あの少年Aが立派になって……
伊丹さんもあんなにうれしそうな表情を浮かべるはずですよ。
創君も、右京さんにあこがれるのはいいですけど、目指すなら伊丹さんだと思うんですけどね。
今回の話は、相棒で同じみのBGM「死角」をイメージして書きましたので、こちらを流しながら読まれることをおすすめします。
劇団ララライを後にした特命係の二人を、敷地内の駐車場で待ち受けていたのは、トリオ・ザ・捜一の三人だった。
「お待ちしてましたよ、警部殿」
伊丹が、慇懃無礼に言った。
右京と神戸が車に近づこうとすると、伊丹はわざと間合いを詰めた。まるで、逃げるなよと言わんばかりの威嚇である。
「全部芹沢が吐きましたよ。まったく……呼んでもいないのに軽井沢までホイホイと」
「一課の申請に便乗して調書を見るどころか、事件現場まで足を運んで。しかもそこから得られた手がかりに先に手をつけるなんて、相変わらず図々しいというか、何というか」
溜息をつく三浦の隣で、伊丹は右京をじろりとにらんでいる。
しかし、その右京はというと、いつも通り涼しい顔で受け流している。
杉下右京がこの程度の威嚇に窮するはずがないことは伊丹もよく知っているが、それでも相変わらずの態度に対して苛立ちを覚えずにはいられなかった。
「僕たちのことはともかく、皆様はララライの方からお話を伺わなくてもよろしいのですか?」
「ノコノコと出向いたところで、さっきの刑事に話しただの、忙しいんだから一回で終わりにしてほしいだの、入れ替わり立ち代わり迷惑だのと色々と文句を言われるだけですからねぇ~。我々、そんな文句を聞いて、謝罪して、もう一度同じ話を聞いてくるほど、暇ではないんです」
右京の問いに、伊丹は鼻を鳴らして応じた。
どうやら、苺プロの斉藤から話を聞いた時に言われた嫌味を根に持っているらしい。
「ちなみに、お二人は姫川愛梨の当時の関係者に聞き込みをしていたそうですが、成果は何かありましたか?」
右京の言葉に伊丹は視線を逸らし、三浦はわざとらしく咳払いをした。
「一日関係者から話を聞いて回ったみたいですけど、上原清十郎の女癖が最悪だったこと以外収穫はなかったそうですよ。まぁ、週刊誌の記事の裏付け捜査以上の成果はなかったってことです」
「偉そうに言うな、特命の推理を勝手に自分の手柄にしたお前が!」
伊丹の張り手が芹沢の後頭部に炸裂した。
「警部殿、持ちつ持たれつとは言いませんが、芹沢の持ち出し申請に便乗してそちらもそれなりの情報は得ているんでしょう? こちらにそれなりの還元をしてもらっても罰は当たらないと思うんですけどね。警部殿なら手がかりの一つや二つ、もう既にあの劇団での聞き取りで掴んでいるんでしょう?」
三浦が暗に情報をねだると、右京は尊に目くばせした。尊は軽くうなずいて、ジャケットの内ポケットから手帳を取り出し、その中の一ページを開いた。
「神木輝。ララライの代表の金田一さん曰く、上原夫妻からは弟のように可愛がられていたそうです。アイさんが参加していたララライのワークショップにも、彼が講師として参加していました。ララライには10歳の時から16歳のころまで在籍していましたが、上原夫妻の心中後に退団して、今年からは慶明大学*1理学部に通っています」
「ん?ちょっと待て。大学生だと?」
三浦が怪訝な表情を浮かべる。
「それがどうかしたんですか?」
三浦が何に引っ掛かっているのかわからなかった芹沢が首を傾げる。
「調書読んだだろ、姫川愛梨の一人息子は今年で8つかそこらだぞ!」
芹沢もここでようやく三浦の言わんとしていることを理解し、 はっとした。
「えっちょ……まさか、その大学生の年齢から逆算すると、姫川愛梨が中学生かそこらの男の子との間に子供つくったってことになりません!?」
「因みに、今年現役で大学に入学したそうですから、そこから逆算すると、上原大輝君は彼が11歳の時の子供ということになります」
尊の補足に、芹沢は絶句した。
「流石にそれはちょっと無理があるんじゃありませんかねぇ~、警部殿」
伊丹が、右京の推理に水を差す。
「小学生が朝ドラ女優との間に子供をつくって、人気アイドルとの間に隠し子作って。そんな設定、創作でも今時ないんじゃありませんか」
「事実は小説より奇なりともいいますがねぇ」
右京はにこやかに伊丹の言葉を否定した。
「あぁ、劇団ララライでアイさんが参加したワークショップの名簿を見ましたが、そこに講師として記載されていた神木輝の電話番号は、アイさんが事件の直前にかけた姫川愛梨さん名義の携帯の番号と一致していました。姫川愛梨さんが、わざわざ自身名義の携帯を渡した理由も、神木輝が未成年で自分名義の携帯の契約をできなかったからと考えれば筋が通ります。それに、姫川さんの息子の名前は大輝。神木輝から一文字取った可能性は十分にあるでしょう。まぁ、いずれにせよ彼のDNAと、アクア君とルビーちゃん、姫川大輝君のDNAを照合すればはっきりすることです」
トリオ・ザ・捜一の面々は顔を見合わせた。
「マジっぽいですね。杉下警部の推理」
「人気アイドルの隠し子の次は、朝ドラ女優の不倫と未成年相手の性犯罪かよ……俺たちは殺人事件の捜査をしていたはずだよな」
「スキャンダルのオンパレード。後は何が出てくるんだ?」
三人は右京の推理に頭を抱えた。
しかし、右京はそれすらもまったく気にしていない。
「では、いきますよ神戸君」
尊も、行先は言われるまでもなく理解している。
「慶明大学ですね。さっそくですか」
「善は急げと言いますからねぇ」
右京は尊のGT-Rの助手席の扉を開きながら、トリオ・ザ・捜一の面々に向き直った。
「よろしければ、一緒にいきませんか?」
「一緒に行くも何も、そもそも特命に捜査権はない……って聞いてねぇし」
伊丹の返事を聞き終わる前に右京は尊のGT-Rの助手席に乗り込んだ。
尊は助手席のドアを閉めた右京がシートベルトに手をかけた直後にエンジンを始動させた。
そして、右京がシートベルトを装着したことを確認すると、アクセルを吹かした。
「あぁ!?ちょっ!!とぉ……」
芹沢は、右京と尊を呼び止めようとしたが、尊がハンドルを握るGT-Rは急発進し、駐車場の出口に向かっていった。
それを呆れたような表情で見送る伊丹と、やれやれと肩を竦めながら見送る三浦。
「……どうします?」
芹沢が伊丹と三浦に尋ねた。
「バカ、行くしかねぇだろ」
「いよいよ本丸だ。本当なら特命に一番槍をつけられないようにしたいとこだったがな」
特命係とトリオ・ザ・捜一は長い付き合いだ。三浦も伊丹も、特命係の二人はどれだけ制止しようとも止まらないことは理解している。
上司の命令だろうが、謹慎だろうが休職だろうが休暇だろうが構わず動き続ける特命係の動きを止めるには、特命係に動くための情報を極力与えないことが最善手であることを経験則上彼らも承知しているものの、今回の事件についてはその情報面での優位性においてかつてないほどに分が悪い。
特命係の後追いは癪ではあるが、事件が迷宮入りすることに比べれば、特命係の捜査に便乗して事件解決に貢献することの方がまだましだった。
「最重要参考人だ。気を引き締めていくぞ」
伊丹は三浦とともに車へと向かった。
慶明大学
相棒に登場する架空の大学の一つです。物語に登場するのは確かSeason12からなので、この時点では特命係が解決した過去の事件との接点はなし。
なお、この大学、Season17にて某国のスパイの手引きのもとに新型ウイルスの漏洩未遂という大不祥事を引き起こします。
まぁ、相棒では、大学構内で何度か殺人事件をやらかしたり、大規模なねずみ講サークルをつくって内ゲバ殺人やったり、在校生や卒業生が殺人事件をちょくちょく起こしたりする大学もあるんですけどね。
城南大学っていうんですけど。