男の子にしては長い、肩口まで伸びた艶のある黒髪。真っ赤な瞳と、雪みたいに白い肌。
父親らしき大人に連れられ、ニコニコと笑顔を浮かべながらも、どことなく退屈そうな表情を浮かべている男の子。
愛想笑いの裏で辟易している面を隠しきるその子は、なんというか──子供の皮を被った大人という表現が、しっくりきた。
──この子とは、仲良くなれる気がする。
そんな漠然とした直感に従って、乃木園子はその子の元へと駆けだした。
神秘的な光景に圧倒され、息を漏らしたのは誰だったか。
四人が再び目を開いた時、巨大な樹木に覆われた世界が眼前に広がっていた。
樹海──神樹によって行われる、外敵から世界を守るための防衛手段。
無数の花びらが舞い落ちるその光景に、四人は自分達が神樹の結界内に飛ばされたことを理解した。
「すっげー!全部木になっちゃってる!」
「アレが大橋かなぁ。木にはなってないんだね~」
目を輝かせて周囲を見回していた銀と園子が、遠くに見えた瀬戸大橋を指差す。
樹木に覆われた世界で唯一見慣れた姿を保ったままの大橋は、結界の外へと伸びている。
結界の向こう側と四国を繋ぐ建造物の上を、白い異形が悠々と闊歩する様が目に入った。
「来たわ」
「うん。アレが僕らの敵ってわけだ」
須美が零した言葉を補足するように、来瞳が淡々と言葉を重ねる。
ゆらゆらと揺れながら橋の上空を移動するバーテックス──近い将来、水瓶座と称される巨大な怪物は、上に伸びた触角から水球を幾つも吐き出しながら神樹に到達すべく侵攻している。
バーテックスが神樹に到達した時、世界は滅びる。四人が勇者として見出された際に教えられたものであり、それを防ぐために四人はこの世界に呼び出されたのだ。
「お役目を、果たしましょう」
須美の決意に溢れた言葉を皮切りに、四人はそれぞれの端末を握り締める。
画面の中心に表示された花のアイコンを迷いなくタッチすると、液晶から光と共に溢れ出した花びらが四人の身体を覆う。
光と花びらが霧散した後には、四人はそれぞれ別の色合いの衣服を身に纏っていた。
須美は白菊をモチーフとした薄紫色の衣服に、自身の身の丈程の大きさの弓矢を。
銀は牡丹をモチーフとした赤色の衣服に、両手に二丁の巨大な斧を。
園子は薔薇をモチーフとした紫色の衣服に、浮遊する穂先を幾つも携えた槍を。
来瞳は花蘇芳をモチーフとした暗赤色の衣服に、円盤状の鏡が埋め込まれた巨大な盾を。
勇者としての戦装束に身を包み、変身を完了した四人は視線を交わらせる。
「おー!カッコいいなこれ!」
「これが勇者の……実際に着るとちょっと照れるね」
「あはは~、皆似合ってるよ~」
「もう、三人共はしゃぎすぎよ」
四人はそれぞれ異なる反応を見せながら大橋の方へと向き直る。
勇者としての役目を果たすべく、武器を握る手に自然と力が籠る。
「慎重に対処しましょう。敵はどんな動きをしてくるか分からないから、まずは牽制を──」
「よぉし!ぶっ倒す!」
「ミノさん!私も~!」
須美が指示を飛ばすよりも早く銀と園子が飛び出した。
神樹の力によって向上した身体能力を存分に駆使し、大橋へと跳躍していく。
「って二人共!待ちなさい!」
「はは、行っちゃったね……鷲尾さん、僕らも行こうか」
「えぇ……!もう!」
遅れて来瞳と須美も飛翔し、大橋を行く水瓶座を目指して駆けていった。
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樹木を足場に次々と跳び移っていけば、大して時間をかける事無くバーテックスの正面へと辿り着く。
目前に迫ったバーテックスの姿は想像以上に巨大で、見上げなければその姿が視界に収まりきらない程。
無機質に触角を揺らし宙を漂う怪物の足元では、鮮やかな樹木が黒ずんでいくのが確認できた。
『浸食』──バーテックスの撃退に時間がかかる程、元の世界に悪影響を及ぼしてしまう。大赦からそう教えられた四人は焦ったように眉根を寄せる。
「これは……あんまり時間は掛けられないね……!」
「あっ!ズルいぞ天乃!」
「くるるん、ミノさん!待って~!」
「あっ!?ちょっと!?」
一番槍として先陣を切った来瞳。それに続く形で銀と園子も空中に身を躍らせる。
慌てて須美が静止の声を上げるも既に遅く、三人はバーテックスに向かって飛び掛っていく。
勇者の接近に気づいた水瓶座は無数の水球を一斉に放出する。
「うわっ!?なんだこれ!?」
「やば……ッ!?」
雨の如く降り注ぐ水の散弾を完全に回避しきれずに、銀と来瞳は被弾してしまう。
命中した水球は身体に張り付き、二人は勢いよく地面に落下して土煙を巻き上げる。
「くるるん!ミノさん!」
二人の後に続いていた園子が一度足場を見つけて降り立つが、ふと何かに気づいたように水瓶座の方を見上げた。
水瓶座は園子の方に身体を向けると、レーザーの如き水流を園子目掛けて撃ち出した。
「わぁっ!?」
間一髪横に飛び退くことで回避するが、足場から転落して地面に叩きつけられる。
落下の衝撃によってダメージを負った園子は苦し気な唸り声を漏らす。
「三人共!?このぉっ!」
自分以外の全員が撃ち落とされたことに慌てた須美が矢を番え、弓を引き絞る。
的にならないよう走り回りつつ放った矢は見事水瓶座の頭部へと命中したものの、多少削った程度では即座に回復してしまう。
何事も無かったかのように再び勇者を迎撃せんと触角を揺らす水瓶座を見て、須美は驚愕を顔に浮かべた。
「うそっ……!?」
一方、最初に撃墜された来瞳は、身体に張り付いた水球を破壊した後、再度水瓶座へと向き直る。
無数に放たれる水球の対処法を考えつつ手中の盾を構えたその時、水瓶座が再び水流を放とうとしているのが目に入った。
その標的は、槍を杖代わりに立ち上がろうとする園子だった。
「────」
考えるよりも早く地面を力の限り踏みしめ、園子の方へと跳ぶ。
脳内で可能な限り最速の動きを演算し、演算通りの動きを以て樹海を駆け抜ける。
地面を蹴り、木々の隙間を通り抜け、迫る水球を盾で弾き、少女の元へ辿り着くと同時にその手を引いて抱き寄せる。
「くる──」
「頭下げて!!」
園子が何かを口にするよりも早く、来瞳の怒号が響く。
園子はその声に反応し即座に頭を下げて身を屈め、来瞳は盾を背中で構える。
次の瞬間、放たれた水流は来瞳の盾に衝突し──盾に埋め込まれた鏡が砕けるとともに、水流を反射した。
跳ね返った水流は水瓶座の身体に直撃し、無機質な巨体が大きく揺らぐ。
「おぉ!?なんだ今の!?」
「攻撃を反射した……?すごい……」
銀と須美が感嘆の声を漏らす。
跳ね返った水流が直撃した水瓶座の身体は大きく削られ、損傷の回復にも多少の時間が掛かるようだ。
大きく隙を見せた敵の姿を視界に捉えつつ、来瞳は園子を抱き抱えたまま水瓶座から距離を取り始める。
「今のうちに離れよっか。多分また撃ってくるだろうし」
「あ、うん……ねぇ、くるるん」
「なぁに?」
「ありがと。守ってくれて」
「どういたしまして」
そう言って朗らかに笑う来瞳に、園子もまた微笑みを返した。
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樹海を移動し、ばら撒かれる水球から身を隠せそうな樹の影で四人は合流を果たした。
損傷個所を修復する水瓶座を見据えながら、四人は身を潜めつつ意見を交わす。
「とりあえず、無暗に攻撃しても多分倒せないね、アレ」
「みたいだね。何か弱点っぽいのは無いのか?」
「分からない……でも、このままだと奴が大橋から出てしまうわ。それだけは何としても避けないと……!」
「出たら撃退できなくなるもんな……なぁ、天乃がさっきやってたアレ、もう一回出来ないか?」
「出来なくはないけど、連発は出来ないよ。使うたびにこの鏡が割れて、治るのを待たないといけないんだ」
そう言って来瞳は自身の盾に埋め込まれた鏡を指さしてみせる。
粉々に砕け散った鏡は少しずつ修復しているものの、完全に直るまでにはそれなりに時間が掛かるようだ。
攻撃を反射して倒すより前に敵が神樹に到達してしまうのは想像に難くなかった。
『う~ん……』
意見は飛び交うが、現状を打開するための具体的な手段は浮かんでこない。
このままここにいては神樹に辿り着かれてしまう。しかし何の策も無しに突貫しても各個撃破されて終わる。
全員が黙り込んでしまい、静寂が場を支配する。
そんな中、蚊帳の外だった園子が明るい表情を覗かせて口を開いた。
「ピッカーンと閃いた!」
瞳を爛々と輝かせた園子が、指を一つ立てて高らかに言い放つ。
突然の閃き宣言に来瞳達は園子へと視線を向け、期待の眼差しを浮かべて続きを促した。
「何か思いついたの?」
「うん!えっとね──」
須美の言葉に首肯し、園子は思いついた作戦の説明を始めた──。
---
──結論から言えば、園子の作戦は大成功に終わった。
水瓶座が放った攻撃を、傘状に展開された園子の槍を全員で支えて耐え忍び、止んだ瞬間四人で一斉に攻撃を仕掛けるという作戦であった。
水球による迎撃は須美が全て撃ち落とし、飛び掛かった銀と来瞳が斧や盾でメッタ打ちにする。
全身を殴打された挙句切り刻まれた水瓶座の身体は再生することも出来ず、大橋の上を舞い散る花弁に覆われ消えていった。
鎮花の儀──バーテックスを還す儀式を終え、再び花弁が視界を埋め尽くす。
再び視界が見えるようになった頃、四人は大橋が見える展望台の上に置かれた祠の前に立っていた。
先程まで死闘を繰り広げていた樹海は消え、元通りの平和な町並みが広がる世界へと戻っている。
「そっかぁ。学校に戻るわけじゃないんだね~」
「あヤッベ!上履きだ!」
「きっと迎えが来てくれるだろうし、それまで待ってよっか」
辛勝ではあれどバーテックスの撃退に成功したことで、緊張の糸が緩み気の抜けた会話を交わす銀と園子、来瞳の三人。
そんな中でたった一人、須美だけが険しい表情で祠を見つめていた。
歓喜の色を微塵も見せない須美に気づいた園子が小首を傾げながら声をかけた。
「お~い、鷲尾さん?」
「────」
「須美さん?」
「────」
「すみすけ?」
「────」
何度呼びかけても須美は反応を示さない。
今の少女の胸中を支配するのは、溢れんばかりの悔しさ。
自分一人の力だけではバーテックスを撃退するどころか、戦いにすらならなかった。
その事実が、少女の心を締め付けていた。