真昼に咲く菊の花   作:テキサス仮面

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1.5話目

 

 里から離れた山中に存在する巨大な施設、闘技場。

 ここは来るべき百竜夜行に備え日々腕を磨くツワモノたちのための実践フィールドだ。

 

 その内側にある重厚な門が開けられ小型のモンスター、クルルヤックが躍り出る。どこか愛嬌のある表情とは裏腹に、陸の女王リオレイアなどをはじめとした種としては上位に存在する飛竜種の卵をかち割ることができる太く鋭い嘴がギラギラと光る。

 対するは里一番のツワモノ、マヒルだ。彼女はカムラの里を代表する装束、カムラノ装シリーズを身にまとい、雄弁に里守用防衛剣斧を振るう。その勢いに山吹色の髪が揺らめき、日光のような輝きを放つ。長身に精悍な顔立ちに男物のデザインの防具と、一見美男子に見間違う風貌が特徴的だ。

 そんな華麗かつ豪快に戦う彼女を頭上の楼閣から見守るのは、カムライシリーズを身に纏い里守用堅守刃棍を背負ったまだあどけなさの残る少年、キッカ。

 彼は自身よりも遥かに雄々しく武器を振るう姉の姿を何より好み、それを近場で観るためだけに苦手意識を持つ狩猟場に足を運んできたのである。

 

「今日も姉さんはすごいなぁ」

 

 クルルヤックの持ち上げた岩とマヒルの振り上げた斧刃がぶつかり、激しい属音が何気ないキッカの呟きをかき消した。盾代わりの岩がいとも簡単に砕かれ、掻鳥は大きく仰け反る。驚愕に目を大きく広げ唖然としたその隙をマヒルは逃しはしない。

 

「いくよ!」

 

 目にも留まらぬ速さで斧刃の痛烈な一撃がクルルヤックの胴に放たれた。柄から伝わる確かな手応えに顔を綻ばせながら、マヒルはさらに前へと踏み込む。手に持つ斧が姿を変え、大剣が勢いよくクルルヤックに降りかかる。剣モードに変形させたスラッシュアックスの畳み掛ける連撃を受け続け、クルルヤックは悲鳴を上げることもままならない。

 斧モードに比べ行動を制限される形状でありながら、必要最低限のステップでクルルヤックの攻撃を避け、有効部位に攻撃を当て続ける。天性の才とカムラの里が五十年かけて磨き上げてきた教えが揃ってこそなせる動きを悠然とこなすマヒルに対し、

「さすが自慢の愛弟子だ!」と彼女を鍛え上げたウツシ教官は誇らしげに称賛の声を送った。

 剣を滑らせ容赦なく斬撃を叩き込む。そこに油断も緩慢もなく、ただ眼前のモンスターの命を奪うという目的しか存在しない。マヒルは躊躇いなく袈裟懸けを浴びせると、力を込め飛び上がりながら上方向へ切り上げ、その勢いのまま体を回転させ切り下す。するとにその刃にパチパチと青い光が迸った。

 

「そろそろかな!」

 

 怯んだ隙を見逃さず再び斧に変形させると、クルルヤックの愛らしい頭部めがけて振り下ろす。

 強烈な一撃が放たれ、クルルヤックはうめき声を漏らしながら地面に倒れ込む。しばらく痙攣した後、その四肢から力が抜け落ちる。狩猟成功だ!

 

しかしこれだけでは終わらない。今回は連戦だ。

 

 続けて門が開き新たなモンスターが足を踏み入れる。

 ゆらりゆらりと現れたモンスターを見てマヒルが真っ先に思い出したのは、里の門にかかる橋で売られている傘だった。

 鮮やかな朱と白に彩られた巨大な傘が一本足で跳ねるように闘技場の土を踏み、その上部から巨大な一つ目がジロリと眼下を俯瞰したように見えた。

 大きな翼を広げ、口紅を塗ったような赤が特徴的な嘴からアケノシルムの甲高い鳴き声が放たれる。周囲の空気を震わせる声量に怯えることなくマヒルは「初めて見るモンスターだ!」と上機嫌にスラッシュアックスを変形させる。しかし観戦するキッカが眉間に皺を寄せたのをウツシは見逃さなかった。

 

 ツワモノと称される彼女にも苦手なものが存在する。

 

 

「火」だ。

 

 

 先程と同じように軽快に里守用防衛剣斧振い、蹂躙しようと間合いヘ踏み込んだと同時にアケノシルムの嘴が大きく開き、火球を吐き出した。

 

「きゃっ!」

 

 バウンドする火球を避けようと、可愛らしい短い悲鳴をあげながらマヒルは後ろに下がる。それを耳にするなり、頭上から見守る弟は血相を変え身を乗り出す。

 

「あのバカ……!ちゃんとモンスターの生態調べておきなって何度も言ったのに!」

 

 彼は唸るように叫ぶと無意識に腕を噛み、不安と苛立ちをあらわにする。

 

 アケノシルムは雑食性であり、昆虫などの小動物と火薬草を主食とするモンスターだ。一見他の大型鳥竜種に比べると細身でもろそうな印象を受けるが、その脅威は引けを取らない。

 主食である火薬草由来である可燃性のある液体を吐き出すことができ、それは火球となって外敵に降りかかるのだ。飛竜種のブレスとはまた異なるものだが、その危険性が劣ることはない。気が付けば周囲に火が回り込んでいることなどザラなのだ。

 

「聞いてないよぉ」と目を瞑りながら弱々しく呻きながらマヒルは、閃光弾を正面から受けたモンスターのように闇雲に里守用防衛剣斧を振り回す。先程までの勇ましさはどこへやら、まるで陽が翳ったかのように状況が一変し、空を切り続ける斧を嘲笑うかのようにアケノシルムは嘶き、その巨体を走らせマヒルに飛びかかった。

 

 ああもう!とキッカは地団駄を踏み、ぎりぎりと腕を噛む。噛み跡は増え血が滲み出している惨状を見かねウツシは彼を宥める。

 

「彼女の実力なら難しくない相手だ。なぁに、俺の愛弟子だ。心配しなくても大丈夫だよ」

 

「あれを見て心配するなという方が無理じゃないですか!?ああもう!姉さんの力であれば事前に情報さえ押さえておけば可燃性の液体を吐かれる前に喉を潰しておけたでしょうに!」

 

 キッカは声を尖らせウツシを睨む。百聞は一見に如かずという言葉があるように、実際の経験から得られる情報は座学のものとは比較にならないものだ。実物から情報を集めるというのは決して悪手などではない。だが、あらかじめ習性や身体構造を調べ、実際に得た情報と照らし合わせることが大事なのだとキッカは熱弁する。何ならケルビに撃龍槍を用いるべきだと言いかねない勢いで口を開くが、こんなことしている場合ではないとすぐに関心を姉に戻した。彼は眼下で繰り広げられる激しい戦闘を、ハラハラしながら見守る。

 ウツシはやれやれと肩をすくめ、

「その知識と発想を実践で活かしきれたら君はお姉さんより強くなれるのだけどなぁ」

と口の裡で呟いた。

 

 以前ウツシがキッカを騙すような体で強引に実践訓練に参加させたのは、彼にはそれをこなせる実力があると確信していたからである。しかしその結果は芳しいものではなかった。キッカは実力を発揮することができなかったのである。

 

「じゃあ、助けに行くかい?」

 

「俺なんかが行っても足手纏いになるだけですよ!」

 

 

 彼の問題点は、マヒルと逆。

 

 人間より遥かに大きく強靭な力を持つモンスターに立ち向かう勇気というものはそう簡単に手に入るモノではない。あらゆるモンスターの知識を叩き込み模擬練習で好成績を出そうとも、実際モンスターと対峙してそれを遺憾なく発揮できるかどうかは別なのだ。

 彼は賢く自身の実力不足を理解している。ただ理解しすぎているがために過度に恐怖し、こなせることにすら挑めなくなっているのだ。これには姉のマヒルの存在も関係しており、キッカの持たない才覚を持つ姉と比例してさらに自信をなくす要因になってしまっている。

 表面は取り繕ってはいるものの、立ち止まることをおそれ踏み込むことしかできないマヒルとは綺麗に逆。ウツシはやれやれとため息をつく。キッカを焚き付ける術を知っている、だがそれをするのはあまり気が進まないのだ。

 そもそもキッカはウツシに対して冷たい態度をとることが多く、時折フクズクと同じような敵意を込めた視線で射抜いてくる。お姉さんが取られると勘違いされているのでは?と思い、普段は一歩身を引いた接し方をしているのだが、状況は思わしくない。

 

「ああもう……!そうじゃないって!」

 

 戦っている当人よりもオロオロと狼狽える姿は保護者そのものだ。歯痒そうに地団太を踏み、時折自身の背に背負った操虫棍に視線を向けては迷いを払うように首を振る。

 自分の意思で立ち向かって欲しいのだけど、そのためには実践経験を積ませる他ない。そう判断したウツシは口火を切った。

 

「お姉さんにカッコ悪いところ見せたくないからだね。わかるよ俺も愛弟子にそんなところは見せたくn」

 

「は?」

 

 マヒルのことが心配なんだね、とは口には出さない。彼が姉に対してカッコつけたいなど可愛らしい考えなど持っていないことをウツシは理解している。だが、あえて的外れな指摘をしたのだ。

 

「俺なんかはどうでもいいんですけど?なんでそんなこと言うんですか??」

 

 苦虫を噛みつぶしたように幼さの残る顔だちを歪め、不快感を隠すことなく口をとがらせる。

 その様子に注意をこちらに引き付けることに成功したことを確信したウツシは次の一手に出た。

 

「じゃあ俺がかっこよくマヒルを助けに行くよ」

 

「は??」

 

 意表を突かれた発言にキッカの思考がフリーズする。そして再起動したとき真っ先に浮かんだのは怒りだ。

 

 勝てるはずのモンスターに苦戦する姉への複雑な思いで内心がざわめいていたところに、苦手な人物からの心外な指摘と恐ろしく不快感の募る発言が会心の一撃として突き刺さる。

 

「なんで!そうなるんだよ!」

 

 そんなこと容認できるものか!と憤慨して言い放つと、先ほどまでの臆病さはどこへやら。キッカの思考を埋め尽くしていた不安を押しのけるように怒りが沸き上がり、衝動が彼の足を進ませたのだ。

 

 何かあれば彼は「姉」の為なら無謀にも飛び込んでしまう。その危うさ、姉弟らしく似てしまったのか。ウツシは嬉しくもあり悲しくもある複雑な笑みを滲ませ、姉の元へ飛び降りるキッカを見送った。

 

 

「き、教官……?」

 

 上空から何か降ってきた気配を感じ、マヒルは恐る恐る薄目を開く。そして、それが何か理解すると驚愕のあまり目を見開いた。

 彼女の前には、身長を超える長い武器の刃先をアケノシルムに向け、無言の宣戦布告を突きつける弟の姿があったのだ。

 里守用堅守刃棍を握り興奮状態のモンスターの眼前に立つキッカ。口を開けば姉に劣る、才能がないなどすぐに諦める奥手な弟の想像していなかった行動に度肝を抜かれ、マヒルは思考共々硬直してしまったのだった。

 

 突然の乱入者に驚きの声を上げるアケノシルムの顔面に猟虫が突撃。衝撃にモンスターがよろめいた隙に猟虫を手元に戻す、操虫棍の要であるエキス採取する手堅い初手だ。エキスはハンターの能力を一時的に高め、戦闘を有利に進めることができる。キッカは攻撃力を高める赤エキスを自身に使用すると操虫棍を大きく振り、印弾と呼ばれる操虫棍特有の特殊な弾をアケノシルムの頭部に着弾させ白い煙が舞った。すると印弾に誘導され、再び猟虫が勢いよくモンスターめがけて飛び掛かる。顔の周りを飛び回り、ちくちくと攻撃を始めた猟虫に気を取られ、アケノシルムはキッカから目を逸らしてしまった。

 目論見通りの反応にニヤリと笑みを浮かべたキッカは、操虫棍を強く握り脇を締め構えを取る。そして勢いよく振り回し、生み出された遠心力に全体重を乗せてアケノシルムの胴に棍を叩きつけた。そして素早く右に転がり距離をとってから再び攻撃に転じる。攻撃を避けつつ重点的に頭部、もしくはその喉元に刃を滑らせた。連続で切り上げた後、けさ斬りから二段斬り。致命傷には至らずとも積み重なるダメージに痺れを切らしたアケノシルムが頭を振り下ろす大技を放つ素振りを見せれば、すかさず翔虫の糸を掴み、その背面へとジャンプする。そして猟虫との連携攻撃を再開するのだ。地味ながらも確実に体力を削っていく。

 アケノシルムが威嚇のために傘を思わせる鶏冠を広げようとすれば、棍を支えにして跳躍し良い的だと言わんばかりに突きを喰らわせる。その一撃一撃はスラッシュアックスの超火力には届かないものの、素早い回避行動でモンスターを翻弄しそのスタミナを着実に奪っていた。

 

 キッカは姉のマヒルのように並外れたセンスを持っているわけでも驚異的な力を有するわけでは無い。ただ深入りせず避けることに重点を置きながら、モンスターの有効部位に攻撃を当て続けているだけなのである。一見地味に見えるがこれこそ、人智を超えるモンスターと命の駆け引きをするハンターにとって重要な能力だ。しかしそれを続けることは容易ではない。特にそれがまだ実戦経験がほとんどない初心者であればなおさらだ。

 

 キッカは棍で地面を一打ちして飛び上がり、刃先が弧を描く。小さな傷が積み重なり、体表が荒れ始めたアケノシルムは構えのような奇妙な体制をとる。

 立ち回る弟の後ろでマヒルは防御か?と首を傾げるが、次の瞬間アケノシルムは体を半撚りさせながら華麗に翼で薙ぎ払いを敢行。キッカは素早く回避行動を取ったが、距離が足りず翼に絡め取られてしまった。吹き飛ばされ受身をとれないまま地面に叩きつけられる。一時的な興奮状態というものは猟虫の採取したエキスのようにその効果が持ち続けることはない。

 

「や、やっぱり俺じゃ無理なんだよ……!」

 

 消耗の激しい動作を繰り返しスタミナが尽きかけた状況から硬い地面に無防備のまま落下し、その衝撃と共にキッカの恐怖心を取り払っていた怒りが抜け落ちてしまったのだ。

 正気に戻ってしまった彼は情けない悲鳴をあげ闘技場を転げ回る。

 

「キッカ!!!」

 

 悲鳴が鼓膜を震わせ、恐怖で混濁していた意識を引きずり上げる。マヒルは手放しかけていたスラッシュアックスを爪が拳に食い込むほど強く握り直すと、無我夢中で駆け出した。

 目ざわりな羽虫を追い回すことに気を取られていたアケノシルムの警戒心はとうに彼女を対象ととらえていなかった。その隙をついて猛然と斧を振り回し、容赦ない一撃を打込んだ。ビンの中はすでに殻で薬剤の効果は発揮されない。そんなこともお構いなしに、彼女はひたすら斧を撃ち続ける。アケノシルムが弱弱しい断末魔を吐き、完全に沈黙してもその手を止めることはなく、ウツシの静止が入るまでその蹂躙は続く。

 

 怒りに染まり己の力量もわからなくなった状態で武器を振るい、案の定やられてしまった現実にキッカは無言でうめく。見え見えの挑発に乗ってしまったことにも気が付き、羞恥に押しつぶされるようにうつ伏せに転がった。

 

 その後百竜夜行が到来するまでの間、キッカは教官と口を利くことはなかったのだった。

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