今回でちょうど20話目ですね。20本も書いてるとか作者もビックリです。
パチリと目を開けば、白い病室が視界に映り込む。
カーテンの隙間から差し込む陽光が、ベッドを明るく照らしていた。
「─────」
むくりと上体を起こし、ポケットに突っ込んでいたスマホを手に取る。
液晶に映る時刻には午後四時と表示されていて、窓から見える太陽の位置が傾き始めているのが確認できた。
「ごめん友奈、寝ちゃってた」
病室のベッドに横たわる少女へ、光一郎は語りかける。
ベッドの主である少女は何の反応も示さない。気落ちしそうな静寂の中で、光一郎は言葉を続ける。
「あー、どこまで話したっけ。そう、また奇麗な葉っぱ見つけたんだよ、友奈も気に入りそうな感じの」
病室に響くのは、光一郎の声だけ。
楽しげに話す語り手とは対照的に、聞き手は相槌も打たずに静かに耳を傾ける。
「せっかくだから押し花にして栞作ってみたんだ、奇麗でしょ。あんま上手く出来なかったけど」
ベッド脇に置かれたチェストの上に、薄紫色の花弁を乗せた栞を置く。
友奈の見舞いに行くたびに増えていくそれは、もう何冊も積み重ねられていた。
「……退院したらさ、一緒に桜でも見に行かない? この辺にも公園があってさ、結構穴場なんだ。きっと、友奈も気に入ると思う」
隠しきれない寂しさを滲ませながら、光一郎は友奈へ語りかける。
毛布に乗せられた白く小さな少女の手を、壊れ物でも扱うかのようにそっと握る。
僅かに感じる温もりだけが、今は唯一の救いだった。
「……やっぱ、友奈がいないとダメだな、俺」
握り返されることのない掌に、そっと額を寄せる。
もう何度目かもわからない祈りを、今日もまた繰り返す。
再びこの部屋を訪れた時に、あの明るい笑顔で迎えてもらうために。
「待ってるよ、ずっと。いつまでも待ってるから」
その言葉が友奈に届くことはなく、ただ虚しく病室へ霧散していく。
感情を宿さない薄紅色の瞳は、ただじっと虚空を見つめるだけだった。
「またな、友奈。おやすみ」
最後にもう一度だけ手を握ると、光一郎は立ち上がった。
椅子に掛けていた鞄を手に取ると、スライド式の白いドアに手を掛ける。
僅かな重みを左腕に感じながら、病室を後にした。
「ぁ……」
その矢先に。ばったりと、出会い頭に見知った顔と出会う。
リボンで結われた長い黒髪、翡翠色の瞳は驚愕と困惑で揺れている。
東郷美森が、そこにいた。
「……光一郎、君」
「……」
二人が顔を突き合わせるには、些か居心地の悪い空気が流れていた。
世界を滅ぼそうとした少女と、その少女に殺意を向けた少年。
翡翠の瞳が、藍色の瞳が、互いの姿を映し合う。
「……友奈の面会?」
「え、あ、うん……そうね……」
「そっか」
沈黙に耐えきれず光一郎が口を開くも、会話が続かない。
以前なら何も意識することもなく言葉を交わしていたはずなのに、今はこんなにもぎこちなくなってしまう。
東郷もまた、言葉に詰まりながら視線を彷徨わせていた。
「じゃあ、俺は行くから」
「……うん」
視線を合わせないようにしながら、光一郎は東郷の横を通り過ぎる。
東郷もまた、それを引き留めるような真似はしなかった。
長い廊下を足早に、逃げるようにして突き進む。
世界が滅びかけた戦いから、ひと月。
結城友奈がいない世界は、驚くほどに平和だった。
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友奈の見舞いへと訪れた翌日。
光一郎は瀬戸大橋記念公園へと足を運んでいた。
現在は大赦の関係者しか立ち入れないのだが、勇者特権で簡単に許可を貰うことが出来た。
無残に破壊された瀬戸大橋を横目に、ゆっくりと遊歩道を進んでいく。
しばらく歩いて行けば、コンサートホールに似た形の建造物が見えてくる。
墓石がびっしりと立ち並ぶそこは、歴代の勇者や巫女を祀った霊園だった。
「……」
此処に来た理由は、分からない。別にこれといった理由があるわけでもない。
何となく、足が向いた。ただそれだけのことだった。
石碑の一つ一つに刻まれた名前を、光一郎は順に追っていく。
どれもピンと来ない。他人の墓参りをしているかのような、そんな気分。
しかし、ある一点に辿り着いたところで、光一郎は足を止めた。
「─────」
無言で、墓石に刻まれた名前を指先でなぞる。
そこに刻まれた名は、間違いなく知らない名前だった。しかし不思議と、どこか懐かしさを感じさせる。
胸を締め付けられるような感情が、光一郎の心に去来する。
「……高嶋」
小さくその名を呼ぶ。そうしなければいけない気がした。
「高嶋……高嶋、友奈」
そこに刻まれた名前を、何度も反芻する。
不思議と耳に馴染むその名前を、光一郎は噛み締めるように繰り返す。
「────っ」
不意に、視界が滲んだ。頰に冷たい感触が流れ落ちる。
そこでようやく、自分が泣いていることを自覚した。
ぽろぽろと零れる雫が、墓石を濡らしていく。
「な、ん」
自分の意志に反して流れる涙を、止めることができない。
拭っても拭っても、堰を切ったように溢れる感情が止められない。
墓石に額を預けながら、光一郎はその場に蹲った。
目の奥が熱くなって、喉から何かがこみ上げてくる。
「……誰なんだ、お前は」
胸の内に渦巻く不快感を吐き出すように、絞り出すように声を漏らす。
墓碑に語りかけたところで、返事など返るはずもない。
それでも、吐き出さずにはいられなかった。
「誰なんだよ、高嶋友奈って。俺は知らないのに。何で、こんな気持ちに……」
悲痛な叫びが、静寂の中で木霊する。
そう、知らないのだ。その名前に覚えがない。聞いたこともない。
なのに何故、こんなにも悲しい気持ちになるのか。胸が張り裂けそうなほどに痛むのは何故なのか。
「なんで俺は、泣いてんだよ……!」
知らない景色への既視感。知らない存在への既視感。
そうして今度は、知らない誰かへの既視感と、寂しさ。
知らないのに知っている、矛盾した感覚が光一郎の心をかき乱す。
自分は、檜森光一郎は、何を忘れているのか。
「っ……?」
だが、思考はそこで中断される。
上着のポケットに入れていたスマホが振動し、着信を告げ始める。
画面を見れば、そこには「東郷さん」の文字。
「……もしもし?」
一瞬の逡巡の後、光一郎はスマホを耳に当てた。
今はとにかく誰でも良いから、誰かの声を聞きたかった。
『────こういっちゃん』
聞こえてきたのは、舌ったらずな温かい声。
耳に馴染むその声に、光一郎の心臓が大きく跳ねる。
「……友奈?」
『うん。結城友奈です』
通話口から聞こえる声が、肯定するように笑った気がした。
「……友奈」
『うん』
「友奈」
『うん』
何度も、確かめるように名前を呼ぶ。
電話の向こうにいるのは間違いなく、自分の幼馴染だと実感する。
感情が溢れ出して、頭が混乱して、上手く思考が出来ない。
話したいことはたくさんあるのに、何から話せばいいのかも分からなくなる。
「友、奈……友奈……っ」
『ごめんね、こういっちゃん。心配かけて』
ただただ嗚咽を繰り返す光一郎に、優しい声音で相槌が返ってくる。
友奈の声を耳にするたびに、心の中にあった不安や恐怖が溶けていくような気がした。
「……ずっと、ずっと待ってた」
『うん』
「話したいこととか、見せたいものとか、いっぱいあるんだ」
『うん』
「今行くから。待っててくれ」
『……うん。待ってる。ずっと、待ってるから』
それだけ言って通話を切り、光一郎は立ち上がる
未だに零れ落ちる涙を強引に拭い取ると、足早に来た道を引き返す。
「─────」
見納めと言わんばかりに、改めて墓石へ視線を向ける。
胸の内に生じた衝動を噛み締めながら、光一郎は瀬戸大橋記念公園を後にするのだった。
『またね』
ふわり、と。山桜の香りがする風が、光一郎の頬を撫でた。
まるで、誰かが自分を見送っているかのような。
───そんな気がした。
というわけで、これにて結城友奈の章完結です。多分。
こういっちゃんの物語はまだまだ続きますが、こういっちゃんの戦いはこれにて一旦区切りとなります。
次何書きましょうかね。ノープランも良いとこです。無計画万歳。