真昼に咲く菊の花   作:テキサス仮面

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二話目

 水車小屋の朝は早い。

 

 転生前は朝日が上るたび絶望と鬱屈に押しつぶされ、やかましい目覚ましを何度も叩き這いつくばるように寝床から這い出ていたものだ。

 だが、それも遠い昔の話。今世でも億劫になる事柄はいくつもあるが、寝床に引き篭もるほどではない。水車の規則正しい回転が生み出す水の音、伸びをするアイルーの鳴き声。たたら場から低く響く振動。これが今の目覚ましだ。

 

 姉の姿は既に無く、ぐちゃぐちゃになった布団が残されていた。修練場で日課の朝練を行なっているのだろう。ルーティンの一部に組み込まれた諦めのため息を吐きながら二人分の寝具を片付け、ようやくスタートラインに立つ。

 俺達の日課は竈門の上にある神棚の掃除から始まる。家政婦がわりに長年俺たち姉弟の身の回りの世話をしてくれているアイルー、もちの助を肩に乗せて棚を掃除し、お供物の酒と生米と塩を新しいものに替え無病息災を願う。別に俺は熱心な宗教家というわけではなく、これはただの願掛けの習慣にしかすぎない。なんたって自然の脅威がモンスターという肉を纏って人の生活圏のすぐ傍を徘徊するような世界だ、神様だって実際に居るのかもしれないし、そもそも願うだけならタダ。祈りが不安を軽減してくれるというわけではないが、個人的に気が引き締まるのでやるにこしたことはない。こうしてノルマをひとつ終え、朝食の準備に取り掛かる。お供え物のお下がりはありがたく料理に再利用します。

 百竜夜行によって土地を失った里のわずかな耕作地で採れた野菜の下拵えをもちの助と共に手際よくこなす。今日の献立は味噌汁と魚のフライに漬物と白米だ。

 

「キッカー、とれたてピチピチのサカナだニャ」

 

 ざるに生きの良い魚を乗せて土間にやってきたのは、向かいの魚屋のアイルー、カジカ。

 

「いつもありがとう。カジカも食べていくよね?」

 

 俺からの朝食の誘いを受け、カジカは耳をピンと立て、嬉しそうに頷いた。

 

「もちろんだニャ!もちの助の魚料理は美味しいからニャ~」

 

「じゃあ待ってる間に風呂沸かしておいて。姉さんが入るから」

 

「わかったニャ。任せておくニャ!」

 

 彼のことだから頼まなくたって勝手に準備して風呂に入っているだろうが、鍛錬終わりの姉がすぐに入れるようにしておきたい。利用できるものは何でも使う、朝食の支度は時間との勝負なのだ。

 素早く米を洗いしばらく吸わせる。この際できるだけ冷えた水を使うのがミソ。パン職人漫画で学んだ知識だ。研ぎ汁は食器洗いや掃除に使えるので取っておく。これ畑に撒くものと思いがちだがあまり良くないようだ。専門家では無いのでなんで理由は知らないけどね。

 初めは弱火、一旦火力を上げてグズグスと沸騰してきたらまた弱火。最後に強火で余計な水分を飛ばしたら蒸らしておく。キャンプや学校行事で作る飯盒で炊いた白米はうまいように、釜で炊いた米はとてつもなく美味い。息で火加減を調整し汗水垂らす過程は現代生活で培われた人生観からすれ時間がもったいないように思えるかもしれないが、苦労に見合った……いや、それ以上のものが出来上がるのだ。

 隣ではもちの助が肉球で器用に箸を持ち、衣を纏った魚を油の中で泳がせている。捌き終わるの早いなぁ。さすが長年家事をやってきた大先輩、俺とは手際の良さが違う。彼は元々ハンターだった両親のオトモであり、付き合いはかなり長かったらしい。そんな彼が俺たちの親代わりではなく、あくまでも家政婦という立場でいるのは、「アイルーと人間は違う」という持論を持っているからだ。前線を退き後輩たちの育成に精を出していた彼の教え方はとても丁寧で分かりやすい。本当に環境と人(猫)に恵まれているよなぁ、としみじみ思いながら味噌汁の調理に取り掛かる。そこで味噌残り少ないことを思い出した。毎日のように触ってるのにすっかり忘れていた。

 駄目だなぁ気が抜けてるや。

 早いうちに米穀屋で購入しなきゃと早朝からちょっとナイーブになったとタイミングで、開放された玄関から元気な声が飛び込んできた。

 

「ただいまー!いい匂い~今日は何?」

 

「おかえり姉さん。魚のフライだよ。風呂沸いてるはずだから早く入ってね」

 

「はーい」

 

 朝練を終え泥まみれな防具を身につけたまま帰還した姉に、風呂に入って着替えるように促す。これはまた派手な訓練をしたようだな。部屋の隅に立てかけた里守用防衛剣斧は刃こぼれが酷く、研ぐことをせず限界まで振い続けていたのだろう。座敷に雑に脱ぎ捨てられた防具、カムラノ装シリーズは紺色の布地がくすんでしまうほど汚れが滲んでしまっている。鉄素材を束ねる赤い組紐は明らかに摩耗しており、このままでは装備本来の防御性能を失ってしまうだろう。早くない?この前新調したばかりじゃなかったっけ?というか、この勢いで修行していたら修練場のカラクリが壊れるのでは?

 ……不安になってきた。ハモンさんに怒られるかな……?近いうちに詫びいれとかなきゃなぁ、と思わず憂鬱なため息が漏れてしまう。悪い人じゃないとわかっていても近寄りがたいんだよねハモンさん。

 彼はこの里一番の職人で元凄腕ハンターであり、50年前に壊滅的被害を被った里の復興に最も貢献した俊傑だ。そんな彼に

『武具が壊れるのは必然だが、マヒルは己自身を壊す使い方をしている。これはハンターの戦い方ではない』

 と姉がハンターになる事を反対されているのだ。

 マヒルはモンスターを倒す能力ならすでに上級ハンターほどの腕があると里長に太鼓判を押されているものの、それ以外の評価は概ね宜しくない。里の有権者の間でも意見が割れているらしく、マヒルがハンター資格を得られるかどうか分かっていないのが現状だ。里の防衛が役目である里守としてはいいのだけれども、自然との調和を守りながら命のやり取りをするハンターは難しいものだ。

 うーん、受かって欲しいのだけどなぁ。亡き両親の資産を切り崩す現状からの脱却はまだ遠いのか?

 壊れるといえば、茶碗や桶にヒビがが入っていないか確認することを怠ってはいけない。ここは製粉だけではなく、オトモ見習い達の訓練場所を兼任しており、柱といい天井といい室内中傷だらけである。

 この前だって湯呑みにヒビが入っていることに気づかず割ってしまい、姉の手に火傷痕を増やしてしまうという失態を犯したばかりだ。部屋がどうなろうが知ったことではないが、安全であるべきはずの住居でマヒルが怪我を負うのは心底気分が悪い。しかし外に出してあるザルとかならともかく、硬い道具入れにしまった茶器が砕けているのはどういうことなんだ……?

 疑問と苦い記憶を噛み締めながら黙々と食器に不備がないか確認していると、外から音程の外れたカムラ祓え歌が耳に飛び込んできたではないか。声はいいのに絶妙に音が合わないこの感覚、むず痒さを通り越して悪寒すら感じさせる。おお……凄いな色々。これもある種の才能、さすがうちの姉。

 よく耳を傾けると、間の抜けたカジカの鼻歌も聞こえてくるが、もしやマヒルと一緒に風呂に入ってるのか?

 

 

 

 

 ……………………まあ、アイルーだからいいか。

 

 

 

 

 

 掛け軸の裏を勝手に改造して住み着いてる情報屋アイルーにも食事の準備を手伝わせ、火の入っていない囲炉裏の周りに用意していく。

 水車小屋の施設の役割上、土間が大きく元来居住を目的とした建物ではないの人数が集まると非常に狭くなる。生家は別にあるのだが、姉が嫌がるようだったので数年前からこの水車小屋を使わせてもらっている。亡くなった両親のことを思い出すからだろうか、マヒル大丈夫と常に言い張ってていたがそれが痩せ我慢なのは明らか。俺自身は両親の記憶も実家への愛着もなかったので、里長と相談してこの場所を住居に使わせてもらうことにしたのだ。

 あいつ辛いこと我慢するところがあるからなぁ。俺を年相応の子供だと思って心配させないようにはしているんだろうが、俺の精神年齢は実質マヒル越えてる。多少体に引っ張られて精神が若くなっているものの、見た目は子供頭脳は大人的な状態なのだ。何かあるたびに影に隠れて腕噛んで我慢する癖だって俺にはお見通し。見すぎて俺にもその癖が移ってしまったぐらいだ。

 無茶はしてほしくないけど、悩んでる様子は出さずにかっこいいところを見せようとするところも好きだけどね。

 湯浴みを終え、インナー姿の姉が並んだ食事に目を輝かせながら腰を下ろす。

 姉、俺、そして三人のアイルーという猫比率が若干高めないつものメンバーが揃い食事が始まる。

 いただく命に感謝して、

 

『いただきます』

 

 姉は線が細い割に健啖家なのでご飯は多めによそってある。おかわりにも対応出来るよう多めに炊いているので安心だ。残ったら見習いオトモたちの差し入れ用おにぎりとなり、アイルー達が配るシステム。過剰分は向かいのおにぎり屋に引き取ってもらい無駄を出さない。うん我ながら良い手捌きだ。姉が全部食べ切るので実現したことはないけどね!

 そこ、俺の魚をつまみ食いするんじゃない、お前だカジカ。

 うめうめっと掻き込むように朝食を口に運ぶ姉とは対照的にゆっくりと味わいながら、大地の恵みに感謝した。食文化が前世とほとんど変わらないって最高だな……。

 

 こうして対面して食卓を囲んでいる以上、どうしても姉の姿に目が行ってしまう。

 春の日差しのような柔らかな山吹色の髪にスラリとした手足。溢れんばかりの笑みを浮かべた明眸皓歯。光を受けるたび燦然と輝く髪は本当に日光のような暖かさを感じさせる。

 それに対して俺は紫がかった暗い色の髪のチビ。(しかも癖毛がひどい!)似ているのは腕の噛み癖ぐらいだろう。まぁ、実際に血が繋がっていようがいまいがこの狭い里では皆家族のようなものだし、気にするようなものでは無い。

 それより気にかかるのは、彼女が普段隠している下着まがいの軽装から見える素肌の方だ。

 首筋から右腕、腰から下肢に広がる痛々しい火傷の跡、それを塗りつぶすように増えていく生傷。せっかく容姿がいいのにこれでは嫁に行……嫁……駄目だ、それ以前の問題を抱えているではないか。

 マヒルの生活能力は個性豊かな面々が揃う里の中でも変なやつと評される加工屋のナカゴ並の低さ。傷に関してはハンターをやっていれば自然に増えるだろうし、この世界じゃむしろ勲章扱いすらされるだろう。マヒルは気にしているようだが実際は大した問題じゃない。いや、本人的には重要なんだろうが、それでも周りからすれば大したことじゃない。だが、致命的な生活能力の欠如は他者と生活する状況になった場合、修復不可能なレベルの決裂をもたらす可能性が高い。このままだと俺や里の人間以外のハンターとともにクエストを挑むようなことがあった場合、トラブルを呼び込みかねないのではないか?

 俺が甘すぎるのかなぁ……もっとそっち方面の指導した方がいいんじゃ無いのか?でも俺教えられるほど社会経験積んで無いし、もみくちゃにされてたからなぁ。もしかして俺が構いすぎのあまり、本来出来ることすらできなくなってるとか……?

 答えが見つからないまま悶々と魚を口に運ぶ。

 俺も一緒にハンターをすれば解決?いやいやいや、俺なんかじゃ無理。そんな才も根気もないヘタレだし、憧れだけじゃ無理だわ。自分にできないことはできる人に任せて、自分ができることを精いっぱいやる。それが一番良いはずだ。

 

「ねえさあ」

 

 珍しく食事中にマヒルが手を止めた。

 何事かとこちらも箸を置き耳を傾ける。しかし彼女は神妙な顔つきで口を開くも、言葉をのどに詰まらせているのか、その続きがなかなか出てこない。眉を下げ迷いに表情を曇らせたと思いきや、

 

「ん~!今日の晩御飯も魚がいいなっ!」

 

 と先ほどの不穏な様子はどこへやら、こともなにげに普段の調子に戻ったではないか。

 

「さっき食べたばかりなのにまた飯かよ!さてはカジカに乗せられたな?……まぁリクエストある方が楽だからいいんだけど。タケノコあるし炊き込みご飯も作ろうか?」

 

 俺は姉が発言に躊躇した理由には触れずに、そのリクエストに応えるべく今晩に向けた計画を頭の中で組み立て始める。

 

「うんうん!お願い!早く夜にならないかなぁ」

 

「気が早すぎだよ姉さん」

 

 彼女が作りなおした笑顔にちくりと胸が痛むが、何事もなかったように普段通りに接する。

 

 

 

 これは現実逃避なのだろうか?

 追求するべきなのだろうか?

 

 

 

 食後の眠気に負け、俺の膝で姉がスヤスヤと寝始めても未だ決断することができず、悩みが晴れることはない。

 俺より頭二つほど大きな女性が子供のように無防備に眠っている姿を見て、心配と安堵が入り混じるむず痒い感情が疼いてくる。……やっぱり放って置けないんだよな。ハンターになる自信は粉々に砕けているが、マヒルが目の届かない場所にいるのは心配でたまらない。いくら彼女が強いとわかっていても、気になってしかたがないのだ。

 

 隣に立てるようになれば、少しはマヒルとの接し方がわかるのだろうか?

 

「ハンターかぁ」

 

 あきらめと憧れが混ざる複雑な心情とともにひとりごちる。

 なおこの後、姉につられて船を漕いでしまったため、こっそりと侵入してきた幼馴染の竜人姉妹に驚かされて情けない悲鳴が土間に響くことを俺はまだ知らない。

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