それはそうと今年に入ってからブルアカ始めました。
ドレスヒナのメモロビで脳を破壊されました(遺言)。
───創世期
神なき聖書の世は、荒れていた。
地は震え、天は哭き、獣達は狂い叫び、天の遣いと深淵の魔は静かにその光景を見つめていた。
丘の上に立つは、二人の漢。
方やアダムとイブの長子、後に十字教に於いて「恐るべき者」「不敬者」と呼ばれし男。
聖書に於いて人類最初に「王」を名乗りし覇者。
兄弟の中で最も強く、猛々しく、それ故に文字通り神も恐れぬ野望を懐き、原初の世界を征く者。
その銘はカイン。
最初の殺人者───原罪のカイン。
そして方やアダムとイブの末子。
兄弟の中で最も弱く臆病だが──故に父に、神に最も近い心を持つ者。
この混迷の世に嘆く者達の前に立ち、希望を懐き進み続ける者。
その銘をセト。
最初の救世主───慈愛のセト。
そして今ここで繰り広げられし戦いこそ、原初の“戦争”。
丘の下では王たるカインに付き従う彼の子らと、今は亡きアベルの子らが剣を、槍を、棍棒を手に血を流していた。
「───セトォォォォォ!!」
「───カインッッ!!」
だが、今はそんな彼らも流れた血と傷すらも忘れ、眼前の戦いの結末を見届ける事に全てを費やしていた。
ぶつかるは拳。
激突と同時に悲鳴をあげるは世界。
両者を中心に波打ち、裂ける大地。
荒れ狂い啼き叫ぶ天。
父を殺し、父に何より期待されし弟すらも屠りし長兄の拳は、今や生命の実を賜りし使徒達にすら匹敵する力を宿していた。
そして、その圧倒的な暴威に立ち向かうは、優しさ故に最も弱いと嘲られていた末弟。
しかし今やその彼が───かつて、父アダムにすら「戦士にはなれぬであろう」と諦められていたはずの彼が、カインと対等に渡り合っていた。
拳が激突する衝撃と共に血を撒き、その父譲りの頑強なる肉体を紅く染めながら、両者は互いに一歩も譲らず拳を重ね続ける。
その光景を見つめる原初の人類達。
天より、深淵より覗き見る原初の兄弟達。
そして───カインとアベルに求められながら、尚もセトを選びしリリスの末娘。
愛する人の帰りを信じてその背中を見送り、今まさに眼前で繰り広げられている戦いを見つめる彼女。
もはやこの地に居ない神に祈るように両手を胸元で重ねながら、それを見つめる彼女の双眸には、不思議な光景が映っていた。
「ふはははははは!! どうしたセトッ、もう終わりか!?」
「───っまだだ!」
打ちのめされ、倒れながらも立ち上がり再び立ち向かうセト。
それに応え、更に拳を容赦なき叩き込むカイン。
そんな血生臭い二人が───幼き日の姿と重なった。
セトと共に花園で戯れていたあの日。
花の冠を紡いで、自身の頭に被せてくれたあの時。
屈託もなく白い歯を見せて笑い合う二人に差す大きな影。
二人を覆う影の正体はカイン。
セトとは真逆の恐るべき形相で、自身を睨め付けてきた。
『美しい…セトにくれてやるには余りにも惜しい』
その言葉を紡いで刹那の間もなく荒々しくリリスの末娘を掻っ攫い。その腕に強引に収めるカインは有無を言わせぬ声色で告げた。
『セトを捨てよ! そして今日からこの俺を愛するのだっ!』
腕の中で震え、涙を滲ませ怯えるリリスの末娘。
それを救わんと立ち向かったセト。
だがカインは眼中にないと言わんばかりに片手で払うように地に叩き伏せた。
だが、娘を手に立ち去ろうとするカインに立ち向かったのは、倒れた筈のセト。
再びカインに片手でいなされる。
だが再び立ち上がり、挑むセト。
何度も何度も弾かれ、何度も何度も食らいつく。
やがてカインの余裕に苛立ちが勝り、無意識に娘を放り出し、徹底的にセトを潰さんと暴力の限りを尽くした。
殴り、殴り、蹴って、蹴って、虫のように頭蓋を踏み躙った。
しかし、足を離せば泥と血で腫れ上がった顔を染めながらセトは幽鬼のように立ち上がった。
あの臆病者のセトが。
若き日のアダムのように臆病だった筈のセトが。
気づけば余裕を無くし、本気で殺そうと拳を振るわんとしたカインを止めたのは───父アダムであった。
結局、カインはセトを折ることが叶わなかった。
それからも普段は臆病で些細なことで泣き喚きながら、彼女を守る時だけは決して涙を見せず臆さずカインに立ち向かった。
気づけばカインにとって路傍の石ころにも満たぬ筈だったセトは、アダムやアベル以上に忌々しく、理解できぬ存在へと変わっていた
常日頃から怒りと共に疑問を抱いた。
何故折れない?
何故諦めない?
こいつを支えるものはなんだ?
憎悪でもなければ、ましてや欲望でもない。
───ならば何だ?
理解できなかった。
それを、
そして、時を経てカインにそれを教えたのは───己が手で殺めた
『分からぬかカインよ。 私を立ち上がらせるものが何か』
『私の後ろに立ち、父を、夫を信じる妻と子供達が与えてくれる力がなんであるか』
全身から血を吹きながら、その胴に風穴を開けられながら尚も立ち上がりカインに立ち塞がったアベル。
勝てぬと分かりながら、死すると知りながら立ち上がり絶望から目を逸らさぬ姿。
それはまさに、父が幼き己に語り聞かせた在りし日の、今はこの地を去りし───
『そうか、俺を恐れさせたもの…』
そしてカインは遂に悟った。
セトにあって、己に無い強さ。
実に単純な、言葉にすれば薄っぺらであり触れたもの。
だが、現に天使や悪魔すら恐れる己が如何にしても壊せぬたった一つのもの。
『それは───』
雨が、止んだ。
天より光が差し、互いに拳をぶつけた男達を照らした。
拳を突き出したセトと。
「───馬鹿な」
───ぶつけた拳が砕かれ、その胸を穿たれ膝を屈するカインの姿を。
「このカインの拳が…貴様一人の手で」
「一人ではない」
かつてと真逆。
見下ろす者と見下ろされる者。
疑いようもない勝敗を示す姿。
セトは告げる。
「この拳には、父とアベル、そして亡き母と俺を信じる彼女の想いが込められている」
「その想いが消えぬ限り、俺は一人ではなく、これからも力を与え続けてくれる」
己一人の勝利ではなく、これまで犠牲になった者達全ての勝利なのだと。
皆で孤高の道を征き、己一人のみで天に挑まんとした覇王を討ったのだと。
「想いの、力───」
「お前にもあった筈だカイン。亡き母の温もりを知るお前にも」
その言葉と共にカインが無意識に顔を向けたのは、生まれ故郷の方角。
───カイン。
「母上───…」
同時に、これまで朧げでろくに思い返しもしなかった母の姿を、不思議と鮮明に脳裏に映し出せた。
母を失ったあの日、神への怒りを懐き、いつか母を奪った神から全てを奪うと誓った。
そしてそんな己を折る為にルシファーが悪意を持って告げた真実。
『残念だったな泥クズ』
『お前の復讐すべき相手は、とうに消え去っているんだよ』
だが、カインは笑った。
ルシファーの思惑とは真逆に高らかに、いっそ清々しいほど邪悪に。
そして、そんなルシファーを逆に嘲った。
貴様らのように父の愛に溺れ、残り香に縋る事でしか生きられぬ稚児と同列に扱うなと。
最早母の復讐などキッカケに過ぎん。
今の己を動かすのは己の欲望。
この世の全てを手に入れんとする果てなき野心なのだと。
母との思い出など所詮は過去の残骸に過ぎないと、切って捨てた───
───筈だった。
今更になって、捨てた筈のそれがカインの胸を満たしていた。
地位を、女を、国を、あらゆる物をもってしても癒せぬ渇きが、空白が、思い出で埋め尽くされてゆく。
もしも、と考えが浮かぶ。
母が生きていたら、自分は違う道を歩んでいただろうか?
そこでふっと、疑問を鼻で笑う。
「───くだらん」
それはない。
カインは自分がそういう男だと理解している。
母が悲しむと分かっていても、己を曲げる事だけはできない。
カインとは、そういう存在だ。
きっと母も分かっていた。
だから、きっとこの結末は必然なのだ。
後悔などしない。してはならない。
自らの生き様を悔いる息子など、きっと母も呆れてしまうだろうから。
だから───
「見事也、セト……だが!」
地についた膝を叩き、死に体で立ち上がるカイン。
アベルの子らは慌てる。
まだ戦うつもりかと。
だが静かにその姿を見つめるセトは分かっていた。
もうカインにそのような力はない事を。
彼の逃れ得ぬ結末を。
「このカイン───死する時は自らの手で地獄に堕ちると決めているッ!」
砕かれていない左拳を掲げ、穿つ。
───自らの胸を。
そして、抉り込ませた手で心の臓を握り、潰す直前の刹那に───
「───さらばだ、我が弟よ」
一人の兄として、弟に別れを告げた。
グシャア!!
「オオオオオオオオォォォォッ!!」
赤く染まりし拳を天に突き上げ。
覇王の叫びは天を穿ち、曇天を一点の曇りもなく消し去った。
その空のように、彼は死を前にした己の偽りなき想いを叫んだ。
『───我が生涯に一片の悔いなし!!』
ここに、男達の熱き
天使の、悪魔の、人間の、その結末を見届けたありとあらゆる全ての心に焼き付けられた。
バアルはカインの野望に共感し。
アザゼルはアベルの愛に心動かされ。
ルシファーはカインの嘲笑によって自らの在り方を問われ。
ミカエルはセトの勇姿に、自らの決意を確固たるものにした。
───ぶぎぃー
───キュィー
そして、かつて楽園で遊んでくれた、今は亡き妹とその子らを想い…遠くで猪と蛇が天に向けて哭いた。
そして遥か遠く…
───インド、ダンダカの森。
星がよく見える森の奥の断崖に、あの老人が腰掛けていた。
以前より萎びて、最早即身仏と言われても疑いようのない姿となりながら、尚も老人は生きていた。
未だ、生き続けなければならなかった。
「師よ、こんな所にいたのか?」
背後の木陰から茂みをかき分けながら現れたのは赤髪赤眼の絶世の美少年であった。
「────ラーマか」
師と呼ばれた老人は振り返らず、根を張った木のように不動で星から目を逸らさない。
「今日は冷えるし焚き火に戻ろう師よ。ラクシュマナもシータも心配している………さっきから何を見ているのだ?」
「星を」
か細い声で、しかし確かな意思をもって少年…未来のコサラ王に答える。
自然と師の隣に座る少年。
少年がこの師と呼び慕う老人と出会って5年近く経つが、未だに少年は老人のことを計りかねていた。
雰囲気からして名のある
だが、その老いた身からは想像もつかぬ叡智と
こうして、祖国を追放されてからも御教授を望むぐらいには。
「星か…そういえば今日は一段と輝いて見える。 シータも連れてくればよかったかもしれんな」
ささやかな後悔に頭をかく少年は知らない、気づかない。
「おぉ見ろ、師よ。流れ星だぞ…美しいものだ」
隣で星を見る老人の目より落ちるそれを、星を通して彼が見ている景色を。
「それにしても…随分と大きな星だな? 師よ」
最後まで、知ることはなかった。
娘を守ろうと原初の殺人者に立ちはだかった魔女の遺言
「ごめんなさいパパ」