「ヘーイくるるん!今日という素晴らしき日を一緒にエンジョイしよう!」
山羊座との戦闘から幾日の時間が経ち、四人が担任である安芸から休息を言い渡された、とある日のこと。
特に予定も無いため家で過ごしていた来瞳の元へ、心配になる程にハイテンションな園子がハイカラなリムジンに乗って訪ねて来た。
「…………うん」
目の前に鎮座する圧倒的情報量の暴力の化身に対し、来瞳は顔を抑えて空を仰ぐ。
青空は憎い程に澄み渡っていて、その眩しさは来瞳に目を細めた。
園子とは長い付き合いになるが、これ程までにはしゃいでいる姿を見たのは初めてかもしれない。
「ほらくるるん!乗って乗ってー!」
来瞳の困惑など露知らず、園子は運転席から顔を出して彼を急かす。
流石に友人の誘いを無下にする理由も無く、来瞳は大人しくリムジンへと乗り込んだ。
園子の対面の座席に腰掛けると、扉が閉まり滑るようにリムジンが走り出す。
「エンジョイするって言ってたけど、何処に行く予定?」
「まずわっしーとミノさんを拾いに行くでしょ?それから──」
金色の髪を躍らせながら、園子は楽しげにこれからの予定を話す。
目の前の少女の生き生きとした姿に笑みを零しつつ、来瞳は園子の話に相槌を打つ。
他愛の無い話を交わす二人を乗せて、リムジンは町の中を進んでいった。
尚、次の目的地である鷲尾さん家の須美さんも、妙なテンションの園子に対し来瞳と似たような反応をしていたのは言うまでもない。
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来瞳と須美、そして銀が連れてこられたのは園子の実家、乃木家。
大豪邸の衣装部屋へと案内され、園子発案による銀の着せ替えが始まっていた。
清楚感漂うドレスに身を包み、赤い花の髪飾りを付けた銀が、恥ずかしそうに鏡の前で頰を染めている。
「この服は……アタシには似合わないんじゃないかな……?」
「そんなことないよ~!ねぇわっしー?」
「ブハーッ!」
「そんな出し方する人初めて見たよ」
謙遜する銀を褒めた園子が同意を求めたものの、須美は興奮のあまり噴水の如く鼻血を噴き出していた。
出血しながらもスマホで銀を撮影する手を止めない彼女に、来瞳が感心したような若干引いたような声を零しつつティッシュを手渡している。
普段の銀は男勝りな性格故に動きやすい服を好んで着ているため、こういった清楚なドレスは新鮮に映るのだろう。
「と……とても似合っているわ、銀……!このこみ上げてくる気持ちは一体何かしら……!」
落ち着きを取り戻したのかそうでないのか判別の付かない須美が、何処からか取り出した一眼レフカメラを銀に向け、俊敏な動きをもってしてあらゆる角度から写真を撮り続けている。
普段の様子からかけ離れた友人にどう反応すれば良いのか分からず、銀は困惑したまま硬直していた。
「なんだか今のわっしーって……プロみたいで素敵~!」
「写真は愛よ!銀、今日はとことん見目好い服に挑戦よ!」
「いぃっ!?」
その言葉を引き金に、須美と園子による銀のファッションショーが幕を開けた。
カジュアルな服や薄いドレス、果てには赤髪のカツラに謎のキャラクターが印刷されたTシャツという良くわからない方向性の格好まで。
銀は着せ替え人形の如く二人の好きなようにされ続け、区切りの付いた頃には部屋の片隅で膨れっ面になって座り込んでいた。
因みにここまでの間、来瞳はただ座って彼女達の様子を見ているだけである。異性のファッションショーに割って入るなど彼にはハードルが高過ぎた。
「はぁ────良かったわ」
「何がだよ!?」
「じゃ次はわっしーの番ね」
「ええっ!?」
完全に油断していた須美の前に、園子が生き生きとした様子で派手なドレスを突き出した。
余りにも豪華な飾りつけに思わず後退りをしてしまう。
「このお洋服とか、似合うと思うよぉ~!」
「だ、ダメよ!?そんな非国民の格好!」
「いやぁ、似合うと思うなぁ!!」
ファッションショーの標的が須美に切り替わった途端、やはりこちらも生き生きとした様子の銀が仕返しとばかりに詰め寄っていく。
徐々に逃げ道を消されていく少女は、最期の希望と言わんばかりに来瞳へ視線を送った。
「く、来瞳君!貴方からも二人に説得を……!」
「え?うーん……まぁ、程々にね?」
「裏切り者ぉ────ッ!!」
須美の悲痛な叫びが、園子宅の一室で虚しく響いた。
そうして無慈悲に着せ替えられた結果、何処ぞのお姫様のような可憐な格好に仕上がったのだった。
口では拒絶しているものの、翡翠の瞳を輝かせて自身の姿にすっかり見惚れている。
しかしすぐに冷静になり、後で直ぐに脱ごうと心に誓っていた。
これにてファッションショーは終了──に思われたが。
来瞳の正面に立った園子が、彼の肩にそっと手を置く。
このタイミングで置かれた手の意味が分からぬ程、来瞳は鈍感ではなかった。
「くるるん」
「なぁに?」
「着よっか」
「何を?」
「お洋服」
瞬間、来瞳はここから逃げ出す算段を全力で考え始める。
経験上こうなった園子を止める方法は無いに等しいが、この部屋を見渡す限り男物の服は一切見当たらない。
つまり彼女は、来瞳に女性用の服を着させるつもりなのである。いくら長い付き合いと言えど、異性に自分の服を着せるという行為は如何なものだろうか。
来瞳の頭の中で様々な思考が渦巻き、回転し、ぶつかり合い──結論に達した彼は冷や汗を流しながらも口を開いた。
「……ぼ、僕には似合わないんじゃないかな?」
「くるるん色白だし髪綺麗だし、似合うと思うよ~?」
哀れ、必死に絞り出した返答は華麗に流されてしまった。
良い笑顔でこちらを見つめる園子。その背後にはニヤケ面の銀とカメラを握る須美。
打ち合わせをしたかの如く、見事に逃げ場の無い包囲網が出来上がっている。
「…………着なきゃ駄目?」
「駄目」
最後の抵抗として駄目元で尋ねるも、園子は満面の笑みで即答した。
これは逃げられないと悟り、来瞳は観念して着せ替え人形となることを受け入れた。
そして数分後。
「可愛い!くるるん可愛いよぉ!」
「ほほ~、これはこれは……」
「なんて……ッ!男の子なのにこんなに……ッ!」
来瞳が渋々着替えた結果、ロングスカートのメイド服にカチューシャという、如何にもコスプレな格好に仕上がった。
恥ずかしそうに頰を染めて俯く来瞳に対し、園子と須美が目を輝かせてシャッターを切っている。
銀も満足そうに来瞳の女装姿を眺め、ご満悦な様子で頷いていた。
「も、もう着替えていいよね……?」
『駄目!』
「駄目なの!?」
来瞳のお願いは三人の少女に即却下され、その後も数十分程撮影は続いた。
着せ替えが終わる頃には、来瞳は力尽きた様子で座り込んでいたのだった。
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神樹館小学校の、とある日の休み時間。
須美、銀、園子、来瞳の四人は、談笑で賑わう教室の中で、それぞれが思い思いに黒板に落書きしていた。
「お?須美のそれなんだ?」
「翔鶴型航空母艦、瑞鶴よ!」
銀が視線を向けた先には、異様にリアルな戦艦が描かれている。
細部まで丁寧に書き込まれたその絵は、最早実物の写真と大差が無い程の出来栄えだった。
小学生離れした画力に他の三人が感嘆の声を上げる中、須美が熱く語りだす。
「旧世紀、昭和の時代に数々の戦いで主戦力として活躍した、我が国の空母よ!囮になって最後の最後まで頑張ったのよ……!」
自分の描いた絵に涙ながらに敬礼する須美。
出会った頃の真面目な印象とのギャップの差に、銀達は若干置いてけぼりにされてしまう。
余りの勢いに呆然としていた来瞳が、何とか口を開き言葉を紡ぐ。
「す、須美ちゃんはそういうの詳しいよね。好きなの?」
「えぇ!夢は歴史学者さんだから!」
来瞳の問いに敬礼を止めた須美が、自信満々に夢を語る。
かつて存在した神世紀以前の歴史を紐解き、解明することが彼女の夢だという。
それを実現するためにも、彼女は日々勉学に勤しんでいるのだ。
「わっしーっぽい夢だよね!」
「そのっちは何か夢があるの?」
「私は、小説家とか良いなって思って。時々サイトに投稿したりしてるんだよ」
「あー、なんか納得」
「独特の感性だものね……」
満面の笑みでピースしながら夢を語る園子。
園子が書いた絵に目をやれば、彼女が愛用するサンチョの家族らしき絵が描かれている。
因みに、園子の小説のファン第一号は来瞳である。彼女が描く独特の世界観に妙にハマってしまったのだ。
「銀ちゃんの夢は?何かある?」
「幼稚園の頃は、皆や家族を守る美少女戦士になりたかったなぁ!」
「じゃあ、今は?」
来瞳の問いかけに対し、銀は少しの間考え込むと、恥ずかし気に笑みを零した。
ほんの少しだけ口篭る様子を見せた彼女だったが、三人の友人の顔を見た後、ゆっくりと語り始めた。
「いやー……家族って良いもんだからさ、普通に家庭を持つのも有りかなって……。そうなると、将来の夢は……お、お嫁さん……」
自分で言って恥ずかしくなったのか、銀は両手の指を突き合わせながら頬を紅潮させている。
男勝りな少女の口から出た、女の子らしい素敵な夢。
予想外の回答に三人が顔を見合わせ、それぞれの口元が綻んだ。
「白無垢が楽しみだわ、銀!」
「小説のネタにするね!」
「それはやめろ!恥ずかしいから!」
園子のとんでもない言葉に、銀は園子の頬を引っ張って抗議する。
にへらと笑いながら茶化す園子と顔を赤くして抵抗する銀。そんな二人を微笑ましく見守りながら、須美が来瞳に顔を向けた。
「それで、来瞳君の夢は?」
「うーん、僕の夢かぁ……」
自分の夢など考えたこともなかったと、顎に人差し指を当てながら考え込む。
夢と言えるほどの目標なんて無いし、そもそも将来のことを深く考えたことがあまり無かった気がする。
ただ漠然と、平穏に暮らせればそれで良いなぁ、なんて思う程度だった。
「……平和に暮らせたら、それでいいかな?」
思考の末にぼんやりと浮かんだ答えを、来瞳はそのまま口にした。
この解答は三人のお気に召さなかったらしく、一斉にダメ出しを食らう羽目になったのだが。
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その後日にも。
園子が学校でラブレターを貰い、騒ぐ須美と銀を来瞳が宥めたり。
1年生へのオリエンテーションで、須美発案の国防仮面が子供達の人気を集めたものの、後で四人揃って安芸に怒られたり。
なんてことの無い日常を四人で過ごして。
そして今日もまた、四人は自然と集合していた。
「結局集まっちゃったな」
「勇者同士は自然と惹かれ合うんだね~」
「来瞳君が拾ってくれて良かったわ……」
「あはは、ホントにびっくりしたよ……」
NARUKOでの会話によって迷子が発覚した園子を他の三人が回収しに来た結果、一同は惹かれ合うように合流した。
各々の用事が終わったこともあり、折角だからと四人で一緒に行動することに。
そうして夢中になって休日を楽しんでいたら、気づけばすっかり日が傾いていた。
「あーあ、もうすぐ休養期間も終わりか」
「警戒態勢復活だね~」
「そうね、気を引き締めないと」
「名残惜しいけど、頑張らないきゃね」
夕日に照らされた道路を、四人並んで歩いていく。
あっという間に過ぎ去った日々は、とても充実していたように思える。
戦いに身を投じる四人にとって、このありふれた日常の尊さが、何よりも身に染みるのだ。
「おっと、あたしだけ道違うか」
話している内に、分かれ道に差し掛かっていた。
銀は三人とは違う道のため、ここで別れることになる。
小道を前に足を止め、銀は三人の方を振り返り笑みを浮かべた。
「またね」
何気ない言葉で別れを告げた銀は、背を向けて帰路に就こうとして。
その背中に不安を覚えた須美が、咄嗟に彼女の手を掴んだ。
「……須美?」
「……ぁ、ごめんなさい!」
こちらを見やる銀の瞳に、須美は我に返った。
咄嗟に引き止めてしまったが、それが何故なのか、須美自身にも理解出来なかった。
そんな様子の須美に、銀は柔らかく微笑むと、須美の手を優しく握り返す。
「いや、気持ち分かるよ」
「休みが終わっちゃう。そう思ったんだよね、わっしー?」
銀だけでなく、園子も須美の手にそっと自分の手を重ねた。
「友達と別れる時って、寂しくなるもんね」
来瞳もまた、須美の手の上に自分の手を置いた。
友達との別れが寂しく感じるのは、何も不思議なことではないのだ。
須美が銀を引き留めたのも、きっとそれと同じこと。
「あたし、正直お役目だけに、そこまでリラックスできるかなって思ってたけど……皆で居れば、要らない心配だったよ」
「私も!とっても楽しかったもん!」
友達と過ごす時間が、ここまで楽しく満ち足りたものだとは知らなかった。
勇者であることも、お役目も、何もかも忘れて笑い合える日々。
こんなにも楽しい時間を、ずっと過ごしていられたら。そう思わずにはいられない。
「僕達の戦いが、全部終わったらさ」
来瞳が、夢想するように緋色の瞳を揺らしながら、三人に向かって言葉を紡ぐ。
「またこうして、皆で遊びたいな」
来瞳の口にしたその願いに、三人は満面の笑みを浮かべた。
「絶対に!」
「うん!また遊ぼう!」
「えぇ、約束よ」
園子が、須美が、銀が。それぞれ来瞳の言葉に頷く。
この願いが叶うのかは、まだ分からない。
それでも──また集まれる時が訪れることを、信じて疑わなかった。