B級正隊員、後藤ひとり   作:加藤=アールパード・清正12世

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二十六話 六月十三日 防衛戦③

 ボーダー基地から500メートルほど西。放棄された家の屋根上で、跡部隊とともにひとりは待機していた。

 西にさらに数キロ先には、敵トリオン兵の集団が築城しつつある陣地が構えている。さしものひとりでも、あの距離に弾丸を届かせることはできない。

 

 すでに煉獄隊とアビサル隊の連合部隊が前線に出て、戦闘を開始している。このまま待機を続けていいのだろうか? という不安がひとりの心をよぎる。そんなひとりの心理を読み取ったのか、跡部が口を開いた。

「よし。ぼっち、いい機会だ。ネイバーフッドについてはどこまで知ってる?」

「えっ、はい。え、えと……向こう側に世界がいっぱいあって……トリオンを使って暮らしてる……とか、ですか? 惑星みたいに軌道をぐるぐる回ってる、みたいな」

 跡部は頷く。

「そうだ。簡単に言えば宇宙みたいな場所をいくつもの国がぐるぐる動き回ってる。そんで、トリガー文明間の戦争ってのはその周回軌道によって左右されてるんだ。国と国の距離が近くなったときだけ、ゲートを通じて向こうの国、世界に渡れる。だが向こうの世界に渡るには相応の船がいるし、その船を動かすにもトリオンがいる。わかるか? 一度に世界を渡れる人間や資源の数量には限りがある……するとどうなる?」

「え、えっと。攻めるほうが不利で、守ってるほうが有利になるってことですか?」

 ひとりは思った。つまり今は積極的に攻めることはせず、消極的に相手の出方を伺うべきなのだろうか。ボーダーにはベイルアウトシステムがあり、前線で隊員が落ちても、半日ほどあれば再復帰できる。守る側であるわたしたちは、できるだけ長期戦になるように努めるべきなのだろうか。

 しかし跡部は否定する。

「『攻撃は最大の防御』ってよく言うだろ? 常にこちらから攻撃し続けて、相手に悪さをする隙を与えない。敵を攻勢に出させない。それが戦闘のセオリーだ。敵に余裕を与えると、なにをされるかわかったもんじゃないからな」

「え、と?」

 ひとりは混乱した。攻める側が不利という話だったのに、攻めるべき? その困惑する顔を見て、跡部隊のシューターである宝積寺れんげはくすくす笑った。

「簡単な錯誤ですわ。跡部さんが最初に仰ったのは、戦略的な攻撃と防御のお話。そして次にひとりさんが仰ったのは、戦術上のそれです。この二つの違いはわかりますかしら?」

 優しく砕いて諭してくれるれんげの物言いにひとりは赤面した。自分の頭がさしてよくないことはわかっているのだが、それでも未熟さを呪わずにはいられない。きっと、こんなのは戦術論としては初歩の初歩なのだろう。

「ふふ、間違って当然、わからなくていいんですのよ。わたくしたちは若く、ボーダーという場所は何度間違ってもやり直せるシステムを作っている最中なのですから。大切なのは、これから学ぶことです」

 れんげの言葉を引き継いで、跡部は目を細めて敵の要塞を睨む。

「その通りだ……お前は初学者。せいぜい学べよ、ぼっち。聞いてるぜ、A級に上がるんだろ。ゆっくりでいい、考えることをやめるな。失敗を恥ずかしがるな。わからないことがあっても口を閉ざすな。周りの大人や俺様たちに聞け。お前の無知や未熟さを俺様たちは絶対に笑わない――」

 

 幾重にも言葉を折り重ねてくれた跡部を受けて、ひとりは今までのやりとりが単なる雑談ではなく、戦術のイロハを講義してくれていたのだとようやく理解した。自分の鈍臭さにも嫌気はさすが、ふと一つの疑問が浮かぶ。

 ひとりは勇気をふるわせて、自発的に疑問を口にした。

「……戦術的には、積極的に攻撃に出るほうがいいんですよね? じゃあ今回の敵はなんで攻め気がないんでしょうか……?」

 敵は不気味な沈黙を保っている。普段の散発的なトリオン兵襲撃に比べるべくもない大戦力。それに遠征艇の存在も確認されている。だというのに敵トリガー使いは姿を見せず、ただ築城陣地に籠ってトリオン兵のみによる持久戦を貫いている。

「そこだ。理由はいくらでも考えられるが……こういうのは突き詰めりゃ、ボーダー側の知らない事情や手札が敵にはあって、今すぐ攻められない、攻める必要がないってことになる。敵の目線から考えるってのは重要な思考法だぞ、ぼっち。ウェンリー隊風に言うなら『チェス盤をひっくり返す』ってやつだ。だろ、樺地?」

「うす」

 ひとりは考え込む。相手の立場になって考える。どんな理由があれば敵は攻めの手を放棄するだろうか?

 

 ◆

 

「時間をかけることで効果を発揮する秘策がある。もしくは敵の戦略目標が戦術的勝利に設定されていない。このどちらかでしょうね」

 

 南方の敵陣地へと爆撃を仕掛けながら、A級2位ランペルージ隊の隊長であるルルーシュ・ランペルージは冬月と通信する。

 

「前者を考察するのは難しいです。例えば時間を掛けることで基地ごと薙ぎ払えるようなビームのようなトリガーをチャージしているとすれば、打つ手はありません。時間切れになる前に叩くしかないでしょう。他にも、地上で新型……カスターでしたっけ。連中が地上に築城して時間を稼いでいる間、別のトリオン兵が地下に潜って坑道を掘っている、なんてのも考えられはしますが、ボーダーのレーダー網は地下にも張り巡らされているでしょう? ならすでにそういう線は消せます。つまるところ、想定できる策への対策はすでに出来ていますし、想像だにしない奇策をわざわざ対策するのはリソースを浪費する愚策ということです」

『そうだな。ならば後者の場合はどうだ?』

「はい……っと、すいません。また別の新型ですね。ラングレー! 右路地に回って制圧射撃! 深追いはしなくていい! ベルナドットは狙撃に移れ! 倒すことよりも時間稼ぎとデータ収集に専念しろ! 敵の装甲の厚さを測れ!」

 新たに表れたのは、まるで小型ドローンのような飛行型。旋回性に優れており、偵察と攪乱が主な用途だとルルーシュは即座に考察する。だがトリオン兵というのはカスタマイズ性に優れた兵種だ。一見して推察できる性能に惑わされると痛い目を見る。あのドローン型とて、自爆機能でも搭載されていれば火力面でも脅威となるだろう。

 ルルーシュは警戒しながらバイパーで追い込み、部隊員に指示を飛ばして殲滅する。そして改めて冬月と連絡を繋ぎ直した。

「はい、それで。やはり考えるべきは敵の戦略目標のほうでしょう。もちろんこちらも、考えられるパターンは無数にありますが……敵が市街地を狙う気配をまるで見せていない点が鍵だと思います。向こうの国の政治絡みか、冬月さんも最初に考えた情報収集目的というのが濃い線ですね。天羽のほうは仕方ないとして、アムロさんを温存するのは俺も支持します。基地内にはゲヒルン組もいますし、なりふり構わなければB級も出せるんでしょう? なら、今はA級と支部員をぶつけて反応を見る。これしかないと思います」

 

 こういう相手の心理を読む戦略はシカマルのほうが得意です、俺に聞いても凡庸な答えしかできませんから、早くアイツにもレベル4与えてくださいよ、とだけ付け加えてルルーシュは通信を切った。

 ルルーシュ・ランペルージという青年は、奈良シカマル、ヤン・ウェンリーと並んで卓越した戦術眼を持つと評される隊員だ。特にルルーシュはすでにA級に上がっていることもあり、こうして上層部からその知見を頼みにされることも少なくない。

 とはいえ、ルルーシュはその優れた能力ゆえに自身の能力の限界も熟知している。こちらから奇策を打ち相手の常道を破るというのならばともかく、相手の奇策を読み切って対策を取るというのはルルーシュの不得手とするところだ。こうしたイレギュラーへの柔軟な対応や切り替えしは、シカマルのほうがよほど優れていると彼は考えていた。

 

 ルルーシュはオペレーターたちから送られてきた情報を俯瞰し、姿を見せたトリオン兵相手にアステロイドの射撃戦を維持しながら思考する。

(敵の築城陣地……物質に残留するシールドか。技術は中々だ。耐久力もそれなりにあるが、ノーマルトリガーの域を出てはいないな。ドローン型もそうだ、運用次第では光るだろうが、あれでは持ち腐れだ……待てよ? この運用の稚拙さはもしや……今考えることではない、か? ともかく、旭川支部からの援軍との挟撃で滞りなく削り取れるだろう。人型ネイバーが現れれば上々、でなければこのまま殲滅してチェックメイトだ)

 冷静な頭で算盤を弾き、譜面を整える。優秀さゆえの驕りはあれど、かといってルルーシュはその計算の正確性を違えることはない。だとすれば、彼にあったのは純然たる経験不足である。

 

『こちら旭川第一部隊。敵トリガー使いと遭遇。交戦を開始する』

 ようやく現れたか。飛び込んできた通信を聞いて、ルルーシュは警戒を緩める。人型ネイバーの実力水準がどの程度であろうとも、旭川第一の練度に勝ることはそうないだろう。だが、次の瞬間に入ってきたオペレーターの報で彼の顔は歪まされた。

『……ッ! 旭川第一部隊、全滅です! 人型ネイバーはランペルージ隊のほうへ移動……この速さは!?』

(なっ、はっ!? 全滅だと!? 旭川第一の遭遇の報告から、一分と経っていないぞ!?)

 ルルーシュに足りていないもの。それは近界における戦闘経験の不足。かの世界には、常識を超えた、埒外の戦力というものが往々に現れる。ノーマルトリガー使いとてそのピンからキリまで玉石混交である。ましてやそれがブラックトリガーであれば。

 

 ルルーシュの視界に黒い閃光が走る。わずかに捉えられたのは、黒い甲冑のような装甲と、異形の銃口。

「ぐ、う、……くっ、イレギュラーァァッ――」

 その瞬間、ルルーシュ・ランペルージはベイルアウトしていた。

 

 ◆

 

 指令室は瞬間の沈黙に包まれる。機器の計測をしていた七神リンがそれを破って声を上げた。

 

「……トリオン出力の計測、振り切れました。間違いありません。ブラックトリガーです――」

「……これは、いかんな。アムロくんを温存する方針は撤回、今すぐ出撃させろ。野原くん、ブラッドレイにも出撃を指示だ!」

 冬月とオルガマリーは歯噛みする。まだ切れる手札は残っているとは言え、ジョーカーを切らされた。未だ敵の底が見えていないにも関わらず。




【元ネタ雑記】
・ルルーシュ→ギアスより。「ふっ!条件はクリアされた!」→「なんだと!? おのれ白兜ォォ!!(いつものBGM)」
こいつが調子に乗るとイレギュラーによって盤面がひっくり返される。美しいブリタニアの伝統芸能です。
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