一話 ボーダーでもぼっち
中学一年生になった後藤ひとりは、二つ新しいことを始めた。
一つはギター。幼いころから内気で友達ができたことのない後藤ひとりは、ギターを始めれば自分も変われるのではないかと思った。自然とバンド仲間が出来て、コミュ障も治り、輝かしい青春が送れるようになるのだと無根拠に確信した。
もう一つ始めたことはボーダーだった。異次元から侵略してくる『
そうして彼女は二年半近く、音楽とボーダー活動に打ち込み続けた。周りからちやほやされることを毎晩夢想て、二年半。
ギターの演奏動画を動画サイトに公開し、それなりの評価を得るようになった。
ボーダーでは早々にB級隊員に昇格し、防衛任務で好成績を修めるようになった。
そして。
(あれぇ? 友達一人もできずに中学生活終わった……)
後藤ひとり、中学卒業。高校へ進学。
未だ友達ゼロ人。B級ソロ隊員。
◆
ひとりはギターを引っ提げながらボーダーの本部ラウンジをとぼとぼ歩いていた。日課の個人ランク戦に潜るためである。
(お、おかしい。ギターが弾けるのもボーダー隊員なのも人気者になりやすい要素のはずなのに。なんで誰もわたしに話しかけてくれないんだ……)
ふとスクリーンを見上げるとA級隊員同士のランク戦が映し出されていた。
(わぁ、やたら人多いと思ってたらNo.1とNo.3
たしかNo.1の名前は煉獄杏寿郎、No.3は桐ヶ谷和人だったか。片や弧月に旋空のみ、片や弧月二刀流という尖ったトリガー構成同士の戦いだ。
単純な手数では二刀流のほうが勝るかと思えば、No.1も一歩も引くことなく前に出る。近接戦に素養のないひとりですら二人の実力の高さが見て取れた。
一試合が終わるごとに観衆が歓声をあげる。その後、試合が終わって出てきた二人のところに多くの隊員が寄り集まって教えを乞うているのを見て、ひとりはため息をついた。
(わたしとは無縁の世界だなぁ。見てても惨めになるだけだ。ランク戦潜ろ)
自分でやるランク戦は心の癒しだ。
いつものようにランク戦の室内に入ると、近いポイント帯のシューターがマッチングする。
(あ、いつもマッチする人だ。名前も知らないけど親近感湧いちゃうな。相手もわたしのこと覚えてくれてたりして、えへ)
仲良くなる妄想だけはするものの、話しかける勇気はついぞない。
仮想空間へ転送され、試合に集中しようと頭をふって即座にメテオラを展開。爆風で視界を切るためだ。ハウンドの誘導対策にバックワームを起動して、大通りまで駆け抜ける。トリオン量に自信のあるひとりは開けた地形での削り合いに自信があった。
ひとりが待ちの姿勢を見せると、この対戦相手はいつも撃ち合いに応じてくれる。
結果は10本勝負中8:2でひとりの勝利。ひとりの有利な状況に相手が乗ってくれているので順当な戦績だ。
(今日も勝った。勝ちすぎてウザがられてないかな……でもあの人いつも対戦してくれるし。で、でもあの人との対戦のときいつもハメ技みたいな勝ち方しちゃうしな。うぅ)
近頃はマッチする相手がほとんど限られてきたこともあり、周囲から対戦を避けられているのではないかという疑念でひとりは胃を痛める。
「うぅ。それでは聞いてください。ボーダーでも孤立してる女のエレジー」
――チーム組むこと夢見てシューターになったけど♪ 今日も一人でランク戦♪ 明日は一人で防衛任務♪ 実力に見合わず溜まるポイント♪ 頼むから誰かチームに誘ってぇ……♪
じゃらぁん。個室内でギターをかき鳴らしてさめざめ泣いた。
「はぁ。帰ろ」
そうしてすごすごとランク戦室を通り過ぎたとき、彼女は来た。
「すいません! B級隊員の方ですよね。ギター弾くんですか?」
◆
自分よりも幾分か低い身長で、赤い髪が特徴的な少女だった。
「あの。お持ちのそれ、ギターですよね? 弾くんですか? ……あ、すいません。あたしはヴィグナと申します。
三秒ほど完全に思考がフリーズ。(あっこれわたしに話かけられてる? てかこれずっとずっとずっと待ち望んでいた勧誘では?)と再起動して息を飲んでどうにか口を開く。
「あっえっあっ、ひ、弾きます。ご、後藤ひとりです」
「隊服を見るに後藤さんもフリーですよね? あたし、今チームを組もうとメンバー集めしているんです。可能であればロック音楽を弾けるメンバーで。防衛隊のチーム兼バンドを作りたいと思っていまして。話だけでもお聞きしていただけませんか!」
矢継ぎ早なヴィグナの言葉にひとりは押され気味だったが、内心は半ば有頂天だった。
(バンドとチームの誘いが両方同時に! 怖いけど嬉しい! ゆ、夢じゃないよね!?)
ラウンジでドリンクを飲みながら二人は席に着く。
「後藤さんと出会えて幸運でした! 実はもうオペレーターでドラムをできる子と話は付いてまして、ベースの子とも交渉中だったんです。スリーピースでもよかったんですが、やっぱり四人バンドがメジャーじゃないですか。フリーで楽器できる子なんてなかなかいなくて」
「アッハイ、ソウデスネ」
念願の勧誘だというのに、ひとりはコクコクと頷くことしかできなかった。圧倒的なコミュ力不足である。
弱気になってはいけないとひとりは自分を鼓舞する。思い出すのは自室で幾度と妄想してきた自分が人気者になる姿。文化祭でバンド演奏を披露する自分。A級隊員としてトリオン兵をばったばったと切り倒す自分。キャー後藤さんステキー。
「ふっ。わたしは武道館をも埋めた女……」
「……? ああそれと、後藤さんのポジションも聞いていいですか? あたしのチームはバンドを兼任する予定ですが、ランク戦や防衛任務を疎かにするつもりはないので。どちらも真剣に取り組める方をチームにお誘いしたいんです」
「あっはい、一応シューターやってます。ボーダーの仕事はそれなりに真面目にやってきたつもりです」
その言葉を聞いてヴィグナはぱぁっと顔を輝かせる。
「よかった! すぐに答えていただく必要はありませんからね。ゆっくり考えてください。もし断っても、その選択を尊重しますので」
ああ、この人はいい人なのだなとひとりは察した。
押しが強いところこそあるものの、吃音の激しいひとりのことを労わった受け答えをしてくれる。言葉の節々にひとりを一人の人間として尊重してくれていることが滲み出ている。
ダメダメな自分のことを労わってくれる。この人とならうまくやれるかもしれない。
待ちに待った人と関われることの機会。自分が変われるかもしれないチャンス。
楽しいことが待っている気がした。
【元ネタなど】
・後藤ひとり→ぼざろより。主人公。シューター。
・紅豆ヴィグナ→アークナイツより。苗字は中国語表記から。アタッカー。