「『大社跡付近のモンスターの活動が活発化。現時点では限定的だが生息分布にも変動が見られ、今後の動向に注意すべき』……っと」
スラスラと筆を走らせ、ハンターズギルドに提出するための書類を書き上げる。資料や記録を再度確認し、修正するべき箇所がないかと目を凝らした。……うん、われながらよく書けてるな。手元にいる相棒の猟虫もそうだそうだと言っている。いや言ってないか。
里の中心から少しずれ、船着き場寄りの場所にある集会所。
大桜を柱の一部として建てられたこの場所はハンターズギルドの出張所のであり、雑貨や加工所、茶屋といったハンターを支える施設を併設している。だがハンターやギルド関係者だけが利用するわけではない。
神社の境内に似たクエストボードの横の通路は、たたら場の奥にある住居区とつながっており、里の者の出入りが頻繁に行われている。仕事終わりには多くの者が飲み交わす里の憩いの場となり、重要な会議は必ずと言っていいほどこの場所で行われるなど里の生活と密接した場所なのだ。
室内で花見ができるだけではなく瀑布につながる川も一望でき、景観ならカムラの里一番。これを目当てとした観光客もやってくる程で、大きな都市から離れた辺境の地にありながら常に人に溢れていた。
だが現在の集会所は閑散としており、普段のような活気はない。受付嬢や茶屋の従業員といった必要最低限の人員のみで、ギルドマネージャーのゴゴクさんも緊急でよそのギルドに赴いている状態だ。
親同然のゴゴクさんの不在に、巨大な牙の生えたカエルのようなモンスターのテッカちゃんが寂しそうに細い鳴き声を漏らした。
原因は百竜夜行だ。
50年前、里を壊滅寸前まで追い込んだモンスターが群れをなして雪崩れ込んでくるこの地域特有の怪奇現象、百竜夜行。それの再来に伴いハンターズギルドの要請で人の往来が制限された。
今では新顔は滑り込むように里にやってきた二人組のハンターぐらいしか居らず、いつも人がひしめき合うクエストボード前も無人で、依頼文の吊り下げられた鈴が鳴ることはない。今なら好みのクエストを選び放題な状態だろう。
まぁ俺は里守なので自分からクエストをとることはできないのだけども。そもそもそんな度胸は……いや、採取系は興味ある。
戦闘はクソ下手ヘタレだという自覚はあるが、こう何かと金銭面で魅力的なんだよねハンター。
時折、職業訓練もかねて里守の鍛錬の合間に集会所の仕事を手伝っているのだが、俺でもこなせるであろう採取系依頼や対象モンスターの危険性に対して相場より報酬の良い依頼を見つけるたび気持ちが傾いてしまう。
特産キノコ採取クエストの報酬金が400zに跳ね上がっていたな……。オルタロスとブナハブラ14匹の討伐で1000z超えとか、騙して悪いが案件じゃなかろうな?
こうして前世の経験や教養を用いて多少の事務処理ぐらいならできるので探せば職はある。しかし事務職というものは大都市でもなければ仕事も少なく、収入はたかがしれている。だからと言って出稼ぎしたところで、ATMで簡単に送金できるわけでは無い。運んでもらう人を雇うのにだってお金はかかる。それにここはモンスターが跋扈する危険な世界。危険なモンスターを狩ることを専門としたハンターであった俺達の両親だって、モンスターに襲われ亡くなっているのだ。無事に届けられる確率は高いとは思えないし、大丈夫だったとしても街道にモンスターが出現して討伐されるまで時間を食ったりなどスムーズにいかないことだって少なく無いだろう。第一に、ここは大きな都市からとてつもなく離れた辺境の地。繰り返し百竜夜行が襲来したり、近隣のユクモ村では過去にアマツマガツチなる嵐の化身とも呼べるモンスターが暴れ回ったりと、明らかに人の生存に向いていない場所だ。道中何事もなく無事に、というのはまず無いと俺は思う。
いっそのこと姉も連れ都市に引っ越すことができれば早い話なのだが、マヒルは責任感が強い。『里守として里を守る!』という使命感を持っている限り、故郷から離れるという選択肢を選ぶことはないだろう。
うぅん……贅沢な暮らしがしたいわけではないが、万が一の時のため多少の蓄えは作っておきたい。姉さんが怪我と無縁なわけもないし、備えあれば患いなし。里の人たちに助けを求めることはできるが、自分たちのことは最低限面倒をみれなくては。
「なんだけどなぁ……」
俺は積みあがった百竜夜行のギルドへの報告書を片付け終わると、気構えも霞むような憂鬱と体調不良に潰されるようにため息を吐き出した。
先日百竜夜行到来の兆しを知らされ、里一番のツワモノである姉さんが里の最終防衛ラインを任された。大役を任されたのは素直にすごいと思うし、全力で支えるつもりだ。……うん。
百竜夜行、百にものぼるモンスターが雪崩のように押し寄せる災害。将来やらハンターになるならない以前にこの危機を乗り越えなくては話にもならない。
普通なら予見できた時点で逃げるよね。しかしここカムラの里では、里で生まれ育ったものは避けられない災禍、むしろ打ち払う!と言わんばかりに心の炎を燃やしその日が来るまで「里守」として鍛錬を積んできたのだ。
確かにこの世界の過酷さを考えると、一から新しい土地を開拓するよりは慣れ親しんだ地を拠点に立ち向かう方が合理的かもしれない。原因がわからない以上どこに行っても巻き込まれる可能性があるというのも理解できる。
しかし、だ。
本音を言うと、一刻も早く安全な場所に姉とともに避難したい。
この里で十数年暮らし、俺自身里守としてこの災禍に立ち向かう心意気はあった。だが、いざその危機が眼前に差し迫ると真っ先に「逃げたい」という思いがよぎってしまい、目に焼き付いた残光のようにまとわりつくのが現状だ。
所詮は転生者、根は外部者ということなんだろうか。
年上の里守達ならともかく、俺と同年代のヨモギまでも「一致団結すれば百竜夜行なんてヘッチャラ!」とさも当たり前かのように元気よく困難に挑む意気込みを見せている。
モンスターと対峙する前ならいざ知らず、訓練を通してその脅威を正面から痛感した今では口に出す事すら憚られると感じているのは俺だけなのだろうか。
不安、不満、不堪。
濁った感情が周囲の人間との溝を際立たせるように押し寄せる。さながら中州に取り残された子供だなと、低く鳴り響く瀑布の水音を耳に受けながら再びため息を吐いた。
こんな時は、無心にお気に入りの組み合わせのうさ団子にかぶりつくのが一番なのだが、いまは胃が食べ物を受け付けない。
「クソッタレめ……」
集会所のカウンターテーブルに潰されるように突っ伏した俺は、絞り出すように悪態をつく。
今日は一段と頭の中を掻き回すようなノイズが酷い。普段なら食欲をそそる焼きたてのお餅の香りも鼻腔を抜けていくだけ。ただ眼前で焼き目が付いていくお餅を呆然と眺めることしかできない。
この世界で二度目の生を受け早10数年、長いこと付き合ってきた「持病」としか言えない体調不良に今日も振り回されている。
何でこんなことになっているのかはわからない。
ただ一つわかっているのは、俺は「昆虫との共鳴」ができてしまう、ということだけだ。
Q.共鳴って?
A.あぁ!
とっくの昔に、俺に聞くな!と理解や解明に匙を投げた謎の能力。
名称に関しても偶々里に似たような力を持つ人がいたから拝借しただけに過ぎない。
具体的には昆虫に属する生命体の思念、もしくは感情らしきものを感じ取り、スムーズな意思の疎通を可能とするものだ。
正直なところ、メリットは全くと言っていいほど無い。
あるにはあるのだが、デメリットの質量に押しつぶされて比較対象にならない。迷惑メールの総受信、SNSでのダイレクトメール解放のようなもの。なんたって受信相手が多すぎるのだ。
羽虫などの小さな個体は自然音に紛れ、近くで意識しなければ情報として認識することも無いので問題はない。それなら大したことはないのでは?と前世の人間は思うかもしれないだろう。
しかしこの世界、モンスターが跋扈し人間も身の丈を越えた武器を振り回して対応するぐらい力にあふれた世界だ。それは昆虫ですら例外ではない。
集まれば落雷に匹敵する電力を生む、雷光虫。鉄並みの強度を持つ糸と人を支えられる力を持った、翔蟲。体長2Mを超える縮尺を間違えたとしか思えない蜂も当たり前。多脚戦車のような外見と戦闘能力を持った昆虫もいると聞くし、それすら抑え最強の名を欲しいままとするドスヘラクレスなる存在もこの世の中に生息するらしい。
そんなアグレッシブな昆虫たちの思念が無差別受信されてしまうのだ。
これがもう、うるさいったらありゃしない。たとえるなら田舎の夜の虫の鳴き声が時間場所問わず突然襲ってくるようなもの。実際の音として聞こえるわけではなくて、言語化できない感覚が思考と感情に割り込んでくるのだけども、うるさいとしか形容することができない。何となく理解ができたりできなかったりと、ノイズとしか認識できなかったりもう最悪。思考は邪魔されるわ、感情は流されるわで意識が朦朧としてしまう。前世の人格と記憶がなければ自己意識の確立ができなかったかもしれない。それくらいひどいのだ。
一応こちらから思念を送ることもできるのだが、そもそも人間の思考や感情を理解できる個体はほどんどいない。いくら頭の中で叫んだところで、時間をかけて相互理解の叶った猟虫と翔虫が申し訳なさそうに曇るだけ。
昔はよかった。
この力のおかげで翔虫と仲良くなるのは誰よりも早かったので里中の大人たちにちやほやされたし、似たような能力を持つヒノエさんにはすこぶる甘えさせてもらえた。そこまではよかった。
肉体の幼さに引っ張られ、操虫棍なら天下取れるんじゃね?と舞い上がってしまったのが運の尽き。後から本格的な里守の修行を始めた姉さんの才能に自信が揺らぎ、年々増加する感情の受信量に圧倒され、完全に取り戻した前世の人格の根幹を成すマイナス思考でへし折れた。
それに加え、百竜夜行の知らせが来たあの日から急に虫たちの声が跳ね上がるようにうるさくなり、その頻度が増大したのだ。しかもどれもが怯えといった負の感情という最悪な状態。いくら俺が思考を切り替えようとしても、さながら乾いたスポンジのように不安という名の泥水を吸って膨らんでしまう。絶対これ百竜夜行のせいだよね?モンスターの大移動に虫も恐怖してるんだよね?イヌカイさんのガルクも最近落ち着きがないって言ってたし、完全に虫の知らせってやつだよね?
いやだ、本当に逃げたい。
でもさ、その選択肢は選べない。
百竜夜行に痩せ我慢の癖に大丈夫だと言い張る姉に、見通しの立たない将来設計。どうすればより良い方向に向かうのか、考えれば考えるほど沼に沈んでいくような気分になっていくではないか。
出口の見えないマイナス思考の堂々巡りに唸っていると、
「お茶、飲みますかニャ?」
と、可愛らしいアイルーの声が声が思考のぬかるみにはまっていた俺を引きずり上げた。
視線を声のした方へ向けると、集会所の茶屋の店主であるオテマエさんが茶を盆に乗せて俺の返答を待っていたのである。
力なく頷き、弱弱しく湯呑を手に取る。ほのかに立ち上る湯気と爽やかな青い香り、少し口に含んだだけで倦怠感が軽くなった気がした。
「ありがとうございます……」
喉物まで来ていた酸味が下がり、これなら少しだけでもうさ団子を食べられるかもしれない。冷めてしまったうさ団子をちびちびと口に含んでゆっくり咀嚼する。味が曖昧にしか感じ取れなかったが、お茶で飲み下した。
空きっ腹に体調不良はやってられない。食べられる時に食べておかないとね。込み上がる吐き気を押し殺し、団子を無理やり口に運んでいると、背中に肉球の弾力を感じだ。
オテマエさんが背中をさすり、優しく慰撫してくれている。……ありがたいのだけど、本当に面目ない。茶屋の運営に新作団子の作製などなど忙しいというのに、俺なんかに気を使わせるだなんて申し訳がないという気持ちでいっぱいだ。彼女は気にしなくとも良いというが、俺がよくない。
気が付くと正面のテッカちゃんの尻尾越しに、カウンターに座るミノトさんから惻隠の情がこもった視線を投げられているし、俺の猟虫のコガネモチからも「心配」の念が飛んできている。本当にすいません……。
そんな俺の思い煩いは思いもよらぬ形で中断されることとなった。
「隣いいか?って、もう座ったな」
軽い口調で発しながら、どさっと誰がが隣の席に座った。その振動で頭が揺れ、不快感がぶり返す。
「坊主、何か悩み事か?」
突然、薄い笑みを浮かべた見知らぬ男が横から俺に声をかけてきたのだ。風貌からしてハンターだろうか?ここいらでは見かけない鎧を纏い、背にはボウガンらしきものが見えた。
この里はさほど広くなく、住人や関係者の顔はおおかた覚えているし、ここを拠点にしているハンターの顔と名前は頭に入れている。現在、百竜夜行に備え人の出入りを制限しているので、新入りというのは考えにくいだらう。だとすると消去法で最近里にきた二人組のハンターの一方か?一体何が目的だと怪訝な視線を向けると、「別に怪しいもんじゃない」と大袈裟に手を振って無害であるとアピールする。
「俺はリック。ここに来たばかりのハンターだ。よろしくな」
リックと名乗った男は手を差し出す。
せめて籠手ぐらいは外せと思わず口に出しそうになったが、荒波を立てたくないので渋々名乗り、握手に応じることにした。
「キッカです。で、何か用ですか?」
表情は変えず淡々とした態度でやり過ごそう。俺が表面だけでも話に応じる態度をとったことに気をよくしたのか、リックは口元を大げさに緩めた。
「そりゃあ若い子供が狩猟に失敗したハンターみたいに落ち込んでる様子を見たら気になるってもんだろ?」
「はあ」
「相方は話しててつまらないし、俺を助けると思って、な?」
目線だけを背後に流し、軽く親指で指し示す。
その先では険しい目つきに憤懣を乗せ、こちらを射抜くようにガンを飛ばす若い男の姿が見えた。
彼もハンターのようで、その装備は俺も何度か目にしたことがあるリオレウスを素材としたもの。駆け出しではない中堅といったところか?よく見ればリックの装備も年季が入っており、それなりの場数を踏んできたことがうかがえる。
しかし当の本人に聞こえる声量で言うようなことか?意図的なのか無自覚なのか、どちらにしろ彼の相方はひどくイラついてるようだった。
「身長が伸びないのがコンプレックスとかか?親と折り合いがつかないのか?いや、歳的に色恋か?いやあ若いなぁ。で、相手は?やっぱ受付嬢か!」
背面からの視線を気にせずリックはあてずっぽに言葉を並べたてるが、見当違いもいいところだ。次第にイライラが募り、席を立ちたい衝動に駆られるようになる。きっと今の俺はあの目つきの悪い青年と同じような表情になっているに違いない。腕を噛みたくなるが我慢だ。
あきれて黙っていると、「ああ」、と何か思い当たったのかリックは一幕置いて口を開く。
「百竜夜行だな?」
そうだね、図星だよ。すごいね。
「いやそれぐらい誰でもわかるだろ!」
何の前触れもなく、まるで大型モンスターが放つ咆哮のような怒声が背面から飛んできた。その声量に俺やオテマエさんだけではなく、この集会所のマスコットのテッカちゃんまでもが驚いて身を震わせる。ここのギルドマネージャーであるゴコクさんに懐いているテツカブラ、その幼体とはいえモンスターであることに変わりはない。興奮する前にすかさず俺のうさ団子を差し出し関心を逸らす。最近似たようなことをした気がするぞ。
「おいおい、テッカちゃんが驚いちまっただろ。お前はティガレックスか?ポポノタンでも食うか?」
リックはやれやれと首を振り、怒声の主を嗜める。
「誰がティガレックスだ!!」
先ほどにも劣らぬ勢いで怒る青年に対しリックは、「はいはいライゼクスライゼクス」と興味なさげな反応だけを返す。
「あー、あのうるさい奴は……えーっと、確か……あー……ブ、ブ……あっ、ブレンだ。若いくせしてカリカリしてよ、気を抜くとすぐにバインドボイス飛んでくるんだわなー」
と、苦笑いながら雑に相棒であるはずの青年を紹介した。
「名前覚えてないのかよ」
聞き流そうと思っていたのに、思わずツッコミがこぼれてしまった。なんだこいつ?
「まあ一緒に狩に行けば大体のもんは倒せるぜ。な、相棒?」
その相棒と、一連の騒動をクエスト受付カウンターから聞いていたミノトさん、そして俺から怪訝な目を向けられているが、リックは呑気に青色の髪を撫で付けるだけで一向に気にしていない様子だった。
今更ながら面倒な奴らに目をつけられたのでは?こんな時ゴゴク様がいれば場を納めてくれるのだが……。なんなら彼らは鉄虫技に興味があるとウツシ教官に振れば、オニクグツばりに拘束してくれるであろうに。あいにく百竜夜行がらみで二人とも不在。ミノトさんはあまり強く言える人じゃないし、他の人(アイルー)たちも言わずがな。この場をどうやって収めればいいんだ?
「百竜夜行なあ、うわさには聞いてたけどまさか俺たちが来たタイミングと重なるとは思ってなかったぜ。モンスターの大群襲来ってはどんな光景なんだろうなぁ。古龍が単体で突っ込んでくるのとはわけが違うだろうし」
聞いてもいないのに勝手に語りだすリックの表情は明るい。
その声色の高さはわくわくが止まらないという心情そのものであり、里を滅ぼしかねない災害に対する恐怖とはかけ離れていた。
まるで遠足前夜の子供のように浮き足立ち、
「一世一代の大イベントだ。楽しめよ、損はないぜ?」
と俺の肩を遠慮なく無造作に叩いた。
これは、なんだ?俺を勇気づけているのか?
頭が理解を拒み、一瞬気が遠くなる。
しばらくして真っ先に思い浮かんだのは、軽蔑だ。
「よその人間が何を知ったような──―」
「当事者の目の前で嬉しそうにするな!!!」
そこで俺の気持ちを代弁したのは、険しい目つきを一段と尖らせたブレンだ。
何事かとポカンと口を上げるリックに業を燃やしたのか、ブレンは速足で距離を詰める。
「モンスターの大群が押し寄せてくるんだぞ?古龍渡りのように原因が判明したわけでもない、いつ終わるのかどうすれば静まるのか判明していないのに、どうやって楽しめっていうんだよ!?」
彼の義憤が自分に向いていることが腑に落ちないのか、リックは首を傾げた。
「悲しんだり怯えたりして状況が良くなるわけじゃねえだろうに。だったら楽しまなきゃ損だろ損」
「お前がその立場だったら、そんなこと言われて嬉しいのか!?」
「ほー、考えたことなかったな。そうだな、俺だったら嬉しいぜ?」
「……っ!……クソッ、悪かったお前に聞いた俺がバカだったよ!!」
失言だったといわんばかりに顔を歪め、カウンター席の真後後ろにある縁台に乱暴に腰を下ろした。
先に座っていたハナモリさんに気がついて慌てて誤っている様子から、ブレンという青年は印象に対して悪い人ではないのだろう。
というか居たんだハナモリさん。全然気づかなかったな……。
しかし彼の怒りの矛先が自身に向いていないと判っていても、耳を劈く怒声が後頭部を殴りつけるかのような勢いで浴びせられたら怖い。近寄りがたい人だ。
まぁ、そのおかげで感情が吹っ飛び、一周回って冷静を取り戻せたのだが。
「んまぁとにかくだ、何事も受け取り方次第ってもんだ。気楽にいこうぜ?」
「アッハイ」
先ほどのやり取りなど初めからなかったかのように、気軽に笑いながらリックは俺の肩をたたいた。
これが心からのアドバイスだと、彼の濁りのない笑みが語っている。ワルイヒトジャナインダロウナー。
「ようするにモンスターと遭ったことないから不安ってことだな?」
「ハンター資格は持ってませんが、里守制度があるので対峙経験はあります」
一応ね、と口の中で呟く。言葉は必要最低限にして話を切り上げるタイミングを見計らう。そろそろ姉さんが鍛錬を終えて帰ってくる頃合いなので早くこの場から去りたい。
これ以上絡むなよ、と苦虫を噛んだ声で唸る相棒は触れずにリックは顎に手を添え、何か思い出したかのように顔を上げた。
その視線の先にあるのは、クエストボードだ。
「里守ってあれだっけ?確かハンター資格無くても訓練って名目で狩りに同行できるってやつ?」
「ええ、そうです」
ふぅん、と興味深そうにうなずいたリックは、ゆっくりと口元を緩めた。
「んじゃさ、俺たちとひと狩行かないか?」
「「は?」」
ブレンと俺がリアクションをしたのはほぼ同時、間の抜けた声が見事に重なった。いやいやちょっといきなりないでしょう。ナイナイナイ、絶対にナイ。いくら制度的に問題がないからって、いきなり知らない人と狩猟に行くなんて無理。俺には承諾する理由なんかない!
しかし、断ろうと開いた口はそのまま止まることとなる。
「行きたい!」
溌溂とした透き通る声を響かせながら、間髪入れずにマヒルが集会所に飛び込んできてしまったからだ。