一斉に鳴り始めた風鈴の音と共に、極彩色の光が押し寄せる。
四度目の樹海化した世界は、相変わらず神秘的な雰囲気を漂わせている。
瀬戸大橋の中央で敵を待つ四人は、遠くから接近してくる敵影を二つ視認した。
「二体!?」
「そう来たか……!」
サソリの尾に似た部位を持つ個体と、宙に浮く六つの反射板と巨大な鋏を携えた個体。
後に蠍座、蟹座と名付けられるそのバーテックスが、悠々と空中を泳ぐように飛来する。
「私とミノさんで一体ずつ相手するから、くるるんは状況に応じてどっちかの護衛してね!わっしーは遊撃で援護して!」
すぐさま飛ばされた園子の指示に合わせて、それぞれが動き出す。
来瞳を先頭に銀と園子がすぐ後ろを追いかけ、須美が殿として残る。
迎撃せんとばかりに蠍座の尾が振るわれるが、来瞳が即座に盾を構えて受け止める。
「重っ……!」
「アタシは気持ち悪い方と戦う!もう片方は任せた!」
「どっちも気持ち悪いと思うんだ~……」
そう言うが早いか跳び上がった銀は、振り下ろされる蟹座の尾を踏みつけ更に跳躍する。
隙だらけの胴体に渾身の振り下ろしが直撃し、金属音と共に火花が飛び散る。
銀が地面に着地したと同時に須美の放った矢が蟹座に突き刺さり、爆発。
炸裂した矢により蟹座は大きく仰け反り、地面へと倒れ伏す。
「当たると痛そうだな~」
「それじゃ、当たらないように気を付けないと──ねッ!」
来瞳と園子の二人は緊張を解すかのように軽口を叩き合いながら、蠍座の攻撃を防いでいる。
幾度目の振り下ろしに合わせて来瞳が大盾を振るい、弾いたタイミングで飛び出した園子が蠍座の顔に刺突を繰り出す。
そのままその顔を足場に跳躍し、再び来瞳の後ろに戻る。
──戦況は勇者側が有利に運んでいた。
バーテックスが二体同時に襲来。厄介な状況ではあるものの、思いの外自分達のペースで運べている。
このまま押し切る──誰かがそう考えた矢先に、異変は起こった。
『ッ!?』
強烈な敵意を感じ取った四人が、思わず空を見上げる。
視界の先に広がったのは、空を埋め尽くさんばかりの光の針。
咄嗟に園子が槍を傘上に展開し、他の三人が滑り込むようにその下に収まる。
「何だよこれ────」
豪雨の如き矢の弾幕が傘に弾かれ、劈くような金属音の中で漏れた銀の呟き。
困惑を滲ませた声を塗り潰すかのように、立て続けに真横から轟音が迫り来る。
音の正体を確認するより早く、銀と来瞳の二人は本能で武器を盾にする。
両腕に伝わる衝撃と共に、蠍座の尾に薙ぎ払われたのだと理解した。
「ごッ……!?」
「ぐぅぅぅぅ……ッ!?」
地面を削るように滑っていきつつ、空中に投げ出された園子と須美を視認する。
悲鳴を上げる余裕すら無く宙を舞う二人に、返す刀で再び蠍座の尾が振るわれる。
追い打ちと言わんばかりに地面に叩きつけられ、二人の口から苦しげな呻きが漏れる。
「須美、園子!」
「園子ちゃん!須美ちゃん!!」
倒れ伏す仲間の元へ銀と来瞳が駆け寄る。
園子は全身から血を流して気絶し、須美も気絶こそしていないものの同程度の裂傷を負っている。
来瞳がバーテックスの方に目を向ければ、二体の後方に陣取った影──射手座の姿を捕捉する。
「はは……三体目ってわけだ……」
冷や汗を垂らしながら、乾いた笑いが来瞳の口から洩れる。
満足に戦えるのは銀と来瞳の二人。対して相手側は受けたダメージの修復を始めている。
全員万全の状態でも苦戦しそうな戦力差を、負傷した仲間を抱えてどう乗り越えるというのか。
──全滅が、脳裏に過ぎる。
「────」
来瞳は無意識に奥歯を噛みしめ、須美と園子の容態を確認する。
両者共に重傷で、碌に動くことすら叶わないだろう。
二人が回復するのを待ちながら戦線を維持し続ける──などというのは現実的ではない。
かといってこのまま逃げ出すのは論外。ここで戦わなければどっちにしろ死ぬ。
選択肢は、一つ。
叩き出した最善策を伝えるべく顔を上げれば、灰汁色の瞳とかち合った。
「……銀ちゃん」
「……何だよ」
「提案があるんだけど」
「辞めろ」
来瞳が何かを言うよりも早く、銀が来瞳の服の裾を摑む。
何を言いたいのか顔に出ていたのか、それとも彼女も同じことを考えていたのか。おそらくは両方だろう。
銀は悔しげな顔で、来瞳は困った顔を浮かべながら口を開く。
「お前が何しようとしてるのかくらい分かる……その案だけは絶対ダメだ」
「……銀ちゃん」
「だったらアタシも行く。一緒に──」
「銀ちゃん」
有無を言わさぬ来瞳の声に、銀は服の裾を強く握り締める。
微かに震える唇で言葉を紡ごうとするが──こちらを見据える来瞳の微笑みに、二の句を継げなくなる。
「誰かが頑張らないといけないんだ」
「────」
「時間が無い。お願いだよ」
「──ッ!このバカッ!!」
吐き捨てるような罵倒と共に、銀が倒れ伏す二人を抱えて跳躍する。
全速力で撤退するその背中を見やりつつ、地面に置いた盾を拾う。
振り返れば、射手座が口のような部位を開いて巨大な矢を生成しているのが見える。
「────」
来瞳は盾を背中に構え、飛んでくる矢を真っ向から受け止める。
盾に埋め込まれた鏡が矢を弾き返し、射手座自身に深々と突き刺さる。
「──よし」
頬を伝う汗を手の甲で拭い、決意を新たに盾を握る。
眼前には悠然と宙を舞う三体のバーテックス。対するこちらは己一人。
入り混じる恐怖と焦燥を押し殺し、思考を加速させていく。
「──行こう」
苦し紛れの強がりと共に、力強く大地を蹴る。
──三方向から迫る猛攻を見据えながら、絶望的な戦いに身を委ねた。
---
勇者の力を宿した自身の足で、銀は樹木の海をひたすらに走り続ける。
担ぎ上げた親友の血が掌にこびり付いても、大橋から聞こえる轟音が耳に届いても、一心不乱に走り続ける。
「安全な場所……何処だ、何処だ何処だ……!」
必死に周囲に視線を飛ばし、安全な場所を探す。
入り組んだ樹木の隙間を縫いながら、樹海を突き進む銀の脳裏に浮かぶのは一人の少年の姿。
急がなければ。一秒でも早く彼の元へ戻らなければと、焦燥感ばかりが募っていく。
そうして走って、奔って、走り続けて。
バーテックスの侵攻ルートから離れた場所に、須美と園子の身体を寝かせる。
二人の身体はやはりボロボロで、一歩間違えば命を落としかねない。
戦えるのは己と来瞳しかいないのだと、改めて思い知らされる。
「銀……」
表情を苦痛に歪ませながら、須美がか細く声を上げる。
その痛々しい姿に胸が締め付けられるような感覚を味わいながら、それでも銀は気丈に笑ってみせる。
「大丈夫、アタシは大丈夫だから。須美と園子はここで休んでてよ」
「ッ……」
「アタシと来瞳で何とかして来るからさ」
恐怖を振り払い、震えそうな喉を気合で抑えつけて、安心させるように微笑みかける。
須美が口を開くが言葉にならず、力尽きたように気を失った。
そして立ち上がった銀が踵を返して、来瞳の援護に向かおうと────。
「────」
身体が、動かない。
銀の意思に反して、銀の両足は縫い付けられたかのように地面から離れようとしない。
身体が震え、喉が渇き、心臓が早鐘を打ち始める。
どうして、なんて疑問が湧き出るよりも早く。
──背後にいる”ナニカ”に恐怖しているのだと、理解した。
「────」
錆び付いた人形の首を無理やり動かすように、恐る恐る背後を振り向く。
視界に飛び込んできたのは、狼のように鋭く裂けた瞳孔と、九つの尾を持つ黄金の獣。
爛々と輝く双眸と視線が合い、息を吞む。
恐怖に吞まれそうになる意識を必死に繫ぎ止めながら、思考する。
コレはバーテックスではない。それは直感で理解できた。
では──この存在は、一体何だ。
「────」
ソレは、恐怖に固まる銀を一瞥した後、興味を無くしたように視線を逸らす。
優雅さを感じる動きで、銀の背後を悠然と通り過ぎていく。
ソレが向かう先は、瀬戸大橋。
轟音が響く戦場へと、歩んでいく。
「──は、はッ……!」
恐怖に蝕まれていた意識が、現実へと引き戻される。
呼吸すら忘れていたのか、肺が空気を求めて激しく咳き込む。
「ッ……ま、待て!」
思い出したように震える足を無理矢理動かして、銀はソレを追いかける。
恐怖はある。不安もある。だがそれ以上に、あの狐を──あの不可解な存在を、来瞳と接触させてはいけないと。
三ノ輪銀の直感が、人生最大の警鐘を鳴らしていた。
---
戦い始めてから数分か、それ以上か。
圧倒的に不利な戦況の中、来瞳は一人で戦い続けていた。
襲い来る尾を盾で弾き返し、巨大な鋏の振り下ろしを躱す。
飛翔する無数の矢を盾で防ぎながら、バーテックスとの距離を徐々に詰めていく。
「うッ……!」
飛来した矢が頬と肩を掠め、血が滲む。
鋭い痛みに顔を顰めるも怯まず前進し、蠍座の振り下ろしを斜めに構えた大盾で受け止める。
衝撃を殺し切れずに後方に滑るように吹き飛ばされるが、どうにか体勢は崩さない。
「ッ……ッハ……!ハッ……!」
荒い呼吸を繰り返しながら、口から垂れた血を乱雑に拭う。
身体中に出来た傷が痛みを増長させ、思考力が加速度的に低下していく。
隠し切れない程に広がる裂傷。身体中から流れる血液が、大地を紅に染めていく。
(……皆、無事かな)
血が足りない。息が苦しい。思考が鈍る。視界は霞み、意識もぼんやりとしている。
満身創痍の来瞳を前にして、バーテックスは容赦なく追撃を仕掛ける。
蠍座の尾が来瞳を貫かんと振るわれるが、対する来瞳は呼吸を止め、瞬きすらせず瞬時に思考を巡らせる。
迫る凶刃を前に目を見開き、構えた盾越しに衝撃が来る瞬間を待ち構える。
「──ッッ!!」
声にならない咆哮と共に突き出した盾が、蠍座の尾を横へと弾き返す。
地面を削るように滑る尾に目もくれず、再び降り注ぐ矢の雨を盾で防ぎながら蠍座へ距離を詰めていく。
「はぁぁぁッ!」
至近距離まで肉薄した来瞳が、咆哮と共に蠍座に大盾を振り下ろす。
大質量の盾を鈍器のように振るい、蠍座の身体に無数のヒビを刻んでいく。
更に追撃すべく、大盾を大きく振り上げ──振り下ろすより早く、光の矢が心臓を貫いた。
「────?」
呆然と視線を後方に向けると、射手座の放った矢が蟹座の板に反射し、来瞳の身体を貫いている。
痛みは無く、ただ理解が追い付かない。心臓が欠けたという事実を頭が拒んでいる。
何が起きたのかすら理解できないまま、全身の力がふっと抜けていく。
思考が止まると同時──地面へと落下していく来瞳目掛けて、蠍座の尾が振るわれる。
大の大人も軽く潰せそうな巨躯が、容易く来瞳の身体を吹き飛ばす。
地面に激突し、二回程跳ねて、何度か地面を転がってから、来瞳は仰向けに倒れた。
「ご、ぼぇッ──」
喀血し、口から赤黒い血を吐き出す。
致命傷を負った身体はぴくりとも動かない。
思考は完全に停止し、身体には立ち上がる力が残っていない。動くことはおろか、息をすることすらできない。
視界が暗くなり、意識が遠くなっていく。
指先から、確かにあった暖かさが無くなっていく。
走馬灯のように、あらゆる思い出が早送りで脳内を駆け巡る。
心臓の鼓動は、もう聞こえない。
(死ぬ────)
逃れようもない終わりが、目前に迫っている。
どれほど拒絶しようにも、消え逝く命を繋ぎ留める術は無く。
もう瞼を持ち上げていることすら億劫になって、全てがスローモーションになったような感覚の中で。
死に体の来瞳を見下ろす、金色の獣。
その双眸が、来瞳と交わった。
(……狐?)
この世界にはあまりにも不釣り合いな存在が、そこに在った。
巨大な狐によく似たソレは、黄金色に輝く九つの尾を揺らめかせながら、来瞳を上から見下ろしている。
その眼に宿る感情は憐憫と、同情だった。
まるで、命尽きる来瞳を労わるような。
困っている子供に手を貸す大人のような、慈悲深い瞳で来瞳を見つめている。
「……」
不思議とその視線に嫌悪や猜疑心は湧かず、来瞳はただ静かに獣へと手を伸ばす。
獣の鼻先がその手に擦り寄せられ、獣の双眸が優しい光を帯びる。
同情的だった眼が、何かを訴えかけるように来瞳を見据えている。
助けて欲しいのかと、問いかけられているような感覚。
もしも今ここで来瞳が死ねば、戦えるのは銀しかいない。
そうなれば勝敗関係なく、彼女は死ぬ。それは駄目だと、勇者としての来瞳がそう叫ぶ。
(僕はどうなっても良いから──)
どの道、自分はここで死ぬ。
だからこれは仕方のないことだと、自身に言い聞かせて。
限界を迎えている身体に鞭を打って、来瞳の口が微かに動く。
「──たす、けて」
その言葉が獣に届いたのか、定かではないが。
獣は九本の尾で来瞳の身体を包み込み、金色の繭で覆い隠す。
美しく揺れる金毛が逆立ち、歪み、禍々しく変貌していく。
それは、平安末期に産み落とされた、現存する最悪の呪物。
大妖怪が死後変じた、万物を殺す災厄の石。
──
---
──意識が、覚醒する。
微睡みの海に揺蕩っていた意識が、ゆっくりと浮上していく。
全身を巡る血が静かに沸き立ち、心臓の鼓動が微かに高鳴る。
脱力感に支配された身体を、無理矢理起き上がらせる。
「ん……」
未だぼんやりとする頭が、少しずつクリアになっていく。
今まで何をしていたのだったか。曖昧な記憶を手繰り寄せ、思い出したと同時に慌てて心臓に手をやる。
人肌の体温と心臓の鼓動が掌に伝わってくる。
「……生きてる」
衣服はボロボロで血塗れだが、身体の彼方此方にあった筈の傷は消え去っている。
幻でも見ていたのかと錯覚しそうになるが、一帯に広がる夥しい血痕が現実なのだと告げている。
「ッ!?そうだ、バーテックス──」
徐々に思考が追い付き、慌てて周囲を見回す。
銀は、須美は、園子は無事なのか。戦いはどうなったのか。
そんな不安が来瞳の頭を過ぎる間も無く、黒ずんだバーテックスの死骸が三つと、朽ちた樹海の姿が目に飛び込んでくる。
「────は」
予想とは大きく異なる光景に、唖然とした声を漏らす。
思わず立ち上がってしまうくらいには、目の前の光景が信じられない。
鎮魂の儀が始まっていることからも、バーテックスが死んでいるのは理解できる。
だが何故死んでいるのか、それが理解できない。
意識を失う直前、あの獣に助けを求めたことは憶えている。
この景色は、あの不可解な存在が引き起こしたことなのだろうか。
「……」
敵なのか、味方なのか。果たして何なのか。
そんな疑問が頭から離れない。
思考はぐるぐると渦巻き、段々と吐き気すら催してくる。
不快さすら感じる胸中は、思考放棄への誘惑を強烈に訴えかけてきている。
「そうだ、皆は……」
頭を軽く振って誘惑を振り払う。
何はともあれ、戦いは終わった。あの絶望的な状況から生き延びたのだ。
まずは銀と園子、須美との合流を。
そう考え、銀が二人を抱えて撤退していった方角を見やる。
──少し遠くに、地面に倒れ伏す赤い人影が見える。
「────」
視界に映るその影に、緩んでいた心が一気に凍り付く。
頭が真っ白になり、思考が固まる。喉が急速に渇ききり、視線が釘付けになる。
赤い人影は、とても見覚えがある。
見間違う筈も無い程、来瞳には見慣れた姿だ。
真っ赤な衣装を纏った少女が、力なく地面に倒れ伏している。
「──違う」
そんな筈はないと否定しながら、震える足でゆっくりと歩き出す。
視界がぐらりと歪み、地面を踏み締める足が縺れて転びかける。
一歩進むごとに吐き気が込み上げてくる。視界が暗くなっていくような錯覚に陥る。
それでも、足の歩みは止まらない。止めろという命令さえ頭に浮かばない。
もう足を止めてしまいたいのに、身体が勝手に動いてしまう。
「……」
赤い人影のすぐ傍まで辿り着き、来瞳はその正体を知る。
心臓がうるさいくらいに鳴り響く。口の中はカラカラに渇いていて、息をすることすら覚束ない。
見たくない。見なくても分かる。だってこの娘は、間違いなく────。
「銀、ちゃん」
返事は、帰ってこない。
返事が、帰ってこない。
血色の良かった肌は、白を通り越して青く。
灰汁色の瞳には、もう何も映しておらず。
陽だまりのように暖かかった身体は、氷塊を押し付けられたように冷たくなっていて。
「ぁ……」
震える足に力が入らない。ガクンと膝が折れ曲がり、そのまま地面にへたり込む。
悲鳴すら出てこない。身体から力が抜けて、眼前の現実を直視してしまう。
三ノ輪銀が、死んでいる。
その事実が、来瞳の心を粉々に打ち砕く。
「あ、あ──」
目の前の現実を直視して、尚も受け入れられない来瞳を待たずに。
神樹に作り出された世界が、無数の花弁に埋め尽くされた。
---
建物が燃えている。見慣れた景色が崩れていく。
町中から黒い煙が立ち上り、あちらこちらで火の手が上がっている。
右を見ても、左を見ても、赤、赤、赤。
燃え盛る炎が、人々の生活を、思い出を焼き尽くしていく。
誰かの叫び声が聞こえる。誰かの慟哭が聞こえる。誰かの断末魔が聞こえる。
建物に押し潰された誰かが、まるで────そう、彼岸花が咲いたように、赤を撒き散らす。
「────」
樹海化が解かれた世界。
展望台から見渡せる景色は、正しく地獄絵図だった。
町は燃え、人は死に、見慣れた世界が壊される様を、勇者の力によって増幅した五感がしっかりと捉えている。
何もできずへたり込む来瞳の視界の中で、誰かが犠牲になり続けている。
「────」
何故、どうして。そんなことは考えるまでもない。
樹海がダメージを受ければ、現実世界に悪影響を及ぼす。
恐らく何処かで甚大なダメージを受けてしまったのだろう。その結果、こんな大災害が引き起こされてしまった。
だが一体、いつそんな被害を受けていたのか。
バーテックスの仕業ではない。それは戦っていた来瞳が一番理解している。
心当たりは、ある。
意識を失う直前にした、あの不可解な獣への懇願。
もし、あれが何か関係しているのだとすれば。
この事態を引き起こした元凶は────。
「────ぉ、え」
理解すると同時、猛烈な吐き気が来瞳を襲う。
堪え切れずに蹲り、地面に吐瀉物を撒き散らす。
血の混じった吐瀉物がビチャビチャと地面を濡らし、喉を焼くような酸っぱい臭いが鼻をつく。
「げほッ、ごぼッ……ぇ」
土埃で薄汚れた地面に縋り付きながら、来瞳は喉を震わせて咳き込み続ける。
嘔吐は止まらない。最早吐き出す物も無いのに、ただ胃の内容物を垂れ流す。
胃液すら出なくなった頃に、ようやく来瞳の嘔吐は止まる。
そして思い知るのだ。己が何をしでかしてしまったのかを。
「──違う」
乾ききった喉から、震える声を絞り出す。
全身がカタカタと震えている。
眼球が小刻みに揺れているのを自覚する。
もう何も考えたくない。
いっそこのまま意識を失ってしまいたい。
そんな逃避すらも許さないと、来瞳の眼前に広がる光景が訴えかけてくる。
「違う、違う違う違う……」
胸中を蝕む罪悪と絶望を振り払うように、蹲ったまま地面を掻き毟る。
皮膚が裂け、爪が割れて、指から血が滴り落ちても。
来瞳は地面を掻き毟り、現実を否定するように頭を振り続ける。
「違う───」
顔を上げた来瞳の視界の端に、それは映った。
気を失っている須美と園子と、二人の傍に横たえる銀の亡骸。
まるで仲良く昼寝しているような、そんな三人の姿。
「────」
その光景が、目に焼き付いて。
脳がそれを認識した瞬間────視界が歪み、嗚咽が込み上げる。
「あ……あぁぁぁぁぁぁッ!!」
耐えきれなかった。耐え切れる筈が無かった。
大粒の涙を溢しながら、喉を震わせながら。
三ノ輪銀の死という事実を、友の無惨な姿を前に。
喉が張り裂けんばかりの慟哭は、誰にも聞き届けられることなく。
ただ虚しく、空に木霊するだけだった。