神代───ある国でのお話。
当時の時代の中でも一際栄えていたその国の首都の中心に聳え立つのは、天にも届かんばかりの大神殿。
おおよそ人の技術では作れぬだろう事が一目で理解できる、
───ガラン!
方や粘土の、もう片方は銀のような鋳物の杯を勢いよくぶつけ合せ、躊躇いなく一気に呷る。
小気味良く鳴る喉が、彼らの呷る杯がいかに素晴らしい美酒であるかを物語っている。
「───っかぁ〜〜! やっぱたまんねぇなぁ
豪快に銀の杯を干し、赤い雫が垂れる口元を拭いながらその者……女の豊満さを持ちながら男の逞しさの両方を兼ね備えた完璧な体に、4本の腕を持つ褐色肌に白髪の異形は上機嫌に相手からの贈り物を賞賛する。
同様に、粘土の器を空にした……背中より二重螺旋を描く形で上に伸びる、白く輝く…どこか木を連想させる奇怪な羽を生やした男は無言で杯を置き、満足した事を示すように息を吐く。
4本腕の異形は横目に羽根の男の態度に笑う。
「なんだよ、最初に比べて躊躇いなくいくようになったじゃねぇか? 俺の
「喧しい。衛生観念が終わってるお前らと違って潔癖なんだよ俺は」
旅先で飲み食いするもんには気をつけることにしてんだ、と付け足しながら杯を呷る男の生意気な態度にピキリと青筋を浮かべる四つ腕。
「あ?
「汚くない小便なんてあるか!!」
「言いやがったな、この童貞モンペ園芸オタク!!」
「やるか!?責任能力皆無のヤリ◯ン
あ"ぁ"!?と鼻先を突き合わせながら恋人よりも近い距離で睨み合う両者。
両者の荒れ狂う激情に釣られて天が渦巻く暗雲に覆われ、雷鳴が下界の都市に轟き、人々はすわ終末かと慌てふためく。
が、しばしの膠着の後…
「───ぷっ」
最初に決壊したのは、どちらであったか。
もはや彼も覚えていない。
『ぶははははははは!!』
酔いが回った頭で、そんな細かいことを覚えられるはずもなかった。
瞬く間に晴れ渡る曇天。
その空は先程までの険悪さが嘘のようにくだらぬ歓談を再開した彼らの屈託のない笑顔のように、どこまでも青く澄んでいた。
そこには、在りし日の神々の変わらぬ友誼の姿があった。
そう、神。
彼らは共に遠い古代に君臨した神々の一員であり、友と呼び合う仲であった。
父こそを唯一無二の神とする世界と、王たる神を頂点にその一族が治める世界。
一神教と多神教。
本来なら水と油の筈だった互いの世界。
だが、何故か二柱は気が合った。
きっかけは、とるにたらない諍いだった。
互いの偉大さを比べ合う事となり、勝負は力比べから知恵比べへと移行し、最後は酒作りの権能で勝負となった。
唯一の造物主の
どちらが優れているかで、この国の神族も巻き込んで酒を酌み交わした。
そうしている内に酔いが回って、互いに勝ち負けなどどうでも良くなって、気がつけば対決の場は宴の場となっていた。
再会を約束して家路につくとき土産に持たされたビールを背に楽園へと帰った後、ジュースと勘違いした
その後も、楽園の作物を手土産に彼女らの国に赴いては宴を開いた。
彼女らも、自分たちの国でしか取れない肉と作物で唯一神をもてなした。
何百年も、何千年もそんな日々が続いた。
「なぁ〜?いいじゃねぇか」
夜がふけ、空の酒瓶でビル群ができるほどの時間が過ぎた酒盛りの場に、間延びした酔いどれの声。
「お前ぐらいの奴なら、
ガキ共の面倒だって見てやるからさぁ〜と背後からしなだれかかり、4本のうち2本を体に巻き付け、残り2本を唯一神の両手の上に包み込むように重ね、肩に顎を置いてダル絡みする戦神。
男らしく筋骨隆々としながらも、同時に豊かに実った
「こういう時だけ女の
対する唯一神は、うざったらしいと言わんばかりに顔を顰めてシッシッと払いのける。
「ちぇー、バレてたかちくしょうめ」
観念して男から離れ、ゴロンと硬い床に大の字で寝そべる戦神。
だがまだ諦め切れないのか、両手を頭の後ろに回して枕がわりにしながら懲りずに問いかける。
「本当にいいのか〜? オレ、妻は腐るほどいるけど夫はまだいねぇんだぜ? 記念すべき一人目になるチャンスなのに…」
「やだよ」
頑なな男の態度にんー?と訝しむ戦神。
が、理由に気づいたのか合点がいったように頭に豆電球を浮かべて「あぁ」と手を叩く。
「安心しろって、最初の夜はオレとだけど、ちゃんと他の妻もお前と共有にしてや「ちゃうわボケ!!貞操観念オリュンポスのお前らと一緒にしてんじゃねぇ!!」
くわっと迫真の表情で否定する唯一神、ついでにこの国の神族にある意味最大の侮辱を叩きつけた。
これには堪らず戦神も反論する。
「おい! オレたちゃ
これまたズレた反論にツッコむ唯一神。
もうやだ
聖書の神が頭を抱える光景など、後世の何億もの信者が見れば卒倒ものだろう。
「これだからやなんだよ…お前みたいなのが義母とかぜってー
杯を煽りながら我が子らを話題に出した唯一神に、ヘラヘラした戦神の顔が先程と打って変わって呆れたものに変わる。
「まーたガキかよ。いい加減治んねーのかその過保護っぷり」
「産ませてはほったらかしをまともな教育って言うんなら、過保護って言われる方が遥かにマシだな」
「ガキなんざ放っといても勝手に育つもんだろ。 オレの子ぁみんなそうだったぜ〜?」
「勝手に育った結果がこの前の内戦だろーがオメーの国は!」
揉め事の後始末させられたこっちの身にもなれボケ!と杯を勢いよく床に置く唯一神。
「わっかんねーな……何がお前をそこまでさせんのか」
心底、理解できないものを見るような目をする
「親は親で、子は子だろ?自由にさせりゃいいじゃねーか。
親子の関係なんてそんなもんで十分だろ、とあっけらかんに言い放つ戦神に唯一神は「何度目かねこの問答…」と軽く頭を掻きながらため息をつく。
「お節介でも、自由を阻むだけだったとしても、俺には
「………
貰った、というワードに戦神は聞き返す。
「なんだ?酒でも貰ったか?」
「ちげぇよ」
「女?」
「ちげぇ」
「勿体ぶらないで言えよ」
「言わねえよ」
「ケチ」
「黙ってろ」
言ってもお前らには分からねぇさ、と杯に残った僅かな酒を干す唯一神。
「兎に角、俺は決めたんだよ。 最初にミカエルとルシファーをこの手に抱いたときにな」
そう語りながら、夜天に上る月を見やる唯一神。
この国の月神が駆る戦車に曳かれながら上るそれを肴に杯を煽る彼の脳裏を過ぎるのは、木の葉に似た光の羽根に包まれた、金と黒の双生児。
「その時の贈り物を返す為に、俺は
己の手の中で、楽園を照らす大いなる太陽に向けて元気に産声をあげる小さき生命達。
「これから先、あいつらに拒まれようと、擦り切れようと役目を果たすってな」
一人また一人と新たに増えていく家族達。
花園を歩む己の背を笑って追う無垢なる子ら。
そして、追いついた子らに振り向いた父は両手を広げ─────
「最期の時まで、永遠に」
そう締め括り、杯に口付ける1人の
「…………その為なら、地位も命も全てを懸けれるってのか?」
干した杯を置いて、唯一神は振り向く。
「懸けられるよ」
「
────ぞくっ
月光に照らされた振り向きざまの
「よし、犯すわ」
「何故っっ!?」
一切無駄のない動きで自らの
顔も肉体も男女問わず人を虜にする至上のそれだったが、雰囲気は完全に飢えたグリズリーのそれである。台無しだった。
「待て待て待て待てさっきの流れでなんでその判断に至る!?お前の思考回路南米の奴ら以上に意味わかんねー……力強え!?」
「うるせぇ!黙ってその数万年ものの埃被った童貞オレに寄越せ!ついでに処女も!」
「やるか!?なにが悲しくてケツまで捧げにゃならんのだ!そういうのはゼウスみたいな他所の変態に頼めアホ!」
「だからその他の奴に奪われる前にオレが
「お前自分のセリフ録音して聴き直せ!おかしいってすぐに気づくから!! あと心配せんでも俺は誰のものにもならん!俺の全ては
「や・ら・せ・ろぉぉぉぉぉぉ!!」
「は・な・れ・ろぉぉぉぉぉぉ!!」
その日、季節外れの
嵐が都市を吹き飛ばし、硫黄の雨が大地を灼き、その国の民衆は国中の神殿という神殿に詰め寄って「騒音がひどくて眠れない」「うちの子が泣き止まない」「鶏が卵を産まなくなった」と神々に雪崩のような勢いで苦情を叩きつけた。
それに対してこの国の神々はこう返したという。
「ごめんマジ無理」
結局、戦神が酔い潰れて眠りこけるまで騒ぎは止まらず…。
ほとぼりが冷めたのを見計らって神殿から出てきた
その枕元には深紅の
◆◆◆
───数千年後
B.C.????
衰退が始まった神代の、どこかの砂漠。
生命なき、ただ時折吹く渇いた風に巻き上げられる砂以外に動くものがない、死の世界。
そんな場所で、砂以外に動くものが一つ。
バタバタと風になびく襤褸から木乃伊そのものな手足を覗かせる、一人の旅人。
コンパスも地図もない中、道標がないはずの砂海を旅人は迷いなき足取りで進む。
まるで、何度も歩き慣れた場所のように。
まるで、彼にしか見えない
やがてたどり着くは、砂漠の中央。
そこには、
風化し、砂に埋もれるのも時間の問題の、在りし日の、今は名も忘れられた神々の帝国の最後の遺物であった。
そう、忘れられた。
この旅人と、一部の神以外の全ての記憶から。
文化も、歴史も、言語も、情熱も、誇りも。
全てが無に帰した。
そこに生きる人々の悲鳴も、神々の
ただ一つ…
「これが───おまえが、最期まで守り抜いたものか…」
風化し、いつ崩れるかも分からぬそこに恐れず踏み入る旅人。
しわがれた喉が紡ぐ声が、その奥に置かれたそれを前に微かに震える。
「…………こんな、ものが」
それは、酒瓶だった。
半ば崩れた、4本腕の、女性の特徴と男性の象徴を兼ね備えた奇怪な神を象った古像。
この地の、偉大なる神王に捧ぐ祭壇に置かれた二つの酒瓶であった。
手に取り、顔を近づけると、発酵した麦の香り。
よく嗅いだ、最初は汚いと嘲った豊穣と酒造の神の
もう片方は、ルビーを彷彿とさせる、宝石のような鮮やかな赤を湛えた葡萄酒。
他でもない、最後に訪れた日に置いて行った自分の
その側に置かれた、一枚の置き手紙。
枯れ木のような手で取り、今にも崩れそうなそれを慎重に開く。
どれほどの時が流れたろう。
一瞬かもしれないし、幾日も過ぎたかもしれない。
座り込んで手紙を読む旅人は、ただ俯いて古びた紙の上に走る文章を見つめるのみだった。
何度も、何度も、目で追い続ける。
繰り返し、反芻する。
彼女/彼の遺したそれを、何度も。
日が沈み、月が誰の手も借りずひとりでに夜天を上り、神殿を照らす。
優しいはずのそれは、何故かこの地では酷く空虚に見えた。
「────バカだな」
紙を置いて、旅人は虚しく笑う。
「国が滅んでも、自分だけが残っても───」
「───俺との約束だけは、守ろうとしたのか」
これは、語られぬ歴史の一幕。
滅びゆく神々の、報われぬ■の物語。
誰も救われない。誰にも語られない。
ただ一人…この旅人以外に誰も思い返すことがない、一人の神の想いの結末を締め括る出来事。
ただ、それだけの話だ。
『待ってるからな』
『最期の時まで、永遠に』