山道や休憩所を足場にして、転々と大赦を目指す風。
少しして、人気が無い山道辺りで、
「待ちなさい!」
勇者服に身を包んだ夏凛が、風目掛けて短刀を投擲する。
大剣を振り短刀を弾くが、生まれた隙を狙った夏凛に蹴り落とされる。
攻撃してきた夏凛を睨みつけるが、その後すぐに彼女を無視して飛び上がった。
当然夏凛も追跡し、2人は並走する形となる。
「アンタ、何するつもり!?」
「大赦を…潰してやる!」
夏凛の問いに、怒りを露わにした様子で言葉を返す。
山中の鉄橋に2人は降り立ち、風が振り下ろす大剣を夏凛が刀で受け止める。
「大赦はアタシ達を騙してた!満開の後遺症は治らない!!」
憤怒の形相でそう語る彼女の言葉に、夏凛が驚いた。
その隙をついた風が夏凛を交わし、再度大赦へと進行する。
2人は瀬戸大橋記念公園跡地へと着地し、ぶつかり合う。
「大赦は初めから後遺症のことを知ってた…!なのに何も知らせないで、アタシ達を生贄にしたんだ!」
「そんな適当なこと!」
「適当じゃない!!アタシ達の前にも犠牲になった勇者がいたんだ!」
「え……」
「何度も満開して!ボロボロになった勇者が!」
その言葉に、夏凛の刀の切っ先が鈍る。
明らかに動揺している彼女に、さらに風が言葉を重ねる。
「そして今度は…アタシ達が犠牲にされた!」
刹那、俊敏な動きで接近した風が、夏凛の手から刀を叩き落とす。
「なんでこんな目に遭わなきゃいけない!?」
横薙ぎに振るわれる大剣を背後に飛んで躱し、追撃の振り下ろしを再召喚した二刀を交差させ受け止める。
「なんで樹が声を失わないといけない!?夢を諦めなきゃいけない!?」
大剣を受け止める夏凛の腕は振るえ、やがて押されて尻餅をついてしまう。
瞳から涙を流しながら、風が大剣を振りかぶる。
「世界を救った代償が!これかああああああっ!!」
「ッ…!」
殺意と憎悪を滲ませた叫びと共に、風の大剣が振り下ろされる。
迫る刃に、夏凛は思わず目を瞑った。
――――烏の羽が、宙を舞った。
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何かがぶつかる音。大剣を叩きつけられたのだろうか。
しかしいつまで経っても衝撃がやってこない。
恐る恐る目を開ければ、白い勇者服を纏った光一郎が、風と夏凛の間に割り込む形で立っていた。
振り下ろされた大剣は精霊のバリアに防がれていた。
「アンタホントに何してんだ…!何でこんなことしてんだ!」
「決まってるでしょ……!大赦を潰してやる!」
その言葉と共に、容赦なく大剣を振るった。
怒りに支配された彼女は、たとえ勇者部員であっても容赦がない。
腕を交差して防ぐが、勇者部随一の膂力から放たれた攻撃の重さに顔を顰める。
「アンタも友奈や東郷から聞いたんでしょ!?大赦はアタシ達を裏切った!騙してた!」
「だから大赦に報復しようってのか!」
「そうよ!!」
今度は横に振るわれる。
咄嗟にガードするも威力を殺しきれず、衝撃で横に吹き飛ぶ。
靴底が地面を削る音を聞きながら、目線は風を見据え続ける。
「あんな組織報いを受けて当然じゃない!賢いアンタなら分かる筈でしょ!?」
「……」
その言葉に、光一郎は内心同意した。
隠蔽、詐欺、秘密主義。
大赦は最も大事な情報を伝えなかった。
風の怒りはごもっともだし、光一郎だって正直に言えばキレている。
「あんなものがあるって知ってたら、アタシは勇者部なんて作らなかった!アンタ達を巻き込んだりなんてしなかった!」
先輩は目を奪われた。
後輩は声を奪われた。
親友は聴覚を奪われた。
幼馴染は味覚を奪われた。
全て神樹と大人の勝手な都合で、知らないうちに奪われていた。
もし光一郎が風の立場でも、同じように暴走していただろう。
「アタシは、絶対に!大赦を潰す!全員殺してやる!」
「――――――」
「だから、そこを退けええええっ!!」
接近し、大剣を振りかぶる風に対して、最適な迎撃を導き出す。
「オオオオオオッ!!」
雄叫びを上げながら、振り下ろされた大剣の側面に上段蹴りを打つ。
軌道が逸れ、光一郎から見て左に軌道がズレた大剣が地面を穿つ。
「――――――ッ!!」
蹴りの勢いをそのまま左脚を軸に90度回転。
風に背を向ける形となり、大剣を踏みつけて使えないようにする。
「なっ!?」
驚愕する風の隙をついて180度回転、風と向き合う形となる。
大剣を振り下ろして前傾姿勢のままの彼女の胸倉を掴む。
「頭冷やせ馬鹿が――――ッ!!」
自分の身体を後ろに投げ出しながら、右足裏を風の腹部に当て、押し上げるように真後ろに投げた。
一般的には巴投げと呼ばれる技が決まり、風は受け身も取れずに背中から地面に激突した。
風の背中に衝撃が走り、息が詰まって直ぐには立てなくなった。
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「……パイセン」
倒れ伏す風を、光一郎が膝を付いて見下ろす。
殺意と憎悪に満ちた瞳が、藍色の瞳を見上げた。
「なんで…なんで邪魔するのよ…ッ!」
「止めなきゃいけないって思ったからです」
「アンタだって怒ってるんでしょ!?樹は歌が歌えなくなって夢を諦めなくちゃいけなくなって!東郷も片耳が聞こえなくなって!友奈は美味しいものが食べられなくなった!アンタも片目が見えなくなった!アンタだって許せないんでしょ!?」
「許せませんよ。知らない間に、身体の一部が奪われたんですから」
「だったらなんで!!」
「多分、皆知ってても戦ってたからです」
その言葉に、風の目に浮かぶ悪意が薄れる。
「選択肢なんて無かったんです、最初から。世界を―――皆を守るためには、ああするしかなかった。しょうがなかったんですよ」
「……でも、アタシが…勇者部なんて、作らなかったら…」
風の自分を責める言葉に、光一郎が軽く溜息を漏らす。
怒りは静まっているが、逆に冷静になりすぎて自己嫌悪に陥ってしまった。
その時、光一郎が何かに気づいたように後ろを向いた。
「……俺の出番は終わりだな」
その言葉と共に光一郎が風の上から退く。
彼が向いている方を見れば、勇者服に身を包んだ友奈と樹の姿が。
光一郎と替わるように樹が歩み寄り、風へと抱きついた。
「樹……」
もういい、と伝えるように首を振る樹。
その表情はとても悲しそうで、今にも泣いてしまいそうで。
風の中にあった戦意は消え去り、地面に座り込んでしまった。
『私達の戦いは終わったの。もうこれ以上、失うことは無いから』
携帯に入力された文章を風に見せる樹。
それでも尚、風は後悔の念に囚われていた。
すると樹は携帯をしまうと、1枚のメモ用紙を広げた。
それは、勇者部全員に見覚えがあるもので。
樹の歌のテストで、彼女の原動力となった寄せ書きだった。
風へソレを見せると、ペンを取り出して何かを書き、再度風へと見せた。
『勇者部の皆と出会わなかったら、きっと歌いたいって夢も持てなかった。勇者部に入って本当に良かったよ』
自分の夢が潰れても、樹の心は折れなかった。
樹の思いに呆然となる風に、友奈が言葉を重ねる。
「風先輩、私も同じです。だから、勇者部を作らなければ、なんて言わないでください」
「……う……あぁ……」
その言葉が引き金となり、再び風から嗚咽が漏れる。
寄せ書きを握る力が強くなる彼女を、横から樹が抱きしめた。
夕暮れが照らす広場に、風の鳴き声だけが響いた。
―――その時、全員の端末からアラームが鳴り響いた。
「えっ…?」
夏凛が疑問の声を口にする。
全員が画面を見てみれば、そこには樹海化警報ではなく『特別警報発令』と描かれていた。
「何だ、これ…?」
「おかしいよ…アラームが鳴り止まないよ…!?」
光一郎と友奈の声を最後に、世界が白い光に包まれた。
次回は皆大好き東郷さん暴走回です