────星界(天国)、第五天
「おい聞いたか!?」
「アザゼルが
「どうなってる。何が起きた!」
天の御国は、揺れていた。
急報に集った大天使らは至高天に缶詰。議論の激しさは下層にまで伝わり、低級の使徒らは慄くばかり、大天使に次ぐ階級の使徒らも神妙な顔を突き合わせる。
「人間を庇った? 女を我が物にしたと?」
「聞けばその女の境遇は試練の範疇内、
「何を考えている? 人の子が天界に迎えられる唯一の機会を剥奪するなど」
「アザゼルは天の意志の敵となったのか?」
「ラファエルは裏切り者を殺せと叫んでいたのを聞いた」
「ウリエルは?ガブリエルはなんと?」
「まさかとは思うが、
「私にも分からん」
その中で、なんとも言えぬ顔で俯く一団。
「しかし、お前達も災難だったな?」
「バラキエル、コカビエル」
「それにセムヤザ、エゼキエル、アルマロス」
呼ばれたのは、
アザゼルの配下だった者達だ。
「そういえば、お前達は昔からアザゼルと親しかったが…」
「それはないだろう。アザゼルの犯行は突発的で計画性もなかったという」
「完全に独断に決まってる。でなければこいつらもノコノコと天界に戻るような真似はすまい」
「全く、混乱させるだけさせて逃げ出すとは…兄者も馬鹿な真似をしたものだ。なぁバラキエル?」
「あ、あぁ…そうだな」
バラキエルは歯切れ悪く答え、ほかの者達もバツが悪そうな顔で一層俯いた。
「まぁ、対応に関しては大天使達に任せよう」
「我々はいつでも動けるように備えておかねばならんな」
「ああ、バアルの時のような惨劇は避けねばならん」
「あの時は大変だったからな。 まさかルシファーまで動く事態になるとは思わなんだ」
「そういえばサリエルもアザゼルとは親しかったが…彼女はどうしている?」
「確か────」
各々、準備の為に忙しなく動き始める使徒達。
「では─────」
「────────?」
「───────」
薄れる現実感。
絶え間なく響く周囲の雑踏が、声が酷く遠く感じられた。
そんな中、立ち尽くすバラキエルの脳裏には…
────────
────
─
夏空の下、遥か遠くに天を衝く双樹を望む平原。
そこで少年達が、少女達が球蹴りに興じていた。
「パスパース!」
「そりゃ!」
色とりどりで見た目の異なる羽を生やし、同じく形が異なる
「よっしゃ!一点!」
「速すぎだろアザゼル!」
「おいアダム!お前がノロノロしてっからだぞ!」
「ご、ごめん…」
その中、羽も光輪も持たない変わり種一つ。
アダムと呼ばれた少年はオドオドした様子で謝る。
「そろそろ休憩しよー」
サファイアに似た水晶のような羽を浮かべた天使ラミエルが提案し、子ども達は木陰に集まる。
「あー喉乾いた」
「この近くに、父上が植えたジュースの実あったよな?」
一人が、アダムに目配せする。
「ぼ、ボクとってくるよ!」
「なるはやでなー」
慌てた様子で走り出すアダムを見送る天使達。
暫しの沈黙が、場を支配する。
「…俺さ、アダムのこと嫌いなんだよね」
最初に切り出したのは木の根に座り込んでいたバラキエルだった。
「あっわかるー。 あいつバカでノロマだしオドオドしててムカつくんだよね」
「や、やめようよぉ…そんな酷いこと言わなくても…」
同調する天使達をサリエルが止めようとする。
「なんだよサリエル。お前だってそう思ってんだろ?」
「そ、それは…」
「大体あいつがしっかりしてないから、あのワガママ女が調子乗ってんだろ?」
「あんな奴、俺たちの兄弟なんかじゃねぇーって」
「はは!ほんとだな!」
悪意に満ちた嘲笑で木陰が満たされる。
「そんなことねぇよ」
「あいつだって立派な俺たちの兄弟さ」
その嘲笑を、彼は一言で黙らせた。
動揺する天使達。
「な、なんだよアザゼル。お前あいつのこと庇うのかよ?」
責めるようなバラキエルの問いにアザゼルは間髪入れず、威圧するよう座り込んだ彼を見下ろしながら言い返す。
「それじゃあ聞くけどな」
「お前がバカやってベヒモスのこと怒らせてケガした時、ベソかいてたお前をおぶって父ちゃんの所まで運んだのは誰だよ」
「そ、それは…」
俯いて何も言えなくなるバラキエル。
アザゼルは続ける。
「出来が良かろーが悪かろーが。
誰も、何も言えなかった。
アザゼルが一番強かったのも理由の一つだが、父も同じことを言うだろうと頭のどこかで理解していたからだ。
「今度あいつを悪く言ってみろ。俺が許さねーからな」
「わ、悪かったよ…」
「ねぇ、アダム帰ってきたよ」
「ハァ…ハァ…木の実、取ってきたよ…。 ?…ど、どうしたのみんな?暗い顔して…」
───なんでもねーよ。食ったらまた遊ぼうぜ。
───今度は誰とチーム組む?
───そうだな…
───…………
─
────
────────
同じように、コカビエルも思い返していた。
あの惨劇の日を。
────────
────
─
街が、国が燃えていた。
林のように聳え立っていた摩天楼が音を立てて傾き、やがて重々しい轟音を響かせながら倒壊していく。
白鳩が赤く染まった空を舞い、天より降り注ぐ光の雨が地を燃やす。
「異端者を炙り出せ!」
「背信者に死を!」
「主の威光を屑共に思い知らせろぉー!」
逆に、地上からも銃声・砲声と共に鉄の雨が天に放たれる。
「傲慢な神の使徒を撃ち落とせぇ!」
「我々の楽園を守り抜くのだー!」
「バアル万歳!バアル万歳!」
現代のそれに似た銃火器で武装した人間や悪魔達が炎の中を駆け回り、街を燃やす炎にも負けぬ憎悪を燃やし叫びながら天に怒りの弾丸を放つ。
悲鳴、怒号、狂笑。
全てが渦巻き、混沌の
そんな戦場の一角。
天使、人間、悪魔、それら全ての屍が乱雑に転がる…かつては随分と栄えていただろう事が窺える繁華街だった場所にドリルで鼓膜を突き破るような銃声が轟く。
ガルルルルルルルルルルルルル!!
「おおおおおおおおおあああああああ!!」
人間の男が、怒号と共に大砲と見紛う機関銃から鉛玉を吐き出す。
銃口の先には、神の使徒。
火花を散らしながら銃弾を弾く穢れなき純白の翼を盾のように、前面を覆う形で展開しながら天使───コカビエルは光の剣を片手に駆ける。
「───はぁッ!!」
「ぐあぁ!?」
文字通り瞬く間に肉薄し、切り捨てる。
銃身をバターのように裂かれ尻餅をつく兵士。
「く、くそ…」
銃身が盾になったのか、傷が浅かった男は後退りしながら憎々しげに眼前の天使を睨みつける。
───ガタ
「───誰だ!?」
背後の棚が揺れる音にコカビエルが身構える。
影から現れたのは…
「…………子ども?」
「おとうさん、だいじょうぶ?」
その無垢な目に、たじろぐコカビエル。
「あなた!」
「だ──駄目だ!来るんじゃないっ逃げろ!!」
遅れて、女が飛び出して男を庇うように抱きしめる。
兵士は先ほどの勇猛ぶりが嘘のように狼狽して妻と子に叫ぶ。
「頼む…妻と子だけは!どうか!どうか!」
怯える妻子を背後に、懸命に神に祈るよう乞い願う男。
剣を持つ手が震える。
眼前の親子が、重なる。
過去と、自分と、
「こ、降伏しろ…そうすれば…」
「コカビエル!」
そこまで呟いたところで、仲間の声がハッと意識を引き戻す。
「こっちは粗方制圧した!」
「あとはミカエル達がバアルを押さえれば終わりだ!」
「そ、そうか…」
仲間達が、震える家族に気づく。
「なんだ?こいつら…」
「まだ敵が残ってたのか?」
慌てて制止する。
「待て!彼らはもう───
「騒々しいのぉ」
空気が、凍りついた。
嫌な汗がぶわりと顔を覆う。
誰かが、叫んだ。
その天使は、美しい女の姿をしていた。
流れるような金糸の髪に、瞳には十字。
だが、その頭上の光輪と背の翼は天使とは思えぬほど異様な、赤々としたそれ。
頭上の真紅の円を中心に、まるで壁に勢いよくぶちまけられたペンキのような放射線を描いたそれは、そのまま彼女の内面を表したようでもあった。
羽もまた同様、返り血か己のかも判断がつかぬそれからは絶えず赤が滴り、歩く道を赤黒い花道に変えていた。
その者の名は、神の癒薬。
痛みを和らげる者にして、守護天使を率いる者。
名を───
「だ、大天使ラファエル!!」
叫ぶのと跪くのは、同時だった。
「おう、もう制圧は終わったんじゃな?」
「い、今しがた終えたところでございます」
そうかそうか、と満足げにサメのような犬歯を剥き出しにしながらニヤニヤと、どこかサディスティックな笑みを浮かべながら地獄絵図な街並みを見回す鮮血の使徒。
その顔は、悪魔よりも悪魔のようで周りで跪く天使達の顔も青かった。
が、そこである物を目に留めたところで笑みが消える。
大天使の到来でより一層震えが強まり、死人のように白くなった顔の男と女、そして何も理解していない様子の子供。
まるで掃き残したホコリでも指摘するようなそぶりで、コカビエルに告げた。
「何をしておる。 殺せ」
えっと思わず間抜けな声が漏れる。
「で、ですが降伏したんですよ…?」
ニコリ、と絵に描いたような天使の慈悲深い笑みが向けられた。
ガッ
気がつけば、コカビエルは剣を持った手を掴み上げられていた。
「そうかそうか、ウヌは初めてじゃったか」
「な、なにを…!?」
振り払おうとして、その細腕からは想像もつかない握力で微動だにしないことに気づく。
まるで、巨大な鉄塊の中に固定されているかのようだった。
そして、天使の慈悲深い笑みは刹那でケダモノのそれに変わり───
「異端は即殺!! これが鉄則じゃ!!」
鮮血が舞う。
「がっ───!?」
驚愕に目を見開き、血を吐いて倒れ伏す男。
いやぁああああああああああ!?
女の叫びが鼓膜を引っ掻き回す。
びちゃりと、子供の顔が血で粧われる。
「…………おとうさん?」
「そ、そんな…」
子供と同じように返り血で染まった顔を絶望に歪めるコカビエル。周りの天使も驚愕に震えた。
対してラファエルと言えば、正反対。
「どうじゃ、気持ちいいじゃろう」
「ウヌが正しいから赦されるのじゃ」
まるで、年末の大掃除でも終えた後のような顔の大天使は、周囲の天使達に叫ぶ。
「よいかぁー!!」
「この世で父以外の神は神に非ず!! 自らを神と称する者は父の創りし世の分断を図り、秩序を乱す大悪!下劣な悪魔共以下のゴミに他ならぬ!!」
「
一周回って清々しいほど堂々と、誇らしげに宣言するその姿。
人間と悪魔の血で塗れていなければ、さぞや壮麗で美しい姿だったろう。
「こ、こんなの間違ってる…」
その発言が、コカビエル自身どれほど愚かなのか分かっていたはずだった。
「────あ?」
その眼光に、思わずひっと声が漏れる。
「聞き間違いかのう? 今なんと抜かしおった?」
なんでもありません、と答えるべきだった。
叩頭いて謝るべきだった。
だが、口が勝手に真逆の言葉を紡いでいた。
「こ、こんなやり方が、父の御意志に沿っているとは思えないと言ったんです!」
どんどん、いっそ面白いくらいに不快に歪んでいく神の癒薬の貌。
だが、目に見えて濃くなっている殺意は笑えなかった。
「んぅー? やはりよく聞こえんのぉ…」
瞬間、コカビエルは呼吸が堰き止められた。
原因は、喉に伸びたラファエルの手。
「かっ……!」
「まともに口も利けんなら、その舌も喉も意味がなかろう」
パシャリ、と反対の掌の中で鮮血が弾け、刺々しい刃を成す。
「風通しを良くしてやろう」
「─────っ!!」
覚悟を決めて、涙を浮かべながら固く目を閉じる。
「─────────………?」
予想した痛みが来ない事を不思議に思い、恐る恐る瞼を上げる。
そこには…
「面白えな」
「いつからテメェは
「えぇ? ラファエルよ」
刹那。
コカビエルは、そこに父を幻視した。
だが、それが間違いだと遅れて気づく。
そこに立っていたのは、『神の強さ』を名に持つ、ラファエルと同じ大天使────
「─────アザゼル…!!」
憎々しげにその名を吐き捨てるラファエル。
「何しに来おった…っ」
対照的にアザゼルは涼しげな顔でんー、と片手で耳の穴を穿りながら答える。
「別に、
「『バアルの捕縛は終わった。後処理は下に任せて至高天まで来い』…ってよ」
しかし血刃を持った手を掴む手の力は対照的に穏やかではなく、痛みに叫びそうになるのをどうにか堪えるラファエル。
「ならとっとと離さんか! この筋肉バカが!」
「テメェが先だろうが、いつまで掴んでやがる?」
「ぐぅ…」
観念した様子でコカビエルを解放する。
勢い良く膝をつき、咳き込みながら息を吸う。
そして、同時に腕を掴む力が弱まったのを自覚したラファエルは乱暴にアザゼルの手を振り払う。
「いい子ぶりおって…」
ぺっと痰を吐き捨て、せめてもの八つ当たりに他の天使達に勢い良く肩をぶつけながら歩き去っていくラファエル。
後には、静寂だけが残された。
「す、すまねぇ兄貴…」
「いいさ。 …大丈夫か?」
「あぁ、なんてことねぇよ。 それより…」
二人が、死体に縋りながら啜り泣く母子に目を向ける。
アザゼルが、徐に声をかけながら手を伸ばした。
「すまねぇ、せめて───
「近寄らないで!!」
パンッと乾いた音と共に振り払われる。
「何が天使よ…何が神の使徒よ…」
「アンタ達こそ悪魔よ! 誰も救わないくせに、何も与えないくせに正義を語って!何もかも奪うだけ奪って………人殺し!人殺しぃ!!」
コカビエル達は何も言えず、俯いた。
だが、アザゼルは構わず死体に歩み寄り、そっと優しく抱き上げる。
その顔は絶望と悲哀で目を見開いたまま、虚空を見つめていた。
ボソリと、小さく呟く。
「────父よ」
「天と地を創り給うた、かの偉大なる者よ」
「この者の魂に、どうか憐れみを」
「この者の魂が闇に迷わぬよう、どうか灯火を与えたまえ」
「我ら父と共に来たり、父と共に歩むべし」
「我ら父と共に来たり、父と共に笑うべし」
「我ら父と共に来たり、父と共に眠るべし」
「父と子と、聖霊の名の下に」
そこまで口にして、優しく撫でるように顔に手を沿わせ、瞼を閉じさせる。
その顔は一転、眠るような、安らかなものになっていた。
コカビエル達は、黙って見ている事しか出来なかった。
灰となった街を見渡せる丘の上。
ポツンと建てられた墓に縋り付いて泣く母と子の背中を。
兄と共に、ずっと。
ずっと…。
───────
────
─
時は戻り───天の御国。
もはや彼らに迷いはなく。
そこには、兄と同じく決意を目に宿した者達の姿があった。
エデンでの回想シーンはNARUTOの読み切り版をもとに作ってたりする
普通に名作なので探してみるといいかも