休養期間も終わり、再び警戒態勢が敷かれた──にも拘らず、バーテックスは攻めてくる気配を見せず。
いつ敵が攻めてきても対処できるよう鍛錬を重ねながらも、勇者達は束の間の平穏を謳歌していた。
そうして迎えた遠足当日。
バスに揺られて向かった先は、国内最大級の庭園やアスレチックコース、キャンプ場を有する有名な観光地である。
各班毎に散開して思い思いに楽しむ中、来瞳達四人は銀の発案によってアスレチックコースに挑戦することに。
銀、須美、来瞳の三人は吊るされたタイヤを難なく潜り抜けるが、唯一園子だけが苦戦していた。
「三人共早いよ~、ちょっと待って~!あわ、あわわ!?」
時折タイヤから落ちそうになる園子だったが、駆け寄ってきた来瞳が支えたことで事なきを得る。
「そんなに慌てなくても大丈夫、ゆっくり進めば怖くないよ」
「落ちたら奈落の底って考えると、結構なスリルがあるんよ……」
独特の想像力でアスレチックの恐ろしさを体感している園子に苦笑しながら、来瞳は慎重に彼女を先導していく。
その後も次々とアスレチックを踏破していく四人。
途中で調子に乗った銀が危うく大怪我をしかけたりと、トラブルを挟みつつもゴールに辿り着いたところで、時刻は正午を迎えたのだった。
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野外調理場に集まった生徒達が、班毎に分けられた食材や調理器具を使って昼食の用意を進めている。
普段から料理をするため手慣れている銀と須美、大雑把な調理なら問題無くこなせる来瞳が率先して調理を進めていた。
四人は出来上がった焼きそばを皿に盛り付けると、手頃な席に腰を下ろして昼食を食べ始める。
「美味しい~!」
「園子はもっと良い肉食べてるんじゃないのか?」
「このお肉の方が美味しいよ?」
皿に盛られた焼きそばを不思議そうに見つめる園子。
普段彼女が食べている物と比較すると質素な食事なのだが、どうしてか園子はこの味を気に入ったらしい。
「皆で食べてるからじゃない?」
「おぉ〜!」
須美の言葉に、首を傾げていた園子が目を輝かせる。
来瞳も須美の言葉に同意するように頷きながら、園子の口に付いたソースをハンカチで拭った。
「はい、拭けたよ」
「ありがと~、くるるん」
満面の笑みでお礼を言った園子だったが、突然しょんぼりとした表情を見せた。
そのテンションの乱高下具合に困惑しつつ、銀が問いかける。
「忙しいテンションだな、どうした園子」
「わっし―もミノさんもくるるんも料理できるのに、私は出来ないから……ふと自分が恥ずかしくなったんだよ~……」
「焼きそばくらい、園子にだって作れるよ」
「じゃあ、次の日曜日三人で教えて!」
『良いけど?』
園子への了承の言葉が重なり、一同は顔を見合わせて笑い出す。
次の日曜日の予定が埋まったところで、四人は昼食を食べ進めた。
昼食を終えた四人は休憩も兼ねて、高台の展望台へと足を運んだ。
自分達の街の方角へと目を向けると、眼下に広がる街並みと海が一望出来る。
銀が大橋やイネスを探すものの、流石に距離があるため発見するには至らなかった。
「銀ちゃんは本当にイネス好きだね」
「イネスは良いよー!なんたって──」
「中に公民館まであるんだから。でしょ?」
熱く語り始めようとする銀の言葉を、須美が先んじて引き継ぐ。
これまでに何度も聞いた故か、彼女の言いたいことは他の三人にはお見通しだった。
お互いがお互いの意図を先読みできるくらいにまで、四人の仲は深まっているのだ。
「実は私ね、初めはミノさんが苦手だったんだ」
「いきなりなんだよー!?」
「私も同じよ」
「おい!?」
「正直言うと、僕も」
「おぉい!?」
しみじみと語る園子に便乗する須美と来瞳。
銀は三人からの思いもよらぬ言葉にショックを受けていたが、園子は気にせず言葉を続ける。
「ほら、スポーツ出来て、明るくて、なんだか種族が違う気がして……でも、話してみたらこんなに良い人なんだもん!わっしーも良いキャラだし!」
「私はキャラ!?」
「あはははっ!なるほどね、確かに話してみないと分からないよなぁ……こういうのは」
ただの同級生の関係でしかなかった頃は、お互いを遠い存在のように感じていた。
もしもお役目に選ばれていなかったら、きっと関わることすら無かったかもしれない。
そう考えると、不思議な縁を感じずにはいられなかった。
「気に入って貰えたなら、良かった」
安堵したような、けれども少しだけ照れたような笑みを浮かべて、銀が手を前に差し出す。
潰れたマメの残る彼女の掌に、三人は手を重ね合わせる。
「これからもダチコーとして、よろしく!」
「こちらこそ~!」
「ええ!」
「勿論」
手を取り合って、笑い合う。
戦いに明け暮れる日常は、多くの苦労や危険を孕んでいるけれど。
それでも、四人と一緒なら乗り切れると。そう思えた。
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──夢を、見た。
建物が燃えている。見慣れた景色が崩れていく。
町中から黒い煙が立ち上り、あちらこちらで火の手が上がっている。
右を見ても、左を見ても、赤、赤、赤。
燃え盛る炎が、人々の生活を、思い出を焼き尽くしていく。
誰かの叫び声が聞こえる。誰かの慟哭が聞こえる。誰かの断末魔が聞こえる。
建物に押し潰された誰かが、まるで────そう、彼岸花が咲いたように、赤を撒き散らす。
『────ぉ、え』
地獄のような光景を、遠くから眺める誰かがいた。
真っ赤な勇者服を着たその人は、地面に蹲ったまま胃液を撒き散らす。
『──違う』
震える声で、その人は呟く。
怒りと悲しみに満ちた、昏い声で。
『違う、違う違う違う……』
震える手が、地面を引っ搔く。皮膚が裂けて、抉った箇所から血が噴き出す。
それでも構わず地面に指を突き立て、何度も何度も──まるで、助けを求めるかのように。
『あ……あぁぁぁぁぁぁッ!!』
喉が張り裂けんばかりの咆哮が、絶叫が、慟哭が。
血に塗れたその叫びは、まるで自らの命を削りながら放つようで。
その悲痛な叫びを聞き届ける者は、誰もいない。
誰も居ないから──その人は、独りで泣いているのだ。
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「──須美ちゃん?」
名前を呼ばれて、須美は目を覚ました。
心配そうにこちらを覗き込んでくる来瞳と目が合う。
「凄く魘されてたみたいだけど、大丈夫?」
「え……えぇ……平気よ」
周りに目を移すと、揃いも揃って眠りこけるクラスメイトと、流れていく景色が視界に入った。
どうやら帰りのバスの中で、遊び疲れて眠ってしまっていたらしい。
「良かった。なんだか苦しそうだったから、心配したよ」
「心配かけてごめんなさい……大したことないから」
そう言って須美は体を起こすと、汗ばんだ額や首元をタオルで拭う。
やけに生々しい悪夢だった。それこそ、現実と錯覚してしまうくらいに。
あの地獄のような景色が、絶望に満ちた慟哭が、脳裏に焼き付いて離れてくれない。
悪夢の残滓を振り払うように、須美は頭を振った。
そんな彼女の様子を見ていた来瞳が、心配そうな眼差しを向ける。
「本当に大丈夫?」
「……ちょっと怖い夢を見ただけよ」
心配そうにこちらを見つめる来瞳に、須美は安心させるように微笑む。
そう、怖い夢を見ただけだ。ただそれだけのこと。
自分に言い聞かせるように、須美は内心で繰り返し呟く。
(あれは夢……夢なんだから……)
何度も、何度も。悪夢のことは忘れるよう努めた。
けれども何故か──忘れたいと願うほど、あの凄惨な光景が何度も脳裏に蘇ってくる。
まるで須美を戒めるように、あの地獄を忘れるなと訴えるように。
鷲尾須美の心から、不安を洗い流すことを許さなかった。
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夕焼けに照らされた瀬戸大橋は、まるで燃えているかのように赤く染められている。
静寂に包まれながら、どこか幻想的な風景を醸し出しているこの場所を。
──堂々と歩く影が、一つ。
雪のように白い髪を靡かせて、リズミカルに足音を鳴らしながら瀬戸大橋を往く。
照り付ける太陽の光も、海面から昇る潮の香りも。
等しく楽しむかのように微笑を浮かべながら、人影は大橋の真ん中で立ち止まる。
「……」
ゆっくりと街の方向へ振り返る。
視線の先──瀬戸内海を挟んで向こう側に見える街は、欠伸が出る程に平和そうで。
「……なんだか、申し訳なくなっちゃうなぁ」
ほんの少しの罪悪感を滲ませながら、絞り出すように苦笑を零す。
他人の努力を踏み躙る行為は、何も今回が初めてではない。
それでも心に深い悔恨が残るのは、自分がまだ大人になりきれていない証拠だろうか。
「まぁ、今更か」
自己嫌悪は後回しにすることにした人影は、首を傾げて目線を遠くに向ける。
四国の南方。ずっと向こう側に存在している己の故郷。
セピア色に褪せた記憶ではあるが、確かな温もりと思い出が蘇る。
「ホント、遠いとこまで来ちゃったなぁ……」
僅かに開いた唇の隙間から、切なく声が漏れる。
憂いを帯びた瞳を揺らす姿は、まるで迷子の子供のようで。
「……」
けれどもそれも一瞬のこと。
大橋のワイヤーに吊るされた風鈴が、風も無いのに激しく揺れる。
共鳴するように鳴り響く爽やかな警鐘が、敵の来訪を報せている。
「────」
人影はゆっくりと、余裕を感じさせる佇まいのまま。
ただ一言だけ──まるで、誰かに語りかけるように。
ポツリと、呟いた。
「──おいで、玉藻前」