【偶像×相棒】   作:後藤陸将

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 前話で、ここから動き始めるみたいなことを言っておいて、また聴取シーンですみません。


第9話 約束

 アイが所属していた苺プロダクションの事務所を訪れた右京と尊を出迎えたのは、社長の斉藤ではなく、その妻ミヤコだった。

 そのミヤコも、所属タレントがストーカーに殺害されるというセンセーショナルな事件への対応で多忙を極めているようだったが、右京たちのために時間を作ってくれたのである。

 まだ20代と若いはずの彼女の髪からは艶が失われており、目の下にはクマができていた。明らかに疲労が見て取れ、表情も暗い。

「申し訳ありません。社長は葬儀の手配や関係者とのやりとりでとても抜け出せる状態にないものですから」

「お忙しいところ、突然訪ねたのはこちらです。どうかお気になさらずに」

 応接室に案内された右京はそう言って頭を下げた。尊もその隣で会釈する。

「子供たちは今、どうされているのですか」

「アクアとルビーは事務所の下のフロアに連れてきています。あのマンションにいても、つらいだけだと思いまして」

 ソファに座って出されたお茶を飲みながら、右京は本題に入った。

「今日お伺いさせていただいたのは、アクア君とお話をする機会を設けていただくためです」

 その時、疲労をありありと浮かべていたミヤコの目に怒りの色が宿る。

「……ニュースを見ました。アイを殺した犯人、自殺したそうですね」

「そのとおりです」

「犯人が死んで、事件は終わったんじゃないですか。これ以上、アクア君に何を聞く必要があるんですか?」

「アイさんが亡くなった時の状況を把握しているのは、アクア君だけです。彼からその時の状況を聞きたいと思っています」

「あの子はまだ4歳なんですよ、そんな子に自分の母親が刺された時の状況を思い出させると? そんな酷なことがありますか!!」

 我慢できずにミヤコが立ち上がって叫んだ。

「昨日からルビーはずっと泣いていて、アクアはまるで魂が抜けた人形のように呆然としています。あの子たちにこれ以上、辛い思いをさせるなんてできません!」

 尊は何も言えなかった。母親の死を目の当たりにしてショックを受けていない子供などいないのだ。それはわかっている。真実を追求するという行為は、時にして残酷なものだと思い知らされる。

「確かに、犯人は死亡しました。報道にあるとおり、都内の大学生です。先日斉藤社長にも伺いましたが、その大学生と面識はなく、当然アイさんの住所を知ることのできる立場にはいません」

 怒りを隠しきれず、声を荒げるミヤコに対して右京は冷静だった。

「そんな人物がどうしてアイさんの住所を突き止め、殺害することができたか。まだ、その疑問が解決できていません」

「その疑問が解決してどうなるんですか!?もう犯人は死んでいて! それとも、また何か新しい事実でも出てくるっていうんですか?それで、アイが戻ってくるわけでもないでしょう!!」

「落ち着いてください、斉藤さん」

 ヒートアップしていく彼女を宥めたのは尊であった。彼の言葉を聞いてミヤコは我に返ったのか、静かに座ると小さく咳払いをした。

「申し訳ありません、つい取り乱してしまって……」

「こちらこそ、不躾なお願いをしていることを申し訳なく思っています」

 右京は頭を下げる。

「ただ、僕はアクア君から話を聞く必要があると考えています。詳しくは説明できませんが、まだ事件は終わっていないのです」

 ミヤコの目が大きく見開かれた。右京の顔を見る目が信じられないというように揺れている。

 その時、応接室の扉がゆっくりと開いた。入ってきたのはアクアだった。その後ろには付き添うようにしてルビーの姿もある。

「あなたたち……」

 ミヤコは突然現れた子供たちの姿を見て驚きの声を上げた。そんなミヤコを尻目にアクアは右京の面前、ミヤコの右隣のソファーの空いてる空間に腰かける。ルビーもそれに倣ってミヤコの左隣にちょこんと座った。

「アクア君と、ルビーちゃんですね。僕は杉下右京といいます。お母さんの事件を調べているおまわりさんです」

 右京はまず、自分から自己紹介をして手を差し出した。ルビーはその手をじっと見つめていたが、やがて恐る恐るという感じで握手に応じた。アクアも無表情のままではあるが右京の手を握る。

「僕は、神戸尊です。杉下さんと同じおまわりさん」

 尊も続けて挨拶し、握手をした。

「二人とも、どうしてこっちに来ちゃったの?下で待っててっていったのに……」

 ミヤコの問いかけに対してアクアは無表情のままだった。しかし、ルビーのほうは泣きそうな顔でうつむいている。そんな彼女の頭をミヤコは優しく撫でた。

「……ごめんなさい、できればずっとそばにいてあげたいんだけど」

 申し訳なさそうに告げるミヤコに対し、ルビーは首を横に大きく振った。

「刑事さんが来たって話聞いたからこっちに来たの」

 そして、ルビーは右京に向き直る。

「刑事さん、まだ事件は終わってないって言ったよね」

「ええ」

「犯人、死んじゃったんでしょ。なのに、なんで事件が終わってないって言えるの?他に犯人がいるってことなの?」

 4歳児が、初対面の大人にする質問ではない。年齢不相応の鋭い問いかけをするルビーの姿を見て、ミヤコはさらに驚いた様子を見せた。だが、右京は動じることなく答える。

「確かに、犯人が亡くなったのは間違いありません。ですが、まだ分からないことが残っています。分からないことが残ったまま、事件が解決したとお母さまに報告することは、僕にはできません」

 次いで、右京は無言のまま右京を見つめるアクアに視線を移した。

「だから、今日は二人にあの日見たこと、聞いたことを教えてもらうために来ました」

 アクアの肩がピクリと震えた。しかし、右京はアクアをまっすぐに見据たまま続ける。

「君も、もうあの時のことを思い出したくはないと思っているでしょう。それは、いけないことではありません。僕たちのような大人でも、怖い思いをして、二度と思い出さないように、忘れたいと思うことがあるのですから」

 右京の言葉にアクアは黙ったままだった。

「ですが、どんなに辛いことがあったとしても、それを無かったことにはできません。例え忘れようとしても、いつか必ず、君はあの日のことと向き合うことになる。君にはその時、あの日起こったほんとうのことを知っていてほしい。僕はそう思っています」

「ほんとうのこと……」

「どんなに辛いことがあったとしても、それがほんとうのことであれば、いつかきっと乗り越えることができるでしょう。ですが、嘘でほんとうのことを隠して乗り越えようとしても、君は苦しみ続けることになる。だからこそ僕は、ほんとうのことを君が知らなければならないと思っています」

 アクアの眼を正面から見据える右京。

「僕たちの仕事は、ほんとうのことを知りたいと思う人のために、ほんとうのことを調べることです。だから、君とお話したいと思っています」

 その時、アクアの瞳の奥に一瞬だけ何かの感情が宿るのを尊は見逃さなかった。それは、恐怖か、怒りか、悲しみか、何か分からない。だが、そこに強い思いがあることだけは読み取れた。

 右京の話を聞いていたアクアはしばらく無言だったが、やがて口を開いた。

「……インターホンがなって、アイが玄関に行った。ぼくは社長さんかなって思ったから後からついていこうとしたら、アイが血を流してた」

 アクアは右京と尊の前でポツリ、ポツリと語り始めた。

 

 ーーーあの日、ドーム公演を控えていたアイは、インターホンが鳴ったため玄関に向かった。

 アクアも、社長が少し早くアイを迎えに来たものだと思い、アイに続いて玄関に向かった。そこで、玄関とリビングを仕切る扉を開けたアクアが目にしたのは、血を流すアイの姿と、その前で血に濡れたナイフを構えた男の姿。

 そして、男はアイを詰った。

『アイドルの癖に子供なんてつくるから』

『ファンのことを蔑ろにして、裏ではずっとバカにしてたんだろ!!』

『この嘘吐きが!!』

『散々好き好き言って釣っておいてよ!全部嘘っぱちじゃないか!!』

 しかし、詰られながらアイは精一杯の笑顔を浮かべ、男に手を差し伸べた。

『君たちのことを愛せてたかは分からないけど、愛したいと思いながら愛の歌を歌っていた』

『今だって君のこと愛したいと思ってる』

 男はアイの言葉をこの場を見逃してもらうための嘘だろうと決めつける。だが、そんな男にアイは言った。

『リョースケ君、だよね。よく握手会来てくれてた』

『お土産でもらった星の砂、嬉しかったなぁ』

『今でもリビングに飾ってあるんだよ』

 アイの言葉に、男は酷く動揺しその場に凶器のナイフを投げ捨て、逃げだした。それが、アクアの語ったあの日の一部始終である。

 

 アイの最期。その一部始終をときおり涙を流し、しゃくり上げながらもアクアは語り続けた。ルビーもアクアの話を聞きながら泣いていた。ミヤコは途中からアクアとルビーを後ろから抱きしめ、涙を流しながら優しく頭を撫でていた。

 右京も尊も一言も発することなくアクアの話に耳を傾けていた。全てを語り終えたころには、アクアの顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。

 それからしばらくの間、応接室には嗚咽だけが響いていた。右京と尊は、それをただ黙って聞いていることしかできなかった。

 しばらくして、アクアが泣き止むのを待ってから右京は切り出した。

「アクア君、辛い思いをさせてしまったことを、まずは謝らせてください。ほんとうのことを調べるためとはいえ、君にとってはあの日のことを語ることは何よりも苦しいことだったでしょう」

 右京はまず、アクアに頭を下げた。

「でも、君が話してくれたおかげでほんとうのことを調べることができます。ありがとう」

 右京はアクアの目を見て、心の底からの感謝を述べた。続いて右京は、アクアの隣に座っているルビーに視線を移す。

 右京の視線を受けて、びくりとするルビー。だが、右京はルビーに対して怯えさせないよう、穏やかな口調で話しかける。

「君は、他に犯人がいるのかと僕に聞きましたね」

 静かに、ルビーは首を縦に振った。

「今はまだ、調べている最中なので、僕の考えを君たちに教えることはできません。なので、他に犯人がいるのかどうかも、答えることができません」

 右京の答えを聞いて、ルビーは悲しげな表情を見せた。しかし、右京は構わず続ける。

「ただ、一つだけ約束します。僕たちが、あなた方のお母さまが亡くなられた事件の真実、ほんとうのことを突き止めると」

 その言葉を聞いた瞬間、ルビーはハッとして顔を上げた。

「刑事さん、約束だよ」

 ルビーは右京に向け、右手の小指を突き出す。右京はその意図を察し、すぐに小指を絡めた。

「はい、約束します」

 尊は、話を終え、未だに俯いているアクアの前にルビーと同じように小指を突き出した。アクアは少しの間、尊と自分の小指を見比べていたが、やがてゆっくりと手を伸ばし、アクアの小さな手が尊のそれと結ばれた。

 

 

 苺プロダクションを後にし、愛車のGT-Rに乗り込んだ尊は助手席に座る右京に言った。

「右京さんらしくないですね。遺族に犯人を捕まえると誓うなんて」

「犯人を捕まえるとは言っていませんよ。真実を突き止めると約束しただけです」

 尊は右京の言葉にふっと笑みを漏らしながら、エンジンをかけた。




 右京さんも慣れない子供相手の聴取ということもあり、言葉遣いに苦戦したという体で書いてみました。
 真実を突き止めると言っておきながら、それを教える約束をしたわけでもなく、逮捕すると約束したわけでもない。そのあたりいつもの右京さんの細かな言葉遣いの癖が出てます。
 一応、次話は相棒サイドから離れて推しの子サイドの人物を描く予定です。
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