翌日。
空模様の悪い昼休みにて、光一郎は友奈に呼び出された。
少女の後を着いて行き、2人は校舎の奥まった場所へと移動していた。
「……」
「……」
向かい合ったまま黙り込む2人。
友奈は何かを言いたそうにしているが、同時にその何かを言いづらそうにもしている。
しばしの睨めっこが続いて、小さく溜息を吐いた光一郎が口を開く。
「……何か飲む?」
「あ…うん。お願い」
「ん」
短い会話の後、近くにあった自販機へ向かう。
2人分のジュースを購入して、その内の1本を友奈へ渡す。
何となく二人で壁に背を預けて、手に持ったジュースを飲み始めた。
「……」
「……」
再度訪れる静寂。
暫くしてジュースを飲み干した2人が、一緒に空っぽになった入れ物をゴミ箱へ投げる。
奇麗な放物線を描いたゴミは、狙い通りにゴミ箱へと収まった。
「……聞かないの?」
「聞いて欲しいの?」
「……」
「……何を言いづらそうにしてんのか知らんけどさ。聞かなくてもどうせ言うつもりだろ?」
「うん」
「ほらな」
潔い返事をする友奈。
その返答に笑みを浮かべた光一郎が彼女の髪を撫でると、心地よさそうに少女は目を細める。
やがて気持ちが固まったのか、友奈は光一郎と向き合うと、ポツリポツリと話し始めた。
「あのね、昨日の戦いが終わった後にね―――――」
---
「治らない……?」
「うん…その人が言うにはそうみたい」
少女から告げられた事実を理解するのに、数瞬の時間を要した。
昨日、光一郎と同じく友奈と東郷もいつもとは違う場所に飛ばされていたらしい。
そこで出会った少女――――乃木園子から、満開の事実を教えられたと。
曰く、満開は身体を供物として捧げるのだと。
「……マジか」
もしこれが事実なら、勇者はいずれ身体の全てを捧げることになる。
そんなもの、ただの生贄以外の何物でもないだろう。
「やっぱり、ショックだった?」
「……ちょっとだけ。友奈は?」
「……」
顔を俯かせた友奈が、無言で光一郎の胸の中へ抱き着く。
表情は薄紅色の髪に隠され窺うことは出来なかったが、少女の身体が震えていることだけはわかった。
「……」
光一郎の知る友奈なら、仮に満開の代償を知っていたとしても戦っていたと思う。
誰かの為なら、自分の中の恐怖を殺して、何処までも自分を犠牲にできる。
そんな彼女の一面が。魅力が。
過去に何度も垣間見た、結城友奈の異常性が。
光一郎は大好きで、大嫌いだった。
「……大丈夫だよ、友奈」
震える少女を抱きしめる。
どんな言葉を紡げば、彼女は安心してくれるのだろうか。
そんなことを考えて、考えて、考え抜いて。
足りない頭を振り絞って出た言葉は、思ったよりも幼稚で、陳腐な響きだった。
「友奈は、俺が守るから」
囁くように、囀るように。
絶対の誓いが込められた言葉を、震える少女へ語り続ける。
「たとえ神に逆らうことになっても、お前を守り通してみせるよ」
顔を上げた友奈の薄紅色の瞳が、藍色の瞳を覗き込む。
お互いの視線が交差して、そして。
「―――じゃあ、こういっちゃんは私が守るよ」
そう告げる少女の身体には、既に震えは無かった。
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それから数日後。
友奈と光一郎、そして風は、見せたいモノがあると東郷の自宅へと呼び出された。
「実は、3人に見てもらいたいものがあって」
そう言って短刀を取り出す東郷。
3人が不思議そうに見守る中、東郷が手に持った短刀を首へ押し付け―――寸でのところで、精霊に防がれた。
「何やってんのよ…アンタ、今精霊が止めなかったら…!」
「止めますよ。精霊は確実に」
激昂する風に、東郷が淡々とした声で返す。
手に持った短刀を回収されながら、彼女は言葉を続けた。
「この数日で、私は10回以上自害を試みました。切腹、首吊り、飛び降り、一酸化炭素中毒、服毒、焼死―――全て精霊に止められました」
「…何が、言いたいの」
風の問いに、東郷が伏せていた顔を上げる。
深緑色の瞳が友奈を、風を、光一郎を映す。
東郷は言う。勇者システムを起動していなかったにもかかわらず、精霊は勝手に東郷を守ったと。
精霊は、自分達の意思と関係なく動いていると。
「私は今まで、精霊は勇者の戦う意思に従っているんだと思っていました。でも違う。精霊に勇者の意思は関係ない。それに気づいたら、この精霊という存在が違う意味を持っているように思えたんです」
そう語る東郷の声は酷く落ち着いていて、しかし剣呑な雰囲気を醸し出していた。
その場にいた全員が何も言わずに、彼女の言葉に耳を傾ける。
「精霊は勇者のお役目を助けるモノなんかじゃなく、勇者をお役目に縛り付けるモノなんじゃないかって」
東郷のその言葉に、3人は言葉を失う。
そんな中、友奈が何とか反論の言葉を出した。
「で、でも!精霊が私達を守ってくれたってことなら、悪い事じゃないんじゃないかな…」
「そうね。それだけなら、悪いモノじゃないかもしれない…でも精霊が勇者の死を必ず阻止するなら、乃木さんが言っていたことは、やはり当たっていたことになる」
「…勇者は、決して死ねない」
呆然と、愕然と、風がそう呟いた。
彼女が―――乃木園子が言っていたことが真実なら、満開の後遺症は治らないということになる。
「乃木園子という前例があったのだから、大赦は勇者システムの後遺症を知っていたはず。私達は何も知らされず、騙されていた」
東郷の言葉に、その場の全員が言葉を失った。
重苦しい静寂の中、風がポツリと呟いた。
「……待ってよ。じゃあ…樹の声は…?もう、二度と…」
知ってしまった真実に声が震え、膝を付いてしまう。
いずれ治ると思っていた。いつか元通りになると信じていた。
そんな希望は打ち砕かれ、瞳からは涙が流れ落ちた。
「アタシが…樹を勇者部に入れたせいで……!」
知らなかったと嘆いても、失ったモノは戻りはせず。
風のすすり泣く声だけが、部屋の中に木霊した。
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もう何度目かわからないメールを大赦へと送り付ける。
「――――」
どうせまた調査中って帰ってくるんだろうな、と思って。
何もやる気が出ずに、椅子に座り込んだ時。
不意に、据え置きの電話が鳴った。
「――――?」
受話器を手に取り、耳に当てる。
知らない女性の声が聞こえてきた。
「はい、犬吠埼です」
『突然のお電話失礼致します。伊予乃ミュージックの藤原と申します』
「伊予乃…ミュージック…?」
『犬吠埼樹さんの保護者の方ですか?』
「はい…そうですが」
聞き覚えのない会社から、自身の妹の名前が出てきた。
戸惑いを隠せない風に、電話越しの女性は淡々と用件を伝えた。
『ボーカリストオーディションの件で一次審査を通過しましたので、ご連絡差し上げました』
「えっ?」
予想外の電話相手から、自分が知らない妹のオーディション。
寝耳に水どころではない内容に、思わず聞き返してしまう。
『あ、御存じないんですか?樹さんが弊社のオーディションに……』
「い、いつ!?」
『えー、3ヵ月ほど前ですね。樹さんからオーディション用のデータが届いてます』
思わず受話器を落としてしまうが、今の風にそれを気にする余裕は無かった。
弾かれたように樹の部屋へと直行し、軽くノックするが返事はない。
扉を開ければ、机の上に開かれたノートが目に留まった。
「―――――」
ノートを覗き込む。
『目標』と大きく書かれたページには、声が戻ったらやりたいことが書かれていた。
その横のページには、身体の調子を良くする方法や、喉の治療法が書かれていた。
目線を上げれば、喉や声に関する本が多く入れられた本棚が目に入った。
「―――――」
風が呆然としたまま部屋を見回すと、電源が入れられたままのノートパソコンを見つけた。
画面を覗き込むと、オーディションと書かれたファイルを見つけた。
マウスを操作してファイルを開けば、久しぶりに聞いた妹の声が流れ始めた。
『あっ、ボ、ボーカリストオーディションに応募しました、犬吠埼樹です!讃州中学1年生、12歳です!よろしくお願いします!』
何処か慌ただしいようなあたふたした様子に、この声の主が妹であると確信してしまう。
『私が今回オーディションに申し込んだ理由は、もちろん歌うのが好きだって事が1番ですけど…もう一つ理由があります。私は、歌手を目指す事で、自分なりの生き方…みたいなものを見つけたいと思っています!』
「―――――」
なんだ、これは。
『私には、大好きなお姉ちゃんがいます。お姉ちゃんは強くてしっかり者で、いつも皆の前で立って歩いていける人です。反対に私は臆病で弱くて、いつもお姉ちゃんの後ろを歩いてばかりでした』
「―――――」
なんなんだ、これは。
『でも、本当は私、お姉ちゃんの隣を歩いていけるようになりたかった』
「―――――」
『だから、お姉ちゃんの後ろを歩くんじゃなくて、自分の力で歩くために、私自身の夢を、私自身の生き方を持ちたい!その為に今、歌手を目指しています!』
呆然とする風の携帯に、1通のメールが届いた。
確認すれば、大赦からだった。
『じきに治ると思われます』という、酷く冷たい簡潔な文章だった。
「―――――ぁ」
樹の歌声が部屋に響く。
久しぶりに聞いた愛しき妹の声に、涙で視界が滲む。
その歌詞に込められた想いはあまりにも奇麗だった。
その声はもう、聞こえない。
「―――――あぁ、あぁあ」
妹の夢も、目指した生き方も、全て奪われた。永遠に閉ざされた。
溢れ出る負の感情が、理性を殺していく。
これは誰のせいだろうか。誰が悪いのだろうか。
この怒りは誰に向ければいいのだろうか。
―――――決まっている。
「う、ああああああああああ――――――ッ!!!」
オキザリスの花びらが吹き荒ぶ。
彼女を止められる者は誰もいない。
憎悪に満ちた絶叫と共に、少女は家から飛び出した。