作者の腰もバッキリ(幸いにも軽傷)
ボーナスが出たら新年早々ニトリに行こうと決意する年末なのじゃった
そんな年末。
今年度も本作をご愛読くださった読者の皆様、腰に気をつけて来年も良いお年を。
───創世期 某所
人類が楽園を旅立ち、二十回目の秋を迎えた頃。
果てなき蒼穹の下、草原に無数の影。
翡翠の大地に立てられた木の柵の中で犇めくは羊の群れ。
めぇ、めぇと長閑な声を響かせながら草を食み、互いの顔を舐め合い、思い思いに過ごしていた。
「なぁ、アベル」
「なぁに?
その群れから外れた場所に、羊とは異なる影が二つ。
最近生まれたばかりの子羊を愛でていた…アベルと呼ばれた少年は、己を呼んだもう一人の、自身より一回り背丈が上の少年…足を組んで木の柵に腰掛けるカインの方を向く。
「お前は
その言葉の意味をすぐに理解できず、首を傾げるアベルに構わずカインは続ける。
「俺達は皆全て
「主の祝福を受け賜り、望まれて生まれた幸福なる子らなのだと」
「故に主の愛に報いる為に、天の教えに従って生きなくてはならないと」
そこで、静謐なカインの目つきは先ほどとは打って変わって激情を迸らせた。
「だが俺には到底受け入れられん!」
徐に拾いあげたのは、小さな石ころ。
それを片手で弄びながらカインは続ける。
「例えばこの石のように、その羊のように、意思なき者が大いなる者に従うのは道理だろう。それは理解できる…」
「───だが俺は羊ではないッ!!」
手先で弄んでいた石がゴリッと圧砕され、破片で握った指の間から血が滴るが、憤怒に染まったカインは意に介してさえいなかった。
「兄さん…」
およそ十を超えたばかりの少年のそれとは思えぬ自我の発露に、アベルは何も言えず立ち尽くしていた。
───一年後。
ほぎゃあ!ほぎゃあ!
在りし日のように雷鳴轟く嵐の夜、人類の始祖達が暮らす小屋に雷鳴に負けぬほど大きな産声が響いた。
「母上!」
「おかあさん!」
「イヴ──しっかりしろ!イヴ!」
父と息子達の傍らで、干し草を毛皮で包んで作った粗雑なベッドの上で小刻みに、しかし虫のように浅い息を吐く少女。
「あ、アダム…赤ちゃんは…」
「あ、あぁ見てくれ!ちゃんと産まれたぞ!ほら、元気な男の子だ!」
楽園にいた頃に比べ幾ばくか歳を重ね、髭を生やし顔が貫禄を持ち始めたアダムが、その手に抱いた赤子を朦朧とした妻にも見えるように必死に呼びかけながら間近に寄せる。
生気が薄れ濁った瞳に、朧げながらも映る息子の顔に少女は目を更に細め、遂に息も止まる。
「良かった…もう、思い残す事は…」
「おかあさん、死んじゃいやだ!」
「母上!そんな、母上!」
「カイ、ん…アベル…この子と…セトと力を合わせて、お父さんを支えて、あげるのよ…」
「イヴ!」
「アダム。この子達を、お願いね…」
「っ…ああ…任せてくれイヴ。この子達は…私が絶対に…」
夫の返事に微笑む妻。
それが、三人が見た彼女の最後の笑顔となった。
「嗚呼──主よ──おとう、さん。うんでくれて、あ─り───が────……」
その言葉が、最後まで紡がれる事はなく。
「母上…?母上ーーーーーー!!」
産声と共に、絶望の慟哭が荒れ狂う空を劈いた。
───ほぎゃあ!ほぎゃあ!
ざぁざぁ、がらがら、ごろごろ
空が、哭いていた。
父も、子供達も。
全てが、哭いていた。
・・・・・・
雨上がりの空の下。
雲の切れ間から差し込む光に照らされた丘の上。
そこに慎ましく佇む墓石が一つ。
花が添えられたそこに、赤子を抱くアダムと息子達が立っていた。
「カイン、アベル。 母は若くして逝ってしまったが、最期まで嘆く事なく主に感謝を捧げていた」
大粒の涙を流すカインの肩に優しく手を置き、諭すように語りかけるアダム。
「故に我らも嘆いてばかりいるのではなく感謝しよう。彼女と過ごした時に、彼女が与えてくれた温もりに、笑顔に───母と我らが
「───“感謝”だと!?」
その言葉にカインが父を睨む。
「感謝してどうなる! それで母上は戻ってくるのか!!」
「カイン…」
悲嘆から一転、息子の顔は憤怒に染まった。
「最期まで教えを守り抜いた母上に、神は何をした! 痛みに悶え、血を吐き、決死の覚悟でセトを産んだ母にヤハウェは如何にして報いた!」
「何もしなかった!何も与えなかったではないか!ただ奪っただけだ!」
「そんなものを神の愛というのなら───」
「───神こそこの
同刻─────遥か彼方の地にて。
夜の荒野で、老人が歩いていた。
薄汚れた襤褸を身に纏い、貧相な木の杖を片手にした浮浪者そのものな姿の老人だ。
風で捲れた襤褸から除いた胸元には、何かを抉り出したような風穴が覗いていた。
───カラン
「……………っ!」
突如、老人は何かを感じ取ったかのように乾いた目を見開き、杖を離して前のめりに手を伸ばす。
どさり、と杖を離した事でバランスを崩して倒れ込む老人。だが、それすら意に介さず土に汚れた皺くちゃの手を震わせながら彼方に伸ばす。
伸ばした手の先で、星が一つ落ちた。
「──」
それを見届けた老人は乾いた唇を震わせ、誰かの名前を呟きながら俯くと静かに目を閉じ───大地に一雫の星を落とした。
◆◆◆
───
そう決意したのは一年前
ヘスティアに告げたのは翌日の夜。
孤児院の皆に改めて宣言したのは、更にその翌日であった。
そこからはもう酷かった酷かった。
トリトンは駄々を捏ね続けて不貞腐れて引きこもり、ずっと海は大荒れだった。
キュクロプス達は初めは意味が分かってない顔だったが、次第に理解し始めてからはもう宥めるのに骨が折れた。物理的に。
ケイローンとポルスは…随分無理させちったなぁ。あれなら癇癪起こしてくれた方が気楽だった。
数ヶ月後、最後の夜に一同で食卓を囲んで好きなものを好きなだけ食わせてやった。
みんな最初はガツガツ食ってたよ。
ブロンテースは一つ目からボッタボッタ涙こぼしてカレーが大惨事になってた。他の兄弟も同様。
いっつも口を汚してたベルゼブブやラファエルにしていたように、顔を拭いてやる。
何度も何度も、慣れた手つきで。
泣いた。みんなして泣いていた。
いつも通りの筈のカレーが、嫌に薄くてしょっぱかった。
最悪のお別れ会だった。
そうさせたのは俺なんだけど。
我ながら糞だなホント。
またおんなじ事の繰り返し。
それでも、ここを去る以外の選択肢は無かった。
その考えに至るキッカケは諸々あるが、その中でも一番の理由を挙げるとするなら…これ以上居たら俺は自分に対して本格的に失望する事になるから、としか言えんな。
今度こそ、楽園のあの子達に顔向けできなくなると、「あの時」そう確信した。
まぁ、その辺りを話すとページの下の下まで埋まるので今回は割愛させてございますわ(また今度ね)。
それに、ギリシャでの日々に忙殺される内に忘れかけていたが、俺の旅でやるべき事はまだまだ山積みも良いところ。
死ぬ前に顔を合わせなあかん
北欧、インド、中国、日本…あと気が進まんけど南米。
俺のぶらり地球巡りの旅は半分も達成できちゃいない。
それに最期は、帰ってあの子達の姿を見届けておかなきゃならんからな。
俺の神としての最後の選択が、俺の世界にいかなる未来をもたらしたのか。
喜劇か、はたまた悲劇か。
俺にはそれを見届ける義務がある。
そして俺は再び旅立った。
引き止める大勢の手を置き去りにして。
無責任に、「達者でな」の一言だけで。
惚れた女に背を向けて。
振り返りはしなかった。
───あいつがどんな顔をしてるか、それを知ったら進めなくなるから。
次に辿り着いたのは北欧だった。
ギリシャとは打って変わっての極寒の大地。寒すぎて雪が痛ぇ。
ここは巨神の被害は小さく、昔来た時とあまり変わらん光景で懐かしかった。
アースガルズの連中も相変わらずむさ苦しくて何より。特に
は?お前の子供も全然似てねーだろって?
アイツら全員どこからどう見ても俺の可愛い子供達だろ。アース神族揃いも揃って目ん玉ガラス玉かよ。
ハンマー投げつけられた。
こっわ、やっぱお前らオリュンポスといい勝負の蛮族だわ。
今度は槍投げられた。
お父さんと兄ちゃん怖いねーロキ君。
巻き込むなって?うるせー黙って盾になれや獣◯趣味の下ネタ大好きマン。
正直あの一発芸はスカディちゃんと同じで俺もウケたけど。
バルドル盾にすりゃいいじゃん、て…おっまえ仮にも義兄弟を差し出すとか人の心ないんか?
なんだよその顔。オーディンも。
てか周りにたくさん侍ってる似たり寄ったりな顔の女はなに?うちの
なんかいやーな匂いがプンプンすんだけど…具体的に言うと俺の楽園を踏み躙ろうとしたあの時の…オイ説明しろコラ。
………。
───マッッジかよお前…。
ええ?ウッソ…。
よくもまぁ俺の前に堂々とお披露目できたねチミ……よりにもよってうちの子を怖がらせたあの
◯ね。控えめに言って◯ね。犬に食われて◯ンコになっちまえテメェなんか。今はお前に対する好感度がテスカトリポカ以下になってるわ。
バルドルが必死に宥めてくれたが、頭に血が上った俺の口は決壊したダムさながらだった。
そうしてやいのやいの言い合った末、最悪の気分でアースガルズの門を蹴り開いて世界樹の枝を渡り歩く。
柄にもなく昔のテンションに戻っちまった。
反省している。
まぁアイツに言ったことを撤回する気はないが。
見送り兼ガイドにまたあの巨神の模造品を差し向けやがって…イヤミかあの知識ジャンキー。ふざけやがって。
まぁ、ちょっと申し訳なくもあるけど…バルドルには。
最後まで俺に申し訳なさそうにしてたし。
ホン…っっと、あのジャンキーには勿体ない息子だよ。いい子レベルでサリエルとタメ張れるわ。
結局どんだけ言っても金魚の糞をやめない戦乙女のガイドに導かれるまま、次に向かうは
この胸のムカつきを、多少は和らげてくれる何かに期待しながら広大なイヴィング川を渡り、巨人達の山々を目指した。
巨人達は、思いの外歓迎してくれた。
敵対してるアースガルズから来た俺だが、巨神を倒した事に感謝はしてるらしい。俺はアシストで倒したのは聖剣のあの子なんだがね。
まぁあのジャガーマスクの変態よりかは貢献したけどね、アイツよりかは。
ただ、理由はそれだけではないらしい。
来るべきアース神族との戦いに備えて、晴らしておきたい憂いがあるんだとか。なんのこっちゃ。
聞けば“ソレ”は、強大なるアース神族を滅ぼしうる最恐最悪の兵器なんだと。
巨人達の父にして母なる
故にソレはあの糞巨神と同様に星を滅ぼせる力を有し、故にいつ爆発するか分からぬ程に危うく不安定なのだとか。
なるへそ、だんだん話が見えてきた。
よーするに、ソイツをラグナロクの時まで大人しくさせる為の知恵を貸してくれって事ね。
まー俺にとっても他人事じゃないから引き受けるけど…ったく、ユーミルも面倒な置き土産を残してくれたもんだよホント。
で、ソイツの名前なんつーの?
ヨトゥンヘイムの王スリュムは、俺の問いに一瞬口をつぐませながらも重々しく唇を動かし、絞り出すようにその名を口にした。
終末の巨人。
世界を焼く焔。
かの者の銘は───
──────スルト
カルデアデータベース内を検索…該当データを発見。
ID認証、クリア。ファイルの閲覧を許可します。
───「娘への手紙」に関する報告書。
概要:中東、■■■■■にて出土した神代のものと推測される手紙。
材質は羊皮紙に酷似しているが、インクも含めて成分に関してはほぼ未解明。破壊も困難を極める。
手紙に綴られた言語は恐らく聖書における■■言語の原型と推察される。
手紙には強く握りしめたような皺と、未知の人種の女性の遺伝子を含んだ涙のシミ及び同一人物と思われる指紋が確認できる。
発見者は伝承科に在籍するセム族の遺物研究を担当し、「木の輪」を発掘した経歴を持つ【名前の部分は空欄となっている。原因不明】であり、発見者は他に「葡萄の成長日記」「蝿王の食器」などを発掘している。
以下、解読された手紙の一部分。
我が娘よ───息災───
幾度となく────どこに──
叶うならば───父に───
許せ────手紙───ここに───
今更─────────汝にただ祝福を 父より
解読作業は現在も進められているが、未だ半分すら解明できていない。