陽キャ?いいえトリプル(無口・無感情・無表情)コンボです 作:By the way
※転生喜多ちゃんは郁代と呼ばれてもいい派なので話の中では郁代ちゃんと呼ばれています。
人生とは何が起こるかよく分からないものである。
特に最近は草食の変人だったり、クソベーシストだったり、いきなりバンドに加入したりと予想の遥か斜め上に行きまくっている。
……というか、山田…先輩は変人って言われたら喜ぶって聞いたんだけど本当?変人じゃなくて変態だったのか?
「おーい、郁代ちゃーん?」
変態…でも明らかにMって感じではない。あれはどちらかと言うとS側の人間だろうし……
「おーい?あれ?」
それに結束バンドっていう名前も気になる……もう伊地知先輩も慣れちゃったって諦めてる以上わざわざ口に出すつもりは無いけど、せめてもうちょっとマトモな名前だったらなって思わずにはいられ―――
「郁代ちゃん?」
「…っ!?」
「あ、やっと気付いた」
突然耳元から聞こえた伊地知先輩の声に驚き、僅かながらも肩がビクリと跳ね上がる。
危ない危ない……危うく先輩が見てる前で醜態を晒す所だった……今だけはこの不便極まるハッピーセットに感謝した。
「郁代ちゃんいきなり固まっちゃうんだもん、びっくりしちゃった」
「?……」
「どうかした?」
あれ?ここって……STARRY、だよね?なんでここに……私さっきまで家に居た筈なんだけど。
「うーん、相変わらず感情読めないんだよね……とりあえず話戻すけど、テーブルとかの次はドリンクの場所とかを覚えて欲しいんだよね。他の仕事はまた別の日とかに教えるし」
「……」
どういうことなの……全く話が読めないんですけど……
ドリンクサーバーの前で笑顔を浮かべて話しかけてくる伊地知先輩をじっと見つめながら、内心に渦巻く混乱の嵐をなんとか沈める。
「大丈夫だよ!郁代ちゃんすっごく丁寧にやってくれてたしドリンクの方もできるよ!」
そう言われても心の準――ん?ちょっと待って……ドリンク
「あとこれはさっきも言ったんだけど、一つだけお願いしていい?」
「……?」
お願い?さっきも言った?……すみません記憶にございません……
何か言われたらしいのだが、それらしい記憶は頭の中に存在しない為、内心で伊地知先輩に向けて土下座しながら謝罪する。
「できるだけ愛想良く、ね?」
「…」
「あ、そうそう。ここだよ」
一体全体どんな命令が来るのか戦々恐々としていた私だが、心のどこかではどうせそれだろうなと分かっていたので、驚きはせずに俯くだけに留めた。
「俯いちゃったけど、大丈夫なのかな……トニックウォーターとアルコールはここにあって、ビールとカクテルは他の場所にあるんだよね。ソフトドリンクに関しては見たまんまでサーバーから注ぐだけ。ね?簡単でしょ?」
「……」
「分かった?」
「…(コクリ)」
「よかった、やっぱり飲み込み早いね」
「?」
可愛らしく小首を傾げながらの問いかけに頷けば、微笑みながらそんなことを言われ僅かに目を細めるも、発言の意図を理解しもう一度頷いた。
要は初めてなのに飲み込み早くて凄いねということだろう。
――あくまで前世という不可思議な時間を含めたらではあるのだが、熟練のアルバイターである私に隙など存在しない。
「それじゃ、何かあったら呼んでね!私もなるべく近くで見てるから!」
「……」
「頑張って〜!」
こうして、状況を完全に呑み込めないままにバイトが始まってしまったのだが……マズイ、非常にマズイ。
バイト自体は問題ないのだ。これでも前世では接客業から土木関連まで幅広い職種を経験している為ノウハウもある。
だが問題はそこではないのである。問題は……
「……」
このそろそろアンハッピーセットに改名しようか悩んでいる無口+無感情+無表情の三点セットである。
ぶっちゃけ何度か飲食店も経験しているから逆に思ってしまうのである。こんな三点セット備えた店員からドリンク受け取っていい気持ちになるか?と。
私なら絶対ならない。むしろ受け取ったあとに何あの店員……と偶にあるアンケートに書き込むこと間違いなしだ。
結束バンドに加入した経緯は色々と不本意な部分が多いとはいえ、バイトとしてせっかく雇って貰えたのに迷惑をかけるのは有り得ない。
「……(グニィー)」
だからこうしてお客さんが来ない間に顔を粘土みたいに捏ねたりしてなんとか笑顔を作ろうとしているのだが……表情が全く変わらないのだ。うーん、困った……
……というか、万が一表情がなんとかなったとしても、口から声が出すことすら儘ならない強制無口問題をどうにかしなければ話にならない。
これはクラスメイト相手にすら話せない程の筋金入りであり、生半可な方法では解決できないだろう。
……いやまあ、一応奥の手がないことはないんだけども……あくまで最終手段にしたいっていうか、やったら絶対私のメンタルが崩壊すること間違いなしだし……
不意にスマホを見て時間を確認、そろそろ開店時間が迫っていることもあって緊張する。
大丈夫、私なら大丈夫。熟練のアルバイターである私に隙など存在しないんだから心配なんてしなくていい――あれ、そういえば今世入ってからバイトとかしたことあったっけ?
「――」
記憶の旅に出た後、そういえば無かったなと改めて思い出してみると、体がまるで石のようにカチコチに固まっていくのを感じた。
……余計なこと考えてしまったかもしれない。ただでさえハッピーセットなのに要素追加するとか何やってんねん私ぃ……
「オレンジください〜」
「……っ!」
お、お客さんもう来たの!?早くない!?……いや、お客さん待ってるんだしこんなこと考えてる場合じゃないな。
手早くコップを取り出しドリンクサーバーに置き、ボタンを押して某笑顔のオレンジジュースを注ぎ込む。
そしてコップをお客さんに差し出す際に、なんとか笑顔を作る!…作る……作る、………ハァ。
「えっと、その…頑張って?」
「……(コクリ)」
ダメだった……なんとかこのアンハッピーセットをハッピーセットにできないかと努力したのだが、筋金入りのこいつらには意味をなさなかった……
口角を上げる為に笑窪を持ち上げようとしても、何時もとは違いまるで鋼のように固まった顔は1mmも動かず、ならばと目元に手をやっても結果は同じ。見事に撃沈である……
しかもも一つオマケに無言である。
……無表情かつ無言で、急に顔を弄り始めるバイトとか絶対感じ悪い。あのお客さんには本当に申し訳ない……
「すみませんビール」
「……(ハッ)」
……考え事をしていた間にまた別のお客さんが来ていたらしい。今回こそは名誉挽回を測りたいけど……
えっと、お酒はここにあるって――あ、違うかビールとカクテルはここじゃないから一旦お客さんに少々お待ち下さいって伝えな――
「ど、どうしました?」
「……」
「あ、はい」
とりあえず両手を前に出してそのまま待機していてくださいと伝え、大急ぎでビールを注ぎに行く。
ただでさえお客さんを待たせてしまっているのだから、もう待たせる訳にはいかない。お客様は総じて神様です。迷惑行為はおやめ下さい。
「ありがとう、ございます」
「……(ハァ、ハァ)」
どこか引き攣った笑顔で去って行くお客さん。彼は精一杯取り繕っているつもりだったのだろうが、めちゃくちゃ足早に立ち去られては嫌でも理解してしまう。
今の私、相当不気味だったな……と。
「郁代ちゃん…大丈夫、じゃないね……」
「……(コク)」
「手際は凄く良いからそっちは大丈夫なんだけど……今そんなに忙しくないから代わろうか?まだ初めてだし、ちょっとハードル高かったかもしれないから」
「!……(ブンブン)」
「え?」
めちゃくちゃ申し訳なさそうに聞いてきた交代するかという質問に対し、頭を全力で横に振ることで答える。
……本音を言うと今すぐにでも交代して欲しくて山々なのだが、ここで逃げるのは違うだろうと熟練バイトのプライドが告げるのだ。
だから絶対やり遂げてみせます。お願いします…!
多分目には反映されないと思うので、全身からやる気に満ちたオーラを出しながら伊地知先輩を見つめていると、神妙な表情を浮かべていた先輩が頷いた。
「……分かった。じゃあ頑張って、なるべくサポートできるようにこっちも頑張るから!」
「…!」
「一緒に頑張ろ!」
はい!とこちらも頷き業務に戻る。戻った直後はまた緩やかだった客足だが、時間が経つに連れてゴールデンタイムが増えて行き文字通り人が増えた。
「コーラください」
「カル〇ス」
「ジンジャーエールを!」
人が増えるということはそれ即ち注文が増えるということであり、小走りで移動しまくりながらひたすらドリンクを注いで注文を捌いていた。
その間もなんとか愛想良くしようと振舞ったものの、どうにもできない上に会話も上達しないまま……
精神的な意味で大分キッツイから
「すみませんメロンソーダ」
「ハァァィィ〜畏ま〜りましたぁ〜♪」
「――え?」
「少々お待ち下っさぁい♪」
「は、はい……」
予想通りめちゃくちゃ引いている様子のお客さんを見て、元々死んでいる目がさらに光を失って行くのを感じる。
なんとか後ろからの視線を意識から追い出しながら耐えつつメロンソーダを注ぎ、笑顔を捨てとにかく会話――いや、
「おォ待たせしまし〜た〜♪」
「……あ、うん」
「ごゆっくり〜♪」
「ありがとう……」
そしてお客さんは去って行った。
……私からメロンソーダを受け取り、歩いて行ったお客さんの目を思い出す。
まるで普段の私を連想させる死んだ魚の目だった。……でもそれも当たり前である。歌唱力には自信があるとはいえ、なんの前触れもなくいきなり歌い出したら普通にビビる。
「……ハァ」
だが、こうしなければマトモに会話もできないからそうするしかないのである。これまでは筆談とかで済んでいたからまだいいが、流石にドリンクカウンターで筆談は常識以前にやってる暇がないし。
昔からギターだけじゃなくてボーカルの練習もしていてよかったなと思う。おかげで物凄い変人扱いはされそうだけど――それに関してはもうこの際諦めるしかない――やる気がないだとかそういう感じのイメージは付かずに済みそう。
「すみませんシンデレラ」
「畏ま〜りましたぁ〜♪」
「えっ」
その後もひたすら無心で注文を捌きまくり、途中聞こえた小声の「変人?」という言葉にメンタルブレイクされたりしながらもなんとかドリンクを注ぎ続けた。
終業時間間際になり、もうお客さんは来ないだろうなとカウンターを拭いたりして後片付けを行っていた頃には殆ど半死半生状態だった。
この地獄がこれからも続くとなると……憂鬱、バイトやめたい……
次回、多分皆さんご存知のあの曲が出ます。
私も大好きな曲です。
みえるさん誤字報告ありがとうございました。