【偶像×相棒】   作:後藤陸将

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 大河内さんの出番が欲しくて、一話挟んでみました。


第63話 真実を知る権利

 神木が警視庁に出頭したその日、庁内には激震が走った。

 超人気アイドルがドーム公演の前日にファンによって殺害されるという世間的にも注目を浴びている大事件で、しかも実行犯が自殺した事案に殺人教唆を行った黒幕がいたのだ。さらに、その黒幕は未成年で、アイとの間に子供をつくっていた元恋人だったということになれば、衝撃が走るのも当然である。

 既に公訴時効を迎えているために死体遺棄の罪に問うことのできないニノの名前は伏せた形であるが、菅野が関与した宮崎での医師殺害事件については警察がニノから聴取した事件の経緯を公表したばかりだ。

 一時期に比べれば報道の熱は冷めているとはいえ、まだアイの事件に対する世間の関心は健在である。マスコミも、警視庁内の慌ただしさから何かアイの事件に関して動きがあったことを嗅ぎつけ、情報の収集に躍起になっていた。

 しかし、警視庁が揺れる最中、その揺れをもたらした張本人である特命係の二人の姿は警視庁の陸の孤島たるいつもの角部屋ではなく、一般的に最も警察官が足を運ぶことをためらう場所--監察官室にあった。

 呼び出されたとしても足取り重く赴く場所であり、呼び出されなかったとしても態々自分から乗り込むような場所でもない。

 部屋の主たる大河内は、そのような場所に軽々しく足を運んだ右京と尊を普段通りの愛想のない表情で出迎えた。

「杉下警部。貴方たちが追っていた例のアイドル殺害事件は、真犯人が出頭したと聞いています。それなのに今更私に何用ですか?」

 大河内は尊と右京の二人を監察官室へ招き入れると、その不躾な入室に苦言を呈す。

「まさか、既に別の事件に首を突っ込んでいるということはないでしょうね?」

 ジロリ、と大河内は鋭い眼差しを右京に向けた。

「いいえ。僕が今関与している事件は、アイさんの事件だけです。そして、事件はまだ終わっていません」

 右京は大河内の鋭い視線にも動じず、淡々と事実だけを伝える。

 一方、大河内はその答えに訝しげな表情を浮かべた。

「どういうことでしょうか。既に実行犯である菅野良介が自ら命を絶ち、教唆犯と目された神木輝が出頭。そして、4年前の宮崎の事件に関与していた新野冬子が死体遺棄の件で聴取を受けた。まさか、まだ別の黒幕がいるとでも?」

 大河内の疑問に尊が答えた。

「まだ、ご遺族に対する説明が終わっていません」

「……成程。そういうことですか」

 一を聞いて十を察する。大河内は尊の答えから、特命係の二人が態々監察官室を訪ねてきた理由を理解した。

 右京は大河内のその反応を見て、話を続ける。

「今回の事件は世間からの注目を集める要素が複数あります。まずは、被害者が国民的なアイドルであること、そして、その熱狂的なファンが殺害の実行犯であり、警察の追跡から逃走する最中投身自殺を図ったこと。そして、その実行犯が4年前の宮崎での殺人及び死体遺棄に関与していたこと」

「今でさえこれだけ注目が集まっている中、警察が明日開く記者発表です。当然、マスコミから、いや、世間からの注目も非常に高いですよね」

 大河内の質問に答えた右京の言葉を尊が補足する。

「記者発表では宮崎の犯行に加担していた人物がいたことと、4年前の宮崎での犯行と、今回の事件を教唆していた人物がいて、それが未成年の学生であることは公表されるでしょう。元々世間からの注目度が高い事件に、センセーショナルな新事実の発表となれば、その反響は計り知れない。そして、その反響が大きければ大きいほど、自殺した実行犯に対する刑事の追跡に問題がなかったかどうかが取りざたされる可能性が高い。当然、各所からの取材や問い合わせに対応するために広報部は監察官室に記者発表についての根回しを行っているんじゃありませんか。そして、当然発表用の草稿も大河内さんの手元に届けられている」

 尊は確信めいた表情でそう問いかけた。大河内はその問いかけに対して、じっと尊の顔を見据える。

「それを見て、どうするつもりですか」

 その答えを予想していながらも、大河内は敢えて尋ねた。

「アイさんのご遺族に、事件について説明するために使います。今回の事件は未成年が起こした刑事事件ですから、当然我々も事件に関する全ての情報を開示できるわけではありません。ですが、少なくとも警察内で開示することを決めた情報であれば、ご遺族が最初にそれを聞く権利があると、僕は思います」

「警察が未だ発表していない情報をご遺族とはいえ、警察外部に漏洩させる……それが立派な職務規定違反だと分かって言っているのですか」

 大河内が特命係の二人を睨みつける。

 大河内の眼差しには、いかに特命係とはいえ警察の一員である尊と右京が捜査情報を外部に漏洩させるなど言語道断だと言わんばかりの批難が含まれていた。

「そして、職務規定違反を監察官に対して堂々と要求する……私も舐められたものですね」

 大河内の厳しい言葉にも、尊は一歩も引く気配がない。

「何も、我々は事件の全ての真実を伝えようとしているわけではありません。少年法の趣旨に鑑み、警察が全てを発表しないとする判断を否定するつもりもありませんし、どこまでの情報を伏せるべきかというところについて、口出しするつもりもありません」

 ですが、と前置きして尊は続ける。

「ご遺族がーー愛する方を不条理にも奪われた方たちが、何故愛する人が命を奪われなければならなかったのか、その理由をどうしても知りたいと思う気持ちに蓋をすることはできません。例え全てを伝えることができなくとも、遅かれ早かれ世間に報道される事実ぐらいであればご遺族の方々にはそれを最初に知る権利がある。僕は、そう思います」

 大河内は渋い顔をする。

 監察官としては、尊の考えはただの感情論で、法的根拠のない戯言であると一蹴したくなる。

 しかし、それと同時に尊の言葉を否定することは憚られた。

 大河内自身、かつて愛する人の死の真相を知るために特命係に事件の捜査を依頼したことがあったからだ。*1

 大河内自身が遺族の気持ちが痛いほどに理解できる立場だった。

 だからこそ、尊を正論でねじ伏せることはできなかった。おそらく、尊は大河内の過去を知っていてこのような発言をしているわけではないだろう。しかし、尊の隣では佇む右京は、大河内を真っ直ぐに見据えていた。

 大河内の過去を知る右京からの視線は、暗に大河内に対して遺族の気持ちを過去に経験している以上、尊の言葉を否定できないだろうと訴えているようだった。

 あるいは、これ以上反論するなら、過去のことを持ち出して説得するぞと伝えているように思えるのは、勘ぐりすぎだろうかと大河内は内心で自嘲する。

 暫しの間、沈黙が監察官室を漂った。その重苦しい空気を打破したのは大河内だった。

 デスクから封筒を一枚取り出すと、それをデスクの上に置いたまま大河内は腰かけていた椅子から立ち、尊と右京に背を向けた。

「申し訳ありません。朝から腹痛が酷いものですから少々席を外させてもらいます。……あぁ、机の上の封筒ですが、明日の会見で使う資料として広報課から配られたものですので、勝手に見ないように」

 そう言い残すと、大河内は顔を見合わせる特命係の二人を部屋に残して退室した。

 大河内は少々乱暴に自室のドアを閉めると、懐から愛用のラムネが入った小瓶を取り出し、そこから掌にラムネを数錠落とすと一気に煽った。

 誰もいない廊下に、ラムネをかみ砕く音が響き渡っていた。

*1
SEASON2第18話『ピルイーター』参照




SEASON2第18話『ピルイーター』

 Season2から登場した大河内監察官の初のメイン回です。
 そして、彼がいつもかみ砕いている錠剤がラムネであるということが発覚した回でした。
 水曜夜9時にやるには中々衝撃的な回でしたが、ネタバレすると面白くないので、これ以上は語りません。
 未視聴の人は是非一度視聴することをお勧めします。
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