最近はあんまり使われていませんが、相棒で犯人が動機を語るシーンのBGMとなると、自分はこのBGMの印象が強いですね。
屋上に設置された金属製のフェンスの間を寒風が強く吹き抜け、甲高い音をあたりに響かせていた。まるで二人の問答を遮るかのように響くその音の中で、右京は黙って聞き手に回っていた神木に向けて言葉を投げかける。
それまで俯きがちに立ち尽くしていた神木はゆっくりと顔を上げた。その顔に浮かぶ表情はこれまでの柔和な笑みと何ら変わらないように見えるが、尊は先ほどまでの彼が意図して隠していたのであろう恐ろしい何かを感じ取っていた。
「嘘つきという自覚はありましたけど、嘘が下手と言われたのは初めてですよ」
どこか楽しそうな様子でそう告げる神木からは、先ほどまでのような好青年然とした雰囲気はもう感じられない。
「杉下さんは、この事件に僕がどう関与していると考えているんですか?」
試すような口ぶりで尋ねる神木を前にして、右京はなおも落ち着いた様子を崩すことなく答えた。
「貴方の思惑を、僕なりに推理してみました。すべての始まりは、4年前。姫川愛梨さん夫妻の心中から始まりました。貴方は姫川愛梨さんと肉体関係にあった……いいえ、姫川愛梨さんから性暴力を受けていたというところが正確でしょうか。そして、姫川さんの一人息子の大輝君は、君と姫川さんの間の子供です。二人の心中の一報を聞いた君は、こう思ったはずです。托卵の事実に気づいてしまった上原清十郎さんが、姫川さんを殺害し、自ら命を絶ったのだと」
「……僕と愛梨さんの関係も、大輝君との関係まで知られていたとは。流石ですね。どうやって僕と愛梨さんの関係を?」
答えたのは、尊だった。
「君の携帯。君が劇団ララライにいたころの連絡先は、姫川愛梨さん名義で契約された携帯だった。そして、君はそれを今も使い続けている。しかも、料金の引き落とし先は姫川愛梨さん名義の口座だ。銀行でその口座の履歴を確認したけど、君が使っている携帯の使用料金以外の支払は一切なかったから、これは姫川愛梨さんが君に携帯料金の支払用に口座の残高ごと与えたものだよね。いくら可愛がっている後輩とはいえ、ポンと与えられる残額じゃなかったから、君と姫川さんは親しい先輩後輩以上の関係にあると考えたんだ」
「姫川夫妻の死に、君は責任を感じ、苦しみました。君が二人を殺したわけではありませんが、君は自分と愛梨さんの関係がこの事件を引き起こしたと考え、自分にも責任の一端があると考えた。そして、そんな君の救いになったのはアイさんでした。君はアイさんとの関係に縋り、彼女に支えてもらいながらこの苦しみを乗り越えようと考えた」
さらに、右京の言葉は続く。
「ですが、そんな矢先、君はアイさんから別れ話を切り出された。君は絶望したことでしょう。背負った命の重みに耐えられず、『愛せない』と言われた君は、アイさんに対して憎しみすら抱いたはずです。そして、君のもとを離れたアイさんから、子供の出産に立ち会わないかと連絡が来た」
「……身勝手な女だと思わなかったと言えば、嘘になります。唯一自分を理解してくれる存在だと思っていた相手から、愛せないと言われた僕の絶望なんて、アイは少しも理解していなかった」
どこか達観したような口調で神木は過去を語る。
「僕を愛せないと言っておいて、子供のために父親として顔を見てみないかと連絡してくるんですから。もう僕のことなんか、子供の父親としか見ていないんだなと分かって、逆恨みと分かっていても憎しみは抑えきれなかった」
「だから、君は菅野にアイさんの入院先を教えた。姫川夫婦の事件で、君は人の愛情は反転すると容易く殺意になることを知っていたから、アイさんのファンだった菅野に、妊娠というファンへの裏切りをきっかけに殺意を抱かせようとした。ですが、菅野は君の思惑通りに宮崎にまで来たものの、アイさんを害することはなく、アイさんの入院先の担当医--雨宮五郎さんを殺害し遺体を付近の山中に遺棄しました」
「僕がその医者を殺害させようと良介君をけしかけた、とは考えないんですね」
「君が面識もない医師を殺害する動機がありませんからね。仮に、アイさんの出産を妨害しようとして担当医を害そうと考えたとしても、担当医が一人消えた程度で出産が失敗するとは考え辛い。君には少なくともアイさんの担当医を害するつもりはなかったはずです」
どうやら図星だったのか、神木は何も答えなかった。その代わりに、小さく肩をすくめてみせたのだった。
「宮崎でアイさんを害することに失敗した貴方はすぐに二の矢を打つことはしなかった。それは、アイさんの所在地が分からなかったこともあるでしょうが、宮崎での失敗から他者に自発的に殺意を抱かせ、さらに狙った相手を殺害させることの難しさを理解したというのもあったのでしょう。あるいは、よりを戻す機会があるかもしれないという理由もあったのかもしれません。いずれにしても、二の矢を放つには準備が必要だということを理解した貴方は、その時のために菅野との関係も保ち続けることにした。貴方が、菅野と同じ慶明大学に進学したのも、おそらくはその一環だった。そして、宮崎の事件から4年後、アイさんから4年ぶりに君のところに連絡があった」
神木のもとにアイから連絡があり、その際に新居の住所と子供と顔を合わせないかという話を聞かされたことは、警視庁での聴取で既に明らかになっていることである。だが、それとは別にもう一つ確かめたいことがあったため、右京は今一度確認した。
「よりも戻さないか、君から提案したのではありませんか?そしてそれをアイさんに断られた」
「フラれた女に未練がましく迫った経験でもあるんですか?杉下さんも。まるで一部始終を見てきたような言い方をする」
少し苛立った様子の神木ではあったが、ここで感情を露わにするほど愚かではなかった。得意の演技力を使って心の内を隠しつつ、あくまでもにこやかに答える。
「ええ。子供の話をだしにして復縁しようとしているのか、と尋ねましたよ。ですが、そういう話じゃないとけんもほろろに断られてしまいました」
「そして、そのアイさんの返答が貴方の殺意を駆り立てた」
その言葉と同時に、神木の顔から笑顔が消えた。
「もはや、アイさんが自分のもとに戻ってくることはない。自分の抱く罪の意識、命の重さを理解してくれる人を失った絶望感は、アイさんへの殺意と変わり、貴方を突き動かした」
神木は何も答えない。
答えないまま、ただ右京の言葉に耳を傾ける。
「貴方は菅野に接触し、表向きはアイさんの話であることを伏せて昔の彼女から子供と会わせたいという話をもちかけられていると相談しました。貴方のいう昔の彼女とはアイさんの話であることを菅野が勝手に察することを見越して。そして、自分の代わりに花束を渡してほしいと伝え、アイさんの新居の住所を伝えました。勿論、菅野が言葉どおりに花束を渡して帰るとは貴方も考えていたわけではありません。この4年、貴方が菅野の傍で接し続け、アイさんへの執着心を煽り続けてきたのは、この時のためだったのですから」
右京はそこでいったん言葉を切ると、今度は逆に質問を投げかける。
「そして、菅野は貴方の目論見通り、自発的にアイさんに対する殺意を抱き、アイさん殺害を実行に起こした。貴方は自分の手を汚すことなく、しかも、直接的な犯罪の教唆と言える行為を行うことなくアイさんを殺害する。それが、貴方の思い描いていた筋書きだと僕は考えていますが、実際のところはどうだったのでしょう。僕の推測に間違っているところがあれば、是非指摘していただけないでしょうか」
穏やかな口調とは裏腹に、今の右京の言葉には有無を言わさぬ迫力が含まれていた。しばしの間、無言のまま見つめ合う両者であったが、やがて神木は感服したとばかりにパチパチと小さく拍手してみせた。
「流石です。警察も侮れませんね。まさか愛梨さんの事件のことまで調べあげているとは思いませんでした」
「僕が推理した君の思惑はほぼほぼ当たっていましたか」
「ええ。全く、僕がアイに殺意を抱いたきっかけがただフラれた腹いせじゃなくて、愛梨さんの事件に対する罪悪感が絡んでいるなんてよく推理できましたね。今まで舞台で色々な名探偵を見てきましたけど、杉下さんは僕が見てきたどの名探偵よりも探偵らしい。事実は小説より奇なりとはよく言ったものですよ、本当に」
感心するように何度も頷くその表情からは、罪を犯したことへの後悔や贖罪の念のようなものは全く感じられなかった。むしろ、晴れやかなまでの表情をしているようにさえ見える。
「それで、お二人はどうされるんですか?僕を逮捕しますか?」
言外に、自分を逮捕することなどできはしまいと言ったニュアンスが含まれた問いかけであった。
尊も、それは否定できなかった。
神木がしたことは、菅野に身の上話をして、元恋人宛てに花束を届けてほしいと頼んだだけである。直接的に殺人を犯したわけではないし、殺人を依頼したわけでもない。
実際には神木が菅野に吹き込んだ言葉がきっかけとなり菅野が犯行に及んだに違いないのだが、これをもって殺人を教唆した罪として逮捕することも不可能に近い。
殺人を教唆した罪が成立するためには、殺人を教唆したこと、その意図を以て故意に教唆したこと、そして実際に被教唆者が殺人を実行したことの三点が必要とされている。
まず、一点目の殺人の教唆。神木がしたことは、菅野に対して身の上話を語り、元恋人に花束を届けてほしいと伝えて住所を教えただけだ。この行為を殺人の教唆とするならば、菅野が神木の元恋人がアイであることをしっており、かつ、菅野がアイの住所を知ればアイを殺しにいくことを神木が確信していたことを証明しなければならない。当事者である菅野が死亡している以上、これを立証することは不可能と言ってもいいだろう。
二点目の殺人の意図を以て故意に教唆したことについても、立証は難しい。神木にアイに対する殺意があったことを証明する必要があるからだ。しかし、傍目から見て神木がアイに殺意を抱いていたと考えられる言動もなければ、殺意を裏付けるそのほかの証拠もない。
三点目の被教唆者による殺人の実行。これは菅野が実際にアイを殺害したことで成立するが、先の二点が満たされない限り神木は罪に問えないことに変わりはない。
また、仮にこれらの三点全てをクリアし、神木を逮捕できたとしても、未成年という事情を斟酌すれば成人と同じように裁かれる可能性は非常に低い。
そして、それは右京もよく理解している。
「いいえ。僕には君を逮捕するつもりは毛頭ありませんよ」
「でしょうね。僕が何をしましたか?人を突き落としてもいなければ、刺し殺してもいない。僕が良介君を操って2件の殺人を実行させたなんて、どうやって証明できます?」
神木は反論のない右京の様子を見て、ここぞとばかりにまくしたてる。
「証明しようがない。先ほどの僕の言葉をもって自白として逮捕してもいいんでしょうけど、そんなもの、裁判でひっくり返すことだってできる。ましてや、僕は未成年です。成年と同じ審判は受けない」
自分が罪に問われることはないという確信があるのか、神木は余裕綽々といった表情を見せる。
しかし、神木と対峙する右京もまた、不敵な笑みをたたえていた。
「どうやら、貴方は一つ勘違いをしているようですね」
「勘違い?」
右京の言葉が引っ掛かったのか、神木は訝し気に目を向ける。
「僕が君を逮捕するつもりがないと言ったのは、君の犯行を立証できないから逮捕しないという意味ではありません。単純に、君は立証できる、できない以前の問題として何も罪を犯していないんですよ。罪を犯していない人間を逮捕することはできません」
次回、相棒お約束の大どんでん返しからのスタートです。
第61話、第62話で右京さんの最後の台詞の真意がわかるので、それまでしばしお待ちを。