ダンガンロンパ十周年記念小説【ifストーリー】第二章 乙女心☆ポリシーとプリテンダー★ボーイ   作:千葉 仁史

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※オシオキあります。



裁判パート④(オシオキあり)

59、Still, I will protect you(それでも、僕は君を守るよ)

 

 ハナマルが書かれたの紙片の最後が床に落ち終わっても尚、学級裁判所は静寂に包まれていた。

 

「あれれ~? 【超高校級の探偵】もいないのに事件解決できたこと、嬉しくないの? もっと喜びなよ! ……それにしても、桑田くんは凄いねぇ。あんなに言われても舞園さんに投票せずに石丸くんに投票するなんて、石丸くんよりもよっぽど純愛じゃないの?」

 

(桑田くんが舞園くんではなく、僕に投票した?)

 

 至極不思議そうにモノクマが語り掛ける内容を霞が掛った脳内が理解するよりも先に、証言台の柵を何度も叩く音が響いてきた。そろりと視線を向ける。その物音を立てる正体は桑田くんだった。歯を食い縛りながら握り締めた拳を何度も柵に振り下ろす桑田くんの横顔は、まるで悪鬼の類のようであった。

 

「桑田、何をやってんのよ!」

「認めねぇ」

「え?」

「認めねぇ認めねぇ認めねぇ!! 舞園ちゃんが犯人だなんてあり得ねぇんだよ!! こんなの誰かの陰謀だ! 真犯人のイインチョの仕業に違いねぇ!! 」

 

 朝日奈くんの制止に構うことなく、桑田くんが声を猛るように叫んだ。彼の顔は絶望で青白くも憤怒で赤黒くも見え、何か言わなくてはならないと理解しているのに【守るべき対象こそが犯人だった】という現実で脳内を塗り潰された今の僕の口からは先程の論戦が嘘のように何の言霊も出てこなかった。桑田くんの余りの暴走っぷりに他の全員の腰が引けてしまっている。それからも桑田くんは壊れたテープレコーダーのように「アホアホアホアホアホ!!」と叫び続け、その暴力の捌け口を僕に向けようと彼が振り返ろうとした瞬間だった。

 

「そこまで人を信じられるって言うのは凄いね。僕、感心しちゃうよ。その舞園さんに桑田くんこそが殺されていたかもしれないのにさぁ」

「……アポ……?」

 

 桑田くんの動きが止まる。爆弾を投下したモノクマが専用の席でだらしなく座っている。かのロボット以外は時間を止めたかのように固まった。

 

「モノクマ!! 事件を犯せば、その秘密は言わない約束では無かったのですか!?」

「別にいいじゃないか、そんな小さいことなんて。だって、舞園さん、君の未来なんて――もう300秒後すら約束されていないんだからさぁ」

 

 奇しくも、今の今まで黙り込んでいた舞園くんが悲痛な叫び声をあげることで、それがモノクマの【ウソ】ではなく【マコト】であると証明されてしまった。

 

「モノクマ、それは本当ですの?」

「本当も何も、食堂の包丁を一本盗んだのは間違いなく舞園さんだし、桑田くんを甘~い言葉で部屋に誘い込んで殺そうとしたんだけど、苗木くんとの部屋の交換も苗木くんに罪をおっ被せる策略も事件を起こす前に葉隠くんに阻止されちゃって出来なかったんだよね。自室で何度も桑田くんを誘い込む練習をしていたから間違いないよ」

「食堂の包丁を盗んだのは、なななんと、舞園さやか殿でしたか! あんな可愛い顔して、なんと恐ろしいことを! やはり女性は二次元に限りますな」

 

 セレスくんからの問い掛けにモノクマはホクホク顔で笑いながら答え、一早く包丁の盗難に気付いた山田くんは小さく悲鳴を上げた。

 

「それにしても、舞園さんは流石【超高校級のアイドル】だね。舞園さんったら、桑田くんを殺す練習を熱心に何度もしていたし、第一の事件後もオシオキに恐れることなく第二の事件を起こすんだもの。頑張ったね、舞園さん、君こそがナンバーワンだ!!」

「ふざくんな!!」

 

 立ち上がって腕を組み、きりり、と勇ましい表情を浮かべるモノクマに桑田くんが絶叫する。感情を奔らせるままに叫んだせいか、呂律がおかしくなっていたが、それでも気にせずに桑田くんは悪態を吐いた――モノクマでも僕でもなく、舞園さやか当人に。

 

「このアマ! 信じていたのに、テメェは俺を殺そうとしたってのかよ!! 天使みたいな顔して、クソがクソがクソが!! 悪魔だ! 最低だ! ビッチだ! マクラの癖して! この俺を利用しやがって! アホアホアホアホアホ、このボケカスが!! ウンコ垂れアイドルが!!」

 

 今度は舞園さんを殴り付けようと桑田くんが動き出すものだから、大神くんが慌てて抑え込む。それでも、桑田くんの罵声は止まらない。血走った眼で舞園くんを糾弾し続ける。そうこうするうちに周りの生徒が「やっぱりマクラしていたのか」「私たちと仲良くしていたのは殺すタイミングを謀るためだったの?!」「こんな奴、とっととオシオキされちゃえばいいのよ!」「醜い限りですわね」「酷いよ、舞園さん。僕も信じていたのに」「言っただろう? 俺が言った通り、そいつはそういう女なのだ」「天使の顔で悪魔の心を持っているとは、よく言ったものですが……」等と好き勝手に叫び、さながら地獄絵図のようであった。糾弾の的にされた彼女は下を向き、肩を震わせ、黙って暴言を享受していた。

くらくらする頭を押さえながら、僕は証言台の柵に掴まらずに立ち上がった。桑田くんの罵声は酷く、とてもじゃないが聞いてられるものではない。どうして寝具の単語が出てくるが分からないが、意味は分からなくても何かしらの侮蔑的なスラングだと理解できた。

舞園くんは桑田くんを殺そうと画策していた。それが彼女の【誰にも知られたくない秘密】となり、第二の事件の動機となった。だから、彼女は第二の事件を犯すしか無かった。もし何も事件が無ければ、この狭い学園生活、彼女が誰かを殺害しようと暴露された時点で、例え未遂であっても彼女の居場所は無く、彼女は今のように糾弾されていただろうから。

今この場は罵詈雑言が飛び交い、学級裁判としての機能が失われているというのに、モノクマは何も言わない。きっと、この状態を愉しんでいる。此奴はこうなることを分かって、第二の事件の動機として、秘密の暴露を選んだのだ。

 

『石丸くん。どうか、舞園さんと霧切さんを守ってほしいんだ』

 

 証言台の冷たい柵を掴んだ途端、先程は掻き消えてしまった約束が最後まで蘇る。

 

(苗木くん。君は命の灯が消える間際まで他者を案じていた。君が命を賭けてまで舞園くんを心配するのなら、僕は僕の総てを――【超高校級の風紀委員のポリシー】を賭けて、心優しい君と交わした約束を、今こそ遂行してみせよう。……そうだ、まだ約束は終わってはいない。僕が舞園くんを守るのだ!)

 

「清聴せよ!!」

 

 手の指先まで伸ばして直立し、お腹に溜め込んだ全ての空気を吐き出すように発声する。僕の高らかな宣言で全員の発言を封鎖し、この場に満ちた怨嗟の言葉を一つ残らず必中させ粉砕する。学級裁判所にいる全員の視線が僕に集中した瞬間を狙って告白した。

 

「僕は――石丸清多夏は最大最悪の汚職事件で総理大臣を失職した石丸寅之助の孫である!!」

 

 それは自ら【超高校級の風紀委員のポリシー】を握り潰した瞬間であった。特大級の弾丸が撃ち込まれたように場は静まり返るも、兄弟が「石丸寅之助って、あの悪名高い?」と恐る恐る訊くものだから、僕は自信を持って「そうだ!」とはっきりと大きく頷いた。

 

「う、嘘だろ、兄弟? お前、俺ですら知っているほどの、あのヤバい総理大臣の孫なのかよ……っ!?」

「【超高校級の風紀委員】と謳いながらも、あの汚職事件を引き起こした総理大臣の孫とは、これ程如何に?」

「あらあら、反面教師とはよく言ったものですわね」

「くだらんプランクトンらしい出自だな」

「えーっ! うっそー!! 信じられない!」

「イインチョ、お前、あの狡い総理大臣の孫の癖して、俺たちにエラソーにしていたのかよ!」

「ちゃんちゃら可笑しいじゃないの!」

「石丸、おぬし、そこまでして……」

 

 皆が好き勝手に言うなか、僕は胸を張って立っていた。視線を落とすことなく、真っ直ぐに前を見る。

 

(さぁ、嗤うなら嗤うが良い。僕はもう泣くだけばかりの幼い子供ではない。全ての視線を、暴言を、僕一人で受け止めてみせよう)

 

 剃刀のような熱量を受け止めつつ、視線も喉も足も上も震えない様に立ち続ける。どうか、熱から醒めずに僕を罵り続けてくれ。驚愕の声を挙げ続けてくれ。君たちの興味を舞園くんから外して、全て僕に注いでくれ!

 心からそう祈るなか、モノクマが「それって今の事件とは関係ないよね」と水を差すものだから、僕に向けられる熱量がうっすらと揺らぎ始めてきた。嗚呼、まずい。まだ僕を見て。悪意の目で彼女を見ないで――。

 

「みんな、聞いて!!」

 

 次に叫んだのは不二咲くんだった。先程の僕に向けられた熱量のなか、彼女だけが発言していなかったことに今更気が付いた。今度は彼女に皆の視線が降り注ぐ。僕も咄嗟のことで彼女に視線を向けてしまっていた。緊張感が高まっていく。彼女はブルブルと体を震わせていたが、覚悟を決めたように目を見開くと、僕みたいに自ら秘密を暴露した。

 

「僕、本当は男の子なんだよ!!」

 

 この瞬間、本当に水が打ったように静まり返った。思わず、僕は「いくら何でもそんな無茶苦茶な嘘を言ってはならない!」と注意したが、不二咲くんは「嘘じゃないよ!」と躊躇なく彼女自身のスカートを捲り上げた。あまりにも早すぎて、僕は瞼を落とす暇すら無かった。不二咲くんの言う通り、彼女――否、彼の股間には確かな膨らみがあった。想像もできない展開に僕は言葉を失うしかない。学級裁判所が驚愕の声で埋まり、彼に対する質問が舞った。不二咲くんは次から次へと戸惑いと疑問と好奇心の的になったが、彼はその小さな肩を震わせつつも、口を真一文字に結び、瞳を潤ませつつも、その一切合切を受け止めている。彼の覚悟を、そして苗木くんと同じ優しさを目の当たりにした僕は喉の奥が痺れるのを感じた。

 

「いい加減にしてください!!」

 

 次に叫んだのは舞園くんだった。学級裁判中にさめざめと泣いていた彼女の姿が水彩絵の具で描かれたようなものであるなら、今の激昂する彼女は油絵の具で塗りたくったかのようなものであった。

 

「今更、良い人ぶるのなんてやめて下さい! 私を追い詰めて白状させた張本人の癖して、どうしてそんな庇うような真似をするんですか!! 私は霧切さんを罠に嵌めて殺害して、皆さんを騙して、皆さんをオシオキで殺させて、一人で脱出しようとしたんですよ! そんな私を自身の秘密を暴露してまで守るなんて……石丸くん、どうしてですか!?」

 

 激情に支配されるあまりに途中でつっかえながらも舞園くんが絶叫する。キリキリと締め付けられるような視線に捕らわれて、僕は僕自身にすら自問したくなった。苗木くんとの約束の為、そう言えば正しいかもしれない。だが、僕の言いたいことは――舞園くんに伝えたい言葉はそれでは無いような気がした。

 その最中、僕を強く睨み付けていた彼女がほんの一瞬だけ瞬きをした。彼女が瞬きしたとき、微かな燐光が散ったように見えた。その燐光はプールサイドで見た彼女の瞳の煌めきを、空き教室のライブで見せた眩い輝きを、僕の中で蘇らせ、苗木くんに守ると約束したもう一人の女子生徒の言葉までも鮮明に浮かび上がらせた。

 

『簡単な言葉でいいのよ、思い付いたことを心からストレートに言えば』

 

 僕の肩から力が抜けていく。眉間に寄せていた力までも抜いて、真っ直ぐに伸ばしていた指先も曖昧にして、自分自身でもどんな表情を浮かべているのか分からないまま、僕は彼女に告げた。

 

 

 

60、ずっと君に言いたかった言葉は

 

「それは君がきれいだからだ、舞園くん」

 

 その言葉を皮切りに、舞園くんのそれまでの姿がポートレート写真のように僕の脳内を巡った。きらきらと光るネガのその先に、一番最後の写真が、今、僕の目の前にいる。

 

「君がとてもきれいだった、から」

 

 それ以上、何も言えずに僕は口を噤んだ。何の色味も添えず、ただただ僕はその言葉だけを君を伝えた。ずっと言いたかった言葉だった。言ってしまうと陽炎よりも呆気なく感じて、苗木くんや霧切くんが思ったように、どうしてもっと早く伝えなかったのだろうと思った。

 

 僕からの一つ目の言葉に彼女は大きく目を見開き、肩を強張らせた。そして僕の二言目を聞いた舞園くんは彼女自身の手の平に視線を落とした。僕はそのまま彼女がその両手で顔を覆って泣いてしまうかもしれないと危惧した。しかし、彼女はその両手を持ち上げたりせず、じっと今まで見たことの無いような色の眼で見詰めただけだった。傷どころか、シミ一つない、白魚のような手の平だというのに、其処から何かを見出したかのように、彼女は黙って其の手の平に視線を落としていた。

 

「いきましょう、モノクマ」

 

 どれくらいの時間が経っただろうか。

視線を両手からモノクマに移した舞園くんは色も無く、そう伝えた。モノクマは「300秒経ったし、丁度いいね」とぴょんと音を立てて椅子から飛び降りると、オシオキと言う名の断頭台へ彼女を先導していく。

 

「待ってくれ!!」

 

 まるで移動教室へ向かう様に歩き去ろうとする舞園くんに僕は必死になって声を掛けた。それでも、彼女の足は止まらない。他の生徒が僕に声を掛けるが、ポートレート写真のように僕の視界には彼女の姿と音しか、はっきりと映らなかった、

 

「待ってくれ、舞園くん! 僕は、僕は君を――」

 

 守りたかっただけなんだ、とその言葉は声にならず、僕は喉を震わせることしか出来ない。

 そんな僕に君は刹那だけ振り返り、花弁の散る笑顔でこう告げたのだった。

 

「大丈夫ですよ、石丸くん。走ったりなんてしませんから」

 

 奇しくも、それは霧切くんが僕に告げた最期の言葉と同じもので。

 僕の目の前で、彼女とモノクマはオシオキルームに入っていき、その扉は轟音を立てて閉じたのだった。

 

 

 

61、超高校級の○○○○のオシオキ

 

 歌を歌う花弁のような唇には無造作にガムテープが貼られていた。

 まるで生贄のように一本の木の柱に縛り付けられた舞園くんは眼しか動かすことが出来ず、自分に何が降り掛かろうとしているのか、胸の前でクロスされて固定された両腕を戦慄かせていた。そんな彼女の姿を僕らから遮るように、一枚の紙が横断幕のように垂れ下がった。その横断幕には彼女が芸能界入りを果たす切っ掛けになったオーディションの記事が大きく印字されていた。

 

『百年に一度の逸材登場!? 僕らはこんなアイドルを待っていた!!』

 

 その記事の写真には喜びの涙を浮かべた彼女が映っていて、もっと詳しく見ようとする前に次の横断幕が垂れ下がり、そこにも彼女の記事が大きく印字されていて、それからは次から次へと時系列を追う様に横断幕が何枚も何枚も垂れ下がっていく。

 

『初登場にして、初センター! この子こそ新たなアイドル☆舞園さやか!!』

『舞園さやか、奇跡の天使か!? オリコンチャート1位!』

『握手会は、なんと四時間待ち! 舞園さやかに会うためなら何も惜しくない!』

『五週連続ダウンロード首位独走! 舞園さやかこそ、グループを引っ張る超新星!』

『ドラマにCMにバラエティーにひっぱりだこ!? 舞園さやか、今度は映画に挑戦!?』

『舞園さやか、希望ヶ峰学園に入学!! 超高校級のアイドルとして花道を行く!』

 

 最初は希望に満ち溢れた話題の記事が続いていたが、次第にそれはモノクマが造った薄汚いものに移ろいでいった。

 

『卒業する為なら殺人だってしちゃうぞ!! 血塗れた天使こと舞園さやか☆』

『私の為に皆さん死んでください!!(笑) 包丁ゲットで笑顔ニッコリ!』

『オシオキなんて怖くない! 私より目立つ探偵娘をマシンガンでハチの巣!!』

『殺人未遂に殺人。舞園さやか、もうお前に用は無い。お前の帰る場所は何処にも無い』

『m9(^Д^) 死ぬのはお前だ、舞園さやか!』

 

 そして、最後の垂れ幕にはこう書いてあった

 

『超高校級のアイドルのオシオキ☆死のマシンガンメドレー!!』

 

 その垂れ幕から数メートル先には、霧切くんの上半身を四散させたマシンガンが鎮座していた。舞園くんの名前が刺繍されたハッピを着たモノクマがラジカセを持って舞台袖から現れる。そのラジカセからは彼女が所属するグループの歌が楽し気に流れていた。舞園くんが歌うヒットソングメドレーを聞きながら、モノクマは造作なく席に座ると予備動作無しにマシンガンをスタートさせた。マシンガンの音が大きくて、ラジカセの音は一つも聞こえてきやしない。騒音にも似たマシンガンの破裂音しか聞こえてこない。宙を舞う薬莢、立ちどころに数百の穴が開いていく横断幕。

 

 弾が切れたのか、マシンガンの音がやんだ。その瞬間、ラジカセから流れる音がはっきりと聞こえだす。マシンガンの延長線上には長い長い真っ暗闇の廊下があり、その先からは何の音もしない。沈黙の音すらも響かない。そこへひらりひらりと横断幕の破片が舞っていた。その破片には彼女の写真が、彼女の煌めく瞳が一つ映っていた。その破片に向けて、モノクマが器用にマシンガンの最後の一発を放つ。それは調度、彼女が歌う一番のヒットソング『ネガイゴトアンサンブル』の最後のフレーズが終わった瞬間でもあった。

 

 席から降りた際にモノクマが席に敷いていたクッションが破れ、羽毛が舞う。それに苛立ったモノクマが八つ当たりよろしくラジカセを蹴り飛ばしてしまったので、音楽は其処で余韻無く終わりを告げたのだった。

 

 

 

62、最終章:プリテンダー

 

「エキサイティ~ング!! やっぱり、オシオキはこうじゃなくっちゃね!」

 

 くるくるとゼンマイ式のバレリーナ人形のように回りながら、モノクマが高笑いする。僕は其の場にへたりと座り込んだまま、モノクマの無邪気な声を聞いていた。嗚呼、いつの間に僕は崩れ落ちていたのだろうか。今際の際に苗木くんから『守ってくれ』とお願いされた女子生徒のうち、一人は上半身の原型を残さずに消え失せ、もう一人は僕の目の前で上半身どころか全身を跡形も無くこの世から弾き飛ばされてしまった。僕は彼女らの笑顔を思い出そうとしたが、脳内には何の輪郭も浮かんではこなかった。単語すらも浮かんでこないから、声も出ない。言葉ならぬ声を出そうにも喉がすうすうして、音にもならない。僕の頭の中どころか眼球から喉奥まで、がらんどうになってしまったようだった。

 

 モノクマは「イベントはもう終わったから帰っていーよ。明日になったら三階を開放して、次の動機を提供するから楽しみに寝ててね。うぷぷ、まるで遠足前夜みたいだ」とスキップしそうな勢いで言い残すと、いつも通り何処かへ姿を消してしまった。

 

「くそったれが!! 此畜生め!! この俺様の純情を弄びやがって! もう決めた! 俺は女なんてものは信じないぞ! 絶対に絶対に信じないからな!!」

 

 横隔膜から呪詛をばら撒くように桑田くんは絶叫すると、音を立てて学級裁判所を後にしていった。

 次に、それに倣う様にしてセレスくんが立ち去ろうとする。黙って踵を返そうとするセレスくんを朝日奈くんが「待ってよ。セレスちゃん!」と呼び掛ける。

 

「待って、ですって?」

 

だが、セレスくんからの返答は吹雪のように冷たく、灼熱のマグマのように煮え滾ったものであった。

 

「今回の事件は、貴女がプールに誘ったことが発端ではありませんか? そもそも、プールに誘わなければこんなことにはならなかったはず」

「そんな……私はただみんなと友好を深めたくて……」

「友好を深めたい? そんな下らない理由で行動を起こした結果、舞園さやかに殺人罠を仕掛ける好機を与えることになったのですよ。お分かりですか?」

「セレス。例え朝日奈が行動せずとも舞園は殺人を起こしていたのだぞ」

「ええ、ええ、そうですわね。あのアイドルは私たちを殺すタイミングを得る為“だけ”に友好を深めようとしました。彼女が霧切さんを標的ターゲットにしたのは彼女の存在が学級裁判、及び卒業の弊害になるから他ありません。ですが、あの体重計トリックに私たち女生徒は皆引っかかっていたのですよ? もし、あのアイドルが探偵の注意力ガードの高さに諦めて、電子生徒手帳の交換先を探偵ではなく、私にしていたら、いったいどうなっていたのでしょうね? ……そんな状況下に置かれて尚、仲良くできるなんて、ロイヤルミルクティーよりも甘っちょろい幻想に、このセレスティア=ルーテンベルク、付き合っている暇は無くってよ!!」

 

 朝日奈くんと大神くんの言葉を戯言と言わんばかりに一蹴すると、セレスくんは「行きましょう、山田くん」と唯一信頼する人物の名を口にすると、彼一人だけを連れて出て行ってしまった。

 セレスくんが出て行ったあと、呻き声と共にその場に倒れかけた朝日奈くんを大神くんが咄嗟に支える。そろそろ僕も何かしら行動しなくては。そうは思えども、足に全く力が入らなかった。

 

「それにしても、見事なものだな。石丸清多夏」

 

 彼に僕のフルネームを呼ばれたのは意外と初めてでは無いだろうか? 僕は視線だけ十神くんに向けると、彼はいつもの彼らしく鼻で嗤ってから語り始めたのだった。

 

「この事件、状況証拠こそはあったが、確たる物的証拠は何一つとして無かった。もし普通に舌戦ぜっせんに持ち込めば、物的証拠のないことを盾にされ、あの女優気取りのアイドルに貴様は負けていたはずだ。馬鹿共は女に涙に弱いうえ、あの女、ウソ泣きや同情を引くのはお手の物ときている。だからこそ、貴様は【超高校級のアイドル】という、舞園が聞捨てることが出来ない【言霊コトダマ】を使ったのだろう? 体重計トリックを仕掛けた本人だからこそ、トレーニングをする必要は無いことを知っていた舞園は女子更衣室へ行かなかった。だが、もし舞園が、体重が変わっていたのは知っていたが体調不良で行けなかった、或いは自室で筋トレをしていた等と自供していたら、どうしようもなかったに違いない。それで貴様は場の雰囲気を利用して【超高校級のアイドルならば、女子更衣室へトレーニングに行かないのはおかしい】という空気を作り上げ、舞園には【体重が変わっているのを知りつつも女子更衣室へトレーニングに行かないアイドルなんて超高校級のアイドルではない、凡人のアイドルだ】という図式を叩き込んだ。結果、貴様の口車に乗った舞園は超高校級のアイドルにポリシーを持っているが故に耐え切れず、自身が超高校級のアイドルであることを告げ、端からは彼女が犯行を自供したかのように誘導させてみせた。……学級裁判は投票制だ。別に一から百まで真相を明らかにする必要はない。貴様が願う犯人に大多数が投票すれば良いだけなのだからな――例えそれが一人の男に誘導された一時の熱と興奮によるものであっても」

 

 ククッと喉の奥で嗤う彼の勢いは止まらない。

 

「それにしても、投票か。選挙や政治を思い出す。嗚呼、そういえば貴様の祖父は政治家だったな。あの最大級の汚職事件を起こした総理大臣の孫が【超高校級の風紀委員】で、しかも、その祖父と同じやり方で人を貶めるなんて全く、血は争えないものだなぁ」

「おい」

 

 今にもケラケラと嗤い出しそうな十神くんを低い声が呼び止めた。大和田くんだ。十神くん至極鬱陶しそうに「ノータリンのプランクトンの癖して、俺が話しているのを邪魔する気か?」と溜息を放つが、兄弟はこう言っただけだった。

 

「歯ァ、食い縛れよ」

 

 鈍い音がする。十神くんが倒れ込み、彼の眼鏡が勢いよく彼方へ飛んでいく。十神くんを殴り飛ばした兄弟は「ようやっとテメェを殴れたぜ」と拳を更に強く握り締めながら呟いた。

 

「おおわだ、きさま……」

「十神、いい加減に黙れ」

 

 尻もちをつく十神くんの前に仁王立ちして、兄弟は言った。

 

「俺たちを助けるために惚れた女を追い込まざるを得なかった兄弟の気持ち、テメェみたいなクソには一生掛かっても理解できねぇよ。テメェなんざ、とっとと殺されちまえばいいんだ」

 

 怒鳴る訳でも無く、絶対零度の威圧感を与えて言い放つ兄弟に、十神くんが硬直する。とどめに顎をしゃくって兄弟が「失せろ」と命令すると、十神くんは大きく舌打ちをして、割れた眼鏡を拾った。

 

「大和田、今度は貴様が殺人犯になる番か? 俺は知っているんだぞ、貴様が殺人をできる非道な奴ってことな!!」

「……っ!! 失せろ、十神! 本当にぶち殺されたくなければな!!」

 

 十神くんの言葉に、今度こそ兄弟は吠えるように怒鳴った。もごもごと悪態と罵詈雑言を口の中で唱えながら、やや駆け足で十神くんは学級裁判所から離れていき、その後ろを――兄弟の突然の暴力にビビってしまったのだろう――何も言わずに震えながら腐川くんが追っ掛けていく。

 僕はこの一連の流れを、立ち上がることなく、ただただ黙って見ていた。

 

「石丸くん」

 

 不意に呼び掛けられる。いつの間にか、僕の近くに不二咲くんが立っていた。彼女の――否、彼の名すら呼べずに、学級裁判所の床に座る込んで黙って見上げるばかりの僕に、不二咲くんは言った。

 

「もう泣いてもいいんだよ」

 

 そう言って、僕に手を伸ばす不二咲くんの瞳は潤んでいた。それにつられるようにして、がらんどうだった僕の頭の中を、眼球を、喉の奥を、胸からせりあがってきた熱が灼いた

 

 手を伸ばし、僕は彼に抱き付いた。あまりにも勢いよく抱き付いたので、不二咲くんが体勢を崩したが、僕は構うことなく彼の小さな肩に自身の額を押し付けて慟哭した。顔からでるもの全てだして、泣き喚いた。こんな泣き方だったら、子供の方がよっぽど上手く泣くだろう。それぐらいに僕は滂沱の涙を流して、言葉ならぬ声を垂れ流した。

 

 苗木くんから託された彼女たちを守れなかったことが悲しかった。

 霧切くんをみすみす目と鼻の先で死なせてしまったことが辛かった。

 舞園くんに祖父がするような酷い追い詰め方をしてしまったことが悔しかった。

 

 彼・彼女らが死ぬ間際に見せた笑顔がメリーゴーランドのように僕の頭の中を廻る。

 心優しい彼の言葉が、春風に舞うラベンダーの花弁が、星屑のように煌めく瞳が巡っていき、次第にそれは、苗木くんは数十の鉄パイプに串刺しにされて、霧切くんは上半身を吹っ飛ばされて、舞園くんは欠片一つ残さずに撃ち抜かれたことで、何も見えなくなっていった。

 

 不二咲くんが僕の背中を撫でてくれている。

 その優しさが、彼があの時見せてくれた勇気と覚悟が、今は胸を掻き毟りたくなるほどに眩くて、僕は喉が焼き切れるまで泣き続けたのだった。

 

 

 

おわり

 

 

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