いつかお披露目したいところ
聖書に曰く────
世界が未だ一つであった頃、全ての御使いと人と獣らが楽園で共にあった時代。
父は我が子らと食卓を囲む時、こう仰られた。
「我が子らよ、父に祝福されし幸福なる子らよ」
「汝らには権利が与えられている」
「汝らには父からパンとワインを受け取る権利がある」
「汝らにはそれらを口にして飢えと渇きを癒す権利がある」
「汝らにはそれらを口にせず拒む権利がある」
「汝らにはそれらを放り捨てる権利がある」
「これらの権利を行使する自由を父が与える」
「さりとて、同じく汝らには義務が与えられる」
「汝らの前に置かれたパンとワインは、まさしく父の肉と血であること、忘れる勿れ」
「此を拒むは、父の血肉を捨てると同義であることを」
「此を忘れぬことこそ、何よりも重んじるべき義務と知れ」
この伝承から、古くから聖書の教えに生きる者達の間では、魔除けとして晩餐に必ずパンとワインを用意する事が多い。
悪魔がやってきた時、「今、汝らの父の血と肉をいただいている。邪魔をすれば主の愛を蔑ろにすることとなるぞ」と脅して追い払う為である。
かつてヨーロッパではサキュバスなどを騙す為に牛乳を枕元に置く文化があったと言われているが、一部地域ではパンとワインを置いておく風習があったとも言われている。
このように、聖書に於いてパンとワインは重要な食物として扱われ、聖なる者も魔に連なる者も、共通して敬い尊ぶ
◆◆◆
荒地に、飢饉の村があった。
長らくの干魃に喘ぎ、作物はとうに枯れ果て、井戸が底をつくのも時間の問題。
子供は頬がこけて不気味に腹が膨れ、老人大人の体は骨と皮のみの有様。
転がる死体を片付ける気力さえ無く、蝿と共に死の匂いが飛び交う村落。
人々は、最初は出来る限りの努力をした。
全ては水泡に帰した。
人々は、それで駄目ならと神に、天に祈った。
憐憫の涙の一滴も落とさなかった。
人々は、やがて一つの結論に達した。
我々は、見放されたのだと。
そうして、もはや怒る気力さえ無くした時であった。
そんな村に、一人の老人が現れた。
不気味な老人であった。
乾いた血で赤黒く染まった襤褸で隠れた顔。
村人どころか、路傍に転がる骸以上に枯れ果てた五体。
蝿も鴉も寄り付かぬほど死に瀕した…というより死体より死体めいた身で立ち、歩き続けるという矛盾を体現した存在。
何よりそれを示すのは胸の
風に吹かれた襤褸が隠れた胸元を暴き、顕となるのは痛ましく抉り抜かれた心の臓。
背中まで突き抜けたそれは、ヒュウヒュウと出来損ないの笛のような風切り音を響かせていた。
だが、誰も慄き警戒する余力も無かった。
もはや何が来ようと彼らの滅びは確定している。
いっそ、ここで終わらせてくれとさえ願っていた彼らにとっては、悪魔の到来すら歓迎したいほどであった。
老人は、そんな村人達を見渡すと、徐に胸元の穴に手を入れた。
そして、取り出したものを一人の子供に差し出した。
それは、パンだった。
ボソボソに乾いた、粗悪なパンの一切れ。
一口ほどの大きさしかないそれを掌に乗せた老人は、何も言わずに子供の眼前に示す。
受け取りなさい。
老人の目はそう言っている気がして、子供は細い指先でそれを受け取って、口に入れた。
老人は、次に子供の親に同じことをした。
父に、母に、動けない老婆に、赤子に。
そして、全ての村人にパン屑を与え終えた老人は、枯れかけの井戸の前に立つ。
そして、桶で僅かな水を掬い、水面に人差し指を向ける。
暫く、念じるようにそうしていると、枯れ枝の先から一滴の赤い雫。
ピチョン、と乾いた雑巾からどうにか搾り出すように桶の水に一滴の血を落とす。
更に懐から、杯を取り出して桶の中身を掬い取ると、老人は再び村人達にそれを飲ませて回る。
一口、一口、弱りきった彼らの口に優しく、労わるように慎重に、ゆっくりと杯を運ぶ。
親が子にそうするように、赤子に乳を飲ませるように、慈しむように。
その行動には、儚くも揺るぎない
そして、『それ』を口にした彼らは目を剥く。
老人が杯に注ぎ、自分たちの口に運んだそれは、水ではなかった。
ワインだった。
紛れもない、神の血と教えられたもの。
パンとワイン。
物理法則が支配する
しかして、この
洪水で文明が洗い流されようと、忘れられる事なく伝えられた伝承にして、この世界における絶対の真理。
始祖たる父からの、末裔たる己らへの贈り物。
桶の中身を全て飲ませた老人は、歩き出す。
村人は掠れた喉で呼び止めようとする。
待ってくれ、と。
もしやあなたは───
だが、老人は答える事はなく。
地平の彼方に消えていった。
夢幻のように。
初めから、そこに居なかったかのように。
しかし、彼らは確かに見た。
刹那、彼の頭上と背に見えたそれを。
六芒星の光輪と、天使のそれとも悪魔のそれとも異なる、まるで樹木にも似た奇妙な翼を。
村人達は、飢えから救われたわけではない。
ほんのいっとき、命を繋いだ程度の事しかされていない。
だが、パンを腹に入れ、ワインで喉を潤し終えた彼らは無意識に歩き出していた。
何故か、行きたくなった。
走り出したくなった。
体は依然として衰えたまま。
だが、心が躍動する感覚を覚えたのだ。
口にするなら、なんとなく、としか言えない。
くだらない理由。
だが、十分だったのだ。
走り出す理由なんて、その程度で。
◆◆◆
老人は、それからも村々を、国々を歩いて回った。
「なんだ貴様? これは…パンか?」
「食ってみろだと?ふざけるのも大概に…………フン、不味かったら死罪では済まされんぞ」
時に暴政を敷く王に会いに行き。
「なんだジジイ、敵が迫っているのに老人の相手なんぞしてられ………なんだコレ?ワイン?」
「…全員分用意してある?」
「て、敵の分まで???」
ある時は戦場にふらりと訪れ。
「なんだおめぇ、ぢがよんじゃねぇ!ただぎつぶすぞ!」
「ごれか?おでのおっがぁの
「でっかいみずでぜんぶながざれたどき、おでをかばってしんじまった」
「おっかぁの
「さりえるってんだ」
そして、逸れ者の巨人に会いに行った。
歩いた。
歩いて、歩いて、歩き続けた。
そして─────
「おい、誰か倒れてるぜ?」
「行き倒れか?死んでから随分経ってるみたいだが…」
「それにしちゃ、後ろの足跡が新しくないか? もしかして、まだ生きてるんじゃ…」
「バカ言うなよ、こんなカラカラに干からびた体で歩けるもんか。 内臓だって一つも無いし、行き倒れた所を獣にでも喰われたんだろうよ」
「盗れるもんもねぇし、薪にも使えやしねぇなコレじゃ」
「せめて埋めといてやるか…こんなご時世だが、墓ぐらいは掘ってやろう」
「そうだな…神様にも見放された哀れな爺さんの為に」
「どこに埋めるよ。この辺りじゃ獣に掘り返されて食われるかもよ」
「あそこだ。あそこなら獣も迂闊に近寄らねぇ」
「おい、本気か? あそこは呪われた場所だって言われてんじゃねぇか」
「表向きはな。 だが、探せば金目のモンが見つかるからって忍び込む奴はごまんといる…俺みたいにな」
「そんじゃ、さっさと行こうぜ。 善行ついでなら、ちょいと宝物をくすねても神様は許してくれるだろうよ」
「あぁ、行こう─────
────────バベルに」
主に匹敵する英雄
???『さぁ、僕の頭をお食べ』
ミカエル「こ、この者…っ、父上と同じ権能を…!?」
ルシファー「馬鹿な…そんな筈があるかッ! こんなラクガキみたいな間抜けヅラがお父さんに並ぶなんて!!」
マモン「落ち着け! た、大した奴には違いないが親父ほどじゃあねぇぜ…見ろ!アイツのパンを!中に
ベルフェゴール「同意すんの、めんどくさ」
ウリエル「父上の
ガブリエル「た、確かに…危ないところだったよ。 僕としたことが片田舎の妖精もどきに聖四文字クラスの神性を生み出す力があると誤認するところだった」
アスモデウス「わわわわたたしししししもももそそそう思いままままままままままま(舌噛んだ)」
レヴィアタン「カレーパンはおいしいのですが、やはり邪道だと思うのです(モグモグ)」
ベルゼブブ「ゔー(モグモグ)」
ベヒモス「フゴフゴ(モグモグ)」
ラファエル「ウヌらのパン、ワシのに似ておるな…ワシのではないか?」
ベルフェゴール「(声出すの、めんどくさ)」
ワイワイギャーギャー
巴「あの…そろそろ『げぇむ』がしたいので『てれび』から離れていただけると…」
イヴ「ほんとウチの子らがごめんなさい…」