父と子と聖霊のなんちゃら   作:NJ

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新章開幕に向けてのマスター達への激励
「石の貯蔵は十分か?」



長い前日譚、いい加減にして欲しいくらいの続き

 

 

 カインとアベル、セトによる人類最初の戦争が幕を下ろし、聖書世界は一先ずの落ち着きを取り戻して───いなかった。

 

 

「聞け!カインの子らよ!」

 

 

 原初の王にして暴君、そして英雄たるカインを討ったセトは王の子らに告げた。

 

「お前達の父王はこのセトが天の代行者として倒し、カインは敗北を認め自ら世を去った!」

 

「故にこの戦、汝らの敗北である!」

 

「その上で告げる───汝らを罪に問う事はせぬ!」

 

「汝らの罪は汝らの父が背負い、地獄に持ち去った!」

 

「故に汝らのこれまでの罪は不問とし、汝らを恐怖と苦役で縛ることはないと約束しよう!」

 

「だが、あくまで不問とするのは過去の罪のみ! これからの汝らの道は、汝らが決めるのだ!」

 

「父の復讐を選ぶも良かろう! 兄弟姉妹と手を取り合い慎ましく生きていくも良かろう! 我らと和解の道を選ぶならば好きにするがいい!」

 

 

 

「───主が父母を楽園より旅立たせた時から、我らは自由なのだから」

 

 

 

 カインの子らの反応は様々であった。

 

 武器を捨て、降った者達。

 新たな道を探しに地の果てへと足を向けた者達。

 恨みを胸に報復を叫ぶ者達。

 

 始祖より広がる人の版図は聖書の大地に遅々としながらも確かな根を張っていき、それは同時に負のサイクルの加速へと繋がっていった。

 

 特に報復の道を選んだカインの末裔らとセトの末裔達の怨恨は根深く、世代を経てもなお溝は埋まるどころかより深い罅となって国と国、民族の間に広がる偏見と無理解を広げていった。

 

 復讐は新たな復讐へと繋がり、もはや始まりすら見えぬ呪いの円環が出来上がってしまっていたのだ。

 

 その様相は現在(いま)と何一つ変わらず、人の愚かしさは黎明より続いていた。

 

 

 

 ───一方そのころ。

 

 そんな混沌とした外界から隔絶された永劫の楽園に、一人の来客が。

 

 偉大なる唯一神の遺した聖書最大の遺産。

 生命と知恵の木の根本に通じる道に足を踏み入れたるは───まさにその神の子供達の一人であった。

 

「止まれ!!」

 

 そしてそれを止めるのもまた、神の子の一人。

 智天使にして木の番人、ケルビムである。

 

「なんで来たバアル! 父上、ここ入るの禁止、言った! 父上の言うこと絶対!父上の言葉破るの罪!重罪!」

 

 猛犬のように牙を剥き出しにして唸り、頭部をサメのような複眼の異形へと変形させて威嚇するケルビム。

 

 父より木を守りし番犬に任ぜられたる天使に相対するは、後にゴエティアに第一の魔神として記される大悪魔バアルその者であった。

 

「牙を退けよ兄弟。 此度は兄の遣いで参った次第である」

 

「ルシファーの?…なんで?何故? ルシファーなんの考えあってお前寄越した!?信用できない!殺す咬み殺す食い殺す!また盗まれない為に!父上に叛いたあの女の時みたいに!!」

 

 更に頭部を変形させ、人一人をそのまま収められる程の大口を開けるケルビムに、さしものバアルも汗を禁じ得なかった。

 

 父との契約により、番犬たるケルビムは「木に触れ侵さんとする者を裁く」絶対権限を有している。

 制約として木から離れる事も出来ないが、例え生命の実を食べたミカエルやルシファーであっても、この条件下ではケルビムには逆立ちしても敵わないのだ。

 

「それだっ!兄弟よ! 兄はその件でお前を助けるためにこのバアルを送ったのだ!」

 

 そんな圧倒的で理不尽な恐怖を前にして、バアルはなけなしの勇気を振り絞って言い放った。

 

 ぴたり、と牙が肌に食い込む寸前で止まる。

 

「……………助ける?なにをだ?」

 

「…いいか良く聞け兄弟。 兄は憂いているのだ、まさにお前と同じ最悪の未来を。再び枝が、果実が盗まれ外に持ち出される悲劇を」

 

 ぎょろぎょろ、と複数の眼が見下ろす。

 僅かな嘘偽りも許さぬと無言の重圧を含ませて、眼下の悪魔に鏃のような鋭い視線を突きつける。

 

 バアルは続きを急かすような目線に焦りを含ませながらも、潔白を示す為に視線を逸らさず懐を探り、目的の“それ”を取り出す。

 

「これを見よ! 感じるだろう兄弟?魂すら焼く地獄の炎の熱を。我らが父の炎の熱を!」

 

 それは、剣であった。

 

 柄は骨のようなもので形成され、刀身の途中が太陽を連想させる円環となっている。

 

 突きつけられたそれに鼻先を近づけ、ヒクヒクと鼻の穴を動かすケルビム。

 

「………確かにこれ、地獄の炎。父上が地の底の炉に最初に入れた火。 我ら兄弟が凍えぬよう地を温めるために齎したもの」

 

「そうだ兄弟。 兄はこれを以ってして木を、楽園の守りを盤石にせんと一計を案じられた」

 

 そこでバアルは自身を介して兄の考えだというそれをケルビムに伝えた。

 

 一通り聞いたケルビムは悩んだ。

 バアルの口の巧さが彼を悩ませた。

 

 問答無用と突き返すには、バアルの言葉にぐうの音も出ない正論が多く含まれ過ぎていたのだ。

 

 彼は木を守るよう去った父に頼まれた。

 

 あの父に(・・・・)頼まれたのだ(・・・・・・)

 

 

 

 ───この二人(アダムとイヴ)には右の木の実を、使徒達(おまえたち)に左の木の実を授ける。

 

 ───だが食べていいのは一人一つだけだ。

 

 ───枝も持ち出してはならない。

 

 ───知恵も力も、限りあるからこそ恵み足り得るのだ。

 

 

 

 思い返すは、双つの木の根元で父が口にした警告。

 

 その誓いを破る者が再び現れぬよう木を守る栄誉を賜ったのが、他ならぬケルビム自身だった。

 

「……………本当に、それ楽園の為の考えか?木を守る為の考えと言えるか?」

 

「───父の名に誓って。 このバアルは兄と同じく父の栄光の為に動いているとこの場で宣言しよう」

 

 その言葉の重みを、理解できぬ者は使徒の中に一人たりとて存在しない。いや、存在してはならない。

 

 ましてや、木の番人に選ばれた彼本人にその言葉がどれほど重い意味を持つのか、想像は難くなかった。

 

 それを分かっていて(・・・・・・・・・)バアルは(・・・・)そう言ったのだ(・・・・・・・)

 

「………………分かった、ついて来い。だけど少しでも怪しい動き見せたら殺す。ルシファーが何言っても殺す」

 

「………わかっている。感謝しよう兄弟」

 

 そしてバアルはケルビムが見張る目の前で根元にその剣を刺し、木から離れた場所までやってきた。

 

 やがて、遠く離れた二人の見ている先で、差し込まれた剣より焔が溢れた。

 焔は円の津波となって広がり、二つの木を覆う火の竜巻となった。

 

 これで木には誰も近づくことは出来なくなった。

 天使も悪魔も人間も近寄れば無事では済まず、下手すれば木に触れる前に灰塵となるであろう。

 

「ケルビムお前見直した。バアルお前言ってる事正しかった。これならずっと木守れる。父上との約束守れる」

 

「分かってくれたか兄弟よ。 我らは主義主張が異なれど、父の為に動いている点では変わりないのだ」

 

 そうケルビムと話しながら、バアルは見えないように顔を背けて影でほくそ笑んだ。

 

「そう、全ては…」

 

 燃え盛る炎に照らされ濃く深くなった(やみ)の中で、悪魔らしく、邪悪な笑みを。

 

「我らが父の為に」

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

「は、はは!ははははは───やった!やったぞ!」

 

 バアルは感謝した。

 自身の知略にまんまとかかった間抜けな兄弟(ケルビム)と、もう一人の勇敢なる功労者(きょうだい)に。

 

「や、やり遂げたぞ姉上(バアル)…これで良かったのだな…?」

 

「よくやった我が弟(ダゴン)! これで我らの時代が始まる!我らの楽園が花開くのだ!」

 

 ケルビムと別れ、楽園を飛び出したバアルはすぐさま共犯者と見えないところで合流した。

 

 炎で鼻がきかなくなった(・・・・・・・・・・・)ケルビムの隙を突き(・・・・・・・・・)炎に焼かれながら枝を盗んだ(・・・・・・・・・・・・・)ダゴンと(・・・・)

 

 かつては強大にして荘厳であった姿が見るも無惨に焼け爛れ、息も絶え絶えで立つこともままならず、しかして確かな意思を持って這いつくばりながらも姉に『それ』を手渡したダゴン。

 

「リリスは愚かであった! 折角手に入れた生命の木の枝を脅迫された程度で我が子の命と引き換えにミカエルに返還しおった!」

 

 思い返すは末娘を守ろうと恐るべき男(カイン)に立ち塞がり殺められた最初の神の反逆者。

 父を愛し、父に愛されながら、その愛に溺れ誤った道を歩み、破滅を迎えた愚かな女。

 

「だがこのバアルは違う! 我ら兄弟は肉親の命を脅かされた程度で止まりはしない! 野望を、大義を諦めはしない!」

 

 そして高らかに笑う。高らかに宣言する。

 

「堅物のミカエルめ!律儀に枝を隠すなんぞ愚かな真似をしおって!」

 

「それを手伝った、いつまでも消えた父の影を追うルシファーとバアルを差し置いて生命の実を賜った卑怯者共め!今に思い知らせてやる!」

 

「カインは正しかった! 父の意志を継ぎ世界を導くのならば、父の教えをなぞるだけでは駄目だったのだ!」

 

「我らは父を超えんとしなければならなかった! 父の定めた道を外れ、父が立てた代理人(にせもの)を、抑止力の代弁者を打ち破ってこそ父の後継者を名乗れるのだ!」

 

「そう──────」

 

 そして掲げる。

 その手に握られた罪の証を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────聖書(このよ)の神となるのだ!」

 

 楽園から盗み出された、知恵(もうひとつ)の木の枝を。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ヘブライ聖書の一つヨベル書より抜粋。

 

 カインが「我らは神の意思によって生まれたが、同時に我らは我らの意思を持って生まれてきた。故に我らが父に神に叛くのは当然の帰結である」と天に向けて申し上げた時、天使はそれを傲慢と切り捨てて怒り、悪魔は無意味であると嘲り、しかしてバアルだけは怒りも嘲りもせずカインに共感を示した。

 

 そして地上で最初の戦争でカイン倒れたのち、バアルはダゴンとアスタロスを筆頭に百人の兄弟姉妹と共謀して神に叛逆する計画を立てた。

 

 まずはバアルが地獄の火を以ってして鍛えた剣で木を守るようケルビムに提案し、その炎にケルビムが気を取られているうちにダゴンが知恵の木の枝を折り、盗み出した。

 

 この時、ダゴンは地獄の火に焼かれてしまい、醜く焼け爛れた姿へと変わり果ててしまった。ダゴンが醜く悍ましい姿で描かれるのはこの為である。

 

 そしてバアルはリリスに倣って盗み出した枝を自らの隠れ家に植え、天使長と魔王から隠しながら知恵の木を育てた。

 

 そして木が実をつけた時、言いつけを破り幾つも実を食べたバアルと兄弟達は神の無限の知恵を手に入れ、それを人間達に伝えて石と鉄で出来た大きな塔を作らせ、塔を中心として広大な都市を、国を建てさせた。

 

 国の名はカナン。

 

 

 

 塔の名は───バベルといった。

 




バベルが攻め落とされる前の会話

「そんな装備で大丈夫か?」
「大丈夫だ。問題ない」
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