中学生にあがったばかりのころ、後藤ひとりは将来のことを考えて吐いたことがある。
人見知りが激しく、他人とろくに会話することができない。学校で友達を一人も作れない。そんな自分が学校を卒業したらどうなるのだろう。社会に出て、会社に就職するのだろうか。できるだろうか。絶対に無理だ。
あらゆる場面で躓く自分が容易に想像できた。面接でなにも喋ることができず落ちる自分。運よく会社に就職できても、仕事ができず叱責され続ける自分。そんなイメージばかりが積み重なり、パニックに陥った。それからは意識的に将来のことを考えるのを辞めた。
ネイバーが地元の街を襲い、ボーダーが設立されたのはそんな折のことだった。学校にスカウトがやってきて、生徒たちのトリオン能力を検査した。ひとりは稀有なトリオン量を示し、強く勧誘を受けた。はじめは当然断るつもりだったが、ボーダー隊員になれば給与が出るという話に釣られた。
(もしかしてボーダーに入れば就職とかしなくて済む……?)
入隊した当初は困難も多かった。知らない人と話さなくてはいけない機会も多いし、何度も辞めたいと切に思った。けれど辞めたいと言い出す勇気をひとりが持っているはずもない。そうしてずるずると活動を続けていた。
活動が軌道に乗り始め、防衛任務に慣れ始めると随分楽になった。組まれた通りのシフトに従って、オペレーターの指示通りに動くだけ。他人と話す必要も機会も次第に減っていった。
同時期に入隊した隊員たちが交流しだすなかで当たり前のように孤立したが、ひとりは諦観とともにそれを受け入れていた。
(防衛任務でお賃金は貰えてるし。友達はできなかったけどボーダー活動で食べていけるかも)
自分には相応の立場だ。友達なんかできるわけないし、誰かにチヤホヤされるなんて夢のまた夢。お金を貰えているだけありがたい。
ぬるま湯のなかで揺蕩うように、静かに日々を過ごしていた。
◆
ヴィグナに誘われた数日後、ひとりはラウンジに呼び出される。どうやら暫定のチームメンバーの顔合わせを行うらしかった。
「おっす、本日はお集まりいただきありがとうございます! 改めまして紅豆ヴィグナ、ポジションはアタッカーを務めています!」
気張って挨拶するヴィグナにひとりは戦慄した。苦手な体育会系のノリを感じたのだ。
しょぼしょぼと溶けかけているひとりをよそ眼にヴィグナは自己紹介を促していく。
「あーと、耳郎響香って言います。ポジションはシューター、楽器は色々やるけどベースボーカルってことで参加します。よろしく」
「オペレーターの望月穂波です。ヴィグナちゃんから話は聞いています。バンドはドラム役でお呼ばれしました。よろしくお願いしますね」
集まった少女たちのコミュ力にあてられて、ひとりは完全に溶けた。
「じゃあ最後に後藤さん自己紹介お願い……って、え!? なんかしぼんでる! え? これトリオン流出? 後藤さん!? 後藤さーん!?」
「はっ。人と話すのが久々すぎて意識飛んでました。ご、後藤ひとりです。シューターでギターやってます……」
ヴィグナは場を仕切り直して話を始める。
「前にお話した通り、あたしは防衛活動とバンド活動を兼任したチームを目指そうと思っています。その前提として聞きたいんですが、このなかに音楽バンドのライブ経験者っていますか?」
問いかけにそれぞれが首を振る。バンドを組んだ経験のないひとりも当然ライブの経験などなかった。
「やっぱりそうなりますよね。バンド活動をするうえで、あたしたちは深刻な問題を抱えているんです……ずばり、この街にはライブのできる場所がない」
ヴィグナの話はこういうことだった。ひとりたちの住むこの街は地方都市としてはそれなりの規模であるが、実はライブハウスが一つもない。どころか内輪でバンド練習を行えるような施設すら存在しないのだ。かつては一か所だけライブが行える公民館が存在したそうだが、それもネイバーの侵攻とそれに伴う警戒区域指定によって失われた。そんな街で育った少女たちがライブ経験がないのも当然の帰結である。
「提案なんだけど、隊室を使うのはどう? 確かB級でチームを組むと部屋が与えられるよね? ライブはともかく練習ならそこでできるんじゃない?」
小さく手をあげて発言した耳郎に、ヴィグナは「まさにそれです」と反応した。
「そうなんです、耳郎さん。知り合いのB級の部屋を見せてもらったことがあるんですが、スペースを切り詰めれば機材も入れられそうでした。加えて重要な情報があるんですが――」
ヴィグナは机をガッと叩いて身を乗り出す。
「A級に支給される部屋は、B級の部屋の6倍のスペースがあるんです。しかもデザイン変更が自由。トリオン素材で出来てる隊室は簡単に内装を変えられる……わかりますか!」
「……えっと、A級隊室でライブをやる気?」
すでに冬月本部副指令に問い合わせて、隊室でライブを行ってもよいと許可まで貰ったとヴィグナは述べた。
「この街でライブをできる場所は他にない。A級になって、隊室を使ってライブを開く。これがあたしの掲げる目標です! この目標を聞いたうえでチームに入るかどうか決めてほしいんです」
ヴィグナの目はじっと燃えていた。
ひとりは考え込む。誰かとバンドを組んでライブをやる。そのためにギターを練習してきたはずだ。しかしいざその機会が転がり込んでくると、どうしても奥手になる自分がいた。
ヴィグナの真剣さに気圧される。自分なんかがこのチーム入ってもいいのだろうか。
望んでいたはずのチャンス。環境を変えることのできるまたとない機会。それなのに「入りたい」と即答できないのはひとりの弱さだ。
「わたしは元々A級目指すってヴィグナちゃんに聞いてたから。オペレーターとして頑張るね」
「んー、わたしも参加するかな。どっちみちチームは入るつもりだし。自信があるわけじゃないけど、目標が高いのは悪くないと思う」
穂波と二郎は早々に参加を表明する。口ごもっているのはひとりだけだ。
迷った様子を見せるひとりの手をヴィグナはぎゅっと握る。「ひうっ」と動揺した声が漏れた。
「――後藤さん、やりましょう! もしチームを組んでみて合わないようなら抜ければいいだけです。音楽性の違いで解散するバンドなんていくらでもあるんですから。まずは一緒にやってみましょう!」
「あ、はい。入ります」
「ありがとうございます! それじゃチームの結成申請を事務に出してくるので、今後の詳しいことはグループチャットで。って後藤さんまたしぼんでるー!?」
手を握られた動揺でひとりは溶けた。
◆
(れ、連絡先を交換してしまった。しかも三人と。これはすごい進歩だ!)
人生で初めての連絡先交換でひとりは高揚していた。キラキラと目を輝かせながらなんども自分のスマホの画面を見返す。友達一覧に家族以外の名前があるのを見ると、なんとなしに自分のコミュ力が上がった気がするのだ。気がするだけだが。
「あ、後藤ー。やっぱ後藤も帰り道こっちなんだ。一緒に帰らない?」
「ひゅっ!? あっあっえっあっ、じ、耳郎さん」
「いや話掛けただけでそんな怯える!?」
本日三度目の溶解を果たしたひとりを眺めて、(不思議な生態だなぁ)と耳郎は内心ごちた。
「後藤って高校は旭川だよね? 何回か学校で見かけたことあったからさ。ポジもシューターで同じだし仲良くできたらいいなって」
「あ、はい。ぜひ」
ひとりの通う高校はボーダー本部の南、海岸に面した位置にある『旭川高等学校』だ。本部や警戒区域からは距離があるため、隊員の生徒は多くない。
「そういや後藤、ギターヒーローっていう動画チャンネル知ってる? ギターソロあげてる女子高生のチャンネルでさ。めちゃくちゃうまいんだよね」
「あっはい知ってます……!?」
知ってるというより自分のアカウントだった。思考が停止した。
「この子、キャプションでネイバーについて言及しててさ。実はこの近隣に住んでるっぽくて。このくらいの腕の人とバンド組んでみたいなーって思ってさ! 後藤、知り合いにめちゃくちゃギターうまい女子とかいたりしない!?」
ネイバー知ってます匂わせしたくてそんなキャプション書いたなぁ。ひとりは過去の自分のネットリテラシーのなさを問い詰めたくなった。同時に自分のギターの腕が褒められていることでテンションは乱高下である。
ここで自分がギターヒーローであることを明かしてチヤホヤされてしまおうか。いや、バンド練習の機会にギターの腕を直接披露したときのほうがより褒められるかもしれない。
「ご、後藤? 顔がすごいことになってるけど」
「はっ、いえ、なんでもないです。わたし友達一人もいないのでわかんないですね」
「そっか……」
ひとりは自分で言っていて悲しくなった。
「後藤ってさ。やっぱ会話苦手なほうだよね? 無理に話かけないほうがよかったりする?」
「あ、いえ。そんなことないです」
ひとりはぶんぶんと顔を横に振る。あまりに勢いよく振るので響香は(ヘドバン?)と思った。
「わたし、人と話すのは苦手ですけど、話しかけてもらえて嬉しかったです。今まで友達とかいなくて……誰とも話せなくて……」
自分は何を口走っているのだろうか。また自分の境遇にみじめさを感じたが、耳郎はそれを聞いてニッと笑う。
「そっか。なら話しかけてよかったわ。んじゃウチの家あっちだから、また明日な」
「あ、はい。また明日」
また明日。耳郎と別れてからもその言葉が胸に残った。
今日だけで終わらない。明日からも会える。それは億劫でもあり、嬉しくもある。
【元ネタなど】
・耳郎響香→ヒロアカより。シューター。楽器は何でも弾けるが今作ではベースボーカル。
・望月穂波→プロセカより。オペレーター。バンドではドラム担当。