父と子と聖霊のなんちゃら   作:NJ

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フリーレン見逃した



番外 エデンの拳その2

 

 

 覚えている。

 楽園の中心でのこと。

 

 

『アダム、イヴ。お前達は特別な子だ』

 

 

 天を貫く大いなる双樹。その麓で。

 偉大なる父の言葉を、今でも覚えている。

 

 

『アタシの後ろでウジウジしないでくんない?マジウザいから』

 

 

 妻となるよう定められ生まれてきた彼女の言葉を。

 

 

『ギャハハハハ!おいそこのナメクジ!ウヌは今日からワシの奴隷じゃ!まず手始めに飯の時は野菜をウヌが食って、オカズは全てワシに―――ぎぃあああああごめんなさいごめんなさいおどうざまごめんなざいゆるしてゆるしてゆる…じべらっ!?!』

 

 

 性根が捻れ切った天使の恫喝を。

 

 

『いいか泥クズ!お父さんから智慧の実を貰ったからって調子に乗るなよ! お父さんはボクの方にあの生命の実をくれたんだ。つまり、お父さんはボクの方に期待してるって意味でお前なんて―――あががががががおどうざんごめんなさいやめてとめてやめてとめてやめてとめとめとめ―――とめった?!』

 

 

 何かにつけて目の敵にしてくる黒き長兄の悪態を。

 

 

『父上に大地を託された身としての自覚がないのか? 聞けば妻を御せずに放蕩を許す毎日。そんな体たらくでよく父上の前に顔を出せるものだ」

 

 

 その白き片割れの叱咤を。

 

 

『アダム!アダム!泣き虫アダム!』

 

『イヴに逆らえない弱虫アダム!』

 

(ベヒモス)にも(ベルゼブブ)にも舐められるクソ雑魚アダム!』

 

『丸まってないでなんとか言えよ、弱虫!』

 

 

 皆の嘲笑を。

 

 

『ホント、なんでアンタみたいなのがアタシの夫なのよ』

 

『パパが、アタシの運命の人だったら良かったのに』

 

 

 日に日に冷めていく妻の目を。

 

 

『ふご?』

 

 

 豚の嘶きを。

 

 

『ぶーん』

 

 

 蠅の囀りを。

 

 

『アダム、お前に問題がある訳じゃない。イヴもそうだ』

 

『まだ、距離を置いてて互いのいい所が見えないだけさ』

 

『みんなだって、父さんの具合が悪くなってて不安なだけだ』

 

『きっと分かってくれる。あいつらも、イヴも』

 

『だからもう泣くな』

 

『お前は、父さんの自慢の子なんだか、ら、ららっが?―――ごぼっ』

 

 

 夕陽に照らされた川辺、並んで座る父からの励ましと―――川に混じった鮮血を。

 

 

『バアルが生まれて、10万年ぐらいの時かなぁ』

 

『パパね。アダムとイヴが生まれる少し前に、怖いおばけと戦ったの』

 

『なんでも食べちゃう、すっごく怖い真っ白なお化け』

 

『勿論、パパは強いからそのお化けもやっつけちゃったんだけど。 その時頑張りすぎてパパ、すっごく弱っちゃったの』

 

『アダム知らないだろうけど、その時までパパもっと若くてもっともっと強かったんだよ』

 

『今みたいにすぐ疲れて寝ちゃったり、血を吐いちゃう事もなかったの』

 

『そう、今みたいに……』

 

『……………………ごめん。少し、一人にさせて』

 

 

 床に就いた父の前。

 普段の明るさを翳らせながら父の皺だらけの手を握る…後に父の為に愚かな野望を懐いた、一人の娘の独白を。

 

 

『どうして分かってくれないの!? パパのバカ!!』

 

 

 心の裡を表すように荒れた夜。

 かつてない叫び。初めて見た涙を。

 

 

『父さんに逆らうだけならまだいい…っ、父さんの考えを否定するだけならまだ許せた…!』

 

『だがお前は同じ父さんの子を、アダムだけでなく全ての兄弟達を否定した!!』

 

『もうお前など娘でもなんでもない!!』

 

『そんなに皆が嫌いなら出て行けッ!! 二度と楽園に戻ってくるなッッ!!』

 

 

 初めて本気で怒り、あれだけ溺愛していた娘に手をあげた父の姿を。怯える皆の姿を。

 

 

『気安く触んじゃないわよ』

 

『―――アンタ、ウザいのよ』

 

 

 追い縋る手を、振り払われたあの時を。

 宵闇から自分を射抜く、あの眼を。

 

 

『アダム―――お前は悪くない』

 

『全部、お父さんのせいだ』

 

 

 一層嗄れた父の悔恨を。

 

 

『どう責任取る気だよ!? 全部お前のせいだ!!』

 

『父上に恥かかせやがって…! お前も楽園から出て行け!』

 

『いいやただで追放なんて生ぬるいぞ! 目を潰して去勢してやるんだ!』

 

『み、みんなやめようよぉ…そんな怖い事パパは望んで―――『お前は黙ってろサリエル!』ひぃ…お、ラファエル(お姉ちゃん)ミカエル(お兄ちゃん)も皆を止めてよぉ…』

 

『…………』

 

『おい、黙ってないでなんか言えよ役立たず!』

 

『この愚図!パパの期待を裏切った出来損ないの泥クズ!』

 

『お前のせいで父さんは今も塞ぎ込んでるんだぞ!』

 

『全部腑抜けな(お前)とあの高慢ちきな(バカ女)のせいだ!』

 

『役立たず!役立たず!』

 

『出て行け!出て行け!』

 

『お前らなんて―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前なんて、生まれてこなければよかったんだ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――こんにちは! 私イヴっていうの!』

 

『泣き虫さん、あなたの名前を教えて?』

 

 

 

 こんな僕を変えてくれた、君との出会いを。

 

 今でも、覚えている。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 アダムとイヴ。

 

 このビッグネームにカルデアは大いに沸いた。

 特に酷かったのは聖書関連の英霊…ジャンヌ・ダルクは勿論マルタやゲオルギウス、天草四郎、あとついでにイスラム系のハサンに至るまで遭遇するや否や「ははー!」と将軍様の印籠を見せつけられた悪党のような五体投地っぷりを見せつけていた。

 

「もーやめてって言ってるでしょ!」

 

 しかしそれに待ったをかけるは他ならぬ人類の母。

 

「あなた達にとってどんなに偉大な存在でも、今は同じマスターに召喚されたサーヴァントなんだから上も下もありません!」

 

「し、しかし主が自らの手で創りし者達と対等な立場など、我らにはとても畏れ多く…」

 

「その畏れ多い私が良いって言ってるの! 大体、貴方達が崇めるお父さんだって『偉い奴の子だから偉いんじゃない』っていつも私達に言ってました! お父さんを信じているのなら貴方達もそうしなさい!」

 

「は、ははー!」

 

「だーかーらー!」

 

 カルデア専属カメラマンこと竜絶許マン、ゲオルギウスの反論(?)もなんのその。

 特異点では頼もしき歴戦の英霊達が、今はまるで親に叱られて戸惑う子供達である。

 あのマルタまでどうしていいか分からず戸惑っている姿に、藤丸とマシュは改めて原初の人間の存在のデカさを思い知らされた。

 

「それに神の子である私達が偉いというならマルタ。 貴女も他ならぬ『あの子(ジーザス)』の弟子の一人なんだから、もっと堂々と胸を張るべきでしょ! そんな及び腰の貴女をあの子が見たらどう思うか考えなさい!!」

 

「い、いえ…その手で大地を切り拓き、かの『楽園』の兄弟に渡り合ったあなた方に比べたら、その、私なんて、ちょっと普通より大きな亀を躾けて、あの人についていく事を許された程度の小娘とい「程度もなにもありません! 私達が認めてるんだから十分立派な事です!」アッハイ」

 

 遂には借りてきた猫のように縮こまってしまった。

 これが普段から小次郎やら一部の女スキー共からのアプローチに拳で返答するマルタだと誰が信じられようか。

 

「ね、そうよねアダム?」

 

「アッウッう、うん…そ、そそその、ま、ままマルタ、さん?様?」

 

「い、いえ主の御子が私如きを様付けなんて畏れ多い! 遠慮なく呼び捨てで結構ですので!」

 

「ひ!? ご、ごごごめんなさいごめんなさいボクみたいなクソ虫如きが人間様の名前を呼ぼうなんて烏滸がましい事しでかしてごめんなさいぃぃ!」

 

「あ、あぁいえ!?そそ、そういう意味ではなく!」

 

「あ・な・た・た・ちぃ!?」

 

「「ごめんなさい」」

 

 遂には隣でキョドっていた旦那まで謝る側に加わる始末。人類の母、まさかの孤立無援に陥る。

 

 挙句の果てに、イヴ以外の全員が全員、纏めてワ◯ピースのネガティブホロウでも食らったかのような大惨事に陥っていた。

 

「私は、私はなんて愚かなの…! よりにもよって原初の人を怯えさせるなんて非礼を…あの人に合わせる顔がないわ!」

 

「いえ、マルタ殿…非があるとするならばそれは私に! 主の子らのお考えを僅かでも知ろうと努めなかった私自身の怠惰が招いたが故の悲劇! この大罪、紛れもなくこのゲオルギウスめの…!」

 

「やはり私のような小娘が聖女などと呼ばれるのは間違いだったのですね…」

「おおジャンヌよ!ど、どうか気を確かに…! お、おおおおのれおのれおのれ!我が聖処女が、ジャンヌが悩み苦しんでいるというのに何も出来ぬ己が憎い!憎い憎い憎いぞぉぉ!」

 

「あぁ、私は…民草に奇跡の子と持て囃された程度で何を思い上がっていたのだ…。きっと主も認めてくださると胸を張って救世の道を歩み続けていたのに、道半ばでこの体たらくとは…」

 

「初代様になんと申し開きすれば…」

 

「他愛なし…」

 

 二人だけでなくジャンヌ(あとギョロ目)や天草も同様に、ついでにハサンズもメンタルが破産していた。

 カルデア内の気温がやや下がってロマニがくしゃみをした。

 

「あ〜〜〜またやっちゃったやっちゃったやっちゃったよぉ〜〜〜ごめんなさいお父さ〜〜〜〜ん!世界の皆さん生まれてきちゃってごめんなさいぃ〜〜〜〜!」

 

「ア・ダ・ム〜〜〜〜〜〜っ!!」

 

 カルデアに新メンバーが加入して数日。

 

 第六特異点に挑む、一週間前。

 

 人類最後のマスターとカルデアは、期待の大型新人を些か持て余していた。

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 そして、レイシフト当日。

 

 準備が整い、ついに第六特異点への突入が敢行された。

 

 攻略メンバーは以下の通り。

 

 マスター、藤丸立香。

 デミサーヴァント、マシュ・キリエライト。

 サーヴァント:キャスター、レオナルド・ダ・ヴィンチ。

 

 そしてルーラー、アダムとイヴ。

 

 最後のメンバーの理由は、地域が二人にとってゆかりのある中東であること。

 

 そして、他ならぬイヴからの要請であった。

 

「う、うぅ…緊張する…頭痛がする…は、吐き気も…」

 

「アダム、深呼吸深呼吸」

 

 これまでの特異点から一転、人理焼却が致命的なレベルで進行し、もはや人類の生存すら怪しく思えるレベルで破壊し尽くされた中東の大地。

 

 そこに、たった今人類最後のマスター達と最初の人類が(ビビりながら)足を踏み入れた。

 

 そして、飢餓で正気を失った民衆を(主にマシュとダ・ヴィンチが)退けながら進むうちに辿り着いた砂の大地。

 

 事件は、そこで起きた。

 

 この特異点の一角を支配する砂漠の王たるファラオの領域。

 

「ま、マスタ〜〜〜〜〜! や、やっちゃった〜〜〜〜〜〜!またやっちゃったよぉ〜〜〜〜!」

「アダム!しっかりして!」

 

 よりにもよって、そこでアダム達は藤丸達と逸れてしまったのである。

 彼らの名誉の為に言っておくが、こればっかりは仕方がなかった。

 

 砂漠に足を踏み入れた途端のスフィンクス。

 しかもどういうわけかいきなり大群で現れたそれに、アダムとイヴが囮役を買って出たのだ。

 

 これまでロクに役に立てていなかった彼なりに、なんとか汚名を返上しようと考えた末の行動だった。

 

 しかも、どういうわけかスフィンクスはアダムを優先的に狙おうとしていたようで、結果的にマスター達を危険から遠ざけることに成功……したのは良かったのだが。

 

「う、うぅ〜〜〜どうしよ〜〜〜!マスターの身に何かあったらボクの責任だぁ〜〜〜!」

「大丈夫よアダム…あの子達は強い子だから、きっとまた生きて会えるわ。だから泣かないで、ね?」

 

 更に運悪く、先ほども述べたようにアダムを優先的に探し回るスフィンクスを避けて右往左往する内に最初の荒野まで戻ってきてしまい、マスターの元に戻る事が出来ず立ち往生する羽目になった。

 

 そうして今まさに、すっかり日が沈んで星空に覆われた荒野のど真ん中。

 自分を責めているアダムをイヴが慰めていた…そんな時だった。

 

「あら…あれってもしかして…マスター?」

 

 夜闇で朧げだが、サーヴァントの視力が認めた先には、確かに見覚えのある後ろ姿が。

 黒髪の白い服に、大盾を携えた薄紫の髪、そして杖を携えた長髪の女。

 

「あ、ホントだ!良かったぁ〜!みんな無事だったんだねぇ」

 

 思わずほっと安堵の息を吐くアダム。

 たまらず駆け出し、3人の元に向かう。

 

「お〜〜〜〜〜〜い! マス、ター…………え?」

「あ、アダムさん!?」

「マズイ…!気づかれた!」

 

 が、その安堵は即座に崩れ去る。

 何故なら、マスター達のすぐ先では…

 

 

 

「あぁ、哀しい………思わぬ邪魔が入ったようですね」

 

 

 

 そこに立つは、獅子王の祝福(ギフト)により悪虐なる卑劣漢に堕ちた嘆きの騎士。

 

 名をトリスタン。今は人理の破壊に与する、かの円卓随一の弓の使い手である。

 

 だが、アダムの目線が向けられたのはトリスタンではない。

 

 ―――ドクン

 

「ひ、ひぃぃ…」

「お母さん!お母さんしっかりして!」

「い、痛え…痛えよぉ…」

 

 そこには、無辜の民の苦しみあえぐ姿。

 

 ―――ドクン

 

「ぐっ…」

「大丈夫!?しっかりして!」

「貴様は…?」

 

 彼らを守ろうと戦って傷ついたのであろう山の翁。イヴが彼に駆け寄って手当てをしようとする。

 

 ―――ドクン

 

「嗚呼、今日は哀しいことばかりです。ですが仕方がない」

 

「骸が、少々増えるだけのこと。手早く済ませましょう」

 

 徐に弓に手をかけるトリスタン。

 

 先ず狙うのは、眼前の小さな闖入者…

 

「危ない!」

「イヴさん!」

 

「え?」

 

 ポロロン

 

 

 

 

 ―――ドクン

 

 

 

 

「む…?」

 

 放たれた不可視の音刃。

 童女の首に向けて放たれたそれは、しかし弓兵の狙い通りとはいかなかった。

 

 ザッ

 

「アダム…?」

 

 見えなかった、その場の誰にも。

 イヴと手負いのハサンをトリスタンの妖弦から救い、その手に二人を抱いてマスターの方へと静かに歩み寄るアダムを。

 

「アダム…さん?」

「馬鹿な…」

 

 カルデアは、困惑していた。その変貌に。

 数刻前、逸れる前までは野盗どころか自分の影にすら怯えていた男は、本当に目の前の男と同一人物なのか?

 

 本気で、そう疑っていた。

 

 マスター達に静かに、無言でイヴとハサンを託しトリスタンへと向き直るアダム。

 

「やれやれ、また邪魔者ですか」

 

 同時にトリスタンの背後から複数の気配。

 

「せ、聖都の騎士だ!?」

「こ、こんなに…!」

 

 避難民達がぶり返す恐怖に駆られる形で叫ぶ。

 いざと言う時の伏兵だったのか、今のような状況の為に隠していたらしい。

 

 主の命令ならばいかなる非道にも手を染める心なき兵隊は、今トリスタンの命令で剣を抜き、眼前の障害を排除するためだけに駆け出す。

 

「アダムさん!」

「まずい!この数では幾ら彼でも―――」

 

 

 ―――トン

 額。

 

 ―――コン

 胸。

 

 ―――トス

 首筋。

 

 

 ゆらりと、アダムが騎士達の剣を流れるように躱しながら、軽く小突いた場所である。

 

「―――?」

「??」

 

 ダメージは、ない。

 一瞬困惑する騎士達。

 

 だが、兵士に迷いは不要と疑問を切り捨て、再び攻撃を繰り出そうと剣を振り上げ―――

 

 

 

 ボコ、ボココ―――

 

 

 

 ボンッ!!

 

 べギャッ!!

 

 バッグォン!!

 

 

「な―――!」

 

 突如として、小突かれた部分が内側から弾け、騎士達は破裂した柘榴のような悲惨な姿を曝け出す。

 

「何が起きてるんだ!?」

「こ、これは…!」

「エ、エデン神拳!!」

「誰!?」

 

 困惑する藤丸達。

 その隣で、避難民の一人であろうなんか長老っぽい爺が急に叫び出した。思わぬ不意打ちにダヴィンチはちょっとビビった。

 

 一瞬、未知の攻撃にトリスタンも困惑を隠せず思考を止めてしまう。

 

 そんな彼の前に、騎士達の骸を踏み越えたアダムが立ちはだかる。

 

 彼の脳裏に過ぎるは、在りし日の言葉。

 

『アダム。父さんな、昔の父さんみたいになんでも簡単に出来る事が偉いんじゃないと思うんだ』

 

 こんな自分を信じてくれた、偉大なる父と…

 

『私ね、アダム。出来ないことがたくさんあっても、それでも出来ることを探そうと頑張る人が、私はずっとずっと、世界中のどんな神様よりも偉いと思う』

 

 こんな自分を愛してくれた、最愛の妻の言葉。

 

『より良い明日を目指して、今日という日を頑張って生きる』

 

 

「―――めぇらに…」

 

 

『これから先、どれだけ未来を否定する理不尽が降りかかろうと。負けずに今日という日を生きていく』

 

 そして、肩を震わせながら拳を握りしめ…

 

 

「てめぇらに―――」

 

 

『そんな“人間”に、二人でなっていきましょう?』

『お前なら、お前達ならなれるさ、そんな“人間”に』

 

 その肉体に封ぜられた力が、纏う衣服ごと、爆ぜた。

 

 

 

 

 

 

 

「てめぇらに今日を生きる資格はねぇ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 怒髪天。

 まさに、今のアダムの形相を表現する言葉は他になく。その場の全員が、そのあまりにも純粋で神々しさすら感じる憤怒に呑まれた。

 

 弾け飛んだ上半身の衣服。

 主が僅かに残された力を注ぎ込んで創りたもうた人としての究極。あらゆる英雄豪傑が霞む完璧なる肉体がそこにあった。

 

 その鋼の如き筋肉を纏った胴体には、胸から腹部にかけて異様な傷跡。

 

 それは、聖書における神の遺物。

 かの生命の樹(セフィロト)をなぞる形で刻まれた十の傷であった。

 

 そして、カルデアのマスターの脳内には「YOUはSHOCK!」のフレーズが響き渡っていた。

 

「覚悟はできたか、外道」

 

「くっ………舐めないでもらいたい!」

 

 気づけば完全に間合いの内側に立つ最初の人間。

 その圧倒的闘気(オーラ)に圧されて気をやってしまっていたトリスタンだが、反転し、性根が腐り果てても円卓の一員。なんとか気を持ち直し、再び弓に手をかける。

 

痛哭の幻(フェイル・ノー)―――」

 

 宝具の開放。

 だが、あまりに遅かった。

 

「ほあたぁ!!」

「がっ!」

 

 音を置き去りにするほどの突き。

 

「おぉぉ―――」

 

 そして、それは当然一撃では済まず…

 

 同時に、彼の妻が呟く。

 

 

「やっちゃえ―――アダム」

 

 

 今、その拳に神が宿った。

 

 

「あぁたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた――――――おあたぁ!!」

 

「ぐああああああああああ!?」

 

 

 流星雨の如き連撃は、悪逆の騎士の全身を余さず穿ち、その体を夜空に向けて枯葉のように舞い上がらせ…

 

「―――エデン百烈拳

 

 ズシャアッ!

 

 もはや勝負は決したと言わんばかりに背を向け、イヴとマスターの方に歩き出すアダムの背後に、無様に落下した。

 

「す、凄い…」

「これが、人類の始祖…!」

 

 

 遥か神代…この世に地上最強の拳法があったという。その名もエデン神拳。

 一拳に全エネルギーを集中し、(アッラーフ)が作りたもうたあらゆる生物に存在する急所(ツボ)を攻撃することで肉体を内側より破壊することを極意とする一子相伝の拳法!

 

 

「そ、それが今ここに…」

「いやホントに誰!?」

 

 相変わらずノリノリで解説を続ける長老(暫定)に突っ込むダ・ヴィンチ。

 美を追い求める者としてアダムの肉体美を是非ともスケッチしたい彼女?だったが、生憎周りが濃すぎてそれどころではなかった。

 

 ちなみに、このエデン神拳から派生してヤコブ神拳、更にそこからイエス系列のペトロ岩砕拳やら初代ハサン系列のニザール暗殺拳やら色々とややこしい派生をしていくことになるのだが、細かいことは面倒なので割愛していく。

 

「す、すげぇ…聖都の騎士を倒しちまったぞ!」

「私達、助かったのね!」

 

 歓喜に沸く民衆。

 誰もが勝利を確信した。

 

『―――待て、まだだ!敵反応、未だ健在!』

 

 だが、それに待ったをかける声。

 カルデア本部で通信を介してマスター達を補助していたDr.ロマニであった。

 

 彼が指さした先には…倒れた筈のトリスタン。

 

「ハァー!ハァー!ぐっ…見事な連撃でしたが、残念ですね…哀しいことに、一撃一撃が甘すぎる」

 

 ややダメージを負っているようだったが、それでもまだ弓を握るだけの余力は残っているらしい。

 

「愚かな英雄気取りと侮りましたが、訂正しましょう。貴方は確実に我らの、獅子王の障害となりうる」

 

 立ち止まるアダム。

 しかし、トリスタンに向けて振り向く事はない。

 

「よって、その実力に敬意を持って―――一撃を以って苦痛もなく仕留めてさしあげましょう」

 

「アダムさん!マシュ!」

「はい、今すぐ―――「待って」…イヴさん!?何故…!」

「いいの、大丈夫よマシュ。心配してくれてありがとう」

 

 アダムの方に向かおうとするマシュを、イヴが片手で制する。

 

 人類の母。その瞳には、一切の揺らぎがなく。

 まるでトリスタンの結末が見えているかのようであった。

 

「でも大丈夫。だって、彼はもう―――」

 

「お前はもう―――」

 

 そして、トリスタンがアダムの背に宝具を放とうとした時、漸くアダムは沈黙を解き、口を開く。

 

 

 

 

 

「――――――死んでいる」

 

 

 

 

 ボコ

 

 変化は、刹那ほどの間も無く訪れた。

 

「な―――こ、れは―――」

 

 ボココ!ボコォ!

 

「な、なにが!?い、ぃ―――――

 

 

 

 

 

 

 

―――ぃぞるで!?」

 

 

 

 

 

 

 

 その夜―――聖地に赤い花が咲いた。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 翌日…

 

「え、え、え?ちょ、ちょっと待って?どういうこと?」

 

 昨晩、円卓の騎士を一名撃破するという快挙を成し遂げた原初の人アダム。

 そんな彼は今、円卓の騎士とは異なる問題に直面していた。

 

 そこには―――一様に五体投地する山の翁と聖地の民。アダムに向けて、だ。

 

「まさか、貴方様が我らが神が創りたもうた人類の始祖とは…!」

「聖地を奪われ、故郷を焼き尽くされて、もう希望もないのかと諦めていたが…ううっ、神は我々を見放してはいなかったのだ…!」

「おそるべき獅子王の騎士を打ち倒した楽園の拳。伝説に相違なく、紛れもない神の拳であった!」

「このハサン。初代より脈々と受け継がれしニザール暗殺拳こそ至高と驕り高ぶっておりましたが、目が覚め申した!」

 

 

『我ら聖地の民一同、貴方のお導きに従います!アダムとイヴよ!』

 

 

「え、えっ、ええええぇぇ〜〜〜〜〜〜!?」

「あちゃー、やっちゃったねアダム」

 

 幼女を侍らせた上裸のムキムキマッチョマンに民衆と暗殺者が土下座するとかいうヤベぇ光景が、特異点で繰り広げられていた。

 

「えっと…」

「これは…どうしたものでしょうか」

「まぁ、味方が増えたし結果オーライって事でいいんじゃないかな?」

『レオナルド、なんか色々とヤケになってない?』

 

 これには、数多くの修羅場を潜り抜けてきたカルデアもドン引きである。

 いやまぁ、サブカルに汚染されたキモオタ海賊やら肩に電球がぶっ刺さったライオン頭やらを見てきたので、今更といえば今更だが。

 

「でも、これだけは言える」

 

 先日の激闘が嘘のように騒ぐ皆を眺めながら、マスターが口を開く。

 

 お待ちくだされー、と追い縋る民衆。

 楽しそうに笑うイヴ。

 そんな彼女を背負ったアダムが、泣きながら逃げ惑う姿を遠目に眺めながら…。

 

 

二人(アダムとイヴ)を連れてきて良かったって…」

 

 

 人類最後のマスターと、最初の人類。

 

 

「それだけは、ハッキリと言えるよ」

 

 

 彼らの旅路は、まだ始まったばかりだ。

 





この後、アダムに軽い手解きを受けたマシュがパパの顔面に羅漢撃を打ち込んだりしたのじゃった

追記:断末魔など、ところどころ書き直しました。
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