バーテックスには蹴り入れとけ   作:邪魔者パラダイス

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枯れて、朽ちて、また咲いて

雨音がやけに五月蠅く聞こえる。

大地に降り注ぐ雨音と共に、雷鳴が室内に鳴り響く。

窓ガラス越しの景色は白と黒に彩られ、室内は薄暗く、蛍光灯が微かに明滅している。

 

大広間に置かれたソファに、来瞳は深く腰掛けている。

何をするでもなく遠くを見据え、膝の上に置かれた両の掌は微かに震えていた。

 

「……」

 

茫洋と視線を宙に彷徨わせながら、ただひたすら時間を消費する。

眠りたいのに眠れない。考え事をしている訳でもないのに、脳は勝手に思考を巡らせる。

そうやって不毛な行為を繰り返していると、聞き慣れた歩幅の狭い足音が近づいてくる。

 

「くるるん」

 

耳障りの良い声が耳梁を掠め、声の主へと顔を向ける。

美しい金糸の髪が視界で揺らめき、甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 

来瞳の眼前に立っていたのは、見慣れた少女。

底無しに明るく快活だったその表情は、今は翳りが差している。

 

「もうすぐ式が始まるって……だから、くるるんも……」

 

歯切れ悪くも来瞳を促す声は、徐々に小さくなっていく。

絞り出すような声音で喋る園子から視線を外し、来瞳は窓の外を見やる。

雨の勢いは徐々に強まっており、当分止む気配は無いだろう。

 

「……うん。そうだね」

 

短く返事をし、来瞳はソファから立ち上がる。

鉛のように重たい足を引きずり、園子の横を通り抜ける。

心配そうな園子の視線を背中に感じながら、来瞳は大広間の扉に手を掛けた。

 

三ノ輪銀の死から、二日。

幼い少女の告別式は、思いの外大規模に行われていた。

 

---

 

厳かな雰囲気の中、粛々と告別式は執り行われた。

大赦の神官が壇上で祝辞を読み上げ、参列者たちはそれに耳を傾けている。

時折聞こえる啜り泣く声が、式場を包む空気を一層重苦しいものにしていた。

 

「勇敢なる少女に敬意と感謝の意を示し、謹んでご冥福をお祈り申し上げます」

 

厳かに祝辞の結びが述べられると、参列者一同が一斉に祈りを捧げる。

来瞳も周りに倣い、両手を重ねてそっと眼を閉じた。

 

目蓋の裏に浮かぶのは銀の笑顔と、青ざめた亡骸。

後悔と罪悪感が津波のように押し寄せ、来瞳に重くのし掛かる。

 

「三ノ輪銀様への献花に移ります」

 

来瞳の鼓膜に、式を進行する声が届く。

須美、園子と共に立ち上がり、神官が持つ花を一輪ずつ手に取る。

重たい脚をどうにか動かして、銀が眠る棺へと歩み寄る。

 

「ミノさん……」

 

園子が漏らした一言。

それに込められた感情は、三人の想いが形作ったものか。

 

横たえられた銀は、信じられない程に綺麗だった。

寝息が聞こえてきそうな程安らかな表情で、花で満たされた棺の中で眠っている。

もう二度と、その目蓋が開かれることはないのに。

今にも飛び起きて、笑いかけてくれそうなのに。

棺の中の彼女は、あまりにも穏やかに、永遠の眠りについている。

 

こみ上げてくる感情を必死に抑え込み、三人で棺へと花を捧げる。

少女の胸に添えられた三本の花は、滴り落ちた涙に濡れて僅かに煌めいて見える。

 

「……銀、ちゃん」

 

目の前の光景が網膜に焼き付き、脳髄をぐちゃぐちゃに掻き回す。

視界が歪んで、嗚咽が喉までせり上げてくる。それでも来瞳は冷静で在り続ける。

 

悲痛な姿を、銀に見せる訳にはいかない。

今は堪えよう。せめて式が終わるまでは。銀の為にも。自分の為にも。

 

震える指で口元を覆い、込み上げてくる衝動を必死に抑え込む。

喚き散らさぬよう、涙を流す前に銀との最後の別れを見届けようと────。

 

 

「返せよ!!」

 

 

静寂に支配された式場に、少年の叫びが木霊する。

その場にいた誰もが声のした方向を振り返り、一点へと視線を向ける。

 

其処にいたのは、五歳程度の少年だった。

父親らしき初老の男性に手を引かれている事も意に介さず、壇上へと必死に手を伸ばしている。

 

来瞳も、須美も、園子も。その少年に、見覚えがあった。

見違える筈も無い。

正真正銘、三ノ輪銀の実の弟──三ノ輪鉄男が、悲痛に満ちた表情で叫び続ける。

 

「神様なんだったらなんで守ってくれなかったんだよ!姉ちゃんはずっと頑張ってただろ!?それなのに……なんで姉ちゃんなんだよ!」

 

鉄男の慟哭は、目の前の理不尽に対する怒りだった。

たった一人の姉が何の前触れも無く死んだと知らされ、周囲の大人は口を揃えて名誉な事だと褒め称える。

理解が追い付かない。受け入れる事などできる筈もない。

幼さ故の感情に突き動かされ、彼は理不尽に抗おうと吠え続けている。

 

「姉ちゃんを連れてかないでくれよぉ!返してくれよぉッ……!!」

 

響き渡る嘆き声。涙を流す鉄男を、周りにいた大人が式場の外へと連行していく。

必死に暴れ、腕から逃れようと藻掻くが叶わない。

その姿があまりに痛ましくて見ていられなくなった来瞳は、鉄男から視線を逸らす。

 

遠ざかっていく泣き声は、来瞳の鼓膜に深く突き刺さり、心を蝕んでいく。

 

「……?」

 

絶叫が聞こえなくなった式場は、再び静寂を取り戻す。

ただ、何かがおかしい。何故か違和感がある。

隣にいた須美や園子も、訝しげな表情で周囲を見渡している。

 

不自然に静まり返った会場には、呼吸の音すら聞こえない。

空気が変わったことに気付き、勇者達の中で嫌な予感が急速に膨らんでいく。

 

直後、何処からともなく鈴の音が鳴り響く。

鳴り止まない無数の鈴の音は、バーテックス襲来の合図。

人類に仇なす存在は、こちらの事情等関係なく、四国へと攻め込んでくる。

 

「……」

 

来瞳の視線が、再び銀へと注がれる。

眠っている姿は美しく、まるで人形を思わせる。

今にも目覚めそうな、そんな錯覚に陥る程に穏やかな表情を見せている。

 

──本当は生きているんじゃないか?

 

心に疑念が湧き上がる。

そんな筈はないんだと自分に言い聞かせても、疑念を拭うことが出来ない。

万が一、もしかしたら、という考えが頭から離れない。

受け入れ難い現実から目を背けているだけだと、心の奥底で分かっている筈なのに。

 

このあり得ない妄想を、どうしても捨てきれなくて。

白菊の少女の、悲しみとも憎しみともつかない絶叫を、その耳で聞きながら。

三ノ輪銀の頬へと、そっと手を重ねた。

 

「────」

 

親友の肌は、突き放すように冷たかった。

 

---

 

樹海化された世界の、太陽すらない真っ暗な空。

五度目となる樹海の景色は、最早勇者達の精神を軋ませるものと化していた。

 

憎しみから絶叫を上げ、苛立ちを雄叫びに変えて、力任せに武器を振るう。

連携も何もない滅茶苦茶な攻撃は、銀の戦い方を無理やり模倣しているだけに過ぎない。

悲鳴と憎悪が入り混じる歪な叫びを響かせ、乙女座の反撃で地面を転がり、再び立ち上がっては武器を振るう。

 

見るに堪えない泥仕合。

最早意地のみで戦っているとすら言えるような有様を、来瞳は勇者服も纏わず、ただ棒立ちで眺めている。

 

「……」

 

その手に握られた端末を覗き込み、()()勇者アプリを起動する。

聞き慣れぬ異質な電子音と共に表示されたのは、変身を拒否する警告文だった。

液晶画面に映し出された一文に再び目を通す。

 

『勇者の精神状態が安定しないため神樹との霊的経路を生成できません』

 

「……ほんっと、馬鹿みたいだ」

 

己のあまりの道化ぶりに、嘲笑すら漏れてしまう。

三ノ輪銀を含めた大勢を死に追いやり、あまつさえ現実から目を背けようとして。

仲間達が必死に戦っているのに、自分一人だけ何もせず馬鹿みたいに突っ立っている。

 

何故こんな人間が、勇者として選ばれたのだろう。

皆の足を引っ張ることしかできないのなら、こんな命など捨ててしまえばいいのに。

 

「そうでしょ、銀ちゃん」

 

絞り出すように親友の名を口にするが、応える者はいない。

頼みの綱だった勇者アプリも、何の役にも立たないまま沈黙してしまっている。

今の来瞳にできることは何もない。何もないのだ。

 

無力感が、虚無感が、絶望が心を埋め尽くしていく。

いっそこの場で命を絶てば、誰か喜んでくれるだろうか。

そんな自暴自棄な考えすら浮かべながら、来瞳は虚空を見上げた。

 

──牡丹の花弁が、来瞳の眼前で舞い落ちた。

 

「────ぁ」

 

見開かれた瞳の先にある、ごくありふれた一房の花弁。

その花弁を認識した瞬間、来瞳の中で何かが弾けた。

まるで暗闇に光が差し込んだように、闇の中から這い出た衝動が来瞳を突き動かす。

 

「……はは」

 

誰に聞かせるでもなく漏れた嘲笑は、来瞳の内から自然と湧いて出たもの。

心は暗く沈んだまま、だが思考はこれまで以上に冴え渡り、現実を受け入れていく。

 

心臓を貫かれたあの日。

来瞳の一言で、大勢の人間が命を奪われた。

銀が死んだのは来瞳がいたから。

誰が何と言おうとそれが事実で、覆しようのない現実。

 

三ノ輪銀には夢があった。

『お嫁さんになりたい』。顔を赤らめながら、いつか銀の口から聞かされた夢。

そんなささやかな願いすら踏み躙られて、その人生は終止符を打たれた。

 

三ノ輪銀には家族がいた。

年の離れた弟二人の面倒を見るのは大変だろうけど、間違いなく幸せだったに違いない。

家族と共に過ごす当たり前の日常。

そんな幸せすら理不尽に奪われて、牡丹の少女は死に至った。

 

あの日からずっと、来瞳の心には後悔が渦巻いている。

自責の念に押し潰されてしまいそうな程、辛くて悲しくて苦しくて。

自死すら頭を過る程の、絶望の日々だった。

 

それでも、来瞳は前に進まなければならない。

三ノ輪銀の死を受け入れ、その死を無意味なものとしない為にも。

この苦痛を、逃げる言い訳にしてはいけないのだから。

 

例えこの行いの果てに、どんな罰が待ち受けようとも。

戦って、苦しんで、抗って、戦い続けて、償わなければ。

それが罪深き来瞳に課せられた、唯一の贖罪なのだから。

 

「────」

 

端末の画面が光り、花びらが来瞳の周囲を舞い踊る。

全身を覆う花びらが霧散した後には、暗赤色の戦装束に身を包む来瞳が立っていた。

 

「──行こう」

 

死にたくなる程の憂鬱と、仄暗い覚悟を携えて。

親友達が戦う舞台へ向かうべく、足場から飛び降りた。

 

---

 

意識が覚醒する。

樹海化が解かれた空を、緋色の瞳が映し込む。

真っ黒な雲から降り注ぐ雨が、髪を冷たく濡らしていく。

 

瀬戸大橋記念公園。

大橋が一望できる芝生に寝転がるのは、今回が二度目だった。

一度目は、山羊座との戦いが終わった後の事だったか。

初めて連携らしい連携をして、皆で喜びを分かち合った記憶がある。

 

「……」

 

上体を起こして視界を周囲に巡らせると、隣で眠る少女達の姿が目に入る。

須美も園子も傷だらけで、参戦が遅れた来瞳よりも疲労の色が色濃く見える。

 

満身創痍の彼女達を見下ろし、来瞳は一人静かに息を吐く。

このまま全身を雨に晒していたら、風邪を引かせてしまうかもしれない。

軽く身嗜みを整え、二人の肩を担いで運ぶ。

 

「──ははっ」

 

肩に掛かる重さに、思わず笑いが零れる。

小さい。自分と比べると、明確に男女の違いがあって。

その命の重さの、何と重いことか。

そんな当たり前のことを改めて感じながら、来瞳は歩みを進める。

 

雨に濡れた衣服が肌に張り付いて、少し気持ち悪い。

濡れた髪が顔に張り付いて視界を遮り、少し邪魔くさい。

全身に纏わりつく鬱陶しさと戦いながら歩くうちに、遠くに人の気配を感じた。

 

気配の正体は、来瞳達の教師である安芸だった。

傘を差しながらこちらへと歩み、来瞳の前で立ち止まる。

灰色の瞳が憐憫に揺れ動き、二人を支える来瞳を見詰める。

 

「……天乃君」

 

「平気です」

 

安芸の問いを遮るように、来瞳は短く答える。

来瞳の肉体も傷だらけではあるが、須美と園子に比べれば怪我の程度は軽いと言える。

 

けれど安芸から見ればそうではないのだろう。

表情には出さないが、自分を心配しているのが伝わってくる。

その優しさに甘えたくなる衝動を抑え、来瞳は再度言葉を紡ぐ。

 

「二人共致命傷はありません。すぐに起きると思いますが、ゆっくり休ませてあげてください」

 

「分かったわ。でも、貴方も──」

 

「先生」

 

安芸の言葉を遮るように、来瞳の一声が響く。

雨音が鼓膜を揺すり、雨雲に覆われた空が視界に映る。

 

「僕が銀ちゃんを殺しました」

 

躊躇なく、一言。

その一言は安芸の心を抉るように刻み込まれ、言葉を失わせる。

押し黙ったまま立ち尽くす安芸を、来瞳はただ静かに見詰める。

 

こちらを見据える瞳の奥に、底知れない闇が滲んでいる。

とても十二歳の子供が抱えていいモノではないと、そう断言できる程に。

 

「先生」

 

「……」

 

「銀ちゃんは、僕を恨んでいると思いますか?」

 

淡々と、無表情に、無感情に。

感情の抜け落ちた声で告げられる問いに、安芸は言葉を詰まらせる。

あまりにも重くて冷たい言葉の羅列に、返す言葉が見つからない。

 

何を言えばこの子を救えるのか。何をしてやれるのか。

そんな想いを巡らせるも答えは見つからず。

結局安芸に出来たことは、無力さに歯嚙みするだけ。

 

届くことのない隔たりが二人の間に聳え立ち、来瞳と安芸の心を分かつように雨音が響き渡る。

返ってこない答えを待つのを諦め、来瞳はほんの少しだけ俯いた後。

安芸を安心させるように、小さく笑ってみせた。

 

「冗談です。先生、そんな顔しないでください」

 

「……」

 

「大丈夫。大丈夫ですから」

 

喉の奥からせり上がる熱を必死に飲み下す。

上っ面だけの言葉を並べ立て、目の前の大人へ言葉を贈る。

置き去りになった心を強がりの仮面で覆い隠し、必死に笑いかける。

 

──自分は今、どんな顔をしているのだろうか。

 

雨雲に覆われた空の下、安芸の瞳を見据えながら、そんな疑問が浮かんだ。

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