バーテックスには蹴り入れとけ   作:邪魔者パラダイス

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“神世の大火“
神世紀298年7月10日──三ノ輪銀の命日に発生した火災。
坂出市、丸亀市、善通寺市、三豊市、観音寺市にてほぼ同時に出火。
火元の特定が困難な程に火の手は広範囲に広がり、二万を超える家屋が焼失。
死者行方不明者合わせて一千名を超える大災害となり、その凄惨な火災は、後世に語り継がれる事となる。


夏祭りの人口密度は殺人級

八月。

耳障りな蝉時雨が響く、夏の盛り。

夏の暑さを孕んだ生ぬるい風が、頬を優しく撫でた。

 

「……」

 

道なりに続く石灯籠の行列と、青々と茂る木々が立ち並ぶ下り道。

火袋に灯る電球の淡い光が、涼やかな木陰を朧げに照らしている。

 

目線を上げれば、遠くで夕焼けに燃える空を見た。

夏草が風に揺れ、葉と葉の擦れ合う音と共に木漏れ日が差し込む。

何の変哲もない夏の日の景色なのに、酷く美しく感じられて、静かに目を奪われた。

 

「──シャッターチャーンス!」

 

このまま夕日が落ちるまで眺めていたい、なんて感傷に浸っていると。

不意に、聞き慣れた声と共にシャッター音が耳に届いた。

音の方へと目を向けると、浴衣を纏った園子がスマホを構えて立っていた。

 

「わ、びっくりした」

 

「えへへ、くるるんのワンショット頂きました~!」

 

大袈裟に喜ぶ園子の後ろから、草履の擦れる音を連れて須美が歩いてくる。

園子同様に浴衣に着替えた彼女は、微笑を携えながら来瞳へと歩み寄る。

 

「ごめんなさい、来瞳君。待たせちゃったかしら」

 

「ううん、全然。須美ちゃんのお誘いだしね、少し早く来ちゃったんだ」

 

事の発端は今日の昼頃。

訓練場で鍛錬に勤しんでいた時、須美から提案されたのだ。夏祭りに行かないか、と。

以前の事もあって訓練に身が入らない来瞳や園子を気に掛けての行動だろうと、すぐに察した。

 

気を遣わせて申し訳ないな、とも思ったが、友達と回るお祭りに心躍るのも事実。

何処から回ろうか、何を食べようか。

期待に胸を膨らませながら、三人並んで道を歩く。

 

「くるるん、どう? 浴衣似合ってる?」

 

「うん、とっても似合ってる」

 

「えへへ、良かったぁ」

 

はにかみながら浴衣の袖を摘まむ少女が、心底嬉しそうに笑う。

自分の事でもないのに妙にくすぐったい気分になって、来瞳も少しだけ笑った。

 

---

 

「──落ちないっ……!」

 

射的屋の前で若干涙目の園子が声を上げていた。

彼女の視線の先には、大きなニワトリのぬいぐるみが鎮座している。

それに目を付けた園子が小遣いをはたいて挑戦したのだが。

大量に買い込んだコルク弾をほぼ全て撃ち込んだにも関わらず、ぬいぐるみは微動だにしなかった。

 

もはや笑うしかない惨状に苦笑を送りながら、須美が横目で来瞳を見る。

普段通りの微笑みを讃えた親友が隣に立っている。

けれどその微笑みは、やはりどこか強張っているようにも見えて。

来瞳が何かを抱え込んでいる事だけは分かる。それが何かが分からない。

 

思い返すのは、銀が死んでしまったあの日の事。

須美と園子の与り知らぬ所で、戦いは終わっていた。

現実世界への甚大な被害と、自分達への見えない傷跡を残して。

あの日来瞳に何があったのか、一切知らされることは無かった。

安芸先生に聞いても「貴方達は知らなくていい」と頑なに口を閉ざしてしまう。

 

来瞳本人に尋ねることはしなかった──否、出来なかった。

何か触れてはいけない話題のように思えて。聞いてしまったら、来瞳との関係が壊れてしまいそうで。

鷲尾須美は、乃木園子は、喪失する恐怖に立ち竦んで、結局何も出来ずにいる。

 

あの日の来瞳の行動を、安芸先生と来瞳のみが知っている。

勇者達は、蚊帳の外だった。

 

「──須美ちゃん?」

 

掛けられた声にハッとする。

園子と来瞳の二人が、心配そうに須美の顔を覗き込んでいた。

周囲の状況に意識を向けられない程考え事に耽っていたようだ。

 

「わっしー、大丈夫?なんかボーっとしてたみたいだけど……」

 

「大丈夫?気分悪いなら何処かで休もうか?」

 

「う、ううん、平気よ。ありがとう」

 

来瞳と園子を安心させようと、精一杯の笑顔を作る。

上手く笑えているだろうか、と内心不安に駆られるが、二人は安堵するように胸を撫で下ろす。

こちらの身を案じてくれる友人の存在に感謝しながら、須美はあるモノに目を向けた。

 

園子の手には、デフォルメされた犬のキーホルダーが四つ握られている。

聞けば、悪戦苦闘の末ぬいぐるみは手に入れたのだが、店主に頼んでぬいぐるみと交換して貰ってきたらしい。

あんなに欲しがっていたぬいぐるみを、何故交換に出したのか。

その疑問は、予想とは違う形で園子の口から告げられた。

 

「はい、これがわっしーの分だよ~」

 

花咲くような笑みと共に差し出されたキーホルダーを見て、思わず笑みが零れた。

 

---

 

段々と夜を帯びていく夕焼け空の下、そこそこ人混みのできた会場を練り歩く。

縁日の雰囲気に浮かされた浴衣姿の人々が、それなりに賑わいを見せていた。

 

友達と祭りを回る。

それだけの行為で心が弾んでしまうのは、やはり子供だからだろうか。

今この時、楽しい時間を永遠に噛みしめていたいと願うのも、やはり子供だからだろうか。

 

「それにしても」

 

気づいた時にはすっかり日が落ちて、空には闇が広がっていた。

来瞳達は人混みから外れ、空いていたベンチに腰掛ける。

見晴らしの良い場所から見る空には、邪魔するものは何一つない。

 

「こんな穴場、良く見つけたね」

 

「過去のブログから特定したの。ここなら花火が良く見えるわ」

 

「下調べはバッチリだね~」

 

鷲尾須美という少女は、やはりこういった下準備を怠らないらしい。

周囲を見渡してもあまり人影が見当たらない。

祭りの賑わいも、雑踏の喧騒も、ここまでは届かない。

暗い空に輝く星々が、夜闇の全てを優しく照らしている。

 

「────」

 

懐にしまっていたソレを人差し指にぶら下げてみる。

首にマフラーが巻かれた、何とも気の抜けそうな顔をした犬のキーホルダー。

射的屋で園子が手に入れて、須美と来瞳に一つずつプレゼントしてくれたものだった。

 

「園子ちゃん、ありがとうね。皆にくれて」

 

「うん!私と、わっしーと、くるるんと、ミノさんの分!」

 

紫、青、黒、赤。

見せ合うように取り出された色違いのキーホルダーが、三人の手の中でゆらゆらと揺れる。

この他愛のない宝物にどうしようもなく頬が綻んで、胸の内を優しくくすぐられたような気持ちになった。

 

不意に、一筋の光が天に昇っていく。

咄嗟に顔を上げれば、夜空を照らす大輪の花に目を奪われた。

 

「奇麗……」

 

魅了された誰かが呟いた。

祭りの最後を締め括る、夏の風物詩。

身体の内側に響く轟音と、視界を染め上げる光。

夜の暗闇を切り裂く鮮烈な色彩は、見る者の心に強く焼き付く。

 

「────」

 

一つ二つと打ち上がり、儚く消えていく花々を、来瞳はただ静かに眺め続ける。

この景色は忘れないだろうと、何処か確信めいた予感を胸に抱いた。

 

花々が消えゆく度に、絶え間なく光が昇っていく。

夜空を覆い隠さんとばかりに、色とりどりの花火が打ち上げられる。

花火が、打ち上げられる。

火が、昇ってゆく。

 

火を見る度に思い出す。

脳裏に過る、拭い難い敗北の記憶を。

耳にこびりついた、殴りつけるような断末魔を。

目に焼き付いた、業火に焼かれた街並みを。

心に刻まれた、身を裂かれるような無力感を。

 

燃ゆる世界は未だに胸の奥底で燻ったまま、消える事なく来瞳を焼き続ける。

 

「──須美ちゃん、園子ちゃん」

 

決して癒えぬ心の傷を抱え、来瞳は今日も笑う。

どうやっても変わらぬ現実を見据えて。

いつか自分が辿り着く結末が、なるべく惨めでありますようにと。

誰よりも後ろ向きな願いを秘めて、来瞳は二人の少女へと微笑みを向けた。

 

「僕と友達になってくれて、ありがとう」

 

笑顔の仮面で心を覆い隠し、いつもの笑みを浮かべた。

誰かに甘えることも、縋りつくことも、決してしない。

只管に己の運命を呪いながら、彼は勇者で在り続けるのだ。

 

---

 

「──何、これ」

 

大赦上層部から送られてきたデータに、安芸は思わず言葉を失った。

そこに記されていたのは、これ以上に勇者の損失を出さないための新システム。

要は戦力を底上げするため、新機能を実装するというもの。

 

安芸自身、勇者システムを進化させること自体に異論はない。

現状維持に甘んじていれば全滅する未来は目に見えているのだ。

勇者達の命を守るためにも、より強力なシステムにアップデートする必要があると理解していた。

 

「こんなものが実装されたら、あの子達は……」

 

それでも、この案を通すことはどうしても躊躇われたのだ。

これは、勇者達にさらなる負担を強いることになると。

 

『先生』

 

教え子の声が思い起こされる。

雨音の中でもはっきりと聞こえた──重すぎる業を背負わせた少年の声。

 

『僕が銀ちゃんを殺しました』

 

淡々とした口調で紡がれた言葉に、慰めも労いも、何一つ思い付かなかった。

今思えば、アレは彼からのSOSだったのかもしれない。

もし何か一つでも──安直な慰めや労いでも、口にしていれば。

ほんの少しくらいは、彼の心も救われたのだろうか。

 

「……心の強さには、限界があるのよ」

 

諦観を滲ませた声が、静寂の中に消えていく。

年端も行かぬ子供達を残酷な運命に突き落とす自分に、どうしようもなく嫌気が差した。

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