というか、やっぱりバッドエンド風味なんですね。
そして、今回はタイトルのとおり右京さんとカミキヒカルが対峙します。
中々二人のやりとりに納得いかず、何度も推敲を重ねたので先週の投稿には間に合いませんでしたが、自分なりに第1Rとしては納得する出来になったので、楽しんでいただければ幸いです。
慶明大学は都内に2か所のキャンパスを持ち、そのうち理学部等の理系学部を要する葛飾キャンパスは、中川のほとりに広大なキャンパスを構えている。
そのキャンパスに車で乗り付けた特命係とトリオ・ザ・捜一の五人は、まず理学部の事務室を訪れて神木輝の写真と本日受講予定の講義を確認した。本日、神木の受講予定の講義がこのキャンパス内で複数あることが分かり、彼らが大学に到着したころはちょうど次の講義までの空き時間であることも分かった。
そこで5人は一度分かれてキャンパス内に散らばり、神木を探すことにした。ちょうど直前に受講していた講座が終わった時間だったことから、トリオ・ザ・捜一の三人が理学部の校舎群を中心に、特命係の二人がちょうどお昼時ということもあり学生たちが集まる食堂や、乗り入れたキッチンカーが集まる広場を探索する。
運よくキャンパスのあちこちに散らばる学生たちの中から神木を見つけ出せれば話は早いのだが、5人で手分けをしたものの、なにしろキャンパスも学生数も多い。講義が終わるたび、どこからともなく学生たちが集ってくるから、神木とてその一人に紛れてしまえば見つけるのは容易ではない。
それでも根気強く探せば、午後の講義が始まる前に何とか神木は見つかった。友人らしき同年代の男女と、広場の近くにあるテラス席で談笑する神木の姿をテラス席から離れた位置の木陰から特命係の二人が確認した。神木は付近のキッチンカーから購入したらしいコーヒーを飲んでおり、テーブルにはこれまた近くのキッチンカ―で購入したらしいホットドッグの包みが見えた。
整った容姿をしていることは写真を見るだけでもわかるところだった。ファッションにもこだわっているらしく、濃いグレーのテーラードスーツに黒のクルーネックニットとを合わせている。アクセサリーの類は特につけていないようだが、それでも彼の魅力を引き立てるには十分だった。
「彼で間違いなさそうですね」
尊は同じく木陰から神木を観察する右京に確認する。
「そのようですねぇ」
右京は時間が惜しいとばかりに、木陰からテラス席へと歩み寄り神木に声をかけた。神木を発見した旨芹沢に電話を入れていた尊も、要件と場所だけ伝えると、慌てて電話を切って右京を追いかける。
「失礼、神木輝さんですね?」
「そうですけど………貴方たちは?」
右京と尊は懐から警察手帳を神木に提示する。
「警視庁特命係の杉下と申します」
「同じく、神戸です」
神木は突然の刑事の来訪に驚いたようだったが、すぐに落ち着きを取り戻して右京に向き直る。
どちらかといえば、神木の向かいに座っていた彼の友人と思しき男女の方が事態を呑み込めていないようで未だに混乱しているようだ。
「え!?カミキ君なんかやったの?」
「やばいってマジもんの刑事じゃん!!」
騒ぐ友人二人を尊が宥める。
「ごめんね、ちょっとこの場でお友達からお話を聞かせてもらうだけだから、少しの間席を外しててくれないかな?」
尊に促され、神木の友人らしき男女は口ごもりながらもすごすごとその場を離れた。二人の姿が完全に見えなくなったところで、周囲に人目がないことを確認して右京は話を始めた。
「申し訳ありませんね、お昼時に」
「いえ、もうランチは食べ終わったところでしたので……それで、ご用件は?」
神木は右京の意図が読みきれないようだが、突然の刑事の襲来に警戒していることは尊にも見て取れた。
「実は、本日は星野アイさんの件でお邪魔しました」
「ああ、ニュースで見ました。……ストーカーに殺されたんですよね」
「その、星野アイさんなんですがね、神木さんとはどのようなご関係で?」
「一介の大学生と、今を時めくトップアイドルグループの不動のセンターですよ?何の関係もないですよ」
右京が神木にアイとの関係を尋ねると、神木ははぐらかすように答えた。尊もすかさず追及する。
「神木さん、貴方は以前アイさんと会ったことはありませんか?」
「友達と一緒にB小町のコンサートや握手会に行ったことならありますが、それを会ったと自慢していいものか……あぁ、そういえば昔、彼女がブレイクする前に顔を合わしたことがありましたね。僕は当時劇団に所属していて、そこのワークショップに彼女も参加していました。まぁ、挨拶や簡単な芝居についてのやりとりをするくらいの間柄でしかなかったですけど」
恥ずかしそうに神木は笑った。自然でぎこちなさを感じないやりとりは、嘘をついていると全く思わせなかった。尊も、右京の推理がなければ彼の言葉を信じてしまっていたかもしれないと思わせるほど自然な嘘だった。
金田一が神木のことを劇団随一の演技派と評したが、それは彼の
「では、個人的な付き合いはなかったと?」
「国民的アイドルとそんじょそこらに溢れかえっている大学生が、一度接点があったからって個人的に付き合えるはずがないじゃないですか」
神木は笑って答えた。
おそらく、神木が自発的に真実を話すことはないだろうと右京は確信していた。彼が自分の嘘を認めるのは、決定的な証拠を突き付けられ、言い逃れができなくなった時だけだろう。
そして、右京の手元には携帯電話の通信記録というアイと神木輝が連絡を取っていたことを裏付ける決定的な証拠がある。
これを突き付ければ、彼の嘘の矛盾を突くことが可能だ。しかし、現状でアイと神木輝をつなぐ明確な接点はこの通信記録と、劇団ララライのワークショップの参加者名簿だけだ。嘘だと全く疑わせない演技力を有する神木輝から真実を引き出すためには、決定打に乏しいことは明らかだった。
そこで右京は、敢えてここで本命以外の手札による揺さぶりをかけてみることとした。
「それは妙ですねぇ……」
「え……?」
困惑の表情を浮かべる神木。右京は追い打ちをかけるように神木に語り掛ける。
「僕は先ほど、貴方に『星野アイさんの件でお邪魔しました』と言いましたね。それに対しすぐに貴方はこう答えました。『ああ、ニュースで見ました』と」
「ええ、そうですけど」
右京の発言の意図が読めず、困惑の色を一層強める神木。
「現在、アイさんの事件についてはこう報道されています『B小町のアイさんが殺害された』と。アイさんの本名が『星野アイ』だということは、現時点では報道されていませんし、以前から事務所の方針でB小町のメンバーの本名は公表されていませんでした。『アイ』という名前自体は珍しいものではありません。ですが、貴方は星野アイとB小町のアイを即座に結びつけることができました。つまり、以前からB小町のアイの本名が星野アイだということを知っていた。にもかかわらず、貴方はアイさんと特に関係はないと仰っています。特に関係もないはずなのに、何故貴方はアイさんの本名を知っていたのでしょう?」
右京の予想外の問いかけに、神木は言葉に詰まった。先ほどまでの自然な表情から一変して、今はこちらの様子を窺っているような雰囲気さえある。尊が見守る中、しばし沈黙が場を支配したがやがて神木は観念したように口を開いた。
「流石ですね、刑事さん。……彼女が引退するまでは秘密にしておこうと誓ったんですけどね」
「アイさんとの本当の関係を話してもらえますね」
神木は自嘲気味に笑い、話し出した。
神木曰く、アイと神木の出会いは、やはりララライのワークショップだった。同年代の参加者は彼らぐらいなもので、神木はすぐアイと仲良くなったという。
共に、お世辞にもまともな家庭に育ってこなかった身の上だからか、共通の境遇にある彼らは不思議と馬が合った。ワークショップが終わった後も交流を続け、神木はアイの相談に乗ることもあった。
しかし、そんな関係も長くは続かなかったという。
「結局は、僕と彼女は釣り合わなかった。だから2年くらいで関係は消えました。でも、僕は関係が解消した後も彼女のファンであり続けました。なので、事件のことを知った時にはショックでしたよ」
そこまで話した時、尊の耳は背後から駆け寄ってくる男たちの革靴の足音をとらえた。
尊が振り返ると、トリオ・ザ・捜一の三人が息を切らせてこちらに向かってくるのが見えた。神木と一緒にいる特命係の二人の姿を認めて、三人の先頭を走っていた伊丹が落ち着かない息で尊に声をかけようとするが、その口からは荒い息が漏れるだけだ。
「ぜぇ……はぁ…………なん、で……、もう……はぁ、はぁ」
「すみません。杉下警部が勝手に聴取を始めてしまったものですから」
息を整えている伊丹に尊が事情を説明すると、伊丹は右京をキッと睨んだ。
「すみませんね、貴重なお昼休みの時間を無駄にはできなかったものですから」
右京は悪びれることも無く、いけしゃあしゃあと答えた。
「あの、こちらの方たちは……?」
状況が把握できないでいた神木は、尊に恐る恐る尋ねた。
「あぁ、こちらの方は警視庁捜査一課の伊丹さんに三浦さん、芹沢さん。怪しい人ではないのでご安心ください」
尊が雑に三人を紹介するが、三人とも息が絶え絶えでもはや何か反応を示す余裕もないようだった。
「あの……すみません、もういいですか?後10分で次の講義が始まるんですけど、教室がキャンパスの端で、そろそろ行かないと」
神木は腕時計で時間を確認し、申し訳なさそうに特命係の二人に言った。
「えっ、もう……はな、し……………」
今だ息の整わない伊丹が、何かしゃべろうとするが言葉になっていない。
「お忙しいところ、お時間を取らせてしまい申し訳ありません」
右京と尊はそろって軽く頭を下げた。
「ああ、最後にもう一つだけ」
飲み終えたコーヒーのカップを片手に席を立つ神木を、右京が左手の人差し指を立てながら呼び止めた。
「何でしょう?」
「アイさんには、関係が終わった後も連絡を取ることはありましたか?」
右京の問いかけに、神木は首を横に振った。
「アイドルに男がいたと分かれば、それがたとえ既に終わった関係とはいえイメージを損ないかねません。ファンとして、彼女のアイドル生命を守るために敢えて接触を断つことを決めて彼女の連絡先も消しましたし、その後はコンサートを見に行くことはあっても個人的に顔を合わすことは一度もありませんでした」
「なるほど、そうでしたか」
「失礼します」
神木は手に持っていた空のカップを近くのゴミ箱に捨てると、速足でその場を後にした。
「警部殿、こちらを待ってくれてもいいじゃないですか」
立ち去る神木を見送りながら、三浦は右京に文句を言った。
「彼の次の講義までの時間は限られていたものですから、その時間を有効に活用したまでですよ」
「その時間の有効活用とやらでどんな成果があったんでしょうかねぇ」
伊丹が苦々しく言う。
「強いて言うなら、彼は我々に真実を語るつもりはないということが分かったことが成果といったところでしょうか」
「……つまり、新しい情報はなし、成果は実質ゼロってことですか」
あからさまにガッカリした様子の芹沢に、右京が含みのある笑いを返した。
「いいえ、成果ならもう一つ、ここに」
右京はポケットからハンカチを取り出すと神木が先ほどカップを捨てたゴミ箱に歩み寄り、そこから先ほどまで神木が使っていたカップを指紋がつかないようにハンカチ越しに掴み上げた。