そして、今回は相棒名物の長回しワンカット描写を意識したせいか、普段の1.5倍くらい文量が多くなってしまいました。
なお、上原夫妻の心中の真相については完全にオリジナル設定なのでご容赦を。
姫川愛梨と上原清十郎の心中をここまで掘り下げた二次は他に思いあたらないので設定が被っているということはないとは思いますが。
上原清十郎は妻の姫川愛理を殺害した後、自ら命を絶ったことは現場の状況から見てまず間違いない。一般的な解釈で言えば、夫が妻を道連れに自殺を図った、無理心中ということになるはずだ。
しかし、上原清十郎は妻の殺害後、自室を荒らして激しく争ったように偽装した。そのうえで、自身の命を絶つ時も凶器から指紋をふき取り、あたかも第三者が殺害した後に証拠を隠滅しようとしたように装っている。
「他殺を自殺に偽装するのであれば、理由は単純です」
「まぁ、端的に言ってしまえば捕まらないためでしょうね」
芹沢が答えると、右京も頷いた。
「ええ。一度自殺と断定すれば警察も最低限の現場検証を行うだけで、動機の解明等といったことは行いません。仮に真相が殺人事件であったとしても、捜査がなされない以上は犯人が逮捕される可能性は限りなく低い。人を殺めていながらも捕まらない方法としては同様に病死、事故死に偽装することもありますが、持病がなければ病死に偽装することは難しいですし、事故死となると、シチュエーションによっては原因究明のために詳しい検証が行われる可能性があります」
「でも、今回はその逆。自殺を他殺に偽装した。そう杉下警部は推理しているんですよね?」
尊の問いに右京は静かに頷く。
「ええ。ですが、無理心中を他殺に、言い換えれば、自殺を他殺に偽装する理由とはなんでしょうか」
「そりゃあ、まぁ、自殺じゃ都合の悪い理由があるからでしょうね。自殺だと免責要件次第なところもありますけど、保険金が降りなかったりしますし」
「でも、朝ドラ女優が借金で首が回らないほどお金に余裕がないってことはないと思いますよ。長野県警の調書によれば、二人が住んでいたのは六本木のタワーマンションで、この別荘にまで乗り付けた車はドイツ製の高級外車だったみたいですから」
芹沢の一般的な回答に対し、尊は少し考えて答えた。
「僕も被害者が金銭的に困っていたとは思いませんが、被害者の経済状況を確認するため、一応被害者の相続税の申告書も取り寄せて調べておいてください」
「はい……って、自然に仕事押し付けないでくれません?」
「それよりも、経済的な理由ではないとすれば、自殺を他殺に偽装する理由はなんでしょう」
「はい、無視」
さりげなく仕事を追加で押し付けられてむくれる芹沢を他所に、尊は思索を巡らす。
過去に特命係が解決した事件の中に、同様に自殺を他殺に偽装した事件があった。人気女流作家の水元湘子が自宅で死亡した事件だ*1。この事件では、遺体の第一発見者である彼女の夫が、彼女が著作に登場するヒロインの自殺シーンに準えた自殺をしていたことに気づき、他殺に見せかけるための細工やアリバイ工作を施した。
彼女の作品の中でヒロインが自殺した動機は、夫の心が既に別の女性に向けられていることを知り絶望したことにある。そして、彼女の夫もまた、水元湘子以外の女性を相手に不倫をしていた。
人気作家が、夫の不倫に対する当てつけに著作のヒロインの死に際に準えるような自殺をしたことが世間に発覚すれば大スキャンダルになることは間違いないだろう。
そして、彼女の夫が何よりも恐れたのが、その真実が彼女の父親の耳に入ることだった。彼女の父親は彼女の夫が経営する出版社に多額の融資をしており、自殺の真相が分かれば間違いなく融資は引き上げられ、倒産は避けられない状況だった。
自殺であることを、正確には自身の不倫が露呈するのを避けるために、この事件では自殺を殺人に偽装する必要があったのだ。
結局、この事件はそもそも被害者は夫とは別の第三者に殺されており、真犯人が他殺を自殺に偽装していたという結末であり、真相が明らかになっていれば被害者の夫が殺害現場を偽装する必要はなかったのであるが。
しかし、今回の事件と比較するとどうにもしっくりこないというのが尊の感想だった。
上原清十郎が自殺ではなく、他殺だったとして、その真実を隠すことで明確な利益を得る者が存在しないからだ。
「……子供のため、とかはどうです?両親が無理心中したという真実を知るよりは、両親が誰かに殺されたという嘘の方が、子供にとっては救いのある結末という考え方はできます。言い方は悪いですが、感情をぶつける相手ができるわけですから、心の整理だってつけやすくなるでしょう」
「二人の子供の上原大輝君ですが、親類縁者とは縁が切れていて、引き取り手がいなかったため児童養護施設に預けられたそうですよ。自らの息子がある日突然家族とこれまでの暮らしを失い、文字通り天涯孤独の身の上となることは想像に難くなかったはずです。その息子のためを想った行動ならば、もっと他にやるべきことも、やれることもあったのではないでしょうか」
尊の推察に対し、右京が静かに反論する。
「でも、それは杉下警部の考えですよね?無理心中という真実が残酷すぎるから隠したい。そう思った可能性もゼロではないんじゃないですか?」
「そうですね、可能性は否定できません。ですが、僕の考えはこうです」
右京が人差し指を小さく掲げる。
「自殺を他殺に偽装する。保険金の免責事由、遺族に対して真実を隠蔽したい事情などが考えられるところですが、ここにもう一つ、誰かに殺人の容疑をかぶせたかったという思惑があったとしたらどうでしょう?」
「誰かって……一体、上原さんは誰に濡れ衣を着せようとしていたのですか?」
「さぁ、どこのどなたでしょうねぇ……」
半分呆れ顔で尋ねる芹沢に対し、右京は微笑を浮かべてはぐらかす。
「逆に考えてみましょう。誰かに罪を着せたいというのであれば、当然、事件の犯人と思しき人物を警察に特定させる必要が出てきます。例えば、ダイイングメッセージや罪を着せたい人物の所持品を現場に残す、罪を着せたい人物を現場に呼び出して第一発見者に仕立て上げる、罪を着せたい人物から犯行時刻のアリバイをなくす等の方法が考えられるでしょう」
右京はそこで一呼吸おくと、室内をぐるりと見渡した。
「ですが、この現場には上原さんと姫川さん以外の第三者の所持品らしきものは何もありませんでした。上原さんと姫川さんの携帯の発着信履歴にも、犯行時刻前後に誰かと連絡を取った形跡はありませんでした。上原さんが残したダイイングメッセージと思われるようなものもありません。誰か、特定の人物に殺人の罪を着せたい、疑いをかけさせたいのであればそのような容疑者の特定に繋がる物品を何も残していないのは不自然極まりないじゃありませんか」
「それこそ、特定の人物に疑いをかけさせるつもりがなかったからじゃないですか?あくまで、上原さんは自分が殺されたと思わせたかっただけだった」
尊の脳裏に過ったのは、柴田貴史の事件*2だ。
柴田は、ビルの屋上から飛び降りて自ら命を絶った。しかし、第三者に刃物で襲われた際にできる特徴的な切り傷である防御創を自ら偽装していたため、当初は殺人事件として捜査が行われた。
捜査の中で浮かび上がったのは、利益のみを追求する企業に切り捨てられ、周囲の人物からも見放され、福祉にも見捨てられ、犯罪に手を染めてもその日暮らしの金銭しか得られず、全てを失い社会の全てに絶望した柴田の姿だった。
そして、柴田は自分は自殺ではなく、この社会に殺されたのだと訴えかけるように防御創を身に刻んで命を絶った。
上原も同じように、特定の人物ではなくこの社会の何かに殺されたと訴えたかったのではないか。尊はそう思わずにはいられなかった。
「そこです。特定の人物に疑いをかけさせるつもりはなかったというわけではなく、特定の人物に疑いをかけられなかったとすればどうでしょう」
「どういう意味です?」
右京の言わんとすることが分からず、芹沢が聞き返す。
右京は人差し指を一本立てて続けた。
「特定の人物に疑いをかけさせるつもりがないのであれば、物取りの線に偽装すればいい話です。別荘にオフシーズンには空き巣被害が増加する傾向にありますから、空き巣に入った犯人と鉢合わせし、殺害されたという筋書きであれば現場に特定の人物の関与を疑わせるものがなかったことにも説明がつきますからね」
芹沢は下佐久署で見た別荘地での空き巣警戒を呼び掛けるポスターを思い出す。確かに、別荘で空き巣に入った人間と別荘の所有者が鉢合わせして殺害されたという筋書きには違和感はない。
「上原夫妻の財布には金銭が残っていましたし、別荘内の金目のものも全て手付かずでした。確かに、その気になれば紙幣を切り刻んでトイレに流すなり、偽装することは容易だったはずですね」
「ええ。ですから、僕はこう考えました。上原さんには殺人の容疑を被せたいほどに恨んでいた、憎んでいた人物がいたものの、その人物が誰だか上原さんには分からなかったため、その人物に疑いをかける工作ができなかった」
「おかしくないですか?どこの誰とも分からない人物を憎むなんて」
「被害者が、だれとも分からない犯人を恨み、憎むことはよくある話です」
「ちょっと待ってください。犯人って、いったいなんの事件の?」
尊が口を挟んだ。
右京の言い方では、上原清十郎は何らかの事件の犯人に憎しみを抱いて、その犯人に疑いを向けるべく自らの死を他殺に偽装したことになる。
しかし、上原清十郎が何らかの事件の被害を受けていたという記録は捜査記録のどこにも記載されていなかった。
「これを見てください」
右京はそう言うと、尊と芹沢に持参していた捜査資料のファイルの一ページを示した。
そのページには、事件現場に散乱していた小物が一つ一つ写真に収められていた。右京が指さしたのは、その中の家族写真を収めた写真立てだ。
「この写真立て、妙だと思いませんか?」
一枚の写真を縦に収めるタイプの写真立てだ。写真を覆うガラス部分が砕けたのか、周囲には細かなガラスの破片が散乱している。写真に写っているのは上原夫妻と幼い子供だ。しかし、睦ましい一家団欒の写真のはずが、姫川愛梨とその子供の写っているところには、ナイフを突き立てた跡が残されており、顔が判別できなくなっている。
「室内が荒らされたように偽装するのであれば、写真立てを床にたたきつけるなりして写真を覆うガラス部分を割れば十分ではありませんか。ですが、敢えて家族の顔の写る部分にナイフを突き立てる。偽装だとしても行き過ぎですし、不自然です」
右京の言葉を受けて、尊は改めて写真立てに残された傷跡をまじまじと観察する。確かに、家族写真のうち、姫川愛梨とその子供だけを狙ってナイフを突き立てた跡が残っている。
「加えて、これを見てください」
右京は姫川愛梨の遺留品の中にあったロケットの写真を指さした。ロケットの中には、彼女とその子供らしき人物のツーショットが収められている。そして、その隣に別のファイルに収められていた上原清十郎の写真を並べる。
「上原さん夫妻と、その子供の目です」
「目?」
芹沢は言われるがままに三人の写真を見比べるが、特に不自然なものは見られない。
「上原さんも姫川さんも一重瞼です。そして、その子供の大輝君は二重瞼。成長と共に肉付きが変わり変化する可能性もありますが、原則的に二重瞼か一重瞼になるかは両親から受け継いだ遺伝子によって決まります。二重瞼は優性遺伝で、一重瞼は劣性遺伝ですから、メンデルの法則に基づけば、一重瞼の両親からは、二重瞼の子供は生まれません」
尊も芹沢もようやく右京の言わんとしていることが分かった。
「まさか、大輝君は上原さんの子供ではないってことですか!?ってことは、姫川愛梨は……」
「上原さん以外の男性と関係を持っていた。そう考えると上原さんの奇妙な行動について説明がつきます。家族写真にナイフを何度も突き立てたのは、自分を裏切って別の男性と関係を持っていた姫川さんと、自分の子だと思っていたのに本当は別の男の子だと分かった大輝君を憎んでいたからでしょう。誰かに殺人の容疑をかけるために自らの死を他殺に偽装しておきながら、特定の人物に疑いを向けるように仕向けることをしなかったのは、疑いをむけたい人物――姫川さんと関係を持つ、大輝君の実の父親が誰かを上原さん自身が把握していなかったため」
「いや、でもそんな……」
尊は困惑する。しかし、右京の推理で上原清十郎の姫川愛梨殺害後の不自然な行動に理由がつけられるのも確かであるし、尊にはその不自然な行動に理由をつけられる別の推理も浮かばなかった。
「もしかして、姫川愛梨殺害の動機も、上原清十郎が大輝君の遺伝子上の父親ではないことがばれたからってことですか?」
「断定はできませんが、その可能性も十分にあるでしょう」
「ひょっとして、アイが公衆電話からかけた電話の相手は、その姫川愛梨の不倫相手!?」
芹沢が興奮気味に尋ねると、右京は頷いた。
「姫川さんと男女の関係にあり子供までいる間柄であれば、姫川さんとの連絡のために姫川さんが契約した姫川さん名義の携帯電話を受け取っていたとしても不思議ではありません。そして、これは僕の肉眼で見る限りの話なのですが」
右京はそこで一呼吸おいて、続けた。
「上原大輝君と、ルビーちゃんとアクア君の顔のつくりはよく似ているように見えます。それこそ、腹違いの兄弟だと言っても不思議ではないほどに」
SEASON9第8話『ボーダーライン』
各界隈を唸らせた社会派刑事ドラマ相棒随一の傑作回です。
相棒シリーズを見たことがない人には、この回だけでも見る価値があると言いたいです。
なお、見る価値はありますが、見た後は後味が悪すぎてあんまりいい気分にはなれませんのでご注意を。
個人的には、相棒鬱回ランキング第2位に挙げます。
ストーリーについては見たことのない方に対するネタバレ防止もかねて敢えて語りませんが、現代社会においてすぐ身近にあるかもしれない問題を扱い、刑事ドラマとして成立させた秀逸な脚本もさることながら、ゲスト俳優のかもし出す悲愴な雰囲気とにじみ出る絶望感にも圧倒される一本のドラマとしてとても見ごたえのある回です。