気が付けば我の目の前には、膨大な数の皿が並んでいた。
これはある程度の宿代を残し、先に得たエリスを盛大に使って注文した結果である。
まず見て思うのは、明らかに1人分の食事ではないということだ。これからパーティーでも開くのかといった様相を呈している。
最初こそ大衆一般に紛れていた我も、食事の乗った皿が十を超え、二十に達する頃には、すっかり注目の的となってしまった。
我の座る席の周囲。ギルドの一角は、異様な空気で満たされているようだ。
数多の冒険者が、静かに飯を眺める我を、また静かに見つめている。
その目には、これから一体何が始まるんだという好奇が、若干の困惑と共にあった。
「…では、行くか」
まずは気力を奮って、フォークを手に持つ。
最初に手を付けようと決めたのは、楽しみにしていた芳しいアレ…茶色い何かこと『ジャイアント・トードの唐揚げ』であった。
早速、それにフォークを突き刺した我は、沢山の期待を込めて口へと運んでゆく。
次の瞬間に響いたのは、ガリという衣を噛む音だ。
まず感じるのは、塩気であった。
ただ塩気と言っても、単純な塩を由来とするものではないらしい。
焦げているようで、しかし惹きつけられる香ばしさ。少しの甘みや苦み。どこか魚類にも似た、なんとも言えない深みで満たされているのだ。
それだけで、もう既に幸せが溢れていた我の脳味噌。そこに今度は、じゅわりと吹き出した肉の脂が叩き付けられる。
それは、まずその熱によって、我の口を焼いた。
「はひゅ…」
声が漏れる。
それは、ただ熱にやられての喘ぎではなかった。原因は、一歩遅れてやってきた肉の味である。
肉本体については、特にこれと言って主張することのない、とても淡白な風味だろう。…しかし、これと衣の濃厚な味は、非常に相性の良いものだ。
そして溢れる脂が、それら全てを包括するように爆発し、我の味覚全体を刺激していた。
未だかつてない、圧倒的な美味!
その衝撃は余りあるもので、気付けば我は、口に含んでいたものを飲み下していた。
「…っ!」
またその味を得るべく、それを口に運ぶ。
2口目。
ガリと衣が素晴らしい響きを届け、それだけでも至高と呼べるような塩気が広がる。次いで口内が、肉の暴力で支配された。
咀嚼すれば繊維が解け、微かな弾力と、またもや溢れる肉脂…それは噛む都度、より肉らしい味を深めてゆき、それ以前より荒々しい主張を強めてゆくようだ。
飲み下す…そして矢継ぎ早に、3口目。
今度は噛み切ると同時、衣が剥げてしまった。
肉の量を凌ぐ、茶色い衣が口内に雪崩込む。…それは味であった。
非常に濃厚な、独特の旨み。その中でも決して主張を忘れない、肉の味。
徐々に形を失ってゆくそれは、ひょっとしたら肉より美味い何かである。
我の理性はもう、堪らなかった。
もはや味わうことすら忘れ、衝動に従って裸になった肉を頬張る。
幸福とはこういうものかと、
あの臭いカエルが、こうまで美味に成り果てるのか…
そんなことを考えながらも、身体は自然と2つ、3つと次々に唐揚げを口に運んでいる。
そこでふと思い出し、あの冒険者がやっていたように、そばに置いた酒…シュワシュワを流し込んだ。
「…!?…ッ…!!」
苦い!
それは唐揚げとは、また違った衝撃であった。
率直に言って、美味しくない。
その冷え切った液体は、アルコールに特有の嫌な風味だけでなく、独特の臭いがあった。…加えて、容器の底より溢れる泡の群れが、口の中で弾けてパチパチとしている。
……しかし何と言っても、その苦みだ。
思わず眉を顰めたくなる感覚に、少し急いて飲み下せば、喉がゴクンという嚥下する音を鳴らす。
喉を通って、腹の奥底へと届いてゆく冷感。そして弾ける刺激が、唐揚げの強く残った後味を押し流す。
口の中にはシュワシュワの苦みだけが残っていた。
その苦みから開放されるべく、口直しに唐揚げを頬張る。
やはり美味い。
我が手づから仕込んだ『勇者の肉塊』などとは比べ物にならなかった。
脂は強いが、しつこさはなく。…かといって、肉らしい主張の薄いわけではない。得られるものの全てが調和の取れている、素晴らしい美味である。
そして全ての肉を屠った後、流れるように皿の底に敷かれた緑葉を口に運んだ。
シャクと、小さく鳴る。肉汁を存分に染み込ませたそれは、若干萎びていながらも新鮮さを覗かせるもので、また非常に美味いものだ。
その濃い味を飲み下したあと、添えられていた赤い果実を口に含めば、少々硬めの皮がプチと弾け、溢れる酸味と微かな甘みで洗ってくれる。
もう1皿を平らげてしまった。
間髪を入れず、2皿目にありつく。
無論、即座に唐揚げを頬張った。
ひたすら繰り返すように口に運び、咀嚼し、嚥下する。
溢れる脂と香り、塩気で満たされ…そしておもむろにシュワシュワだ。
気付けば容器の取っ手を握りしめ、ぐいと傾け、苦いそれを流し込んでいた。
無論、まずい。…だが、爽快だ!
明らかに不味いそれを、ゴクゴクとこれ見よがしに呑み続ける。
容器の大きさに対して、我の口の小さいが故に、飲み切れなかった分が零れて顎を伝ってゆく。…が、気にせず必死に流し込んだ。
そしてシュワシュワの苦味から逃れるように、唐揚げをとって齧り付く⋯⋯
そうしていると、服の内側には熱気や湿気が篭ってくる。
呼吸は荒くなって、熱によるものか酒によるものか、頰が火照っている感じもしていた。
そこで旅の服の胸元を緩め、空気の通るようにする。また、汗によって張り付いて鬱陶しい髪を、適当な紐によって後ろに纏めた。
これで少しは涼しくなるだろうか。
「ふぅ⋯良し」
それから唐揚げを、また腹の奥へと投げてゆく。…やがて2皿目も平らげると、今度はあのエビのような食物に狙いを定めた。
オレンジ色のドロッとしたタレに絡んで、刺激的な匂いを発するそれ。どうやらエビチリという種類の料理らしい。
手を伸ばし、皿をこちらへ手繰り寄せる…と、その瞬間、我に話しかけるものがあった。
「よぉ、いい食いっぷりだな!」
振り返って、声の主を見る。
相手はくすんだ金髪の目立つ、いやらしい表情をした男であった。
「美味そうだし俺にもそれ、分けてくれよ。ついでに酒も奢ってくれ」
彼は平然とした表情で、そのような意味不明な発言を宣った。
なんだか容姿は整っているのだが、あまりに酷いな。
こんな堂々と振る舞うタイプのクズは、我でも見たことがないレベルだ。
「ふむ、貴公。名は何と言う」
男は柄の悪さを全面に押し出しながら「あん?」と相槌を打った。…それから一拍おいて、我の言葉を理解したのか返事をする。
「あぁ、俺はダストってんだ。…しかし急にどうした?俺に興味でも湧いたのか?…だったら残念だったな!生憎と、俺はお前みたいなちんちくりんは好みじゃねぇんだ。俺はなぁ、胸がデカくて、ケツも……」
なにやら自分の趣味嗜好を語り始めた彼を見ていると、腹の立つような、あるいは懐かしいような…何とも言えない感情が湧いてくる。
パッチ、だろうか。
ふと脳裏に過った、ハゲ頭の顔。ニヤニヤとした笑みをずっと浮かべたアイツとこの男の振舞いが、どうにも重なって見える。
声も顔も全く違うというのに、どうしてだろうか。
「……まぁ要するに、顔はいいけど、サイズ感が足りないな!」
そう言って締めくくった彼の表情は、いたく満足気であった。控えめに言って、最低である。
もっとも、こういうやつは嫌いになれなかった。
欲深くて俗っぽく、それでいて図々しい。その中に得体の知れぬ愛嬌を見出だせてしまうから、如何ともし難いのである。
「もう良いぞ、お前のことはだいたいわかった。さて、我のものなら構わぬから、自由に取っていけばよい。酒も好きなものを⋯」
結局我は、彼に食事と酒を恵んでやることにした。
まぁ、少しくらいなら問題はないだろう。
「ダスト…あんたついに、こんな子供からもカツアゲするようになったのね」
「あ?…おい、リーン!ちげえよ!こいつはガキじゃねえって!」
そうして諸々を渡そうとした寸前、どうやらダストの知り合いらしい女が現れた。
彼女はダストのことを、まるで貴族が混種を見るが如き、とてつもなく蔑む目で見つめている。
「ごめんね!ウチの人でなしが迷惑掛けちゃって!」
「…だから、ちげえって!」
そう言って我に振り返る姿は、とても溌溂そうで可愛らしい少女そのものである。
きっとその右手でダストの頭を抑え、下げさせていなければ、もっと綺麗に見えたことだろう。
「待てって、話を聞けって!」
「なによ、『ガキじゃない』なんて言い訳は聞かないわよ?…嘘吐くにしても、もっとマシな嘘ついたほうがいいと思う」
「いや、噂になってるじゃねぇか。聞いてねぇのか?ジャイアント・トード・スレイヤーのこと」
様子から察するに、リーンと呼ばれた彼女は、どうやらダストという男のブレーキ役らしい。
遠目から見つめる冒険者たちの会話からは、このようなことが前にも起こっていることを仄めかすような…例えば「またやってんのか」といったような台詞が次々に聞こえてくる。
「ジャイアント・トード・スレイヤー…?」
「そうだ」
リーンは訝しげに聞き返した。
それは半信半疑というには、あまりに疑いの色の強い問い掛けであったが、おそらくダストはそれに気付いていない。
「めちゃめちゃ若く見えるが、実は年増のガキが、街の外でジャイアント・トードを狩りまくってるって話だ。…さっき受付の話を盗み聞いてたんだが、どうやらそれがこいつらし、い……」
我が見つめていたことが理由だろうか。彼は途中で言葉を止めてしまった。
「なんだ、続けないのか?」
様子からして無理そうだが、ダメ元で催促してみる。
彼の語り口は、我の想像以上に好ましいものであった。
言葉のひとつひとつに、デリカシーという概念が存在しないのが良い。記憶に残るヤツそのものである。
「あ〜…怒ったか?」
「…当たり前だろう?」
もっとも、実際は怒っていない。
ジャイアント・トード・スレイヤー…そのあだ名についても、彼の我に対する酷評についてもだ。むしろ無礼もこれほど極まれば、清々しいまであるだろう。
我はそんなことを気にするほど、女々しい褪せ人ではないのだ。
どちらも、謂われはある上、別に潜んでいたわけでもあるまい。聞かれたり見られたりしていても、何ら不思議ではないのだから。
……とはいえ我は、この手の質問には、厳しく返すことにしていた。
こういう手合いはそうしたほうが、より面白いことになる。少なくともパッチはそうであった。
そしてきっと、ダストも同じタイプであるに違いない。
「なんだよ、ただの冗談じゃねぇか。」
瞬間、リーンがダストのほうを見た。あるいは驚いているようにも見える反応、きっと彼の発言に耳を疑ったのだろう。
もっとも、なおもダストは気付いていないようだ。…些か彼は、危機察知能力に欠けているのではないだろうか。
「あんたねぇ!いい加減に…」
「ちょっ…おま、」
とうとうキレたリーンが、ダストの首根っこを掴んだ。
そしてそのまま「本当にごめんね!後で謝らせるから!」等と言いながら、彼を連れて行こうとする。…しかしその展開は、あまり面白くないな。
「まぁ、待ちたまえ」
彼らをひとまず、呼び止める。
「そう、酷いようにはせんよ。さぁ、そこに座ってくれたまえ」
ひとまず二人を席に着かせることに成功した我は、紆余曲折あって、彼らと食事を共にすることと相成った。
失礼を働いた詫びということにして、半ば強引に誘ったのである。
それから暫くは、自己紹介や雑談などをしながら、飲んだり食ったりをしていた訳だ。
「勝つか負けるかするまで戦い続けるとか、お前はバーサーカーか何かよ」
ダストは若干引いたようにして、そのような言葉を発した。
ジャイアント・トードを、あんなにも討伐していた理由。それについて答えた結果である。
片手に持った骨付き肉に齧りつきながら、続けて彼は「死にたがりか?」と言った。
「まぁ、否定はせんよ。戦士を自称するくらいだ…むしろそうでなくてはとも思っているさ」
「でもさぁ、レジーナちゃん。そんな戦い方をしてたら、いつか本当に死んじゃうんじゃないの?」
実際死んださ、何度もな。
……喉元まで来ていたその言葉を、咄嗟にぐっと飲み込んだ。
「はは、生憎と悪運は強いのでな」
「そういうことじゃ、ないんだけどなぁ」
リーンのその言葉を笑って流しながら、酒もまた流し込む。
酒を飲むと、話が弾む…どうやらそれは、本当のことであったらしい。
語りたい話から、語るつもりのなかった話まで、気付けば口からスルスルと飛び出ているのだ。
「その手の無謀には事欠かんよ。以前にも血の指⋯そう呼ばれた者たちを相手取った事があってな。奴らは執念深く、厄介なものたちだった」
「血の指?」
聞き返す声に、うむと返事をする。
「アレと最初にあったのは、我が旅を始めてすぐの頃であったな。白面のヴァレー…確か、そう名乗っていたはずだ」
「人語を喋れるモンスターか。…絶対ロクなヤツじゃねぇだろうなぁ」
ダストは、ブルリと身を震わせた。
嫌に実感のこもった声である。様子からして、その人語を喋るモンスターとやらに、何かされたことがあるのだろうな。
もっとも、ヴァレーは人なのだが…あえて訂正する意味もなさそうだ。
少なくとも精神性については、人外の類であることに違いはない。
構わず話を続けることにした。
「ヤツは、まだ右も左も分からぬ我を唆しに来たのだ」
我は二人に、青白い指を見せ付けた。
普段は手袋によって隠しているが、この青褪めた指は、今だに強烈に呪われていた。
ただ爪ばかりが血によって赤く染まり、殺戮に誘うように、強く、甘く疼いているのだ。
「これがヤツに、モーグウィン王朝に誘われたときの名残だ」
「ほぉ、これがねぇ…確かに変な感じがするな」
彼らは興味深そうに見詰めるが、我は早々に手袋を付け直し、隠すことにした。
あまり披露するものでもあるまいし、視線に反応してか、痛痒いような感覚がしたのである。
「この処置を終えるなり、モーグウィン王朝に転移することができるという特別な印を、随分と大事そうに渡してきたのだ」
「場所は限定されるけど、テレポートが使えるマジックアイテムってこと?」
「テレポート…とはなんだ?」
「指定した場所に瞬間移動できる魔法だね」
リーンの質問に「そうか、だったらそうなるな」と返すと、彼女は「そんなすごいアイテムを簡単に渡しちゃうんだ」と目を輝かせた。
どうやら彼女は魔術師だったようで、この手の話題には興味を惹かれてしまうらしい。…いや、あるいは、あきらかに貴重そうなアイテムそのものに惹かれているのか?
少なくとも我には、マジックアイテムも、テレポートも、あまり価値の分からぬ品であった。
「確かヤツは、それを渡しながら…うろ覚えだが、王朝が開闢。つまり大々的に始まりが宣言された暁には、これを使って謁見するといいと言っていたな」
「転移する、ねぇ…でもよ、絶対にロクでもない場所だろ。そのモーグウィン王朝ってとこはよ」
その考察も尤もであった。
実際これまでの話で、白面のヴァレーやモーグウィンについて、まともであると思わせるような話はしていない。
そも、正気でないのだから、そんな話が出来ようはずもないのだ。
「実際、碌でもなかったよ」
「…は?たしか王朝が開闢しないと、それ使えないんだろ?行けないっていうのに、なんで分かるんだよ」
「違うな。開闢したら、使うといい…そう勧められていただけだ。その印自体には、既に必要な効果は込められていたのだよ」
「レジーナちゃん、もしかして…」
流石に人でなしの行動には慣れているのだろう。
どうやら我のしたことに察しがついたらしいリーンが、恐る恐るといった様子で呟く。
「そのまさかだ。散々面倒なことをさせてくれた礼にな、眼の前で使ってやったのさ!ヴァレーのやつ、あの白面の下は、きっと面白い顔をしていただろうなぁ…」
エビチリのエビらしきものを、一つ頬張る。
ピリという微かな刺激がまずあって、香辛料のスパイシーな香りが溢れかえった。
エビ自体も瑞瑞しく、噛む度に弾けるようだ。ならず者の調理したザリガニとはまた違って、とても味わい深いものである。
ふと気になって彼らの様子も見れば、どうやらダストには遠慮という概念が存在しないようた。我が勧めたとはいえ、もう好き勝手に飲み食いしていだ。
反対に、リーンの方については、まだ全然箸が進んでいないらしい。
我は「リーン。君も、自由に食べたまえよ」と勧め、返事を聞かずにエビチリを飲み込む。
「んぐ、ぐっ。はぁ…っ!…でな、面白いのはここからだ!」
またシュワシュワを口内に流し込み、一息吐くなり、続きを話すために口を開いた。
どうやら…我も酔っ払ってきているらしい。
身体が熱く火照って、気分が高揚したまま落ち着かない。そこはかとなく呂律も回らないような気がする。
褪せ人とは不死だ。
不死故、酔うこともないと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。
あるいは知らぬ言葉を聞くことができ、知らぬ字を読めるように、これもまたその類のものなのだろうか。
ふと我の話を真剣に聞いてくれた彼らを見る。
気付けばリーンもパクパクと料理を口に運ぶようになっていて、ダストについてはかなり満たされている状態であるようだ。
良いことである。
我もまた、我の話を聞くものがいるという状況に浮足立って、話すペースはまったく落ちないでいた。
「しょこ…そこでな、我は言ってやったんら。『お前の王朝は臭すぎる、こんなものを開闢したら大迷惑だ!そのまま地下に籠もって、蓋をされといてくれ!!』とな。そしたらモーグのやつ『我らの王朝を愚弄するか!』とかなんとか言って、激怒しながら襲ってきたんらよ」
「お前…っ!流石にそれはやべぇだろ!!」
笑いを堪えながらそう返してくるダストに、我はニヤリと笑って言ってやった。
「無論、逃げたさ。」
「王様に…っ!文句だけ言って、逃げるとか……っ!!」
次の瞬間、我も二人も笑い出す。
正直、理性の部分では、それが大して面白くない話であるとは理解していたが、それでも楽しくなってきたのだ。
今はもう、どんな事を話しても笑える気がした。
ただ、モーグウィン王朝に初めて訪れた時の話には、もはやこれ以上の引き出しはない。
そろそろ括るか、別の話を出すべきだろう。
ただそれはそれとして、やりたいことが一つ、思い浮かんだ。
「そうだそうだ、その帰り道にな。血の貴族どもから、武器を1つ拝借してきたんら!余ってるから一本、貴公らにも分けてやろう」
血のヘリケーを一本取り出すと、それをダストとリーンの間にドンとおく。
それは精巧な装飾が施されながらも頑丈さを兼ね備え、相手に出血を強いる残酷な武器である。
かつて血の貴族によって使い込まれたヘリケーは、どこぞの廃墟より強奪したものと比べて少し欠け、しかしより血の染み込んだ特別な品であった。
「ホントに!?もらっちゃっていいの!」
それに大きく反応したのは、意外にもリーンであった。
モーグウィン王朝関連の話には、血に関する魔術や、その類の道具が頻繁に登場する。
魔術師として興味の唆られるところがあったのだろう。
「あぁ、いいとも。売るなり刺すなり溶かすなり、好きに使ってくれたまえ」
さて、それから暫くあの二人と飲み続け、あれだけあった食事の山も、もはや完全に食べ切る頃である。
ダストとリーンは、どうやら寝てしまったらしい。
我は既に酔いから冷めており、支払いに必要なエリスを計算しているところであった。
結論から言うと、結構まずい。
宿代を相当に余裕をもって見積もっていたため、支払いきれないということはなさそうだが、もはや料理の一品を頼むことすら厳しいだろう。
当然、宿など泊まれる訳もなく…それ故、今晩は残念ながら野宿である。…と言いたいところだが、彼らの話すところによると、どうやら冒険者は馬小屋を借りることができるらしい。
そこで夜を明かす駆け出し冒険者も少なくないという。今宵は、我もその一人というわけだ。
ひとまず、手頃なギルドのものに声をかけた。
「なぁ、会計を頼みたいのだが…」
「はい、ではこちらに!」
さて、必要分を支払って、残ったエリスを握りしめた我は、不思議な充実感を堪能しながら、冒険者ギルドの外に出た。
巨人山嶺を思い出すような、ひどく涼しい夜風が肌を撫でてゆく。
身体が火照っているせいか、それともアクセルの土地柄なのか、随分と寒く感じられた。
掴んだままだった取手から手を離す。
そうすると、軋む音を立てて自然と扉が閉じ、それに比例して、ギルド内の喧騒や熱気も徐々に遠ざかってゆくようだ。
ばたん。
不意にそのような音がすると、今まで気付くことのなかった深い夜が、突然に現れた。
見上げれば、空には満天の星が飾られて、小さいが満月も浮かんでいる。…何も寂しくなる理由など無いはずなのに、どうしてだろうか。
夜空を見ても、今は何も見出せない。ひどく、つまらないものであるように思えるのだ。
先程までとは全く違う世界観に、徐々にしんみりとした気分が滲んでくる。
あぁ…しかし今日、この世界に来るまで、そのような情緒に浸れる日が来るなんて考えてすらいなかったな。
なんとも言えない感傷に耽り、しかし淡々と歩いてゆく。
やがて、すっかり人気のなくなってしまった大通りに出れば、そこには夜の暗さ…そして静けさだけが残っていた。
まるで呑み込まれるような錯覚に襲われる。
「夜の騎兵でも出てきそうな雰囲気だな…」
独り言を呟いてみるけれど、どうやら何の慰めにもならないらしい。
仕方がないので、黙って馬小屋へと向かう。
その最中、ふと、かつての同志を思い出した。
ネフェリ・ルー。
あの娘にも一度、この世界を見せてあげたいと思ったのだ。
アクセルという街は、きっと王になったからには、一度は夢見る理想だろう。彼女にとっては、良い刺激になるはずだ。
……いやしかし、王となった彼女は、もうリムグレイブを再興させていたかもしれないな。
我に仕える兵士からは、特にこれといった報告を受けることはなかったけれど、彼女の手腕。そしてカリスマがあれば、その程度、出来ていてもおかしくはない。
もっとも、あの世界の結末を考えれば、彼女もきっと⋯いや。今となっては、もうどうしようもない後悔だろうか。
「あぁ、だめだな…どうにも気分が落ち着かない」
そして思わず呟けば、その瞬間、背後より肩を叩かれた。
きっと触れたのは、素手だろう。人肌に特有の感触が直接触れる。
振り返って「なんだね」と、その相手に行動の意図を問えば、彼…今朝にも世話になった、あの親切な衛兵の姿があった。
もっとも彼の格好に衛兵らしさはなく、この街に暮らす一般的な市民といった風貌である。
そして彼は、非常に呆れたようにして言うのであった。
「君、服は…着ようか。もう二度目だよ。落ち着かないのは結構だが、外で脱ぐのはやめてくれ」
・褪せ人の手料理
製法書さえあれば、割と多様な料理を作れるだけの器用さはあるけれど、そのほとんどが不味そう。
得体の知れない謎肉を使ったり、人血の混じった材料を食材扱いすることもある。
・リーン
たぶん素面に戻ったら、エルデの王ちゃんからもらった血塗れ武器を見てビビり散らかす。
・ダスト
エルデの王ちゃんが得体の知れない存在であることを知ってなお、次の日もカツアゲを仕掛けにいくチンピラ。
流石ダスト!俺たちにできない事を平然とやってのけるッ!そこにシビれる!あこがれるゥ!
・血のヘリケー
素の火力も高いのに、出血の割合ダメージも与えられるってマ?
回避をしながら高火力をブチ込める戦技もあるし、もう字面だけ見てもクソ強いやつである。
・エルデの王ちゃん
美味しいもの食べて、お酒もいっぱい飲んで、汗いっぱいかいたエルデの王。
拙者、じとぺた幼女概念すこすこ侍と申すもの…義によってPixiv検索をおすすめ致す……
ちなみに酔っ払うとめっちゃ喋るタイプ。冷静に見えるけど、実際は正気を失っているので、さも当たり前のように脱衣する。