樹海化が発生した。
バーテックスは全て倒された筈なのに、そのバーテックスが攻めてきたということになる。
本来あり得ない事態に勇者達の間に驚愕が走る。
「落ち着きなさい!まずは現状確認を……」
そう言いながら、状況を把握すべく夏凛は端末を操作する。
「想定外の敵が来ようと、私が――――」
マップに映し出された無数の赤いマークに、夏凛の言葉が止まる。
何百何千と侵入するバーテックスが樹海化した空を覆いつくし、神樹の元へと向かっていた。
「え……」
不意に、端末を見つめていた友奈がそんな声を漏らす。
目を擦って再び地図を見るが、見間違いでも幻覚でも無かった情報に驚愕の表情を浮かべる。
穴が開けられた壁には、『東郷美森』の名前が表示されていた。
「こういっちゃん…これ…」
どうすればいいか分からなくなった友奈が、隣に佇む幼馴染の方を向く。
彼は少女の声に何も反応することなく、無言で端末を睨みつけていた。
睨みつけて、小さく息を吐いた後、友奈の方を向いた。
「――――ちょっと待ってろ」
それだけ言って、東郷のいる場所へと跳躍した。
背中に掛けられた声を無視して、ただ一直線に跳んでいった。
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しばらく跳び続けて、光一郎は東郷の元へと辿り着いた。
こちらに背を向け、襲い来るバーテックスを淡々と撃ち落としていく。
「東郷さん」
「――――」
「なぁ、東郷さん」
「――――」
光一郎からの呼びかけに何の反応も返さない。
振り返ることなく淡々とバーテックスを始末する東郷に、やがて光一郎が端的に言った。
「壁壊したのお前だろ?」
「―――――えぇ」
銃声が止んで静まり返る中、東郷が振り返った。
深緑の瞳が光一郎を見据える。
「どういうつもり?」
「……」
「自分がやったことの意味、わかってる?」
「……分かってるわ。分かってるからこそ、やらなきゃいけないの」
光一郎の問いかけに、東郷は静かに答える。
錯乱しているわけでもないその様子に、光一郎が眉を顰める。
そして悲しげに表情を歪めた彼女は、結界の向こう側へと移動する。
その背を追いかけ、光一郎も結界の向こう側へと飛んで行った。
「――――は?」
結界を超えた先に広がる世界を見て、そんな声が出た。
大地を覆う火の海。
空を埋め尽くす無数のバーテックス。
そんな世界に聳え立つ黄金の大樹。
かつて人が空想した地獄の光景をそのまま映し出したような世界が広がっていた。
「――――」
よく見てみれば、かつて勇者部が倒したバーテックスが再生していくのが見えた。
それが意味することはつまり――――
「分かったでしょ、光一郎君」
背後から聞こえた声に振り向く。
勇者の真実を知った東郷が、悲しそうにこちらを見つめていた。
「壁の中以外、全て滅んでいる。バーテックスは12体で終わりじゃなく、無数に襲来し続ける」
その声を聴きながら、光一郎は空を見上げた。
赤く染まった空が果てしなく続いて、青空なんて見えそうになかった。
「この世界にも、私達にも未来はない。私達は満開を繰り返して、身体の機能を失いながら戦い続けて……いつか、大切な友達や楽しかった日々の記憶も忘れて…ボロボロになって、それでも戦い続けて…」
「――――」
「もうこれ以上…大切な友達を犠牲にさせない…!」
東郷の叫びに、光一郎が視線を下ろす。
深緑の瞳に涙を浮かべ声を震わせ、自らの思いの丈を叫んだ少女を。
光一郎は、とても冷ややかで、見下すような目で見ていた。
「……それはつまり、世界を滅ぼすって言ってるんだよな?パイセンを、樹ちゃんを、夏凛を……友奈を殺すつもりなんだな?」
「光一郎君、分かって。私はもう皆が傷つくのを見たくない!神樹様を殺せば皆を助けられる!この生き地獄を終わらせることができるの!」
「誰もそんなこと頼んでねぇよ。俺達を巻き込んで、その言い訳が俺達を助ける?自分が楽になりたかっただけだろ」
光一郎の中に、沸々と殺意が湧いてくる。
友情が憎悪に塗り潰される。
言葉に悪意が滲み出る。
「もっと別の方法だってあったろ。お前が相談してくれれば俺達だって一緒に考えたよ。でもお前は何も言わずに勝手に動いて、挙句の果てには皆を救うとか吐きやがる」
許す気には到底なれなかった。
檜森光一郎の大切なものを、東郷は破壊しようとしている。
友奈を殺そうとしている。
「迷惑なんだよ。そんなに死にたきゃ勝手に死ねよ、害虫」
そんな言葉を吐き捨て、東郷を睨みつける。
殺意と悪意に染まる藍色の瞳に、東郷がほんの少しだけ怯んだ。
「……何、これ……」
友奈の声が聞こえて、2人はそちらへ視線を向けた。
結界の外を見た夏凛と友奈が、唖然とした様子で立っていた。
「友奈、夏凛!東郷が結界を壊した、止めるから手ェ貸せ!」
「は…!?壊したって、何で…いや、それよりこれ…!」
光一郎の言葉に、当然というべきか夏凛が困惑する。
彼女の様子に内心舌打ちしながら、東郷に一撃見舞うべく踏み込み――――
「―――――っ!?」
視界の端に見えた乙女座の方へ視線を向ける。
産卵管のような部分から爆弾が射出されると同時に、結界の中へと飛び込んだ。