ダンガンロンパ十周年記念小説【ifストーリー】第二章 乙女心☆ポリシーとプリテンダー★ボーイ 作:千葉 仁史
0、電源オン
1、会話
「それって、もう十年前のゲームでしょ? 何がどうなるか知っているのに楽しい?」
「覗き込むなよ! やりたくってやってんだから、俺の勝手だろ!」
「何回もクリアしてたのに飽きないのかなって思っただけよ」
「急に懐かしくなったんだよ。発売当時は無茶苦茶ハマっていたからな、アニメもしてたし」
「そうだったっけ、もう覚えてないや。でも、こんなに周回プレイしていたら覚えないかしら」
「まぁ、確かに。目を瞑ってもプレイできるは言い過ぎだが、シナリオは勿論、台詞は大概覚えちまったけどな」
「違うわよ」
「あ?」
「キャラクターの方よ」
「???」
2、役割譲渡、またはロールプレイの変更
「君に僕の【チカラ】をあげるよ」
3、 第二章 乙女心☆ポリシーとプリテンダー★ボーイ 日常パート編
二階へのシャッターが開いていく。
「いくわよ」
誰もが正面を向きつつも、周りの動きばかりが気になって動けないなか、未知の階への最初の第一歩を踏み出したのは彼女――【霧切響子】だった。それを皮切りに顔を見合わせたクラスメイトの面々も次々にステップを踏んで上がっていく。【僕】も足を動かし、階段の
学園長と名乗る白黒熊人形の【モノクマ】によって解放された二階にはプールと図書室があった。超高校級のスイマーこと【朝比奈葵】がそのことに
僕が気になったのはプールより図書室の解放であった。超高校級の御曹司【十神白夜】も興味を持ったようで、顎に手を置いて何やら頻りに頷いており、その様子を影からじっと超高校級の文学少女【腐川冬子】が見詰めている。超高校級のプログラマー【不二咲千尋】は「プログラム関係の本があれば嬉しいな」と子リスのように瞳を輝かしていた。
教室も幾つか解放されたようだが、今では単なる空き部屋でしかなく、それを見た超高校級のギャンブラー【セレスティア・ルーデンベルク】が「山田くん、この空き部屋を遊技室に改造できないかしら?」と呟き、会話を振られた【山田一二三】は「僕は超高校級の同人作家であって、船大工が来る前の狙撃手ではありませぬ!」と額に浮いた汗を拭きながら謎の弁明をしていた。その後ろでは――暇なのだろうか――ロッカーを片っ端から開けて確認している超高校級の暴走族【大和田紋土】の姿も見える。誰かがそうしていると、また別の誰かも気になるように、超高校級の野球部員【桑田
「入口に立ったまま、どうされたのですか?」
背後から【彼女】に話し掛けられ、僕は思わず飛び退きそうになった。なんたることだ、ドア付近に立って人の通りを乱すような真似をするなんて!
「す、すまない! 僕としたことが! 超高校級の【風紀委員】と謳われた僕がクラスメイトを困らすとは、有るまじき行為だ!」
「ふふっ、そう謝ることはありませんよ、【石丸清多夏】くん」
振り返ると、超高校級のアイドル【舞園さやか】がクスクスと笑っている。クラスメイトの彼女に笑われる不出来な己自身に、【僕】こと【石丸清多夏】は頭を抱えたくなった。
4、
ある程度の散策が終わると、一度、一同は一階の食堂へ戻ることとなった。一階は入学してすぐに十五人で探索したが、出口はまるでなく、二階ならば、と淡い期待を抱いて十二人で探索したところで結局は無しの
「二階の確認も終わったことだし、以前決めたように定例会として朝・昼・晩の食事を兼ねて顔を出して、夜時間に出歩かなければ、後は思い思いに行動して構わないわ」
「おい、言いたいことはそれだけかよ」
それでは、と言いたげにすぐに食堂を出ようとした霧切くんを大和田くんが引き留める。大和田くんが霧切くんの目の前に立つと、身長差は残酷な程に際立った。
「これ以上、貴方たちに何を話せと言うの?」
「テメェ!」
「よしたまえ、大和田くん!」
女性に殴り掛かろうとする大和田くんの前に僕は立ち塞がった。か弱き女性に暴力なんて、【彼】と【約束】した以上、僕の
「そう言って、今度はお前が殺人を企む番か、霧切」
食堂の椅子に堂々と座り込んで、指を組む十神くんの発言に一斉が凍り付いた。十一人の視線を集めた十神くんは不遜にも鼻を鳴らしたが、霧切くんが冷徹な声で「莫迦言わないで頂戴」と断頭するようにばっさりと斬り落とした。一気に剣呑な空気に溢れ返る食堂に、不二咲くんが怖いのを我慢しながら「喧嘩はやめようよ」と震える声で囁くように呟いた。
「十神! なんで、こんな時にそんな挑発的な物言いをするのよ!」
「そうですよ。今は争っている場合ではありません!」
朝比奈くんと舞園くんも抗議の声を上げるが、十神くんの態度は変わりそうに無かった。皆の注目が大和田くんから十神くんに映ってしまったことにより気が削がれたのか、大和田くんが黙り込んだのを確認した僕は十神くんを注意すべく足の向きを変えた。
「十神くん! 彼女らの言う通り、我々に不和を持ち込む真似はよしてもらおうか!」
「不和を持ち込む? 石丸、何を馬鹿なことを言っているんだ。不和なら既に持ち込まれているのではないか、第一の殺人によって」
殺人というリアルな
「十神白夜殿、あれは意図した殺人ではなく、むしろ我々を――」
「ですが、犯人が意図しない・意図したにせよ、人一人死んだのはまごうことなく事実ですわ」
「モノクマによる【オシオキ】という名の、悪趣味で非道徳かつ無慈悲な公開処刑もな」
山田くんが反論を試みるが、セレスくんが否定し、大神くんも続けて言った。しかし、大神くんの台詞はセレスくんと違い、犯人へではなく、モノクマに対しての心からの
「でもよぉ、仕方ないじゃないか。犯人を見付けなきゃ、犯人を除いた俺たち全員が死ぬことになっていたんだぜ」
「どうせ、私たちみんな死ぬのよ。殺されちゃうのよ」
椅子にどっかりと座りながら桑田くんが肩を竦める隣では、腐川くんが爪を齧りながら呟いている。条件反射的に「爪を齧るのはよくないぞ」と腐川くんに注意すると「それ、今言うことじゃないでしょ」とぼそぼそ声で彼女に反論され、朝比奈くんにまで「空気読みなよ、石丸」と注意された。マナーとして当然のことを指摘しただけなのに何故だ? 理不尽だ。
「私は殺人なんてしないわ。むしろ、やれるものならやってみなさい」
「なに?」
僕が疑問符を浮かべるなか、霧切くんが宣戦布告のように声を発する。力強くも大声でもない、しかし真実を告げるときにも似た響きをそれは持っていた。そして、彼女の瞳は――あの不遜な天才児・十神くんが
「今まで人を殺したことが無いのに殺そうとする度胸をカバーするリスク、殺そうとしたところを逆に
一気にリスクと恐怖を並び立てる様は第一回目の学級裁判の彼女を彷彿させた。被疑者に逃げ道どころか弁明の余地すら赦さず、【無情】かつ【冷徹】に、淡々とした声でありながら【激情的】に犯人を追い詰める彼女の背は、学級裁判初めての我々を青褪めさせるには十二分の存在であった。そして、その学級裁判時の彼女の姿は答え合わせするまでもなく我々に否応なしに【彼女が何者であるか】を自覚させたのであった――
「それらのリスクを背負う覚悟と私に真相を暴かれない自信があるのならば、やってみなさい。超高校級の【探偵】こと霧切響子が受けて立つわ」
――彼女が超高校級の【探偵】であることを。
5、
彼女が去った後の食堂には静寂が訪れ、十神くんがわざとらしく咳を一つしてから一言も発さずに食堂を出て行き、腐川くんが追随する。他の者がどうするかとまごついているうちに大和田くんが苛々した口調で「なんなんだ、あのアマは!!」とそう広くも無い食堂で絶叫するものだから、すかさず僕は「女性にそのような蔑称はよしたまえ」と注意した。
「ンだよ、テメェ。この俺に説教か!?」
「説教ではない、忠告だ」
「ああ、なんだって!?」
「? 忠告だと言っているのだが」
「この野郎!!」
聞こえなかったようなので、もう一度、同じ
「ほら、喧嘩はよそうってさっき話したばっかりじゃないの!」
朝比奈くんが仲裁に入る。僕としたことが! 感傷に捕らわれ風紀委員の仕事の一つである喧嘩の仲裁を彼女にさせてしまうとは、嗚呼、なんて情けない!!
「ああ、テメェには関係ねぇじゃねぇか!」
「あるよ、クラスメイトだもん! 暴力だけが解決法じゃないよ!」
「大和田よ、朝比奈の言う通りだ、」
「チッ、大神まで! くそったれ! 寄ってたかって、この俺を――」
「では、違う方法で解決してはどうでしょうか?」
大和田くんと朝比奈くんと大神くんが話していると、小さく挙手してセレスくんが会話に乱入してきた。挙手をするとは、なんとも学生らしい態度を取る彼女に僕は感心をした。
「この頭固い委員長と、どんな勝負を取るってんだよ!?」
「え? 解決法ではなく、
「大食い勝負? 早食い勝負? でも、料理するのも大変だよね」
僕の襟首を解放した大和田くんが早速吠える。山田くんの呟きはスルーされ、不二咲くんがあれこれと提案する。自ら考える姿、なんたる模範的な学生ではないか!
「その通りだ、不二咲くん! それに僕らの勝負に限られた食材を無駄に使う訳にはいかないからな!」
「なら、プールで勝負だよ! どっちが速く泳げるかさ!」
「いやいや、どっちがマキシム速い球を上げられるかだろ?」
「歌唱力ですよ!」
「画力で勝負しましょう! この超高校級の【同人誌作家】である僕が審査させて頂きます!」
「では、ブラックジャックで勝負はどうでしょうか?」
僕も意見すると、次々と皆から案が飛び出していく。まるで学生の討論会のようで、素晴らしいことだ! 僕は云々と頷きながら、大和田くんとの勝負内容が決まっていくのを聞いていたのだった。
(ん? 勝負内容??)
僕が正気になった頃には、もう既に時は遅し。まるで授業スケジュールのように、大和田くんとの勝負内容が出来上がっていたのだった。
6、
彼との勝負はどれも激闘であり、熾烈を極めた。
ブラックジャックは大和田くんが勝利をもぎ取り(まさかトランプの合計が20なのに更に攻めるとは思いも寄らなかった)、歌唱については国歌をしっかりと斉唱した僕に軍配が上がり(僕の歌のチョイスに何故か皆、辟易とした表情を浮かべていた)、画力はドロー(山田くんが「
そして、お互いに二勝二敗一引き分けとなった僕らは、プールから出た後、決戦の場としてサウナで勝負を行うことになった。運・画力・歌唱力・運動力・体力と勝負して決着が付かなかった。ならば、最後は根性勝負ということだ!
「どうした、風紀委員長? 顔が真っ赤じゃねぇか? まるで温泉に浸かった猿みたいだぜ?」
「顔が赤いのは生まれつきだ。君こそ、辛そうではないか? 僕なんて、鍋焼きうどんでも食べたい気分さ!」
目も合わせず、だが心の中ではギリギリと睨み合うような気持ちで、サウナで全力を尽くす。桑田くんが「おい、もう四十分も経ったぜ! まだやるのかよ?」と抗議の声を上げたが、僕らの勝負は着いておらず、大和田くんが「うっせぇ! テメェらはもう部屋に帰ってろ!」と言ったこともあり、いつの間にか
実のところ、この後のことは覚えていない。気が付けば、脱衣所で顔も体も真っ赤にした大和田くんと共に寝っ転がっていた。僕が「君の方こそ温泉上がりの猿みたいではないか」と言うと、大和田くんは「テメェも鏡を見ろよ。面白いぐらいに真っ赤だぜ」と言い返すものだから、フラフラする体を叱咤して鏡を覗き込んだら、大和田くんと同じくらい真っ赤にした僕が映っていた。対局な存在であるはずの超高校級の【暴走族】と【風紀委員】が同じように顔を赤くしていることが何故か面白くて、思わず「なんだ、僕も君も一緒ではないか!」と笑ってしまった。すると、大和田くんもゲラゲラと笑い出して「まるで兄弟みたいだな」と言った。一人っ子である僕は【兄弟】というものに憧れていたので、【兄弟】とはなんて素敵な響きなのだろうか! と思った。
それから僕らは散々笑い合った後、お腹が空いたので食堂へお約束通り鍋焼きうどんを食べに行くことにした――新たな【兄弟】と共に。
7、
翌日、食堂で腕を組む僕たち兄弟を見たクラスメイトは、奇怪なものを見付けてしまったような顔付を浮かべていた。その度に大和田くんが説明し、僕は【忘れろビーム】を放った。十神くんまで顔を顰めながらも尋ねてきたなか(十神くんはいつもぶっきらぼうな表情を浮かべているような気がする)、霧切くんだけが聞いてこなかったのが不思議だった。
朝の食事が終わり、風紀のパトロールとして歩き回っていると、空き教室から賑やかな音が出ていることに気が付いた。確か、あの空き教室は僕と兄弟が勝負する際、ブラックジャックを行った場所だ。セレスくんは「貴方は私たちに不自由をさせないと仰いましたよね。では、あの空き教室を勝負部屋として改造して下さらない?」とモノクマに詰め寄り、僕らの男同士の勝負に貢献してくれたのだった。そんなことを思い出しつつ感謝をしながら、扉を開けると、其処は最早教室ではなかった。
室内は暗く、四隅は完全に闇に埋もれていた。しかし、中央のテーブルにだけまるで蝋燭を灯すように光が漏れている。カードが散らばる音、チップ代わりのモノクマコインが積み上がったり流れたりする音が静かに響く。扉を開けて茫然としている僕に気が付いて、トランプと睨めっこしていた山田くんと朝比奈くんが「げ!?」と言いたげな表情になるなか、セレスくんがニッコリと笑って「ようこそ、いらっしゃいました」とほほ笑んだ。
「き、君たちはいったい何をしているんだ!? 未成年でありながら賭博とは僕は許さんぞ!」
「私は私のポリシーを貫いているだけですわ」
「ポリシー?」
「ええ。超高校級の【ギャンブラー】としてのポリシーですわ、石丸くん」
瞠目してしまっている僕に、彼女はあの凶器みたいな指輪(アーマーリングだったか?)を煌めかせながら、ニコニコと語った。
「私たちはこの希望が峰学園の選ばれた【超高校級】の学生です。この監禁された学園生活において、その【超高校級】の脳力が発揮されないというのはなんとも無駄使いではありませんか? 貴方が【超高校級】の風紀委員のポリシーとして我々を取り締まるという
「いや、しかし……」
「嗚呼! 昨日は貴方たちの勝負を付けさせるためにあんなにも貢献したのに、私たちのポリシーを守るための活動を許さないとは、なんて酷い仕打ち! これが【超高校級】の風紀委員のすることなのかしら!」
「むむむ、確かにその通りだ! 君たちは僕と兄弟の勝負に貢献してくれた! ならば、僕は風紀委員として君たちが持つ【超高校級】の能力へのポリシーを守ろうではないか!」
「本当ですか、石丸くん!」
そう言い切った途端、随分とひらひらとした服を着た舞園くんがもう一つの空き教室から飛び出してきた。そういえば、あの空き教室は歌唱力勝負をするために即興の音響室へ改造されていたのだった。ピカピカ光るペンライトを持ち、珍妙なハッピを着た桑田くんも舞園くんの後ろで「言質は取ったからな!」とぴょんぴょん跳ねている。
「こりゃあ、うまいこと利用されちまったなぁ」
いつの間に現れたのか、僕の後ろから兄弟がそう呟く。【超高校級】の肩書を持つ彼・彼女らは僕が思っていた以上に強かであったという訳だった(だがしかし、こんな形で僕は知りたくなった)。
8、
「え、ライブ?」
「ああ」
僕が個室のドアをノックすると、やや遅れて不二咲くんが顔を出してくれた。
「空き教室で舞園さんがライブするんだね。でも、どうして石丸くんがそのライブチケットを配っているの?」
「なんだ、その、つまり……【超高校級】のアイドルである舞園君のポリシーを守るのも、風紀委員としての僕の務めだからだ!」
彼・彼女らの、僕らの勝負内容への貢献と言質により、僕は超高校生級のアイドルの教室ライブのチケットを配り歩くことになったなんて、とても言えそうにない。
「不二咲くん、どうか君も来てくれないだろうか?」
「勿論行くよ! 【超高校級】のアイドルのライブが間近で観られるなんて滅多にないことだからね!」
「君の協力に感謝する! ところで、君も君の【超高校級】の能力を生かすためのポリシーがあるのなら教えておくれ! 是非とも協力しよう! だが、学生の本分たる勉強も決して疎かにしてはならんぞ」
「う、うん。ありがとう、石丸くん」
快く頷いてくれた彼女に約束を交わす。最初の事件が起きてから不二咲くんはずっと沈みがちであった。それが少しでも浮上するならば、クラスメイトとしてもとても喜ばしいことだ。
「でも、石丸くんも無茶しないでね」
「む? 僕は何の無茶もしていないぞ? 奇妙なことを言うのだな、不二咲くんは」
「だって、石丸くんは【彼】の近くにずっといたんでしょ? 【彼】の命が消えるまで」
途端、僕はきゅっと心臓が鷲掴みにされたかのような気分に陥った。死に逝く【彼】の声、失いつつある【彼】の掌の温度、そして【彼】と交わした最期の【約束】が【
「不二咲くんは優しいのだな」
情けないことに石丸清多夏個人としてそう言えるのが精一杯で、【超高校級】のプログラマーとしてではなく、不二咲千尋個人として心配してくれた彼女に「ライブ時間には遅刻しない様に。五分前行動は学生として当然の規律だからな」と【超高校級】の風紀委員としての発言しか僕には出来なかった。
9、
「兄弟、そちらはどうだったろうか? 僕は部屋にいた不二咲くんを誘うことが出来た」
「大神を誘うことはできたが、十神の野郎と腐川は無理だったぜ。つぅか、腐川は会話にすらならねぇよ。それにしても、あの財閥眼鏡野郎、なぁにが『気の短いプランクトンと慣れ合う気はない』だ! 大神が居なかったら廊下の端から廊下の端まで殴り飛ばしていたところだぜ」
「暴力は駄目だぞ、兄弟」
音を立てて
「胸糞悪くなるだけだから会わない方がいいぜ、兄弟」
「それでも、僕は彼に会って言わねばなるまい。それに、もう一人探している人物がいるからな」
「探している人物? 誰だ、それは?」
「霧切くんだ」
10、
朝昼晩の定例会を兼ねた食事会を除いて姿を現さず、【超高校級】の探偵としての啖呵をきった彼女は今尚誰との
「兄弟からも聞いたと思うが、舞園くんがライブを行うのだ。君も観てくれないだろうか?」
「な、なによ。みんなの前で【超高校級】のアイドルと私を見比べて笑おうっていうの?」
「え? 何故、そのような話に? そんな訳が――」
「ふ、ふふ。これが本当の【公開処刑】ってヤツよ。ど、どうせ私は可愛くないし、美声でもないわよ!!」
僕が呆気に取られているうちに彼女は走り出してしまっていた。咄嗟に「廊下は走ってはいけない!」と遠ざかりつつある彼女の背に注意を飛ばすと「アンタ、本当に空気が読めないわね!」と絶叫されてしまった。そのまま角を曲がって彼女は見えなくなってしまったので、次に会ったときにはちゃんと注意しようと僕は決めた。
(それにしても、何故『空気が読めない』と言われるのだろう?)
ふつふつと考えながら、図書室の扉を静かに開ける。兄弟から此処に十神くんがいると聞いたが、今でもいるだろうか? 計画された林業のように規則正しく並んだ本棚の森を見渡していると、話し声が聞こえてきた。きっと十神くんに違いない。では、会話の相手は誰だろうか? 疑問に思って近付こうと思ったとき、不意に腐川くんの言葉「空気が読めないわね」が蘇ってきた。はて、と考える。なので僕は、此処は空気を読んで会話を邪魔しない様にすることに決め、本棚の影から覗き込むことにした。幸運なことに、もう一人の探し人も其処にはいた。十神くんの話し相手は霧切くんであったのだ。
「霧切、随分な啖呵を切ったものだな。やれるものならやってみろ、か。犯罪経験のない学生が起こす事件なんて、【超高校級】の探偵である貴様にとっては前座にもならないか」
「……」
「意図しない・意図したせよ、殺人ゲームが起きてしまったのだ。次はもっと狡猾かつ悪意に満ちた犯罪が起きるぞ」
「……」
「それにしても、事件を解決する探偵が挑発するとは。なんだ、俺同様に貴様もこのゲームを楽しんでいるではないか」
「……」
「おい、なんか言ったらどうだ」
「血統書付きの犬って小型犬が多いわよね」
腕組をして余裕ぶっていた十神くんであったが、霧切くんから無言の回答を貰う度、あの細い指先で自身の腕を叩いたり、靴先で床を鳴らしたりするようになり、とうとう何も応えない霧切くんに焦れたのか、彼女に恫喝するように近付いた。兄弟のことを『気が短い』と愚弄した割には、彼も気が短い方らしい。他人の振り見て我が振り治せ、とは習わなかったのだろうか?
(彼女に何かあったためにも、すぐに飛び出せるようにしなければ! それにしても、何故、彼女は急に小型犬の話を?)
婉曲的な話が苦手な僕には、とんと分からない。十神くんも同様だったらしく、霧切くんに「小型犬がどうした?」と更に一歩を進めた。
「小型犬って、よく鳴いて吠えるでしょう。あのカン高い声、慣れていない人には不愉快に聞こえるけど、慣れている人には可愛く聞こえるモノなの」
ね? と確認を取るように彼女が一文字だけ彼女が発した瞬間、十神くんの腕が動いたので、僕は一気に床を蹴り飛ばして彼の腕を掴んだ。
「よしたまえ、十神くん。女性への暴力は、この僕がいる限り許さないぞ」
「石丸か……っ! チッ、フェミニストぶりやがって――」
「僕は【超高校級】の風紀委員として、当然のことをするまでだ」
(そして【彼】との【約束】の為にも)
彼の腕を解放した僕は霧切くんを背にして立った。十神くんは聞こえよがしに舌を鳴らすと「知らん内に【
(【超高校級】の御曹司でありながら、彼はマナーのマの字も知らないようだ。今度、マナー講座を開かなければ)
云々と予定を立てていると、背後の彼女が動く気配がした。
「彼の動きを止めてくれた礼は言うわ」
それだけ言って立ち去りそうな彼女に、僕は慌てて「待ちたまえ」と声を掛けた。
「舞園くんが空き教室でライブを行うのだ。十神くんと腐川くんを除いた皆が来る予定なのだが、君も――」
「断るわ。そんな気分ではないもの」
ぴしゃりと切り落とされる。振り返りもしない彼女の背は拒絶そのものであった。そのまま立ち去っていきそうな彼女に、僕は「せめて彼女が歌う最後の楽曲だけ聞いてほしい」とだけ告げる。しかし、霧切くんは最後まで何も応えずに図書室から出て行ってしまった。
(十神くんも誘いそびれてしまったし、いったい僕は何をしているのだろう!)
衝動的に頭を掻き毟りたくなる衝動を堪えていると、チャイムが鳴り響いた。ライブが始まる時間である。常に五分前行動を重んじる僕としたことが! 慌てて僕はライブ会場となる空き教室へ向かった――勿論、駆け出すことなしに。
11、
扉を開け放つと、其処は【彼女】の独壇場であった。
山田くんが音響を、兄弟がスポットライトを操作し、此処が空き教室である証拠は見事にかき消されていた。舞台は即興で作られたものであるはずなのに、【彼女】が放つ雰囲気に呑まれ、ちっともそうには見えない。不二咲くんが学生椅子に行儀良く座る隣で朝比奈くんが楽し気にペンライトを振るい、特に桑田くんが熱狂的過ぎて、度を越した奇行をする度に大神くんに咎められていた。熱気で溢れ返っているなか、セレスくんだけが教室の端で何処から持ち込んだのか分からないが、テーブルと白い椅子に座り込んでロイヤルミルクティーを嗜んでいる。だが、それよりも何よりも僕の瞳を穿つのが、舞台に立つ【彼女】――舞園さやかの姿であった。ライトが照らされた彼女は、たとえライトが無くても、輝けるような気さえした。彼女がステップを踏む度に、大袈裟ではなく、本当に星の欠片が飛び散り、彼女がウインクする度に花弁が舞うようであった。彼女の歌声が起こした暖かくて心地よい震えが僕の身体を満たしていく。
なんて、
綺麗だと心の底から、そう思った。
そうして、僕は兄弟に呼ばれるまで、あの時と同じように扉の前で立ち尽くしてしまっていたのだった。
12、
「最後の楽曲、貴方が指名したの?」
ライブが終わった後、自室に戻る最中でありながら昂揚感が未だに抜けぬ僕に話し掛けたのは霧切くんだった。
「霧切くん、君も聴いていたのだな」
「ええ、廊下で聴いていたのよ。入りづらくってね」
「僕も遅れたのだ、遠慮することはなかったのに。……そうだ、僕が彼女に楽曲のリクエストをしたのだ」
「人が三人も亡くなっているのにライブだなんて。そう思っていたけど、まさかあんな楽曲を最後に歌うなんてね」
「人を笑顔にするのがアイドルのポリシーだと彼女は言っていた。今、この学園はモノクマによるデスゲームにより、皆笑顔を失っている。そんな【いろんな人】に歌を届け、その笑顔を取り戻すのがアイドルとしての務めだ、と彼女は語っていた。そして、そんなアイドルたるポリシーを守るために彼女はこの封鎖された学園生活でもボイストレーニングや体調管理を怠らずに
「……」
「だから、僕は彼女に歌を届ける【いろんな人】の対象に【生きている僕ら】ではなく、【亡くなった彼・彼女】も入れて欲しいと依頼したのだ。彼・彼女らも生きていれば、皆と一緒に聴いていただろうから」
「それで、鎮魂歌を依頼したのね」
「ああ」
霧切くんに話しながら、僕は舞園くんにお願いしたときのことを思い出していた。それを提案したとき、彼女は酷く驚いていた。ライブはとても明るくて楽しいらしいものだから(僕はそれまで行ったことがないから分からない)、相応しくないであろうことも想像していたが、亡くなった彼・彼女らを――同じクラスメイトを放置することも無視することも僕には出来なかったのだ。そのことを説明すると、舞園くんは僕の意見に頷き、最後に鎮魂歌風のバラードを歌うことを約束してくれた。そして、聞き入れる代わりに、僕に勧誘の手伝いだけでなくライブに来てほしい、とお願い返されてしまった。
しかし、僕はライブになんて行ったことがない。そんなことをするよりも勉学に励んだ方が有意義だからである。無論断ろうとしたが、舞園くんから「石丸くんの願いは聞き入れるのに、私の願いは聞き入れてくれないのですね」と涙を見せられたら堪らない。思わず慌てふためいて「勿論! 行こうではないか」と返事をしてしまった途端、彼女が「ありがとうございます!」と大輪の花のように笑った。あれ? 涙は何処へ行ったのだろうか? 首を傾げる僕の後ろでセレスくんが「流石、【超高校級】のアイドルですわね」とぽそりと呟いていた。
「でも、貴方が舞園さんやセレスさんの
「それは兄弟という親友が出来たからに違いない!」
戻って、霧切くんからの質問に僕は胸を張って回答した。
こんな極限状態でも友情を育めるとは、いったい誰が想像できようか。それが証明できたことが嬉しくて、そして【超高校級】の能力を持つ皆のポリシーを守るのが風紀委員としての活動であると気付いたからでもあった。
「真逆のタイプの親友が出来たからだとしても、私にはやっぱり信じがたいわ。【以前】は固かったままだったのに」
「確かに兄弟と会う前の僕はそうだったろう。僕は
「……。それにしても、親友、ね。そんなにいいものかしら?」
「ああ、とてもいいものだぞ! 僕たちの絆は血よりも濃いのだ! それに霧切くんも知っているはずではないか」
「私が?」
「ああ、君も【彼】とは男女を超えた深い友情の絆で結ばれていたのだろう?」
僕がそう言った途端、彼女の瞳が大きく見開かれた。その瞳に学級裁判時のような氷のような輝きは無く、朝露で揺れるラベンダー畑のような色彩を放っている。感情を滅多に見せない彼女の、その動作が酷く僕の胸を揺さ振った。
「す、すまない! 僕はまたしても空気の読めない発言をしてしまったようだ。ああああ、腐川くんにも言われ、舞園くんに感想の一つも碌に言えず、君には余計なことを言ってしまうとは、僕としたことが――」
「落ち着いて、石丸くん。私は……気にしてないから」
僕が頭を抱えている間に、霧切くんは平生を取り戻していて、既に彼女の瞳は氷漬けにされたラベンダー色になっていた。そして、彼女はこう言った。
「それはそうと、石丸くん。貴方、リクエストした割には舞園さんにライブの感想を言えなかったのね」
その言葉がぐさりと突き刺さる。あんなに声も失うようなライブを見せてくれた彼女に、僕は何も言えていないのだ。言えるタイミングは何処にでも――開演後や片付け中など幾らでもあった。しかし彼女が放つ煌めきは、僕の中で持つ言葉たちの意味を一瞬で粉砕してしまい、文字通り僕は感想を伝える【
「嗚呼、なんて僕は情けないんだ! あんなに勉学をして、語彙力にも自信があるというのに、肝心な時に一つも思いつかないなんて!!」
「難しい言葉を並べようとするからよ」
「では、なんて言えば良かったんだ?」
「簡単な言葉でいいのよ、思い付いたことを心からストレートに言えば」
それが出来たら、この石丸清多夏、苦労はしない。
ああでもない・こうでもないと会話しているうちに気が付けば、僕らは個室前の廊下に辿り着いていた。
「うむむ、なんとか近いうちに彼女に感想を言わなければ……! 霧切くん、君の助言を元に必ずや答えを出してみせようではないか」
「そうね、楽しみにしているわ」
感想も大事だが、その前に本日分の勉強をしなければ、と考え込みながらルームキーを探していると「石丸くん」と話し掛けられた。
「大和田くんは貴方にとって大事な親友なのね」
「勿論だ! 兄弟とは、血よりも濃い絆で繋がっている僕らは
「そう」
すると、霧切くんは少し伏し目がちになった。どうしたのだろうか? 僕が言う前に彼女は言った。
「なら、彼をよく見て、その手を放さないことね」
顔を上げた彼女の瞳には真実を告げる者としての輝きがあった。そのナイフにも似た煌めきに、僕は意味も理由も分からずにたじろいでしまう。彼女は「怖がらせてしまって、ごめんなさい。でも事実だから」と続けて言い、就寝の挨拶をすると部屋へ帰ってしまった。
(いったい、最後のは何だったのだろうか?)
問題集を解きながら、僕は考え込む。嗚呼、学業に専念できないとは全く以て僕らしくない! とりあえず、シャワーでも浴びようとして僕は気が付いてしまった――特定の一人の女性である霧切くんと、長々と話し込んでいた事実に。
(こ、これは異性不純行為ではないだろうかーっ! 風紀委員の僕としたことがーっ!!)
シャンプーで頭をガシガシ洗いながら、僕は胸の内で絶叫したのであった。
13、
十二枚の封筒が並んでいる。便箋にクレヨンで【秘密】を書き、その一枚一枚を丁重にそれぞれの封筒へ入れていく。
明日が愉しみ、と暗闇の中で【黒幕】が嗤った。
…to be continued