サーカスの興行は大成功だった。特にソフィの人気が凄い。雑技団の本場中国本土でもここまで思い切りの良い奴は居ない。多少は強張るものだ、死が間近に迫った時には。
ところがソフィは躊躇がない。死んでもしゃーないかで済ませる諦観がある。死にたい死にたいと考える内はまだマシだ、そいつはまだ死を恐れているから行動に移していないのだ。死を恐れなくなれば死にたくなったらサクッと死ぬ。そして死に重きを置かなくなった狂人は何も恐れぬ無敵の人になる。
ノレアはこのソフィの狂気が怖い。完全に壊れている。兵士が死を恐れる様では使い物にならないが、死に重きを置かない奴は作戦遂行すらどうでも良いと考える。全ての物事に執着を無くした弊害だ。ノレアはソフィに付けられた鈴である。首輪をつけ、鈴を付けて飼い猫にしなければならない。ノレアが居ないソフィは兵隊としても壊れている。
なんとか入国審査のハンコ3つは偽造できた。なけなしの現金叩いて3人分。2人分ほど足りない。イワンはソフィとノレアを置いていけと強弁したが、このナジの手に掛かればこれぐらいは楽勝だ!
そして、猛獣類を飛行機で関空に送るその日……
ソフィはライオンの檻の中で雌ライオンと共に寝ていた。同じ檻の中で、ある。最初こそちょっと引っかかれたが、ソフィは猛獣たちと僅か4日で慣れ親しんだ。完全に恐怖心がぶっ壊れている。
「流石にやめて頂きたいんですが……」
空港のスタッフは脂汗をダラダラ流している。流石に目の前で少女がライオンに食い殺される惨状は見たくない。
「ソフィを出すとライオンが暴れるんだが。3人ほど食い殺して格安で買ったライオンなんだけど、ここでオリ開けてソフィ出すか?」
「……野生のエルザかよ……」
ソフィに対して一歩係員が踏み出した瞬間、雌ライオンはソフィを守るかの様に首を上げ、口角を上げた。職員たちは皆「仕方ないよね」と言う顔で首を縦に振る。これはナジも計算外。ソフィの奴、強運持ってるな。
そして次。
グエルは虎の檻に入っていた。
「流石にやめた方がいいんじゃないかと思いますよ!」
グエルは完全に腰が引けているし、真っ青だ。虎には2〜3回給餌した事もあるが、別にそんなに慣れている訳ではない。
「出した方がいいか? 仕方ないな……」
「ここでは辞めて! ヤメ! ヤメテ!」檻を開けようと近づくナジを3人がかりで必死に止める!
「……驚かせちまったな。あの虎には睡眠薬入りの肉をたっぷり食わせた。目覚めることはないと思うんだが、一応念の為に目覚めた時にまた麻酔打たなきゃならんのさ。安全な所にいたら兆候見逃すかもしれんだろ? だから奴には委細知らせず緊張感を持って見張ってもらってる」
「それならそうと……」
「なぁに、サーカスってのは人を驚かすのが仕事でな」ナジは満面の笑みを浮かべている。
「チョロいもんだな!」
虎は張子だ。中は空洞。オルコットとノレアが入っている。日本に運び込んだが急病で死亡という筋書きだ。その代わりに中国から代品の虎を輸入。サーカスは続く。
先に本物のライオンと寝ているソフィを見たせいで感覚が麻痺し、実は……と打ち明けられた職員たちはナジの話を簡単に信じ込んだ。関空からトレーラーにオリを載せ替えて、薄暗いトレーラーの中で虎の中からノレアとオルコットが出てきた時……グエルは悲鳴を上げて、そして気絶した。小便を漏らさなかったのは檻に入れられて水すら喉を通らなかったから。今のグエルは減量ギリギリのボクサーが最後の500gを絞り込む時の様に衰弱している。
そして、これで死ぬんだと気絶しかけたその瞬間、唐突にグエルは父親の死を思い出していた。父さんが助けてくれたこの命も、ここで虎に喰われて終わるのかと。ラウダすまん、フェルシー、ペトラ……
そして最後にスレッタを思い出す。あのチャーミングなタヌっとした娘は元気だろうか。奴が対グラスレー寮戦で困っていた時に、依頼を断ったのが最後になったか。あの時も、奴は肯定してくれた。
進めば二つと言うけれど、俺はどちらを向いて何に進んでいたんだろう?
もし、また出会えるならば。
リインカーネーションの輪の向こうでまたスレッタに会えたなら。
俺は彼女に進めるだろうか。
トレーラーの運転席からは、大槻ケンヂが流れていた。
──昔の人は生きることは苦しむことと考えていて
だからもう二度と生まれてくることのないように
リインカネーションの輪から
解き放たれるために
暗い空を仰ぎ見て
アタシは生きることを
アナタと恋することを
認識しているから
アナタと再び会うために何度でも
生まれ変わりたいと思う──
イワンのバカルートに行かなくてよかったね(棒)