実況席に座った背の低い少女が淡々と司会を進めていく。
「はい、第5シーズンの2試合目・夜の部・中位グループの実況をやっていきます。フリーオペレーターの東北きりたんです。解説にお呼びしたのはフリーB級隊員の渚カヲルさん――」
「うん、よろしくね」
「もう一人はA級隊員のグレイディーア・アビサルさん――」
「ごきげんよう」
「それでは対戦表をどうぞ、マップ選択権は芹沢隊。選ばれたマップは……森林公園ですね。さてお二方、この選択にはどのような意図があるとお考えでしょうか――」
◆
市丸隊隊室にて。
「ぼっちちゃんな、あれアカンな……絶対胸デカいで」
「禪院さん、ヘソでも噛んで死んだらどうです?」
「直哉くん、セクハラはほんまやめときや。上にバレたらこっぴどく怒られるで」
市丸隊のメンバーは三人全員が京都府出身のスカウト組である。生まれ育った市町村こそ違えど、同郷のよしみで自然と寄り合った。
そうなると当然隊室では京都言葉が飛び交うことになり、外様にとって近寄りがたい雰囲気を纏っている。アタッカー二人という偏った編成でありながら新規メンバーを入れることができない第一の理由である。
「女の乳がデカかったらそら反応するやろ。や、でもやっぱ女はケツやな」
「……本当に死ね、ゲロカス男」
「なんや、嫉妬か? ドブカス女」
オペレーターを務める古戸ヱリカはこの時代錯誤の性差別主義者許すまじと憤った。かと言ってヱリカ自身の性格の悪さは禪院直哉に負けず劣らずというのが実情なのだと隊長の市丸ギンは評している。新規隊員を誘えない第二の理由だ。
同郷の恥にしてボーダーという組織を崩壊させかねない性格ゲロカスドブカス共をこの隊に押し込めておくことこそ自分の役割だ、とギンは確信する。
「ま、ま。それよか作戦決めよや。怖いのは例の後藤ちゃんと芹沢ちゃんやね。その二人の対策だけでも考えとかんと」
「ぼっちちゃん、アイツは雑魚やろ。動きみりゃわかるわ。位置取りも甘いシールドも甘い。お前の『突き弧月』でええわ」
市丸隊は射撃系のトリガーを一つも持たないという一風変わった構成の隊だ。必然的に射撃戦にめっぽう弱い傾向があるものの、隊長であるギンは突き技によって旋空を使うことで射程の短さを誤魔化すという手段を取っていた。
他の隊員には技量の関係で真似することのできないギンの突き旋空と、機動戦に自信があり単騎でマップを縦横無尽に駆けることのできる直哉。その長所を生かした混戦と奇襲によって市丸隊は今の順位を維持している。
「あさひさんは戦術指揮のセンスも光るところがある方ですから、我々のように弱みがはっきりしてる隊には対策してきますよ。数と射程で削り合いになるのが一番嫌な展開です」
「となるとマップ選択がわからんな。森林公園なら奇襲の得意な俺ら有利やん。紅豆隊対策か?」
「戦術かぶれの浅知恵の推理ですね。たしかに全体的に射線は通りにくいですが、マップ西の芝生広場を抑えられると射撃戦必死のマップですよ。それよりもあさひさんは次期隊長格育成を目的に隊を組んだと公言していらっしゃいます。俯瞰的な視点で考えたほうがよいかと」
「あ? 回りくどいねん。ハッキリ言えやミステリーかぶれが」
「……は? あなたは今わたしに教えを乞う立場なのですよ。自分で作戦も建てられない単細胞のお猿さんが喚かないでくれますゥ?」
もはや日常風景と化している煽り合いにギンは閉口した。たちの悪いことに、これでいてこの二人は嫌いあうどころか馬が合っているとすら言えるのだ。
(新規隊員入れるの、無理そやなぁ……)
この二人の罵詈雑言を前に動じることなく、どころか右から左へ聞き流して尻に敷けるような図太い新規隊員。そんな人がいたらええなぁ。いないわなぁ。ギンは匙を投げた。
◆
芹沢隊隊室にて。
「っす。じゃあ冬優子ちゃん、状況と敵チームの分析を一から纏めてみてほしいっす」
芹沢隊の隊長である芹沢あさひはかつて元A級レルゲン隊のアタッカーを務めていた隊員だ。しかし前シーズンが終わるとともに「隊員を育てるの、自分もやってみたいっす」と宣言してレルゲン隊を脱退。そのころのルーキーであった黛冬優子、東海テイオー、ハサウェイ・ノアを怒涛の勢いで巻き込んで部隊結成した。
今でこそスコーピオン一本で戦うNo.4アタッカーであるが、レルゲン隊初期にはガンナートリガーも駆使するオールラウンダーとして知られた芹沢あさひである。トリガー運用から戦術論に至るまで、数々の思い付きと試行錯誤を挟みながら三人に育成を施してきた。
あさひにとって今シーズンのランク戦は今までの自分の研鑽と、ここ数か月の育成指導が結実する戦いでもある。もっとも彼女にしてみればそれは自身にのしかかるプレッシャーとしてよりも、ある種の高揚感として表れていた。
第一試合の結果は満足のいくものだった。そこであさひが慢心しないのは彼女の生来の気質というよりも、元隊長として尊敬するレルゲンから学んだ心構えだ。
「うーん、まずマップ設定の『豪雪』からしてわたしたちの最大の長所である機動力は大きく削がれるわよね。でもそれは相手にしても同じ。市丸隊の直哉さんの機動性はあんたにも匹敵するほどだから、ここを打ち消せるのは大きい。射撃戦に持ち込めればわたしたちが有利ね」
「そっすね。じゃあ紅豆隊のほうはどうっすかね。テイオーちゃん、言ってみるっす」
「後藤さんがすごい! けど怖くはないや。豪雪設定ならいくらでも奇襲し放題だし、ログを見る分にはボクらより連携がなってない。問題なく勝てるよ!」
「チームとしてはそうかもしれないっす。でも紅豆隊のヴィグナちゃんは駒として見ればテイオーちゃんとトントンっすよ。得意の機動戦が雪周りで奪われることを考えれば、喰われるまであるっすね。それに市丸隊は二人とも格上っすから……自分か冬優子ちゃんと合流するまで攻め気は抑えるっす。できるっすか?」
「むぅー……でもわかった! あさひの指導で間違ったことないもん。今は負けてても明日にはボクが勝つし!」
隊員との意思疎通が十分に行えていることを確認するとあさひはにっこり笑う。
「それじゃ予定通り全体の指揮は冬優子ちゃんに任せるっす。ハサウェイさん、オペレーターとして聞きたいこと、言っときたいことはあるっすか?」
それまで押し黙って資料をまとめていたハサウェイが、回転イスをがらりとまわして三人のほうを向く。隊にスカウトされたばかりのころこそ神経質そうな彼だったが、このごろはリラックスした表情を見せるようになった。
「とくにはないが……そうだな、マップ設定をわざわざ豪雪にした意図は聞きたい。隊の長所を潰した理由は?」
「それは……そのほうが面白そうだからっすね!」
「だよねー! ボクも雪道走るの楽しみ!」
きゃっほーと盛り上がる二人を横目に指揮を任された冬優子は呆れまじりの沈黙を返した。
◆
再び実況席にて。
「――では注目する部隊や隊員などはありますでしょうか」
きりたんはチラとカヲルを見やる。アイコンタクトに応じて口を開いた。
「僕は戦術に関しては浅学だから、部隊構成には疎いけれど……テイオーちゃんに注目しているかな。彼女はC級の機動訓練のころから抜きんでた成績を残していたのが、芹沢隊長の指導を受け始めてはボーダートップクラスの機動性を持つようになった。明確に彼女より脚の速い本部隊員はデグレチャフ隊員くらいだろう」
「芹沢隊は第一試合でも機動力を活かした戦術で点数を伸ばしましたね。最終局面こそ作楽隊のカメレオン戦術に後れを取りましたが、試合序盤の東海隊員の合流の速さは目を見張るものがありました」
きりたんは画面を操作して第一試合、芹沢隊vs作楽隊vs白笛隊の映像を流す。
作楽明美が率いる作楽隊は試作トリガーであるカメレオンとダミービーコンを活かし、そこにバッグワームの奇襲も交えたコンセプト特化の部隊だ。第一試合において作楽隊は制限時間をめいっぱいに使った潜伏戦法で集中力の削り合いに持ち込み、芹沢隊の機動力の高さを打ち消しにかかった。
最終的に芹沢隊が勝利を掴んだのはあさひの地力の高さによるという面が強く、テイオーは序盤の活躍以外では機動力を発揮できたとはいいがたい。この試合でそれが見られることを期待するとカヲルは締めくくった。
きりたんは続いてグレイディーアに目配せした。
「そうですわね……悪い意味で、市丸隊。彼らの駒としての実力を侮るつもりはありませんけれど。射程を持たないアタッカー二人という構成の脆さに注目していますわ」
彼女の主張は次の通りだった。市丸隊の二人は単体のアタッカーとして見るならば優秀な部類に入る。しかし射程トリガーを持たないという欠点はランク戦では致命的なものだ。万全な対策がなされていれば早々に駆逐されるはずだった部隊である、と彼女は評した。
「前シーズンまでにおいて彼らがB級8位という順位を占めることができたのは、彼らの優秀さというよりもB級中位以下の不甲斐なさに起因すると考えておりますの。事実、同じく前シーズンで9位という成績を残していたエルリック隊は本日の昼の部で新規部隊のニアール隊に惨敗しました。戦術や部隊コンセプトを疎かにし部隊員の戦闘能力にのみ拠ってきたこれまでのB級中位陣は、早晩ニアール隊や芹沢隊、作楽隊といった新気風によって検められることとなるでしょうね」
「鋭い考察ですね。紅豆隊に関してコメントはありますでしょうか」
「そうですわね。公言こそしておりませんでしたけれど、紅豆隊長はわたくしの直弟子ですの。身内びいきになりますから詳しい言及は避けますが、一言添えるなら……紅豆隊長には戦術面での指導はまだ行っておりません。彼女自身戦術指揮の素養がある子でもありませんから、戦術に造詣のある芹沢隊と差がつくならそこになるでしょう」
「僕も彼女らのログは見れてないからコメントはないかな。ああ、でも後藤隊員とは防衛任務で何度か組んだことがあった。月並みだけど、彼女は正面からの撃ち合いにはめっぽう強いよ」
「なるほど、お二方ありがとうございます。ちょうど各部隊が転送を終える頃合いとなりました。それでは第二試合、試合開始です――」
本作ボーダーにおけるランク戦実況解説制度は東北きりたん及び結月ゆかりの二名によって作られました。原作とは異なり実況解説はランク戦の全試合で行われており、ログも公式に残されることになっています。
必然的に実況解説はチームを組んでいる隊員の義務となり、当初こそボランティアで参加が強制されていましたが「無給は不味いじゃねーの」というスポンサー企業の某御曹司の鶴の一声がありました。結果として実況解説に参加するとそのぶん最低賃金が支払われるようになったりしています。