましてね。もしかするとと思って電話帳に登録されていたニノさんのサブメールアドレスと、アイさんの携帯のロックを解除するパスワードを入力したところ、大当たりでした」
尊も、アイの携帯に残されていた大量の未送信メールの存在には気づいていた。しかし、メールの内容はどれも当たり障りのないものばかりで、気にはなるものの、それ以上の感想は抱けないでいた。言われてみれば、確かにブログについて触れられていたメールもあった気がした。
アイの携帯のロックを解除するパスワードも、米沢から送られたデータの中で見た覚えがある。
「相変わらず細かいところをよく見ていますね」
「事件を捜査する警察官であればあれほど多くの未送信メールが、メモに使うわけでもなく残っていれば気になると思いますがねぇ」
暗に注意力不足を指摘されたような気がして、尊は少しムッとする。
しかし、それよりも今はこのブログのことだ。
記事は僅か7件のみ。その最新の記事は、B小町の公式ブログが開設されたことに伴う更新停止のお知らせだった。
右京は記事を一つ一つ開いて中を確認していくが、どれも絵文字まみれの中身がとても軽い文章であふれており、内容も自己紹介に毛が生えたようなもので特筆すべきものは何もない。
「……本当にただのブログですね。素人っぽさが抜けてない、ただの中学生のブログ。Xとの通信手段という杉下警部の読みは、外れたみたいですね」
尊の言葉が聞こえていないのか、その後も右京はブログの記事を淡々と開いていく。
しかし、編集者メニューを開いた右京は、そこに編集中に記事が一つだけ残っていることに気が付いた。
「一つだけ、未投稿の記事が残っているようですねぇ……」
「日付は5年前。アイさんがルビーちゃんたちを身籠る前ですね。しかも、これ、投稿者はアイさんですよ」
もしかすると、求めていたアイの交友関係に触れている記事があるかもしれない。そんな期待を胸に抱きながら、尊は右京が未投稿の記事をクリックするのを見守っていた。
しかし、そこに残っていた記事は尊の想像とは全くかけ離れたものだった。
「これは……」
未投稿の記事として残っていたそれは、アイからかつてのB小町のメンバーに宛てて綴られたメッセージ。
あるいは、失われて久しい友達との絆に縋る一人の少女の痛々しい心の悲鳴だった。
かつての、明るい未来を夢見てともに笑いあったころの記憶を辿りながら綴られた悲しい自嘲。正面から本音をぶつけられる関係に焦がれた、少女同士の他愛もない友情の証を求める声なき叫び。
誰もが忘れたブログの片隅、投稿すらできずに捨て置かれ、それでも、だれかに見てもらえると一縷の希望を託して残された哀れな記録。
ひょっとすると、これはアイドルの仮面を被り、だれにも素顔を見せることができず、嘘をつき続けた少女の精一杯のSOSだったのかもしれない。尊はそんな気がしてならなかった。
「45510」
右京の口から脈絡もなく発せられた数字の意味が理解できず、尊は戸惑う。
「アイさんの携帯のロック解除と、このブログのログインに共通するパスワードです」
右京は自席から立ち上がると、特命係の小部屋の隅に置かれていたホワイトボードの前に移動し、マジックペンを手に取ると先ほど口にした45510という数字を書き込む。
「携帯電話でよく用いられるトグル入力で45510と打ち込むと、かな入力なら『4』が『た』、『55』が『に』、『1』が『あ』、『0』が『わ』となります」
右京は、数字の下に対応するひらがなを書き加えていく。
「『た』、『に』、『あ』、『わ』……あぁ!!」
尊もようやくこの四文字の共通点を理解したのか、思わず声を上げた。
「そう、この四文字は全て、B小町の結成時のメンバーの名前の頭文字なんですよ。このブログの最初の記事にも、この4人で立ち上げたグループとしてB小町を紹介しています」
「そうすると、『た』は、『たかみー』、『に』は『ニノ』、『あ』は『アイ』……でも、『わ』?」
「初期メンバーの最後の一人、『めいめい』の本名が、『渡辺芽衣』です。ひょっとすると、芸名ではなく仲間内のニックネームの頭文字を拾った可能性もあるでしょうが」
「女子中学生が集まってつくったブログのパスワードなら、確かにメンバーの名前からパスワードを決めるっていうのもありそうな話です」
ブログに残された過去の記事からは、B小町結成当初のメンバーの仲の良さや結束の強さといったものが伝わってくるようで、それ故に失われたときの喪失感の大きさもうかがい知れるような気がした。
アイの関係者からの聞き込みでは、アイには特定の親しい人物――友人と呼べるような存在はいなかったと言われている。しかし、それは正確ではなく、友人と呼べるような存在はいなくなった――そう表現する方が正しいのかもしれない。
尊はそう思った。
「でも、今のB小町のメンバーはお世辞にも仲がいいとは言えないみたいですよね。社長や監督の話、周囲の雰囲気から察するに」
「B小町は、アイさんの人気が突出したアイドルグループでした。アイドルという人気で利益を得る商売である以上、メンバー間の確執が生じるのは必然だったのかもしれません。劣等感、嫉妬、羨望。思春期の少女たちがそのような感情と折り合いをつけて同じグループで仲良くやっていくというのは難しいでしょう」
右京は誰からも忘れ去られたブログの一ページを見ながら呟く。
「ただ、友達と正面から喧嘩できる仲でありたかった。そして、思っていることを吐き出したら仲直りできる仲でいたかった」
「え?」
「アイさんのそんなささやかな願いを、叶える方法はなかったのでしょうかねぇ……」
どこかやるせなさを含んだ右京のつぶやきは、静かに部屋に溶けていった。
ヤンジャン最新話の更新が怖い……
153話のカミキの独白に準ずると、カミキは姫川夫妻の心中によって抱えた重圧に耐えかねてアイに縋って関係を持ったような描写になってますから、姫川夫妻の心中の時系列はアイ妊娠以前の話になります。
しかし、68話の姫川大輝の話だと大輝が5歳の、アクアが2歳程度の時期の事件になりますし、95話で斉藤社長が姫川夫妻の心中はアイとドーム公演の打ち合わせをしていた時期の事件だと話していました。
ドーム公演の打ち合わせなら公演の一年近く前から打ち合わせをしていても不思議ではありませんから、68話と95話の描写は矛盾しませんが、153話に則って姫川夫妻心中がアイ妊娠以前の事件だとすれば明らかに時系列が矛盾することになります。
仮に68話の姫川大輝の話が、幼少期故の記憶間違いだったとしても、95話で斉藤社長が「その事件のことは俺もよく覚えている」と前置きした上で時期を断定しているのも記憶間違いとするのは無理があるでしょう。
153話が姫川夫妻の葬式でアイとの別れを回想しているという二重回想なら、時系列の矛盾は解消できるものの、そうなると劇中のカミキの独白の内容が描写や前後の文脈とズレていくことになります。
コミックスやアニメで時系列の矛盾がないように修正が入るのでしょうか。
姫川夫妻の心中がヤンジャン最新話のとおりアイ妊娠前の話なら想定していたホワイダニットと捜査の道筋がブレるのでプロット練り直しなのですが……