昼の部の試合を見終えたひとりたちは隊室で管を巻いていた。本来であればバンド練習と夜の試合に向けたミーティングを行うはずだったのだが、昼の部で受けた衝撃が尾を引いているようだった。
特に堪えているようなのはヴィグナと耳郎の二人だ。あさひとキリトの戦いに未だに心を奪われている。
「ランカー同士の衝突があそこまで壮絶だとは思いませんでした。自分の未熟さが際立つような気持ちになりますね……」
「ウチも同意。花田さんの立ち回り、すごかった。なんであの距離で芹沢さんのマンティスを捌けるのかサッパリわかんねぇ」
耳郎は花田のトリガー構成に着目して話題を広げる。花田にとってあの盤面で最適なトリガーはエスクードだったろう。瞬間的にでもあさひかウェンリーを分断できれば勝負の行方は桐ヶ谷隊に傾いたはずだ。それをしなかったことを鑑みると、おそらくエスクードを抜いてスタアメーカーなどを持ってきたことが推察できる。
「それでも花田先輩の善戦ぶりは参考になった。ウチが目指すべきスタイルってああいう感じなんだなって……どうかな、ヴィグナ?」
「はい、その方向性で構いません。ああいう風に動けるサポートのシューターがいれば、アタッカーとしては安定感がぐっと増しますね。あたしもそれ相応の、桐ヶ谷さんのような実力を身につけなくてはいけませんけど……」
彼女たちがこれほどまでに衝撃を受けている理由は、ひとえにランキング上位のアタッカー同士の戦いを見る機会が近年少なくなっていたことに起因する。
今からおよそ一年と数か月ほど前、ランク戦のファーストシーズンが始まり、それまでの正隊員を『B級』、ランク戦で勝ちのぼり昇格試験に合格した部隊を『A級』とする区分けが作られた。ファーストシーズンにてグレイディーア率いるアビサル隊が、セカンドシーズンにてあさひを擁するレルゲン隊が、サードシーズンにて煉獄杏寿郎が率いる煉獄隊が昇格すると、B級上位からはキリトを除いてマスタークラスのアタッカーが姿を消してしまった。
必然、B級上位ではキリトと斬り合いができるようなアタッカーはいなくなり、ランク戦の環境は「いかに桐ヶ谷と戦わずに避けるか」という風に動く。A級ランク戦のログが機密事項としてB級以下には非公開とされていたこともある。となると正隊員たちがランカーの同士の戦いを見るには運よく個人戦をしているのに出くわすか、古いログを漁るしかないというのが現況だった。
そこにきてNo.3と4――キリトとあさひの戦いは実に半年ぶり以上に公式戦で行われたマスタークラス同士の衝突だ。そのすさまじい剣戟のやり取りは、B級全体にマスタークラスの恐ろしさを思い起こさせた。あさひは引き気味に戦っており、ヤンによる支援があったとはいえ、その打ち合いは壮絶である。花田が少しでも隙を見せればあさひはマンティスを展開し、目にも止まらぬ太刀筋でもって迫る。それを二刀流が見事に捌く。
――これがランカーの戦いなのか。
中位以下のアタッカーたちは肝を冷やしたのである。
「あ、あの……夜の対策はどうしますか?」
ひとりが冷静でいられたのは、これまで散々個人戦でマスタークラスに狩られていた経験によるものだろう。その言葉にヴィグナたちは平静を取り戻す。敵はニアール隊とエルリック隊。ニアール隊には第一試合でこそ勝利したが、それが時の運であったにすぎないと今のヴィグナたちは知っている。
「じゃ、ミーティングを始めましょう!」
◆
これまで見てきた試合から、ニアール隊とエルリック隊はコンセプトが明確かつ似通っている部隊であることをひとりたちは知っている。
エルリック隊は三人のアタッカーがそれぞれレイガストを持ち、機動型のガンナーが場をかき乱すことで連携を取る。防御面ではエスクードを交えることも多く、射撃戦では無類の強さを誇っている。
ニアール隊はエルリック隊の発展形とも言える部隊だ。二人のレイガスト使いが場を固め、中距離あるいはアタッカーの間合いにすら入るほどの近距離でスナイパーが威力の高いアイビスを運用する。
両部隊とも防御力が高く、隊が合流してから本領を発揮する連携型である。
「基本的な作戦は合流前に叩くか、合流後に火力で押し切るかだね」
穂波の言葉に全員が頷く。後者の策は通常の部隊であれば難しいだろうが、紅豆隊にはNo.2シューターであるひとりがいる。第一試合ではニアール隊の防御連携をひとりの射撃が蹂躙してみせた実績もある。
「それを踏まえたうえで色々な状況をシミュレートしてみましょう。敵部隊がこれまでのログと違う動きをしてくる可能性もあります」
「例えば?」
「例えばエルリック隊です。第二試合にてエルリック隊は全隊員が無傷で合流し、正面から衝突したにも関わらずニアール隊に負けています。となるとこの第三試合ではエルリック隊は合流優先の方針を変えて、合流前の急襲策を取ってくるかもしれません」
「ああ、なるほど。同じことは第一試合でウチらに負けてるニアール隊にも言えるな。今回のマップ選択権ってニアール隊だったよね? そっちも想定して考えときたいな。ぼっちは意見ある?」
「あっ、はい。ニアール隊のスナイパーの人が普通に長距離狙撃してくる可能性……とかどうですか。わたし、正直長距離狙撃された対応できる自信がなくて」
「確かにそれは失念してましたね。グッドな指摘です後藤さん。個人戦のログも漁ってアッカネンさんが長距離狙撃してるシーンがないか探してみましょう」
各員が手分けしてログを検索するが、それらしいものは見当たらない。C級時点での個人ランク戦はログには残らない仕様になっているし、B級以上のそれも非開示設定が可能になっていることもある。
「紅豆はそれぞれの敵アタッカー見てどう? タイマンなら誰に勝てそう?」
「うーん。レイガスト使いしかいませんからね。シールドモードで時間稼ぎに徹されると負けはせずとも誰にも勝ちを取れない可能性が強いです。特にショットガン持ちの小鳥遊さんと、純粋に実力のあるニアールさんとは正面衝突しても五分取れるかどうか」
「じゃあやっぱりぼっちを全面的に前に押し出すスタイルが一番かなぁ。つーかレイガストってマジでダルくないか? シールドモードのあれって固定シールド並みの固さなんだよね?」
レイガストは弧月と同時期に開発された最初期のトリガー――つまり、ボーダーが公のものとなる以前、旧ボーダーから存在した最古のトリガーの一つだ。かつてのエンジニアたちは技術的な問題から空中にシールドを展開させることができず、持ち手を起点としたシールドしか用意することができなかった。それがレイガストのシールドモードの源流である、とヴィグナは開発室の雑談で小耳にはさんだことがある。
その古さだけあってレイガストの人気は根強い。振り回すには重量があり適切に扱うために高い技量が求められるにも関わらず、レイガストをセットしている正隊員の数は10人を優に超えている。
「あたしもC級のときに一度握ったことはあります。見た目以上に取り回しが悪いっていうデメリットがありはしたんですが」
ボーダーのデータベースに保管されたレイガストのパラメーターを見てため息をつく。今のヴィグナと耳郎では正面からこれを打ち崩すのは不可能に近い。もし戦うならば隊員同士での連携による複数方向からの攻撃が必要だ。
「いや。トリガー構成によっちゃあるいは――」
◆
数刻経ち、夜の部の開始時間を迎える。ランク戦の観戦室。
下位ということもあり、観客はまばらだが実況解説席にはしっかりと三名座っている。
「うむ。それではそろそろ始めようかの。B級ランク戦下位グループ夜の部、第三試合の実況を務めるのはこのわらわ、アビサル隊オペレーターのワリーゼ・カナリーナじゃ。ほれ、解説陣も自己紹介せよ」
ドレス姿のトリオン体に袖を通した少女、カナリーナが実況を進める。
「うん? こういうのは実況が紹介してくれるんじゃないのか? ……デグレチャフ隊アタッカー、シュフラン・マジナだ」
「……うす。自分は樺地崇弘と言います」
圧迫感のある巨体に無口気味な喋り方が目立つ樺地を見て、右目に眼帯を付けた青髪の少女、シュフランがいぶかしむ。
「おいカナリーナ。なんでこいつ呼んだんだ? もっと喋れるやつ、というか跡部を連れてこれんかったのか」
「レイガスト使いと言えば樺地じゃろ。わらわの采配に間違いはないわ。そっ、それにA級はまんべんなく解説に呼べと上層部からお達しも来ておるし?」
「……うす。自分のことで申し訳ありません」
不承不承で受け入れたシュフランがカナリーナに実況を催促する。
「うむ。夜の部の対戦表から見ていこう。暫定順位14位『紅豆隊』vs15位『エルリック隊』vs16位『ニアール隊』。順位はダンゴじゃな。マップ選択権はニアール隊。選ばれたマップは――『遊園地』じゃな。マップ公開後から各隊にはミーティングの時間が与えられ、そののち転送開始と相成る。それまで部隊編成や隊員の評を聞いていくとしよう。樺地、なんとか言え」
「……うす」
「いや、うすではなくてじゃな」
「…………うす」