【偶像×相棒】   作:後藤陸将

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BGMとして右京さんが勝手に現場に入るときにおなじみのあのテーマを流してもらうと雰囲気が楽しめると思います。


第7話 臨場

 鑑識課に出向いた尊だったが、既に鑑識課の人員はそのほとんどが朝早いにも関わらず出払っていた。探していた右京と米沢の姿も見えない。

 残っていた職員に話を聞いたところ、なんでも昨日アイを殺害し、ビルから飛び降りて自殺した犯人の身元が分かったらしく、鑑識は朝から犯人の自宅の捜査に向かったとのことだった。

 ちょうど右京も鑑識の出動のタイミングで鑑識課に顔を出したらしく、そのまま米沢と一緒に犯人の自宅に向かったという話を聞いた尊は、犯人の自宅の住所を残っていた職員から聞き出すと愛車のGT-Rに乗り込み犯人の自宅へと向かった。

 犯人の自宅のアパートに到着すると、既に周囲には鑑識のものと思われる車が数台停まっており、2階の一室には鑑識の職員たちが慌ただしく出入りしていた。おそらく、その部屋が犯人の部屋なのだとあたりをつけた尊は、規制線を越え、そのアパートの敷地に足を踏み入れたところで、郵便受けを物色している右京の姿を見つけた。

「おはようございます、杉下警部」

「ああ、君ですか。おはようございます」

「どこに行ったかくらいは伝えてくれてもいいでしょうに」

「君なら、別に伝えなくても分かると思ってました。それに、来てくれとも言っていませんよ」

 右京は悪びれる様子もなく言う。

「円滑なコミュニケーションのためには必要なことですよ」

 尊の言葉も軽く流し、右京は犯人の部屋へと向かう。

「うわぁ……あの犯人の部屋って言われて納得できる部屋ですね」

 尊が犯人の部屋に入って最初に思ったのは、この部屋の住人が昨日の事件を起こしたと言われて納得できてしまうような部屋という感想だった。

 壁に貼られたアイドルのカレンダー、ポスター、ライブ映像から引き延ばしたであろう画像。そして、ラックには無数のCD、DVD、アイドルが表紙を飾っている雑誌。棚の上には、握手会で撮影したのだろう、アイとのツーショットを収めた写真立てが無数に並ぶ。

 さらに、床に転がっている無数の缶ビールの空き缶と食べかけのスナック菓子とパンパンになったゴミ袋。テーブルの上には、コンビニ弁当の容器と飲み終わったエナジードリンクのペットボトルが無造作に置かれている。

 カーテンレールには部屋干し中の衣服がずらりと並んでおり、そのせいか室内はどこか蒸し暑い。

「神戸君、そのような先入観はよくありませんよ」

「その偏見で私のような人種がどれほど苦しめられたか……」

 右京は尊を窘め、黙々と鑑識作業をしていた米沢も苦言を呈する。

「このような部屋に住んでいる友人が何人もいます。まぁ、そのほとんどが独身で趣味以外に生きがいのない人生を歩んでいることもまた否定できないのが悲しいところですが」

 米沢の嘆きを他所に、右京はしげしげと壁一面に張られたポスターに目を通している。

「そういえば、鑑識課で昨日の事件の犯人の住所ってことでこの場所を教えてもらったんですけど、ここの住人については何も聞いていないんですよね。杉下警部は、そのあたり米沢さんから何か聞いていますか?」

「昨日自殺した容疑者のスマホが復旧でき、そこから契約者を割り出して身元を確認したそうです」

 米沢は、部屋に飾ってあった写真立ての一つを手に取り、アイと一緒に写っている男性を指さす。

「菅野良介。都内の私立大学に通う22歳の学生。出身は都内、大学合格を機に一人暮らしを始めたようです」

 写真の中では、アイドルのライブTシャツを着た黒髪でやせ型の男性が満面の笑みを浮かべてアイと並んでいる。

 この部屋の様子から見ても、菅野良介は相当熱心なアイのファンであったことは間違いない。

「これは、七輪に、練炭。それにビニールテープですか……」

 足の踏み場のない部屋の一角に纏められた真新しい段ボール。右京がずっしりと重いそれを開けると、練炭と七輪が入っていた。

「練炭、七輪、ビニールテープとなると、練炭自殺の必需品ですよね。菅野は元々犯行後、この部屋で自殺するつもりだったんでしょうか?」

 尊の呟きを他所に、右京は、部屋を隅々まで眺めた後、ゴミ箱や引き出しを漁り始めた。

「杉下警部、何をやってるんですか?」

「いえ、少し気になることがありましてねえ……」

 さらに、右京は部屋中に散乱しているごみ袋をいくつか手荷物と、窓を開けてその前で袋を開封し、中のものをかき回す。

 ゴミの悪臭に鼻腔を痛めながらも、尊は黙って右京の行動を見守るしかなかった。

「ありました」

 右京が掲げたのは、ラーメンの汁でも飛び散ったのか、ところどころ変色した2枚のレシートだった。尊は怪訝な表情を浮かべながらそのレシートをのぞき込む。

「近くのホームセンターのレシートみたいですね。七輪、練炭……これは」

「こっちは、コンビニのレシート。買ったのはビニールテープ。日付は事件が起きる5日前のものです」

「犯行後に自殺するつもりで犯行の直前に買ったんですかね」

 そのレシートを米沢に預け、右京は残ったゴミ袋の物色を再開する。やがて、すべてのゴミ袋を確認したのか、部屋をひとしきり見渡すと右京はポツリと呟いた。

「ありませんねぇ……」

「杉下警部、さっきから一体何を探してらっしゃるんですか?」

 右京の行動の意図が読めずに困惑する尊に、右京は淡々と答える。

「アイさんの写真が全く出てこないんですよ」

「あの、杉下警部。写真ならこの部屋の一面にあると思いますが?」

 尊の言葉通り、部屋の一面はアイの写真で覆われている。

 しかし、右京は首を横に振る。

「僕が言った写真とは、公式のポスターや映像から切り取ったものではありません。アイさんを隠し撮りした写真を探しているんです」

「隠し撮りですか?」

 右京はゴミ袋の中をあさる手を休めることなく答えた。

「菅野がどうやってアイさんの自宅を突き止めたのか。方法は二つです。まずは、アイさんの住所を知るものからのリーク。そして、もう一つが自力で発見した可能性」

「なるほど、これほど熱狂的なファン、しかも社会人に比べて時間に融通が利く大学生であれば、アイさんに付きまとい、自力でアイさんの住居をつきとめることも不可能ではない」

「斉藤社長によると、アイさんが転居したのは事件が起こる一週間前のことだそうです。引っ越してからわずか一週間で誰かからのリークによらず新居を特定したとなると、事前にアイさんの生活範囲、行動パターンなどを観察し、把握していなければ考えられません。隠し撮りした写真や、行動を記録した地図などといった、アイさんの調査を行った形跡が全くこの部屋からは見つかっていないんですよ」

 神戸の脳裏を過ったのは、かつて伊丹を恨んでその命を狙った浜野久信*1という男の部屋だった。

 伊丹を毒殺するために、浜野は伊丹の行動を徹底的に調べ上げていた。お気に入りの飲食店、そこで頼む料理、好んで使う薬味を把握するために、部屋には隠し撮りした伊丹の写真や、行動範囲を記録した地図が一面に張り付けられていたことをよく覚えている。

 一介の刑事と、個人情報を徹底的に秘する芸能人。どちらの行動を調べ上げる方が難しいかなど、火を見るよりも明らかだ。にも関わらず、その時の浜野の部屋に比べると菅野良介の部屋には不自然なほどにアイの行動を調べ上げた形跡がない。

「もしかすると、菅野はすべてのデータをパソコンに入れて管理していた可能性はありませんか?」

 尊は右京に問いかける。

「あるいは、そうかもしれません」

「彼のパソコンは押収されて分析に回されるでしょうから、私がその時に中身を確認しておきましょう」

「米沢さん、お願いします」

 右京が手を軽く叩いて汚れを払った時、その背に芹沢の諦観を孕んだ声がかけられた。

「あー、またいる」

 右京を見つけた芹沢が頭を抱える。芹沢に続いて伊丹、三浦の二人も渋い顔を浮かべた。

「おや、皆さん。おそろいで」

「嫌味ですか、警部殿」

「昨日部長に呼び出されたと伺ったものですから、心配していたんですよ」

 三浦の返しにも右京は涼しい顔を浮かべている。

「いつもどおりのお説教ですよ」

「まぁ、大河内監察官に庇ってもらえたからその程度で済んだんですけどね」

 芹沢の言葉に、尊は意外だと目を丸くした。

「へぇ、正直意外です」

「ま、部長的には不服だったみたいで、今朝も本人は喝を入れるつもりだったのかまた部長室でグチグチと色々言われましたがね。おかげで犯人の部屋に来るのも先を越されたわけですが、どうですか何か収穫はありましたかね?」

 挑発するような伊丹の問い掛けに、右京は余裕の笑みを見せる。

「さて、どうでしょうねぇ」

「ほらほら、そうやってすぐ誤魔化す。何かわかったなら教えてくださいよ、ほら、持ちつ持たれつ」

 手を差し出して情報を乞う芹沢に、右京は曖昧な微笑を返した。

「まだ、確かなことは何も。現時点ではすべて僕の推測にすぎません」

「何も分からないなら、お引き取り願えませんか。そもそも、警部殿も警部補殿もお呼びしていませんので」

 伊丹の言葉は正論だ。だが、右京は全く意に介さなかった。

「ええ、既に目的は果たしましたのでお暇しようと思っていました。米沢さん、あとはお願いします」

「それでは、お先に失礼します」

 あっさり帰る意思を見せた右京たちに拍子抜けするトリオ・ザ・捜一の三人を後目に、右京たちは菅野良介の部屋を後にした。

*1
SEASON8第15話『狙われた刑事』参照




SEASON8第15話『狙われた刑事』

神戸君とイタミンという意外なタッグが活躍した回として印象に残ってます。
イタミンと神戸君が犯人を確保するために動き回る裏で、右京さんが黒幕を推理して独自に動くという描写もよかったですね。
犯人の動機や、そこに絡む過去の大学の怪しげなサークルに絡む犯罪というテーマはリアリティがありました。
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