コツコツ、トントンと沢山の足音が重なり合い地鳴りのように聞こえる。嫌だ。こっちに近づいてこないでくれ。もし、見つかりでもしたら……
「相棒よ、どこにいるのだ?」
「提督さんどこっぽい?」
「あらあらあら、お姉さんとかくれんぼかしら?」
「僕達は提督を守りたいだけなんだよ?」
『司令官』『提督』『貴方』『相棒』など様々な名前で俺の事を呼ぶ艦娘達。しかし、俺の事を想ってくれていた艦娘達は、今は敵である深海棲艦と同じ”化け物”にしか見えない。いや、もうあいつらは化け物で俺の敵なんだ。俺は奴らの上官と言う名の「慰者」でしかなかった。
「出てき来なさいよクソ提督!」
「提督さんは由良たちが守りますから、安心して出てきてください……ね?」
「そうよ、貴方は何も心配はいらない。無駄な抵抗は止めなさい」
「この大和が毎食お料理をお作りしても良いんですよ?寝る時も添い寝もしますし、もちろん下の世話だって……」
何が守るだ、安心しろだ。彼女たちの守ると言うのは束縛に近い。己の依存するものを失うのが怖いから必死に閉じ込めようとしてるだけじゃないか。もうこんな世界にはいられない。
どうして俺はあんな事を望んでしまったんだ。実現して喜んでしまったんだ。この出来事の全ては最初から彼女たちが仕組んだことだった。
アニメやゲームの世界へ転生はオタクであれば誰もが望むであろう夢である。だが、実際にはありえないわけで己で創造するなり、創作物を読むしかない。夢だけ膨らませて楽しむだけなら問題はなかった筈なのだ。
「「見つけた」」
その絶望的な言葉と共に自分が隠れていた木箱の蓋が開けられた。木箱の周りをぐるりと囲う艦娘達。その目は全て濁りきっている。
「さぁ、執務室に帰ろう。元の世界なんかよりも”ここ”が一番安全な場所だ。相棒がわざわざ危険な場所に自ら行く事はしなくていいんだぞ?」
俺は成人男性の平均的な身長と体重だった。しかし、艦娘にはそんな事は関係なく、武蔵から軽々と担がれる。俺を見つめる残りの艦娘達は笑顔でその様子を見ている。
「い……嫌だ……元の……元いた世界に帰してくれ……」
俺が画面越しで見ていた楽園は偽物だった。
代り映えのしない今の日常が嫌いだった。お金が無くともオタ活ができる時間があった学生時代が羨ましい。今では金はあるのに時間がない。家に帰っても大好きだった「艦これ」をすることも無く、休日だろうがただ寝て起きてをするだけの場所になっていた。
そう言えば、最後に秘書艦にしていた子は誰だっただろうか?最後に遠征に出していた子はどの子たちだっただろうか。時間があった学生時代の時は彼女たちが生活の一部になっていた。第二の家族と言うべきだろうか。奥さん?嫁?我が子?とにかくオタクでぼっちの俺は青春を全て「艦これ」に注いでいた。
それに何度「艦これの世界に行けたらいいのに」と願っただろうか。恥ずかしいが、初詣の時もこっそりそんな願い事をしていたが、まぁそれぐらい熱中していたわけだ。
それに艦これの世界では俺は軍人なんだ。この世界で言えば国家公務員。鎮守府や基地の司令ともなればそこそこの地位だし、金も持っていて将来安泰で美人に囲まれるなんて夢のような仕事でもあるだろう。
仕事内容だって恐らく、基本は自分はただ司令室から艦娘達に命令をするだけで良いのだから。適度に艦娘とコミニケーションをとればいいだけだし、なにより彼女たちは俺の事を無償で愛し、尊敬してくれる。お互いにwin・winな関係性が築けるあの世界が羨ましい。
「あ~あ、糞みたいな世界だよ...…」
鞄を放り投げて椅子に座り込む。今日は理不尽に上司から怒られた。後輩はそんな俺をみて陰で笑っているようだが、俺にはバレバレだった。俺と仲の良かった同僚は同じく同僚だった女の子と結婚。今では奥さんを優先して飲みにも行ってくれない。俺だって、優先したい存在が欲しい。俺を深く想ってくれる存在が隣に居て欲しい……なんて願っても意味が無い。
「……久しぶりに開くかぁ」
埃被ったホームパソコンを見て決心した。出撃や演習はしない。ただ推しのボイスを聞いて癒されるだけにしよう。今日は遅いし、明日は早いし……心の傷を癒すだけで良いんだ。きっと明日も頑張れるはずだ。
パソコンを起動させブラウザを開く。懐かしい画面にゲームスタートの文字。それをクリックすれば俺の帰りを待っていた艦娘達が居てくれる。
『提督(さん)』
『司令官(さん)』
『相棒』
『貴方』
『貴様』
『Admiral』
おかえりなさい!
複数の艦娘が俺を呼んだ気がした。なんだか聞きなれない出迎えボイス。最新のアプデで追加されたのだろうか???
ロード画面に切り替わり、母港を読み込む。久しぶりの艦これにドキドキが止まらなかった。
「……あれ?」
2分ほど待ったが、艦これは起動しなかった。ずっとあのロード画面のままだ。パソコンが重くなってるからだろうか?それともネット環境が悪かっただろうか?それともメンテナンスと重なってしまったのだろうか?いや、多分違う。Wi-Fiは繋がっているし、メンテナンスの表示もエラーも何も出てこない。再度ブラウザに入り直そうと右上の×をクリックするも反応が無い。
「壊れたのか?」
カチカチとあらゆる方法を試したがロード画面から切り替わるどころか、別の画面にすらできない。何ならシャットダウンすらできなくなっていた。こんな壊れ方なんてあるだろうか?パソコンのデータが飛ぶ事を覚悟し強制終了しようと試みるも画面は消えない。
仕方が無いからスマホで検索でもするかと、スマホを開くと全てが文字化けして分かりやしない。それに、検索した所でパソコンのように読み込み画面が永遠と続くようになった。
「どういう事なんだ……?」
パソコンだけならただの故障で済んだだろう。だが、スマホまで同じ現象が起きれば一種の怪奇現象のような感覚になってしまう。
「なんでだよ。どこも壊れて無いだろ? パソコンはともかく、スマホが壊れたら困るんだよ...…」
契約しているスマホ会社のコールセンターに掛けようにもそのスマホ自体が使えない。連絡手段も、検索し解決する手段も無い。
「……や、やべぇ……」
とにかく連絡ツールが無いと生きていけない社会なんだ。明日は会社に行って直接休みを取りに行こう。当日かもしれないが、これは緊急事態なものだから仕方がない……よな?もうそれでいい。朝一に会社に行って、新しいスマホを契約して、パソコンを買い直そう。
「って事で風呂入って寝るか」
スーツを脱いで下着姿になり、自室から出たはずだが...…
「……はい??」
本来なら正面には玄関。左に極小キッチン、右にはトイレと風呂場に繋がるドアが2つあるのが俺の部屋だった。だが、今目の前にあるのは自室よりも広い部屋だった。そして、この部屋には見覚えがある。
「艦これの中の執務室だ……」
大きく立派な装飾のされた机と椅子に蓄音機。窓にはとある艦娘をモチーフにしたてるてる坊主とカーテン。
「はははは……」
ペチンと自分の頬を叩いてみるとちゃんと痛覚が機能している。どうやら夢ではならしい。俺は「艦これ」の世界に来てしまったようだ。あんなにも願ったが行けなかったのに、まさかこんな気が付けばすんなり世界入りするなんて...…
「ふ……ふははは!!願いが叶ったんだ!俺、艦これの世界に来れたんだ!!」
嬉しさのあまりガッツポーズをする。だが、それだけじゃ足りず部屋を年甲斐もなく走り回った。俺の部屋だ。俺の執務室だ。俺の鎮守府だ。
そうだ俺の艦娘は?
こうなれば会いに行かねば。この世界に来れたと言うなら、きっと彼女たちと触れ合う事もできる。画面越しではできなかった事が全てできるのだ。金剛型四姉妹とお茶をして、夕立や時雨たちと間宮に、島風と鬼ごっこ、大和のディナーを食べたり、鳳翔さんに甘えて見たり……pixivの創作物で見た事全てができるんだ。それも実際にだ。この五感全て感じることができるのだ。
「行くしかない!」
AC版なら可能のようだが、ブラウザ版では本来なら画面外で見る事のない執務室の出入り口の大きい扉に手を掛ける。ここを開けば楽園が俺を待っている。俺はドアノブを捻り、重く軋ませながら扉を開けた。
「提督さん来たっぽい!!」
聞き覚えのある声と共に俺の胸に飛びついてきたのは、俺の鎮守府の駆逐艦のエース『夕立』だった。やっぱり犬のように頭をぐりぐりと押し付けてその喜びを表現していた。
「ずるいじゃないか、夕立!」
「そこの駆逐艦、提督から離れなさい」
「目の前に提督がいるんだ。まぁ、そうなるな」
「司令官だ!」
「しれぇ!」
廊下に並ぶ艦娘達。なんて光景だ。これが今実際に起きている事なんだ。
「や、やぁ……君たち」
言いたいことは山ほどあるが、いざ口にしようとすればできないものだと初めて知った。それに、画面で見るよりも可愛いし、美人ばかりだ。
「提督……やっとこうして触れ合う事ができますね」
涙目の神通が俺の頬に触れた。細長い手、それに手袋からなんだか女の子の良い匂いがする。こんなにも近くで異性を感じるなんて...…
「俺、夢の中にいるわけじゃないよな?」
「現実ですよ、提督」
「俺はやっとここに来れたんだな」
「そうです……やっと提督をここでお出迎えすることができたんです」
ツゥーっと神通の頬に一筋の涙が伝った。こんなにも俺と会える日を望んでいたのか...…周りを見れば他の子達も涙を流しながら俺を見ている。こんなにも歓迎してくれるなんて生まれて初めてだろう。
「提督さん、夕立たちとずっと一緒に居てくれる?」
「勿論さ、俺だって夕立たちと一緒にいたい」
夕立を抱きしめると、夕立も返答するように抱きしめ返した。服越しに感じる温もりや柔らかさが現実実を帯びさせる。ずっと抱いていたいぐらい抱き心地が良い。
「Hey!テートクゥ!ここにいるのは夕立やジンツーだけじゃないデース!私たちも構って欲しいネー!」
「うおっ!こ、金剛!腕に……!」
俺の腕には金剛の胸が押し付けられている。柔らかく、でかい。さらし越しから柔らかさも大きさもダイレクトに伝わっていた。これは股間に悪い。
「わざとに決まってるデース。時間さえよければ良いんダヨ?」
「お、おいぃ……」
「そこの高速戦艦。提督をこれ以上困らせるのはやめなさい」
そんな金剛を咎める一航戦加賀。俺に向けているわけではないが、その鋭い眼光には思わず身震いしてしまう。だが、やはり良い。こんなにも美人が俺の周りを囲んでいるなんて……
「相棒よ、この武蔵の事を無視してもらっては困るな」
「構ってもらえないと妬いちゃうわよ?」
次に来たのは武蔵に陸奥。駆逐艦や軽巡と違ってさらに大人びて妖艶な雰囲気を漂わせている。
「う、うぉ…………」
「皆、待ってください」
「サラトガ………」
淑女……いや、聖女と例えるべきか。サラトガが全員を止めた。艦娘達はピタッと止まりサラトガを見つめている。
「提督はお疲れだと思います。ここらで解散して、明日改めて歓迎会を行いませんか?」
サラが流暢な日本語で話し終わると一斉に艦娘達は俺を見た。そうだな……サラの言うとおり確かに疲れていた。仕事終わりでもあったし、大体この出来事がなければ今から風呂に入ろうとしていた。
「あぁ、俺もちょっと疲れてたんだ。仕事があって帰ってきてばっかりだし、申し訳ないが明日にしてくれると助かるよ」
少しだけ不満が聞こえ、廊下中がざわめきに包まれるがすぐにおさまった。
「じゃあ……明日っぽい?」
「うん、明日。今日はもう遅いだろう?朝改めて歓迎してほしい」
不安そうに俺を見つめる夕立と時雨。そうだよな、長い間ログインできずに待たせてしまったんだ。俺がまた何処かに行くのが不安なのだろう。これからは毎日一緒にいられるんだ。こんな可愛い彼女達を置いてどこかへ消えるなんて有り得ない。
「提督………僕……僕達みんな信じてるからね」
声は震えていたが時雨の青い瞳がまっすぐ俺を見た。他の艦娘も顔を曇らせながら見ている。
「ここで誓う。これ以上君たちを悲しませない。だから皆、俺を信じて欲しい」
「その言葉忘れないよ」
誓わせた時雨と聞いていた全員の顔が怪しく微笑んだ事をその時の俺は気が付かなかった。