夏休みに入った頃。
讃州中学勇者部の面々は、とあるビーチスポットに訪れていた。
バーテックスとの死闘の末に12体全てを撃破した勇者部に、大赦はご褒美という名目で合宿先を用意してくれたのだ。
貸し切りにしているのか他の一般人は居ないため、6人はのびのびと太陽の下で年相応にはしゃいでいた。
「―――――」
トランクスタイプの水着に長袖のパーカーを羽織った光一郎は、海に浮かべたビニールボートの上で優雅に寝転がっていた。
照り付ける太陽と空を漂う雲が彼の視界に広がっている。
「―――――」
砂浜の方へと目を向けると、楽し気な声と共に少女達が戯れる姿が目に入る。
「隙ありぃ!」
「こら待てぇぇぇぇ!」
風が突然掛け声を上げて海へ飛び込み、夏凛も慌てて追いかけるように飛び込んだ。
2人を皮切りに他の面々も海に入っていく。
各々が楽しむ様を眺めながら、日光の心地よい暖かさに光一郎は欠伸をする。
「こういっちゃーん!見て!奇麗な海藻!」
日光浴に勤しむ光一郎の元に友奈が泳いで向かってくる。
その手には海藻が握られており、見せびらかすように掲げられていた。
「おぉどうした、勇者から海女さんにジョブチェンジした?」
「違うよ!?あ、そうだ!こういっちゃんも一緒にもぐりっこしない?東郷さんが喜ぶもの見つけたら勝ちで!」
「いやー俺はここで皆を暖かく見守るので忙しいから…」
「えい」
「ゴボボボ!?」
雑な理由付けで断ろうとする光一郎を、ビニールボートをひっくり返して海へと落とす友奈。
「ブハッ!てめっ、友奈コラ!そういう悪戯は辞めなさい!」
「えへへ、ごめんなさーい…じゃ、海に入ったんだし一緒に潜りっこしよっか!」
「今回はご縁が無かったということで」
「えい」
「ゴボボボ!?」
再度理由を付けて断る光一郎。
彼がビニールボートに乗ったタイミングを見計らった友奈がまたしてもひっくり返した。
その後もこのやり取りが3回ほど繰り返され、最終的に光一郎が潜りっこに参加することになった。
そして二人を遠巻きに見ていた勇者部一同は光一郎へ黙祷したのだった。
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その後も夏らしいイベントを満喫して、気づけば日が暮れ始めていた。
勇者部一同も身支度を始め、旅館へと移動することになった。
浴衣に着替え宛がわれた部屋へ移動すると、そこには所狭しと御馳走が並べられていた。
『カニです! カニがいます!』
「しかもカニカマじゃないよ!本物だよ!ご無沙汰してます、結城友奈です!」
カニの鋏を摘まんで握手する友奈。
ここまで豪勢な料理が出るとは思わなかったのか一同は目を見開く。
風が心配そうに女将へ確認を取るが、彼女達は笑って首を振り、部屋の襖を閉めた。
「私たち、高待遇みたい」
「ここは大赦絡みの旅館みたいだし、お役目を果たしたご褒美ってことなんじゃない?」
「つ、つまり…食べちゃっても良いと…!」
『でも友奈さんが……』
樹の書いた文字に、全員の動きが止まる。
彼女の言う通り、今の友奈は味覚が麻痺しているため味が感じられない。
気まずい空気が漂いかけたその時、友奈がイカの刺身を口に入れた。
「おぉっ!このお刺身のコリコリした歯ごたえ、たまりませんねぇ!」
幸せそうな表情を浮かべる友奈。
あらゆる手段をもってして料理を楽しむ彼女を見て、一同が敵わないなと苦笑を浮かべた。
「…もう、友奈ちゃん。いただきますが先でしょ?」
「あ、そうだった!ごめんごめん!」
友奈の隣に座っていた東郷が笑いながら注意する。
全員が座り、手を合わせた。
「それじゃあ改めて……」
『いただきます!』
開口一番に風が刺身へと手を伸ばす。
次々に料理を口に放り込む風に夏凛が呆れ返った。
「そうだ、折角だから撮っておこ!」
そう言って友奈が携帯を取り出し、それに釣られるように女性陣が料理を取り始めた。
全員の食事風景が撮影される中、光一郎は目の前の料理に集中していた。
「こういっちゃん!」
「ん?」
「ピース!」
「ん」
携帯を持った友奈が光一郎の隣に移動し、ピッタリくっついた状態の二人がインカメラにピースを向ける。
友奈が満面の笑みを、光一郎が微笑みを浮かべたツーショットに友奈が満足げに笑みを浮かべた。
「場所的に私がお母さんをするから、ご飯のおかわりしたい人は言ってね」
「東郷が母親か…厳しそう…」
「門限を破る子は柱に磔りつけます」
「おいおい、ちょっと夜遊びするくらい良いだろ?」
「お父さん!」
「貴女がそうやって甘やかすから…」
「お母さん!」
「夫婦かアンタら」
突如として始まる友奈、東郷、光一郎による夫婦漫才に夏凛がツッコミを入れた。
「いつかこういうのを日常的に食べられる身分になりたいわね。自分で稼ぐなり、良い男見つけるなり」
『後者は女子力が足りませぬ』
女子力とは縁遠い発言をする風に樹が鋭い指摘を入れる。
しかし当の本人は首を傾げる。
「女子力云々言うなら東郷の所作を見習いなさいよ」
夏凛の視線が向く方へ目を向けると、美しい動作でお吸い物を啜る東郷の姿が目に入った。
「普通に食ってんのにこんなにも違ってくるか」
『うつくしい!』
「流石お嬢様、やるわね」
「そ、そんなに見られたら食べづらいです…」
「ま、私もそこそこマナーにはうるさいけど、ね!」
羞恥に顔を赤く染める東郷を他所に、夏凛の箸が散々宙を漂い、最終的に筑前煮に突き刺さった。
『それがすでにアウトです』
「えっ、ウソ!?」
樹の指摘に気まずくなる夏凛。
その後、友奈のフォローと「最低限のマナーだけ守ってりゃいいのよ!」という言葉に樹が呆れ返った。
そうして和やかな雰囲気に包まれながら、時間は過ぎていくのだった。
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食事を終えた一同は、旅館の温泉を満喫していた。
「はぁ~…」
湯船に浸かる光一郎。
身体に溜まった疲れが消えていく感覚に思わず声を漏らす。
女風呂から聞こえる阿鼻叫喚な様子を聞き流しつつ、身体を洗うべく鏡の前に座る。
「……」
濡れた髪の隙間から覗く自分の右目を、鏡越しに見つめる。
医療用眼帯が外され、光を失った藍色の瞳を忌々しげに睨みつける。
ー私、こういっちゃんの目好きだよ!奇麗だもん!ー
「……ハッ」
かつての幼馴染の言葉を思い出した自分に対して、自嘲気味に鼻を鳴らす。
こんな瞳を見ても、彼女は奇麗だと言ってくれるのだろうか。
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温泉から戻った彼女達の前には、6枚の布団が敷かれていた。
それを見た光一郎が一言。
「俺はここで寝る」
「はい!こういっちゃんは私の隣ね!」
「勝手に決められた!!」
窓際のロッキングチェアでの就寝を希望した光一郎だが、有無を言わさぬ友奈の独断によって場所を決定された。
もう少し警戒心を持てと思った光一郎だったが、女性陣は特に気にした様子も無かったため早々に諦めた。
そうして各々が布団を確保したところで張り切った様子の風が口を開く。
「中学生6人が集った旅の夜…どんな話をするか、分かるわね?夏凛」
「えっと…辛かった修行の体験談とか…?」
「違う」
「正解は日本という国の在り方について存分に語る、です!」
「それも違う!樹、正解は?」
自信満々に答えた東郷にツッコんだ風が、答えを知る樹に問いかける。
樹がスケッチブックに『コイバナ…?』と書いて見せれば、風が嬉しそうに肯定する。
「じゃあ、誰かに恋をしてる人は……」
風に変わり指揮を執った友奈の発言に場が静まり返る。
「ま、まぁ勇者とかでみんな忙しかったし!」
「まぁこういうオチだよな」
「そういうアンタは何かあるの、風?」
夏凛がこの話題を出した張本人に問いかける。
すると風が懐かしむように口を開いた。
「そうね…あれは、2年の時だったわね…」
「よーしお前ら寝ようぜー」
「なんでよ!?」
光一郎の言葉を合図に夏凛と風以外の面々が一斉に寝る態勢に入った。
あまりにも興味なさげな様子に風が抗議の声を上げる。
「アレだろ、チアリーダーの助っ人に行ったら告白されたけど断った話するんスよね?」
『お姉ちゃん、もう9回以上聞いてるよ』
「それしか浮いた話無いのね…」
そう言って肩を竦める夏凛。
「えーい、次の話題!友奈、なんか際どいの!」
「ええっ!?そ、そんな無茶振りを!」
「際どいのなら任せてください!」
「東郷さんのは違う意味で際どいから辞めような」
その時、どこからか寝息が聞こえてくる。
そちらに視線を向ければ、夏凛が目を瞑り眠っていた。
「あたし達もそろそろ寝よっか。夜更かしは乙女の天敵よ」
風の言葉で夜の女子会はお開きとなった。
樹が部屋の電気を消し、暗闇に包まれる。
全員が寝ようとしたところで東郷による怪談話が発生したが、光一郎は華麗にスルーして就寝した。