五反田泰志の自宅は都内にあり、事件現場となったアイの自宅からでも車で一時間かからないぐらいの距離だった。
突然自宅を訪問した刑事の姿に最初に応対した五反田泰志の母親は分かりやすく驚いていたが、当の本人はすんなりと聴取に応じた。
「……ニュースでさっき、速報が出てた。このタイミングで警察が俺の家に来るんだ。要件は分かってる。だが、やっぱり信じられん」
作業部屋に右京と尊を案内した五反田はゲーミングチェアにどっかりと腰を落とすと、困惑交じりの視線を右京に向けた。
「なぁ、刑事さん教えてくれ。アイが死んだってのは、本当なのか」
「既に報道されているとおりです。アイさんは本日、自宅にて刃物を持った人物により、殺されました」
「そうか……死んだ、いや、殺されたのか、アイツが。アイツが……」
五反田は天を仰いだ。しばし、五反田の作業部屋に沈黙が流れる。
「本日はその件で、五反田監督からお話を伺えればと思いまして」
沈黙を破ったのは、右京だった。
「まずは、本日11時頃、監督はどちらにいらっしゃいましたか」
「アリバイの確認か、王道だな。その時間がアイが殺された時間ってことか」
既に右京も尊も現場から逃走した容疑者の顔は確認しており、五反田が現場にいたわけではないことは確認しているが、共犯の疑いがないかは関係者全員に確認する必要がある。形式的な質問から行うのは必然であった。
「その時間だったら、俺はこの部屋で編集作業をしている最中だった。部屋には俺一人だったし、この家にはお袋がいたけど身内だから証人にはならないな。つまり、俺も容疑者の一人になるわけか」
「あくまで、形式的な確認です。ご不快に思われたのであれば申し訳ございません」
頭を下げる尊に、五反田は気にしていないと軽く流した。
「監督は、アイさんと仲がよかったそうですね」
「アイと仲がよかったかといえばそうだが、正確ではないな。俺は何故か知らんがあの早熟--ああ、アクアに懐かれててな。アイツには役者の才能がある。前に子役で使ってやった時だったか、共演した天才子役の鼻っ柱を圧し折るくらいの演技をやりやがってな、いやあれは傑作だった」
「アクア君とルビーちゃんのご両親のことはご存じなのですか」
五反田は皮肉げに笑う。
「あんたたちも現場に行ったっていうなら、知ってるんだろ?アイツらの母親がアイだってことは。で、悪いが父親については俺は何も聞かされていない。ついでに言うと、俺はアイから子供がいると聞いたわけじゃない。映画の撮影でアイとアクア、ルビーと接する中で気づいたってだけのことだ。まぁ、アイのヤツも俺がアクアたちが誰の子か分かってるって前提で俺と接してるふしはあったがな」
「なぜ、監督はアクア君たちがアイさんの子だと気づいたのですか?」
「俺とアクアが出会ったのが、アイの出演する映画の時だった。中々面白いガキでな、子役としての出演と引き換えにバーターでアイに役を回してやったんだよ。隣に母親って名目のマネージャーがいるのに、アイのことばかりあのガキ共は気にしてた。本人たちは隠してるつもりだったんだろうが、それで本当の母親がどっちか気づかないような腐ったセンスしか持ち合わせてなければとっくにこの世界に限界感じて足を洗ってる」
右京はさらに切り込む。
「監督以外に、そのことを知っている方はいらっしゃいますか?」
「俺の知る限り、俺以外に気づいているヤツはいないと思うがな。俺とアイが接してるときは大概ガキ共も一緒だったから、子供が好きなんだなぁくらいで遠巻きにスタッフものほほんと見てたはずだ。俺が誰かにこのことをリークしたこともない。事務所の方でどこまで明らかにしていたのかは知らねぇから、結局俺だけってことになるか」
「では、アイさんと個人的に親しく接していた人物に心当たりはありませんか?」
「アイの男とか、そういうのは俺も知らねえなぁ。親しくしている友人とか、そんな話題も話した覚えもない。まぁ、周りのやつらと上手くやれてるわけじゃないってのは何となく分かっていたが」
五反田の証言をメモしながら、尊は更に尋ねる。
「周囲とアイさんの間では確執があったと?」
「俺は業界関係者とはいえ、外部の人間ではある。外部の人間の前では露骨に険悪なムードは見せられないだろ。それを取り繕ってるのは分かったさ。ただ、具体的にどんな確執があって、どの程度アイが恨まれていたかは分からないな。そういう話をアイや他のメンバーとしたこともない。……すまんな刑事さん。さっきから役に立つ情報の一つも出せねぇ」
五反田は大きくため息をついた。
「さっき言ったとおり、アイツとの付き合いはそう長いわけでもないし、個人的に会うような仲でもなかった。ただ、アイツが死んだってことに悔しさを感じてるのは本当だ。なのに、俺は何もできん」
「悔しさ、ですか」
「女優としてのアイは、まだまだこれからが見てみたいと思わせる逸材だったんだ。ただ、もうそれは見ることができねぇ。アイツが生きてさえいればまだまだ撮れる画は山のようにあったはずだ。その可能性が摘み取られたことが我慢ならなくてな」
五反田はジャケットのポケットをあさり、タバコとライターを取り出した。
「悪い、一本いいかい?」
「お構いなく。それより、五反田監督。貴方は今、アイさんの所属するB小町のドキュメントを作成しているそうですね」
「ああ。事務所からの依頼でな」
「その記録映像を、もしよろしければ拝見できませんか?」
右京がそう切り出した瞬間、五反田の表情が変わる。
「刑事さん。一応聞くが、それはどういう理由からだ?」
「B小町のドキュメント。ステージ以外の彼女たちの姿を映した映像からは、何か事件に関係する背景が見つかる可能性もあるかと思いましてね」
微笑を浮かべる右京とは対照的に、五反田の表情は険しさを増していく。
「じゃあ、あくまで念のため確認したいってだけで、それが事件解決に必要不可欠ってわけじゃないんだな」
「ええ。現時点ではそうなります」
「そして、見せてくれっていうのは、強制力のある話じゃない。あくまで任意での提出を依頼されてるわけだ」
「はい」
「じゃあ、悪いが断らせてもらう。記録映像は、見せない」
五反田は右京からの申し出をきっぱりと断った。
「理由をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「理由は3つある」
五反田は右手の指を3本立てた。
「まず、これは苺プロとの契約上の話になるが、苺プロの許可なく撮影した映像を第三者に見せることはできねぇ。それは俺の信頼に関わる話だからな。このドキュメントの撮影で記録した映像の閲覧許可、刑事さんたちは社長さんから取ってきてるのかい?」
「……いいえ、そちらの許可はまだ頂いておりません」
「なら、これでワンアウトだ」
五反田は薬指を折り曲げた。
「次に、これは俺のクリエイターとしての信念だ。ドキュメントってのは、普段見えない一面を切り取って伝える映像だ。当然、切り取り損ねた映像だって腐るほどある。何百時間取った映像の中で使われるのは2時間分ってところだろう。その中には、クリエイターとして納得できない悔いが残る映像も少なくない。それを晒すことはしたくない。これでツーアウト」
中指を五反田は折り曲げた。
「そして、最後。知ってのとおり、アイは子供がいるって真実を隠してアイドルをやってた。アイツは嘘で塗り固めた自分を演じてたんだ。でもそれは虚栄心だとかそんなもののためじゃあない。アイツの嘘は、そんな軽いもんじゃねぇんだ。その嘘を暴く」
五反田は紫煙を燻らせながら続けた。
「墓場までアイが持って行った嘘をすべて暴くことが正しいと今の俺には思えねぇ。それをやるには、それなりの理由が必要なんだ。悪いが刑事さん、その映像がなければアンタたち警察は絶対に犯人を捕まえられないって事情でもあるのかい?」
右京は静かに首を横に振った。
「現段階では、そこまでの必要性があると断言はできません」
「なら、これでスリーアウト。悪いが、撮影素材は見せられない」
今の時点では、これ以上五反田から協力を引き出すことは難しい。それにある程度必要な話は聞けた以上、とりあえずはお暇するべきであろう。その考えが右京の考えを過った直後、右京のスーツのポケットが鳴動した。
「失礼」
右京は五反田に一声かけると、五反田の作業部屋を出てスマホを取り出した。
画面には、鑑識の米沢の名前が表示されている。右京はすぐに通話ボタンを押した。
「杉下です」
「米沢です。先ほど、一課の方から監視カメラに写っていた人物が周辺で見つかったとの報告がありました」
「そうですか。それで犯人は」
「……ビルの非常階段から飛び降り、即死だそうです」
「そうですか、どうもありがとう」
右京は、通話を終え、しばし瞑目した。