捜査中の殺人事件の容疑者に目の前で飛び降り自殺をされてしまったトリオ・ザ・捜一の三人は現場検証が終わるとその足で警視庁に戻っていた。
既に日は沈み、庁内の職員の半数以上が帰宅の途につく中で、三人が向かったのは刑事部長室である。
「馬鹿者!!」
刑事部長室にこの部屋の主である内村完爾刑事部長の怒号が響き渡る。
「容疑者を追い詰めたのはいい。だが、目の前で飛び降り自殺されるとは何事だ!!」
「申し訳ありません」
トリオ・ザ・捜一の面々が頭を下げる。内村の腰巾着、中園参事官がそれに続く。
「この事件の世間的な注目の大きさを理解しているのか!!今日の夕刊は全紙一面を使ったトップニュースだ!!」
内村の怒りはまだ収まらない。
「捜査員が容疑者を追い詰めるも、その目前で逃げられて自殺されました……そんな結末でこの事件の幕を下ろしてみろ!!マスコミの警察叩きのいい餌にしかならん」
「いえ、それは……」
三人は口ごもる。その時、同席していた大河内監察官が口を開いた。
「内村刑事部長。報告を聞く限り、伊丹巡査部長らの追跡は適切に行われていたと言っていいでしょう。事件発生からわずかな時間で周囲の聞き込みから容疑者にたどり着いたこともまた事実です。彼らが聞いたという犯人の最期の言葉からすれば遅かれ早かれ自死を選んでも仕方がないような精神状態だったと思われます。ここは、三人を責めるべきではないでしょう」
大河内はそう締めくくると、トレードマークになっている錠剤を取り出し、乱暴に口に放り込んだ。
ボリボリと錠剤を嚙み砕く音を耳にしながら、内村部長は不満げに鼻を鳴らした。
「……まあ、いいだろう。明らかな失態があったというわけではない以上、容疑者死亡の件については不問にする。以後、このようなことがないようにしろ。貴様らは村木*1の時も同じへまをしているんだ。次は許さん」
内村は吐き捨てるように言うと、席を立った。
「だが、その容疑者による犯行だと立件できるんだろうな。犯人でもない人物を追い詰めて自殺させたということになれば話は違う」
中園が不安そうな表情を浮かべながら言った。
「容疑者の指紋と、犯行現場に残されていた凶器のナイフに残されていた指紋、マンションのエレベーターに残されていた指紋が一致したと先ほど鑑識から報告がありました。また、犯行直後に犯行現場のマンションのロビーに写った人物と容疑者の容貌も一致してます。物的証拠も状況証拠もそろっていますし、殺人容疑での立件については問題ないかと」
伊丹の説明に、三浦が補足する。
「ただ、容疑者の身元はまだ割れてません。
「内村部長、マスコミからの突き上げもあるので、近々会見を行う必要はあるでしょう。ですが、現在発表できる情報だけでは世間からの反発も予想されます。ここは、犯人の身元と背景について最低限把握してから、会見をするべきです」
大河内の提案に、内村は頷いた。
「……容疑者の身元が割れ次第、記者発表を行う。鑑識には、復旧作業を急がせろ」
内村は暗に、遅れを許さない重圧を放っている。
「既にマスコミは容疑者死亡の件も嗅ぎつけてるらしい。この状態で我々が発表を遅らせれば、それだけ世間からの圧力が増す。早々に、この事件に幕を下ろせ」
「早急に、幕を下ろすように」
中園が内村の言葉を繰り返し、三人に念押しする。三人は再び頭を下げ、刑事部長室を後にした。
三人が刑事部長室を去ったことを見届けると、内村は思い出したかのように中園の肩に手をかけた。
「ああ、そうだ。記者発表だが、俺は昨日から喉が痛くてな、声が当日出るかどうか分からないから、お前に任せるぞ」
「こ、この事件についての記者発表を、わ、私に!?」
狼狽する中園。助けを求めるように大河内に視線を向けるが、大河内はその視線を全く意に介していない。
「頼んだぞ。喉のケアは万全にな」
中園は膝から崩れ落ちた。
その翌日、神戸が特命係に宛がわれた組織犯罪対策課の隅にある一室に出勤するもそこには右京の姿はなかった。
出退勤を示す名札は裏返されており、出勤した後また一人でふらりと出て行ったことは明白であった。自分に声をかけることなくまた朝からどこかをぶらぶらするのは珍しいことではないと尊は静かにため息をついた。
「よお、暇か?」
声をかけてきたのは、隣の組織犯罪対策部組織犯罪対策五課の角田課長だった。今日もまたいつものように特命係の部屋に設けられたコーヒーメーカーにお気に入りのパンダのマグカップをセットしている。
「おはようございます、角田課長。特命係は年中暇してます」
「昨日も米沢から電話もらってどっか行ってたんだろ?暇でいいねぇ、気になる事件があれば誰に気を遣うことなく自由に捜査に行けるんだから。どうせ、昨日の事件もあれだろ。昨日からあのニュースばっかだ」
角田はまるでこの部屋が自分のものであるかのような自然さでデスクの上に置かれていたリモコンを手に取り、テレビを点ける。朝のトップニュースとして流れているのは、やはり昨日非業の死を遂げたアイドル、アイのニュースだった。
『アイドルグループB小町のアイさんが、昨日都内の自宅マンションにて腹部を刺され、殺害されました』
「B小町、ウチのガキやかみさんがよくテレビ見てはしゃいでたな。まさか、ドーム公演の日に殺されるなんてなぁ。あの子も、浮かばれないよ」
角田は静かにコーヒーを啜る。
『……アイさんを殺害した犯人は、その数時間後に現場近くのビルの屋上から自ら飛び降り自殺をしたという情報も入っておりますが、捜査本部からは未だに何の発表もありません。しかし、ある情報筋からは』
「昔からこういうのは熱狂的なファンの仕業ってのが多いんだよなぁ……そのあたり、何か知ってるかい?昨日、現場に行ったんだろ?」
角田はぼやきながら、ソファに腰掛ける。
「犯行現場になったマンションの防犯カメラの映像から容疑者らしき人物は割り出したんですが……その容疑者には報道のとおり死なれちゃいまして。よりによって一課のお三方の目の前で」
「あぁ、やっぱそうなの。そりゃあいつらも災難だね」
「多分、被疑者死亡のまま書類送検ってところでしょうかね。ただ、まだ身元が割り出せていないので、それが割り出せてからの話になると思いますけど」
「容疑者が刑事の面前で飛び降りたってことがバレたら、今度は警視庁が熱狂的なファンに襲撃されかねないって思うと怖いね」
角田は苦笑する。
「そういえば、杉下警部がどちらに行かれたか、角田課長はご存じありませんか?」
「ん?俺は何も聞いてないけど……おおい!!大木、小松」
角田に呼ばれて部下の大木と小松が駆け寄る。
「お前たち、警部殿がどこ行ったか聞いてない?」
「いえ、特に何も……」
二人は首を横に振る。
「……また、一人でどっかにフラっと出ていったみたいですね。とりあえず、米沢さんのところに行ってみます」
「おう、それじゃあ」
角田は尊を見送ると、再びコーヒーを啜りながらテレビへと視線を移した。
SEASON4第4話『密やかな連続殺人』
この回での凡ミスで村木死なせたイタミンたちが禄に処分を受けたような描写がないので、この時よりも情状酌量の余地があるリョースケの自死については処分なしとしました。
個人的にはこの回と次回は相棒全SEASONの内五指に入る名作だと思ってます。
一見して連続殺人だと分からない手口、その中に隠された連続殺人の象徴、そして警察の捜査を搔い潜る知性とその中に潜む狂気。小日向さんの怪演が光る。
それを一つずつ合理的な思考で解き明かし、真実へと近づく右京と薫。
連続殺人犯と刑事の対決というテーマは刑事ドラマ史上少なからずみられるものですが、自分にとってはこの対決が至高です。