少女が抱く想いと、初恋の噺。
檜森光一郎を一言で言い表すなら、『寂しがり屋』だと友奈は思う。
他人の温もりを求めたがる、と言えばいいのか。とにかく彼は寂しがり屋だ。独りになることを、極端に嫌がる傾向にある。
誰かと過ごす時間を求め、誰かと触れ合うことを求め、誰かと共にあることを望んでいる。
彼が勇者として戦う理由も、きっとそこにあるのだろう。
もちろん、友奈はそんな光一郎の在り方を好ましく思っているし、その寂しさを埋めてあげられることが何よりも嬉しいと思っている。
けれど、友奈には少しだけ不安があった。
───いつか、この関係が終わってしまうんじゃないか、と。
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「……」
光一郎の自室。敷かれた布団の上に腰掛けながら、友奈は彼の寝顔を眺める。
自分の膝に頭を預けた光一郎が、もぞもぞと寝返りを打って友奈のお腹に顔を埋める。
「────」
そっと髪を撫でれば、安心したような吐息を漏らす。
まるで親猫に甘える子猫のような仕草に、愛おしさが募っていく。
「こういっちゃん」
かつて少女が名付けた、光一郎の名前をもじった渾名。
結城友奈だけが呼ぶことを許された、少女だけの特別な呼称。
この名を呼ぶたびに、いつもどこか寂しそうな少年は、ほんの少しだけ嬉しそうに笑う。
その笑顔が見たくて、何度も何度も呼んでしまう。聞こえていないことが分かっていても、何度でも呼びたくなる。
「こういっちゃん」
愛おしげにその名を呼ぶ。頰に手を添えて、優しく撫でる。
安らかな寝息を立てる少年の表情は、あどけなくどこまでも無防備だ。
普段の彼はとても強くて、頼りがいがあって、優しいのにどこか不器用な少年。
けれど友奈の前でだけは、こうして甘えるような仕草を見せる。
そんな姿を見るたびに、心が満たされるような心地になる。
「────」
だから、だろうか。
時折思ってしまう。考えてしまう。想像してしまう。
こんな無防備な姿を、自分以外の誰かにも見せているのだろうかと。
無いとはわかっていても、ほんの僅かな不安が、友奈の心をざわつかせる。
「私だけのこういっちゃんで、いて欲しいな」
思わず零れた呟きは、ひどく自分勝手なものだった。
自分以外の誰かに向けられた表情も、仕草も、声も、心も。
少女の独占欲が、どろりと鎌首をもたげる。
「っ……」
不意に湧き上がった感情を振り払うように、友奈は軽く頭を振る。
自分の心に芽生えた薄暗い感情に蓋をして、少女の膝の上で眠る少年の頭を優しく撫で続ける。
今はただ、こうしていよう。何も考えずに、この穏やかな時を享受しよう。
「────」
それでも。どうしても、考えてしまう。
この不安が、杞憂であってほしいと。友奈の知らない誰かを、愛していないで欲しいと。
そんな我儘を思ってしまう自分が嫌になって、友奈はそっと目を伏せる。
「……ねぇ、こういっちゃん」
少年の髪を撫でながら、友奈は呟く。
「どこにも、いかないでね」
こんなに幸せで、こんなに切なくて、こんなに胸が痛くなるのは、きっと全部この幼馴染の少年のせいだ。
どうしようもないくらい、大好きな人。
勇者部の仲間でも、学校の友人でも、大切な家族でも。光一郎以上に心を許せる相手はいないし、彼の代わりなんてどこにもいない。
結城友奈は、檜森光一郎に恋をしていた。
「ずっと、ずっと一緒がいいな」
呟いた言葉が、静寂に包まれた室内に反響する。
その言葉に応える者は誰もおらず、ただ少女の寂しげな声だけが響いていた。
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遠い、遠い昔。まだ二人が幼かった頃の記憶。
桜の花が満開に咲き誇る、春の出来事。
天気が良いからお花見に行こう、なんて話になって、二人で近所の公園に足を運んだ。
「─────」
大きな桜の木の下で、二人で並んで座りながら、何をするでもなくただ時間を過ごす。
穏やかな風が吹くたびに、桃色の花びらがひらひらと舞っていく。
「────」
隣に座る少年の横顔を、そっと盗み見る。
風に揺れる深海のような藍色の髪に、優しげな眼差し。
ぼんやりと桜の木を見上げる少年の顔は、とても満たされているように見える気がして。
いつも寂しそうだった彼の幸せそうな顔に、胸が温かくなるのを感じた。
トクン、と。胸が高鳴ったような気がした。
「────」
花より団子、なんて言葉があるけれど。
今の自分はきっと、花や団子よりも、彼に目を奪われているんだろうな、なんて思ったりして。
「────」
彼の肩に、そっと頭を預ける。
微かに驚いた様子の少年は、けれどすぐに柔らかく微笑んで、友奈の頭を撫でてくれた。
その掌の温もりが、どこまでも心地よくて。
───この時間がずっと続けばいいのに。
そんな子供染みた願いを抱きながら、友奈はそっと目を瞑った。