え? もう端末に入ってるって?
そいつは奇遇だな、俺もそうなんだ。
「解放してくれるのか?」
「嫌なら弾はケチらんが……フォルドの夜明けは人道的なテロリストだし、貧乏世帯でな」
「人道主義が聞いて呆れる。ボブに何をした!」
「何にもしてないさ。拾って来ただけだし、寧ろ俺たちの方がMSを盗まれた被害者さ。ただ……」
「ただ、何だ!」輸送船の船長は語気を強めた。
「バイトの身分ぐらいは調べた方がいい、ありゃグエル・ジェタークじゃねぇか。こっちで丁寧にご実家にお送りするよ」
「あいつはボブだ。可哀想にあんなに憔悴して……返してくれ!」
「最後まで人道的なテロリストで居させてもらえないかね? 拾った命をそう粗末にするもんじゃないぜ?」
「ナジ、連絡船の準備が出来た。行くぞ」
「オルコット、お手柔らかにな……では船長、
何がBon voyageだ。スラスターも通信設備も壊して行きやがって……
船長はいつまでも連絡船のスラスターが放つ光を見つめていた。
「またストリップ小屋ぁ? 目立つから嫌なんだけど!」
「そう無茶を言うな。アマンに泊まるテロ屋なんて格好がつかん」
「生きて帰って寝場所があるだけ感謝だぜ。監視カメラが少ないのはあの辺の歓楽街しか無い」
「マンダリンだシェラトンだに泊まってみろ。無料ルームサービスでサツが来るぞ」
まぁ実際、ホテルのスタッフ通路には指名手配犯の顔写真が貼られていて、下手に逃亡者がチェックインすると通報される事があるのは事実ではある(まめちしき)
「諦めなよソフィ。月で野宿は勘弁よ」
「足取り追われても困る。2日以内に別名義と軌道エレベータのチケットを取る。ルブリスに暫しのお別れでも言って来い」
何処の街にも歓楽街はある。パーメット採掘で好景気に湧く月面だって例外では無い。寧ろ辛い現場から解き放たれた肉体労働者がハメを外す為に、より大きく、より深く、より猥雑に発展しつつある。そこは時代に取り残されたかの様にピンクのネオンと煙草の紫煙がもつれあう様にダンスを踊り、酒と吐瀉物の香りが殴り合う。
「地球よりひでぇな」
「今は空気だけは良いからな」
「アホと筋肉しかいないから都合がいい。オラっ! しゃんとしろ童貞!」
「ストリップ小屋だって、良かったねおにいちゃーん?」
隙を見てノレアたちを攫おうとする酔漢を殴り付け、倒れた酔客にノレアが秒間3回のストンピングをして、肩を抱いて来た酔っ払いからソフィがお触り代金を勝手に抜き取る事20分。一行は歓楽街の中心から微妙にズレた、バッティングセンター近くの寂れたストリップ小屋に到着した。
「ガキはお断りだよ」
「かぁちゃんに会いに来た健気な娘に何言ってんだよ。社長は? ナジが来たと伝えてくれ」
「なんだそっちの木偶の坊は? ヤクでも決めてんのか?」
「草にしとけって言ったんだがなぁ……シャブで悪い方にキマっちまった」
「自然が1番、若い内からクスリはいかんぜ……丁度上物があるんだが、どうだい口直しに」
「ガキにゃ勿体ない。俺が貰うわ」ナジが男の胸ポケットに紙の金を捻り込む。アンダーグラウンドでは電子通貨の様な足の付くクレジットは好まれない。偉そうな顔をした死人のツラを印刷した紙幣が今でも大手を振っている。
「草取りに行くついででいいから、社長にコトヅケ頼んだぜ!」
「今すぐ持って来てやるよ。女はどうだ? 要らんかー!」
ナジとオルコットは顔を見合わせた。破顔してオルコットが答える「商売上手だな! 巨乳を2つだ!」
「マイド!」
今は意味が失われて久しい関西弁が、暗い廊下の影から響いた。
「巨乳を2つって言っただろう、なんで巨乳が4つもあるんだよ!」
「女を乳の数でオーダーするバカが居たぞ、お前だ」
「一人返すよ」
「──両手に花でいいんじゃない」
「金貸そうか、オルコット?」ソフィはズボンのポケットから札入れを4つ取り出した。
「まけたげるから二人にしてよ、こっちも結構カツカツなのよ」
「人類皆兄弟。助け合い重点。溜まってんでしょ?」
「兄弟とヤる趣味は……まさかお前擬乳?!」
「今はちゃんとオンナよ☆」
「ジジイ偽物じゃねえか。天然が1番ってさっき……」
「この若者の様に、何事もチャレンジチャレンジ。乳に貴賎無し!」
「偽モンは若者に譲るぜ、俺はこっちでいい」
「ちょっとぉ、私ゾンビの世話役? 勃つの、この子ぉ?」
「そこはプロのテクニックで」
「若いから多分平気なんじゃなーい?」
「凹むわぁ……」
元男性は素っ裸でベッドに座り、細巻きの紙タバコを蒸しながらプロのプライドを木っ端微塵にされて凹んでいた。
元男という事で誤解されるといけないので補足するが、ガンド義肢が存在するアドステラ時代の性転換であるので、身体はガチでマジの女性である。何なら実は子供も産める(この方はまだ卵巣オプションを付けていない様ではあるが)
「あんた、お坊さんか何か? インドの山奥で修行でもしてきたの?」
グエルの目は、虚数空間のさらに先を凝視していた。元男性の見事なモンブラン(山の方。ケーキではない)も、太ももも尻も股間も見えていない。
人生を賭けて改造し、その身体で更に金を稼いで磨き上げた自慢の身体だった。よく漫画で見る顎鬚の青々とした剃り跡が残る化け物ではなく、イメージ的にはストップ!!ひばりくんである。(知らない若い子はググろう)
「あんたこれ、洒落にならないお金かかってんのよ、普通それぐらいの歳の男の子なら下着姿になっただけで襲うわよ?!」
襲う──その言葉を聞いた瞬間に涙が出た。大雨で決壊した堤防の様にボロボロボロボロと大粒の涙が頬を伝い、ポタポタとシーツを濡らす。
「ひっ……ひっ……」
慟哭するグエルを見て元男は察する。これひょっとして……ノンケなのに掘られた?(そんな事実はありません)
なるほどそれなら……それならあり得るカモ!
重ねてグエルの名誉の為に申し添えるが、別に彼が男に襲われた……(審議中)……いや、確かに襲撃者は男だったがちゃんとヴィムが……いや、いや、ともかく性的に襲われた訳ではない。彼は童貞で処女である。
下の階のストリップのステージの音楽がアップテンポの曲からスローバラードに切り替わる。流行りの曲だった。フラれた女が寂しく切なく悲しみを囁く曲だった。今ステージでは生まれたままの姿になった女がスポットライトの下で全てを曝け出しているのだろう。
この子は何も曝け出してくれない。彼は自慢の乳房を通してグエルの冷たい肌の温度と深い悲しみだけを知った。グエルもただ柔らかな肌と滑らかな温もりだけを感じていた。
割と地獄の様な絵面ではある。
R-15なんだからそんな事実は無い(断言)