「ほら、起きてっ!」
ほんの少し、騒がしい声が鼓膜を揺らす。
瞼を照らす日差しは眩しい。眠気が残っていることには違いなかったけれど、そろそろ起きる時間だって。あたしを取り巻く環境は伝えていた。
「——それにしても、リザが寝坊だなんて珍しいね?」
「んぅ……何だか長い夢を見てた気がして……。もう少し、寝てたかったんだけど」
「ダメだよ。もう、お花たくさん届いてるんだから。今から仕事始めなきゃ間に合わないでしょ?」
「ライラのケチ」
あたしが口にした悪口は無視されたまま。
左手で未だ眠い目をこすりこすり、右手は球体関節に掴まれていて。いつも通り、強い力加減で引っ張られていく。
いつも通り、あっという間に朝は来た。
* * *
『artificial flower and doll and flower』
〝CLOSE〟から逆さに返されたプレート。褪せかかった二つに比べて、最近書き足したばかりの文字は随分と目立った。
甘くて、渋くて、瑞々しくて。いくつも混ざった香り。造花と人形と、それからお花。
作り物でも、本物でも、分け隔てなく、お花は彩っていく。
店内を、店先を、そして、街中を。
赤、青、黄、緑、ピンク——数え出したらキリがない、無数の色彩。
今はカウンターに移した写真。
そこに映る〝お姉様〟の始めたお店は、確かに小さな港町を彩った。
「ねぇ、リザ。そっちにグリスってある?」
「カウンターの上に置きっぱなし! 昨日、ここでメンテナンスしてたでしょ?」
客間の方から聞こえてくる声は今日も賑やかだ。
とても頭の上がらない、ウチの人形師。
足を運んだ客間は、昔と比べてかなり様変わりした。
買い替えて軋まなくなったソファー、くっきりと外を映す澄んだガラス窓、ぴかぴかのテーブル。
「ありがとね、今は手が離せなくって」
「〝オリジナル〟は、大変だもんね?」
あまり作業の邪魔をするのは良くない。
作りかけの人形に軽く頭を下げて、その場を立ち去る。
どんな子になるんだろうって。
いつも、訪れるたびにそんなことを考えていた。
決まった誰かをモデルにしたわけではないオリジナルの人形。
近頃は、街中を歩く姿を良く見かける。
家族として、友達として、与えられた役割が人を幸せにする。もう、所有者も人形も、そのどちらも縛られることはない。
だけど、あたしが出会ったお人形さんは——。
「——あ」
ふと、カウンターに戻る途中で見つけた、箱に収められたいくつもの花々。
その中の一輪に気がついて。あたしはそれを摘んだ。
カウンターに立てかけられた写真は、決して一つだけではなかった。
隣の写真に写った女の子とよく似ていて、それでも、確かに違うあたしの大切な人。
一輪、挿した薄紫色のお花。
指切りをしてまで約束したお花。
——〝あり、がとう〟
約束から程なくして、あなたの瞳からは、永遠に光が消えた。
あの子と同じだ。もう二度と、言葉を発することはなくて、こちらを向くことも、動くこともなくて。
それでも——何もかもが残っている。
あなたが口にしたその言葉も、あなたがずっと支えたこのお店も。
ずっと、欲しがっていた温もりをくれた。
あたしを〝お姉ちゃん〟にしてくれた。
「——ねぇ、〝シオン〟」
他の誰でもないあなたを、あたしはずっと忘れない。
「あなたは、あなただったよ」