B級正隊員、後藤ひとり   作:加藤=アールパード・清正12世

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予告通りEpisode1.5を開始します。


Episode1.5-ボーダー上層部の憂鬱-
メディア対策室長、吉良吉影の憂鬱


 吉良吉影の朝は早い――。

 ボーダーに就職する以前は七時起きのルーティンだったところを一時間前倒し、六時に起床。顔を洗いながら仕事のメールを確認する。朝食もこの頃は簡素になり、栄養バーだけで済ませることも多くなった。ボーダーの規模が大きくなるにつれ、吉良の仕事は増える一方だ。

 朝にゆっくりとシャワーを浴びる時間も作れずスーツに袖を通し、早々に出勤する。この日の前日は珍しく我が家に帰ることができていたが、本来は週3ペースでボーダー本部に寝泊まりだ。

(ぐぅ……くそッくそッ! こんな激務に追われているのもすべてアニムスフィア親子のせいだッ! わたしは出世競争だとか管理職だとかとは無縁の仕事がしたかったのにッ!)

 車を運転しながら悪態をつくが、彼がこうした激情を表に出すことはない。デキる社会人だからである。いつもの彼の仕事場、メディア対策室につく頃には吉良の顔は涼し気なものに塗り替わっていた。

「やあみんなおはよう。連絡事項は社内チャットに纏めておいたので朝礼は省略。仕事にとりかかろうか」

 仕事はまじめにそつなくこなす。組織内に軋轢が生まれない程度、最低限に愛想よく。

 吉良は今日も苛立ちと憂鬱を交互に行き来しながらPC画面に向き合っていた。

 

 ◆

 

 吉良吉影は常に『心の平穏』を願って生きてきた男だった。

 激しい喜びはいらない。そのかわり深い絶望もない。人との競争や精神を消耗させるあらゆるトラブルから離れ、ただ淡々と植物の心のような人生を送ることを志してきた奇特な人物である。

 事実、彼はこれまでその志と反するように高い能力を活かし波風立てず生きてきた。学校や職場では常に二番手、三番手に回り、他人とは過度にかかわることなく歳を重ねた。

 そんな彼の人生に転機が訪れたのは、転職活動をしていたときだ。

 見つけた求人は、小さな研究所の事務員。月給は今より割り増しで、勤務時間も長くない。今まで培ってきたスキルも活かせる職場だ。今の仕事よりも転職したほうが、ずっと心安らかに生きていけそうだと思った。その判断が誤りだった。

 

「吉良吉影くんだね。人工結界研究所『ゲヒルン』へようこそ。少し怪しい組織名だが気にしないでくれ」

 そういって研究所の所長であるマリスビリー・アニムスフィアは優し気な笑みを浮かべた。今ではあれが悪魔のほほえみであったように吉良は思う。

 入所した当時の仕事は実に楽なものだった。小さな研究所だ。何を研究しているのか知れないが、仕事量も多くない。事務員が少なかったために雑務をやらされることもあったが、吉良は生来の気質から淡々と仕事をこなした。

 事情が変わり始めたのはマリスビリーの死亡を境にしてのことだ。研究員総出の『出張』のさなか、その大半が死亡する事件が起きた。所長はマリスビリーの娘のオルガマリー・アニムスフィアに代替わりし、所内の空気は一変した。

 職員たちの雰囲気は常にピリピリと緊張していて、言い争いなどもたびたび起きていた。組織内人員が少しずつ増えていき、吉良の仕事も加速度的に増えていった。

(……おいおい。ちょっとわたし一人に負える仕事の量を超えてきているぞ。だいたいこの研究予算はどこから出てきているんだ? 居心地のいい職場だと思ったが、そろそろやめるか……?)

 そう思った矢先に起きたのが、あの大規模侵攻事件である。研究所はボーダーに再編され、あらゆる物事が急激に変化した。自分が勤めていた研究所が『普通ではない』の吉良はようやく理解したが、すでに遅かった。トリオン兵、トリガー文明、ネイバーフッド。吉良は知りすぎてしまった。

 

「ボーダーの設立に伴ってメディア対策室を置くことになりました。あなたにはその室長をお願いします」

「あー……オルガマリー所長? わたしは一介の事務員なのですが」

「……? あなたは元々幹部候補として雇用されたと父から聞かされていますが? ともかく、もしここで辞めるつもりであれば記憶処理をしなくてはならないので、決断はお早めに」

(記憶処理……だとッ! わけのわからんトリガー技術とやらで脳を弄繰り回されるというのかッ!? ふざけるなァーッ! そもそも幹部候補など聞いていないッ! この……このクソ外道親子がァーッ!)

 退路はすでに断たれていた。それからは激務、激務、そして激務である。

 メディア対策室室長として吉良に与えられた仕事は広報、宣伝、プロパガンダ。市民に対してトリオン兵の存在とボーダーの活動理念を訴え、防衛隊員を集めるために学生にアプローチし、市民の反ボーダー感情を宥めるためのイメージ戦略を打つことだ。

 しかし、加速度的に増していく仕事は吉良に重苦しくのしかかってくる。

「オルガマリー所長。市内学校法人との協定は外務・営業部の仕事のはずでは?」

「もちろんそうですが、あなたも同行してください。メディア対策室はその性質上学校との付き合いも多くなる予定ですから、顔合わせは必要です」

 3連勤。

「……所長。このセキュリティ・クリアランスとやらは? カウンター・インテリジェンスですか? 新部署を設立したほうが……」

「……メディア対策室内に新たに部署を設立し、そこで運営します。幹部の人手が足りないので……お願いします」

 6連勤。

「…………しょ、所長。またボーダーへの反対運動が。学生を戦闘させるなと……会見の必要が……」

「……あ、うん……会見を行います。同行してください……」

 12連勤。

 今すぐ辞めたい。が、肝心の上司のオルガマリーですらボロボロになって勤務しているなかで辞めますとはとても言い出せない。会議室の横を見れば、同僚たちはわずかな時間でアイマスクをつけて仮眠している。彼らに至っては事務作業に加えて人手の足りない防衛任務にまで出動しているのだ。そのご苦労は想像できない。

 

 ◆

 

 そんな日々が数か月ほど続き、新しく雇い入れた事務員たちがようやく仕事に慣れ始めたころ。吉良吉影は忌み嫌っていた中間管理職としての責任というものをすっかり背負い込まされてしまい、10人を超える部下を抱え込んでいた。

(残業続きなのは変わりないが、なんとか睡眠時間を確保するぐらいは余裕が出てきたな……ああッ! わたしとしたことがこの環境になれてしまっているッ! この吉良吉影にとってやりがいだとか責任ある仕事だとかはクソ喰らえだというのにッ!)

「室長、こちらが第一回の入隊式で入隊予定の学生リストです。『メディア宣伝用に代表となる隊員を選抜せよ』とのことで」

「ああ、ご苦労……宣伝要員は見目麗しさだけでなく性格的なおおらかさも必要だ。わたし自らが面接を行うよ。下がっていい」

 部下が整理してくれたリストを眺めながら吉良は思考に耽る。ここで選抜された隊員は今後のボーダーの顔になってもらうことになる。軽率に決めるわけにはいかないだろう。

 

 煉獄杏寿郎。高校二年生。入隊試験でのトップ成績者。

 グレイディーア・アビサル。高校一年生。煉獄に次ぐ成績2位。

 後藤ひとり。中学一年生。少し若すぎるがトリオン能力でのトップ。

(跡部くんが宣伝役を引き受けてくれればこんなことで頭を悩ませずに済むのというのに。とにかく会ってみるか)

 そうして迎えた面接日。

 面接をしてみた印象として、煉獄杏寿郎は快活で元気がいいが正直すぎるきらいがあった。ボーダー批判の矢面にも立ってもらう以上、もう少し要領の良さそうな人材が必要だろう。

 グレイディーア・アビサルは理知的で賢そうな少女だが、表情が硬すぎた。彼女が大勢の人前で朗らかに笑う光景は到底想像できない。

(次は後藤ひとりくんか。見目も悪くなさそうだ。この年齢の女子中学生ならまずひねくれていることもあるまい。宣伝要員には純朴な素直さも必要だからな……)

 

 が、しかし。いざ面接室に現れた少女はワンセンテンスも意味の通じる言葉を発さなかった。

「あ、あび、あひゅっ……あ、あの、えと、あひっ、ひぃっ……す、すいませっ……ごめんなさっ」

「……」

 なぜこいつはボーダーに入れたのだ。吉良は頭を抱えた。

 おそらくはトリオン能力の高さに目をくらませた人事部がゴリ押したのだろう。

「……面接は以上だ。帰っていいぞ」

 面接時間、およそ10秒。

 場の空気に耐えられなくなったひとりは勢いよく液体状になって溶けた。

(……ッ!? なんなのだ、この生き物はァーッ!?)

 

 ◆

 

 それからも吉良の激務は続く。

 結局宣伝用の隊員には衛宮士郎という中学二年生の少年を採用したのだが、あろうことかオルガマリーは「宣伝要員の育成も対策室の仕事なのでよろしく」と仕事を増やしてくれやがった。

 雑誌の取材回答やテレビ出演なども吉良の仕事の範疇となった。他の幹部たちは防衛任務やらで手が回らないし、入ってきたばかりの事務員や隊員たちに任せるわけにもいかない。内心青筋を立てながらも、吉良はにこやかな作り笑いを浮かべてカメラに映る。

 

 ふと吉良はひどく恐ろしくなった。

 積み重なる仕事の量に恐れを抱いているのではない。その仕事をこなし、日付が変わるまで平然と残業をやってのける――かつて志した平穏で静かな生き方とは真逆の日々に慣れつつある自分が恐ろしかったのだ。

 ――いったい、この仕事漬けの日々はいつまで続くのだ? 定年退職するまで、ずっと?

(こ、こんなはずでは……わたしの人生……)

 平穏な生活。植物の心のような人生。勝ち負けやトラブルとは無縁の日々。今は遠くなりにけり。

 

 【メディア対策室長、吉良吉影の憂鬱】 完




手に執着するフェティシズムは持ってるけど殺人を犯すまでにはいかずなんとか社会と折り合いながら生活できてた世界線の吉良吉影。なおマリスビリーにその優秀さを見抜かれ、平穏な生活とは無縁の管理職に放り込まれる。南無三。
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