真昼に咲く菊の花   作:テキサス仮面

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一話目

 

 何本もの大桜が立ち並び舞い散る花弁が彩る屋外の茶屋の席で男物の装備を身に纏った精悍な顔つきの女性……俺の姉マヒルが高らかに声を上げる。

 

「行きます!『ガークァの卵を飲み込もうとしてのどに詰まらせ生死の境を彷徨うイズチ』!」

 

 隣に座る元凶の熱苦しい師匠の自信を喪失させるほど壊滅的なモノマネで場を凍らせる姉をスルーし、俺は巨大な三色団子に齧り付く。見上げれば青空と煙突から立ち上る煙、息を吸うとたたら場からの焼けた鉄の匂いが鼻腔を満たす。ここ、カムラの里のいつもの空気だ。

 

 俺はキッカ。いつのまにか身の丈を超える巨大なモンスター蔓延る世界で第二の人生を送っていた特に取り柄のない平凡な男だ。俗にいう娯楽作品の飽和した前世でテンプレートと化していた異世界転生というやつなんだろう。特に説明など受けた覚えないし、今更深く考えたくないのでそういうことにしている。転生特典とかは知らん、ステータス表示とかそんなものはない。考えるだけ時間の無駄だ。それに転生直後、この体が赤ん坊の時のことは全く覚えていない。転生とは言え精神は肉体に引っ張られてしまうらしい。何かあったのかもしれないが記憶にないのでどうしようもない。ほぼ前世の人格を取り戻したのもつい最近のことだ。

 

「どう?今日はいけてたでしょ!?」

 

「ああうん、これならウルクススも凍死するよ凄いじゃん」

 

「ほめてないじゃん!」

 

 現在は自信あったのにと泣き言を喚きながらテーブルに突っ伏す姉、マヒルとの二人(と一匹)暮らし。彼女とは少々歳が離れていて、両親は俺が赤ん坊の頃にモンスターに襲われ他界。

 とはいっても里全体が家族のような親密さがあるので寂しい思いをすることは一切なかったし、むしろプライバシーが薄くておちおち夜更かしもできないくらいだ。

 姉、とはいっても俺には前世からの人格があり、あくまでも歳の離れた幼馴染といった印象で距離感の掴み方がいまだに手探りだ。まぁ生前一人っ子だったから姉弟の感覚がわからないだけかもしれないけどね。

 俺の隣でマヒルはやけくそ気味に団子を頬張り、追加で注文をする。さて今日は何本までいくかな。吸い込まれるように消えていく団子と反比例して増えていく串を見て財布が寒くなっていくのを感じる。親が金貯めてなかったらやばかったよマジで。

 

「まだ食べ足りない!」

 

 この黙っていればイケメンな姉、じつはこう見えてかなり強い。まだ見習いのくせに里長や師匠たち大人から指折りのツワモノと呼ばれるぐらい才能とセンスに溢れているのだ。昔は体が弱くて食も細くてハンターどころか里守の鍛錬すら始めたのが割と最近だというのに、今ではよく食べ無病息災で村のハンター資格を持たない里守の中じゃダントツで強い。先輩ハンターのモンジュさんが引くぐらいには強い。チーター?俺に隠れて変なもの食ってない?船着場のツリキさんの親父さんが送ってくる物品か?食べ足りないの?お腹空かせてる?ご飯の量増やそうか?

 しかし反動と言わんばかりに他のことへの適応性はなかった。諸事情で火が苦手なこともあり、家事はできない整理整頓ができない力加減ができない空気が読めないなどとダメダメのだめ。俺の記憶がはっきりしてきた時からかなり酷く、「お姉ちゃんらしいことをしなきゃ!」と言いながら包丁でズタボロになった手で半生のご飯を差し出してきたことが昨日のことのように鮮明に思い出せる。

 そのあまりの不適合さを不憫に思い俺が主夫ばりに家事を引き受けた結果なのか、最終的に生活能力をゼロにして容姿と戦闘能力に極振りしたヤベー奴へと成長してしまった。家事全般だけではなく、踊ろうとすれば周辺の壁は全て破壊され、モノマネをすれば場が凍る。……大真面目にハンター以外の才能が無いのでは?

 

 ハンターとは恐竜のいた時代のようにモンスターが闊歩するこの世界で狩を生業とする人々の名称だ。前世にそんな感じのゲームがあった気がするが、あいにく縁がなかったもので原作知識とかそう言った便利なものは何一つ持っていない。むしろ現代っ子の価値観のせいで時代劇に出てきそうなアナログな生活に慣れるのに非常に苦労した。

 考えてもみろ、生まれた時から蛇口をひねれば安全な水が出てスイッチ一つでお湯が出る環境で過ごしてきた生活が取り上げられたらどうなるか……風呂は外だぞ!?しかも自力で沸かさないといけない。俺たちの現在の住居の場合、川に隣接した製粉を目的とした水車小屋を兼ねているので汲みに行く労力はないけれども、火加減を覚えるのに何度アイルーをゆでだこにしたものか。なおこの風呂は俺たち以外も利用する(大体向かいの魚屋の店主)はん半ば公共施設である。現在の住居も似たような物で毎日人が出入り、猫、なんなら犬もが出入りするのが当たり前。面食らったのも無理はない。流石に慣れたけどね、寝込みに脅かしにくる美人姉妹以外には。プライバシーどこ……?

 現代知識で無双?そんな都合のいい話は小説の中だけだろう。あいにく専門知識も技術を再現する能力もない。完全に頭でっかちな無能だ。魚の捌き方だとか長期保存できるよう干し肉の加工などは家政婦がわりのアイルーに教えてもらい、なんとか一人でできるところまでには辿り着いた。いや、本当に大変だったな……。

 というか現代知識が通用しない。なんとこの世界では狩っても狩ってもモンスターが現れ、気を抜けば人間の生活圏が脅かされてしまう状態なのだ。戦わなければ生き残れない!というわけで戦う力を持たない一般人はハンターに狩りを依頼して解決してもらうような世界だ。(このカムラの里では有事の際に一般人も武器を持って戦う里守という制度があるが、それは普通のことではないらしい)

 このような状態の世界で常人では持ち上げることもままならい巨大な武器を華麗に使いこなし、縦横無尽に野山を翔け身の丈を超える巨大なモンスターを狩るハンター、これが好奇心旺盛元気溌剌な十代の少年、すなわち今の俺に刺さらないわけがない。

 

 ……が、憧れと現実の壁はとてつもなく高い。

 

 今日の(強制)実践練習の有り様が不様すぎて、今も忸怩たる思いにもだえ苦しんでいる。憧れは理解から最も遠いものだと誰かが言っていたが、今日ほどその言葉を痛感したことはないだろう。モンスターを目の前にし、思考は回らず体は動かず、一体何しに来たんだお前?という感じで、俺も姉の隣で仲良く不貞腐れて団子を淡々と咀嚼している状態だ。食べ終わった団子の串のように自己嫌悪を積み上げ、行き場の無い羞恥を記憶の隅に追いやっていく。この姉のように容姿端麗であればこんな様子ですら絵になるのだろうなぁ、と頬にあんこをつけ黙々と団子を口に運んでいるマヒルを見て心底思った。

 しばらくその整った横顔に見とれえていると団子を10本ほど平らげた彼女に、「たまにはモノマネも褒めてよ」と肩をこづかれるが、特に反応する必要はない。むしろ下手に褒めれば氷やられを確定で喰らわせてくる、これは経験談だ。

 

「と、とっても個性的で……かわいいと思うよ!」

 

 あわれと見かねたのか茶屋の看板娘であるヨモギが当たり障りのない誉め言葉を口にした。するとマヒルは、ぱぁっと顔をほころばせ跳ねるように勢いよく席を立つ。

 

「でしょでしょ!?じゃあ次は『ビシュテンゴの投げた柿がぶつかって爆発したブンブジナと衝突して思わず手に持った石を足に落として悶絶するクルルヤッ』!」

 

 まるで二時間ドラマのタイトルのようにやたら長い題名を言い切る前に、すかさず俺のうさ団子を姉の鼻先に持っていく。姉の好物である名物・かむらだんご3個のみで構成されたシンプルな一品だ。

 姉は俺の行動の意図を理解し、むすっと頬を膨らませ不満をあらわにするも眼前の誘惑には敵わないようで、無言で新たなうさ団子に口をつけるのであった。これで11本目、まだ控えめなほうだな、と遠い目で眺めていると視界の隅でヨモギが助かったと目配せをする。気にしなくていいよ、マヒルがブレーキ踏み忘れるなんていつものことだし。こそっとサービスで差し出されたプレーン団子を小さくちぎり、俺の翔虫と猟虫のコガネモチに食べさせていると、

 

「んー!このモヤモヤぶつけなきゃ気が済まない!」

 

 マヒルは残っていた団子を飲み込むように一気に口に入れ、豪快にお茶で流し込む。これで13本、そこそこのスコアだな。

 

「ということで一狩り行ってくるね!」

 

 口元についた粒あんを指で拭い舐めると、ガッツポーズを決め食後の運動と言わんばかりにハツラツと声を出した。

 

「いい熱意だ!まぁその前にマヒルはそろそろ捕獲できるようになろうね」

 

「アハハ……」

 

 教官に嗜められ苦笑いする姉。なお誤ってアオアシラを討伐して捕獲に失敗したのは今回で3回目となる。

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