B級正隊員、後藤ひとり   作:加藤=アールパード・清正12世

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十九話 B級ランク戦第三試合・昼の部③

 ウェンリー隊アタッカー、禪院真希は槍型弧月を基調とする優秀なアタッカーだ。

 射撃トリガーはおろか旋空の使用コストですら負担になってしまうほどにトリオン能力が低いという欠点こそあるが、それを補って余りあるだけの攻撃性能と機動力を持つ。

 使用するトリガーはメインに槍型弧月と幻踊、サブにスコーピオン。トリオンへの負担を最低限に減らし、近接での高速機動戦に特化した戦闘スタイルを取る。

 

 京都の名家、禪院家に生まれ育った真希はかつてその家柄を強く呪っていた。男尊女卑などの古い観念に縛られた忌まわしい親族。作法や礼式にうるさく、過去を振り返ることしかできない愚かな連中。

 中学を卒業した彼女はにわかに家を出奔した。彼女が頼りにしたのは、そのころボーダーが大々的に打ち出していた移住支援施策だ。トリオン兵の襲撃により霞浜市の人口流出は著しく、そのためボーダーは移住者への支援――とくに学生に向けたそれを手厚くしていた。渡りに船だと彼女は確信した。

 話はとんとん拍子で進む。真希はボーダーへの就職を条件に学生寮と給付型の奨学金を得た。トリオン能力の低さゆえに事務員やエンジニアへの就職を勧められたが、戦闘試験で高い成績を残すことで正隊員への道を認められた。

 スカウト入隊してきた禪院直哉――忌み嫌っている親戚と出くわす奇縁こそあったが、彼女はそつなく防衛隊員として活躍を重ねてきた。

 

 一つ年上の二人組、右代宮戦人と紅魔めぐみんから隊に入らないかと勧誘を受けた。

 戦人は陽気で喧しい男だが、ミステリ小説好きという意外な一面がある。時折鋭く穿った知見を見せつけるのはその影響だろうか?

 めぐみんはものすごく馬鹿だ。年上だというのにまるで敬語を使う気が起きない。ランク戦ではメテオラをいかにぶっ放すかしか考えていない女である。ボーダーに入らなきゃ発破技士にでもなってたんじゃないのかと思う。

 戦人がやたらと尊敬しているらしい男を勧誘してきた。ブランデー入りの紅茶を愛してやまない昼行燈なやつだ。こいつの何を戦人が尊敬しているのかサッパリわからなかったが、部隊の指揮を見れば納得するものがある。ヤン・ウェンリーは現代日本にはそぐわないほど類まれな用兵の才を持っていた。

 ウェンリー隊で送った日々は、楽しいものだった。戦人とめぐみんが一緒になって騒ぎ、自分がどやし、ヤンがそれを見て困ったように笑う。

 防衛任務を通して得た給金は、自立という言葉を思い起こさせた。自分で金を稼いで暮らすこと、それは実家という束縛から逃れることだ。

 すべてがうまく回っているように思った。

 しかし、だからこそであろうか。真希はこのように思うのだ。

 ――今の環境はぬるま湯だ、と。

 

 思い起こすのは実家を飛び出したばかりのころだ。強烈な反骨と曲がることのない意志でもって、あの家を見返してやると心に刻んだ。ぎらついた上昇志向が不断の努力を自身に強いた。少ないトリオンながらB級隊員に上がれた一因はそうした向上心にあったことは否定できない。

 翻って今はどうか。実家などもはや遠い過去であり、その呪縛からはすっかり逃れてしまった。禪院真希という人間の人生に生涯絡みつくと思っていた『呪い』は、いとも簡単に祓われた。

 ゆえに、ゆえに思うのだ。今の自分には目的意識というものが欠けてしまった。決して自分がすべて変わってしまったわけではない。生来から備わった強靭な意志は健在なはずだ。だがその意志を振りかざすために必要な信念、自分を支える大義がすっかり希薄になった。

 試合中だというのにこうした雑念に囚われているのがその証拠だ。柄でもないと自嘲する。

(――ま、だからって試合で腑抜けるほど落ちぶれちゃいねぇけどな)

 たしかに今の自分に前へ前へと突き進むための熱量はない。だが代わりに時間と余裕がある。新たな目的を探すだけの余裕が。

 ――否。それだけではない。禪院真希という女はその余裕ですら薪とし精神の炉にくべることのできる女だ。目的を探すということそれ自体を自己目的化し、熱烈に前進し続ける理由にできる。それほどまでに、禪院真希という女は強かった。

 

 第二ターミナル内へ闖入する。敵はバッグワームも使っていない。相対距離、30、20、10……5。

「――幻踊弧月」

 対するは東海テイオー。戦いの火ぶたが切って落とされた。

 

 ◆

 

「こわっ! いきなり首狙いとか大胆すぎない?」

「あんまり長引かせたくねーんだよ。お前のあとにも大勢相手しなきゃなんねぇし」

「……ふーん? ボクに勝てる気なんだ?」

 真希は槍を構え直す。相対するようにテイオーも弧月で居合を構えを取った。旋空の予備体制だ。

「打たせねぇよ」

 真希は槍の長さの利点を捨てて徹底して間合いを詰める。一方のテイオーは足を使って後方へ下がっていく。槍の鋭い突きがテイオーの動く方向を制限するが、怯む気配はない。

 真希の深い踏み込み。それに合わせテイオーはグラスホッパーを起動させ、真希と正面からぶつからせる。

「はいこれで終わり~……旋空弧月」

 グラスホッパーに弾かれ空中に飛んだ真希を旋空が襲うが、真希は槍を壁に突き立て強引に姿勢を変えて剣戟を躱す。逆に旋空の姿勢で隙の出来たテイオーに、真希は左手で生成したスコーピオンを投げつけた。

 しかしそのスコーピオンは場外からのシールドで防がれる。黛冬優子の乱入だ。アステロイドの銃撃が真希を襲う。

『おいめぐみん! 隠れてねぇでとっとと援護しろよ!?』

『そのつもりですとも!上から奇襲します!』

『……上?』

 突如、天井が爆発とともに崩落する。めぐみんが上階から床を壊してきたのだろう。

「真希さんシールドお願いしますメテオラフルアターーーーック!!!!」

「馬鹿野郎っ!?」

 落下してきためぐみんは二つのキューブを芹沢隊めがけて叩きつける。真希は二つのシールドを固定化させてガードした。当然めぐみん自身を守るシールドなどはないので彼女はベイルアウト――自爆特攻である。

『戦人! 芹沢隊一人でも落ちたか!? 爆風でベイルアウト反応が見えん!』

『東海が落ちたな。けど黛は健在だ、気を付けろよ』

 真希はさっと後ろに引いて距離を取る。爆風が引いたあと、冬優子の姿は消えていた。当然レーダー反応もない。バッグワームを使用したのだろう。

「ちっ、仕切り直しか……」

 

 ◆

 

「どうですか戦人さん! 一点取ったうえに相手には点数を渡さない自爆戦法! これは流行りますよ!」

「いや、そんなんお前しかやらねぇと思うぜ……」

 隊室に戻っためぐみんをよそめに戦人はオペレートを続ける。

「ヤンの兄貴、真希には黛を追わせるか? バッグワーム使ってるみてぇだからかくれんぼになると思うが」

『いや、第一ターミナルに来させてくれ。思ったよりあさひくんが粘っている。この感じならこっちでの戦闘が続きそうだ』

「そりゃいいけど……狙撃が飛んでくるかもしれねぇぜ?」

『わたしの予想では狙撃はないね。朝田くんは真希くん一人よりもあさひくんと黛くんの合流を嫌がるだろう。彼女はそういう子だ』

 こりゃまた大胆な策だと戦人は思ったが、ヤンの内心は違った。実のところヤンは真希が撃たれてもよいと計算している。シノンの位置が割れること、否、正確な位置が割れずとも第一ターミナルか第二ターミナルのどちらにいるかが割れるだけでも真希一人と交換する価値のある情報だと考えたのだ。

 

 その情報を活かすためにも、自分がここで落ちるわけにはいかない。ヤンはそう考えて拳銃を構え直す。

 

 ◆

 

 戦いの盛り上がりに応じてゆかりの実況にも熱が入る。

「第二ターミナルでは紅魔隊員の自爆メテオラで戦況が動きましたが……第一ターミナルはそれ以上に壮絶だ! これがアタッカーNo.3とNo.4の戦いなのだと感心せざるを得ない激戦!」

「ランク戦のログでもそうそう見ない名バウトですね! ウェンリー隊長の圧力があまり機能していないために、芹沢隊長は半ば1vs2に近いのに粘り強いです。立ち回りがうまいですね。桐ヶ谷隊長とまともに打ち合わないように意識している」

「元々スコーピオンは打ち合いには向かない武器ですからな。弧月に比べると脆さが目立つ。マンティスや投げスコピを交えて花田隊員を積極的に狙い、キリトが護衛に周れば即座に引く。賢明なやり方です……しかし噛み合いませんなァ」

「噛み合わない?」

 ジョナサンの零した言葉をヴィグナが拾う。ジョナサンは笑って言葉をつづけた。

「戦術が、ですよ。芹沢隊は確か黛隊員が指揮権を握っていると言う話でしたな。ゆえに采配が稚拙だ。一方の桐ヶ谷隊も芹沢隊長という大駒に想定外に苦戦している。ウェンリー隊は戦術で名が売れた隊ですが、キリトに朝田隊員、芹沢隊長と敵にエースが揃えば戦闘技術の未熟さが浮き彫りになる。これがボーダーの信託しているB級上位かと呆れざるを得ないと言っているのです」

「まー、確かに各部隊とも精彩を欠いている印象はありますねぇ。やっぱりマップがよくないと思うんですよ。空港ってハッキリ言ってクソマップの典型なんで」

 あっけらかんとゆかりは言ってのける。

 試合は中盤戦。真希が第二ターミナルから第一ターミナルへの越境を開始し、試合はさらに次の展開へ転がり込もうとしていた。

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