ハルウララが何故、この学園に受かれたのか。その真理を読み解く。
私はこのトレセン学園の職員である。とは言ってもトレーナーという訳ではなく、人事部に所属している。中でも、面接官の仕事はよく任される。
今までも、何人ものウマ娘を不合格にし、同時に合格にしてきた。あそこで合格にしていれば、あるいは不合格にしていれば、もっと輝くものもあるのかもしれないと後悔することもたまにある。だが、私にできるのは事前に渡された資料と本人との会話を経て当人がこの学園に見合うかどうかを見定めるのみである。
ずいぶん長いことこの面接の椅子に座ってきたが、会ってきたウマ娘は皆多種多様な個性を持っている。光るものを持っている子も何人もいた。それこそ、私が担当した子は例えばシンボリルドルフであったり。ミスターシービーであったり。或いはトウカイテイオーであったり。
他にもたくさんあったが、そういった後に名を残すウマ娘というのは、面接の事前資料で既に才能をまじまじと書き連ねている。勝利数、動機、どれをとっても頂点を取れる素質があることがよくわかる。
シンボリルドルフはいい例だろう。目的が「すべてのウマ娘の幸福」という、勝利と敗北のある世界ではあり得ない、夢物語をまじめに抱えているウマ娘。しかし、その夢物語が達成できるかもしれないと思うほどのカリスマ性と実力を兼ね備えている。
ミスターシービーのような天才もいる。「自由に走ること」を是とする彼女は、癖はあれど天才そのものだ。
トウカイテイオーは、喋り方や資料から勝利だけを重ねているウマ娘でないことはよく分かった。敗北と勝利、それらを経験している。が、それにしては喋り方や考え方が夢に満ちている。「シンボリルドルフのようなウマ娘になる」という夢も、実現できる可能性があると思わせるほどに明るい性格をしていた。
あの天性の明るさは、不屈を生み出すことは目に見えていた。
そういうわけで、ここに受かる生徒というのは誰もが勝利を間違いなく経験していて、それなりに自分らしい目的や人生観というのが出来上がっている。
だからこそ。
私は、あの子が面接に来た時、凄まじい衝撃を受けたのだ。
「ハルウララさん。よろしくお願いします」
「はい!よろしくお願いします!面接官さん!」
元気発剌な声で返事が返される。笑顔と希望に溢れた性格をしていることはよく分かった。が、私は依然として納得いかなかった。
「ハルウララさん、まずこの学校を受けようと思った理由は?」
この資料を見れば分かる通り、彼女は負けてばかりだ。恐ろしいまでの敗北が重なっている。ここまで負けているウマ娘というのはそういない。もしや、思い出受験なのではないかと邪推すらしてしまう。
「私はもっとたくさん走りたいので、たくさん走れるこの学校に入りたいです!」
非常に抽象的だ、と感じた。「走りたいから」という理由を言う生徒はいるにはいるが、誰もがそこに枕詞をつける。例えば、「先頭を走りたいから」と答えたサイレンススズカというウマ娘もいたはずだ。ただ、「走りたいから」。それだけの理由でここに入ろうとしている。
「…ありがとうございます。続いての質問です。貴女の長所と短所はなんだと思いますか?」
一旦置いておいて、次の質問に移る。
「私は、走るのが楽しいことが長所で、いっつも負けちゃうところが短所です!」
キッパリと彼女は言ってみせた。「走るのが楽しい」のは全ウマ娘共通であるし、普通は「いつも負けてしまう」などという言葉、素面で言えるわけはない。このまま彼女の矛盾を避け続けては彼女の根本的な部分がわからないだろう、と思い、ついに質問に踏み出す。
「…この学校が、日本一のウマ娘教育機関であることはご存知ですね?」
「はい!」
「なら…何故、この成績で受かれると考えたんですか?」
トレセン学園は、そんな負けばかりの成績で受かれるほど甘くはない。
「受かれるかどうかは分かりません!」
私は、豆鉄砲でも食らったような印象を受けた。受かれるかどうかは分からない。つまり、結果が返ってくるまでは分からないと考えているということ。
「ですが、この成績で受かれるとは、私だったら考えません」
「面接官さんはそうなんですか!?もったいないです!やってみなきゃ分からないのに!」
…ここまで特殊なケースは私でも初めてだ。過去には「ゴールドシップ」という不思議なウマ娘もいたが、彼女の中には間違いようのない「勝利への渇望」が見られたし、実力はあった。
が、彼女はどうだ。実績は負けばかり。それも、ただの負けではなく後半の順位が多い。ここまで負けていれば、そもそも走る道を選ばないはずだ。抽象的で分かりにくい、何故、彼女はここに来たんだ。
いまだに明るい顔を浮かべる彼女は、何を考えているのか分からなくなる。
「…走るのをやめようと思ったことはありますか?」
半分くらい、興味で聞いてみた。ここまで走ることに執着している彼女は、諦めたことすらないのではないだろうか。
「無いです!」
…やはり、ない。
私は、彼女の桜の模様が浮かんだ瞳に、狂気を見た気がした。その目に当てられて少し冷静になったのか、私は恐ろしい事実に気づく。
「…貴女、今まで怪我したことありますか?」
「ありません!」
彼女の資料には戦績が載っているのだが、試合数が非常に多い。ここまで戦っていれば何かしら怪我を負うのが普通だが、履歴書に怪我のことは全く書かれていない。無事是名バ、ここまで戦っておいて怪我のない子は、相当昔に見た、三冠、いや、五冠を取っていた彼女以来かもしれない。
「それはすごいですね。ですが、この学園は怪我をしないだけでは入れられません」
「?」
「…」
沈黙が訪れる。彼女は自分がこの学園を受けたことに疑問を持っていない。それが摂理であるかのように、足をゆらゆらと揺らしている。
これは困った。何か、大きな本質を見逃している気がしてならない。この子の本質、何かある。
…
質問してみよう。
「友達は、多いですか?」
「うん!多いです!たっくさんのお友達が私を応援してくれるの!だから、次のレースは勝つんだ!」
直後に彼女は自分が敬語をつけ忘れたことを「ごめんなさい!」と謝りながら、それでも笑顔は忘れなかった。
なぜ、私がこんな質問をしたのかというと、彼女に私が見逃しているカリスマでもあるのかと思ったからだ。ここまで無謀な話、普通は周りの人が止める。が、彼女はここまで来た。なら、カリスマ性でもあったのかと考えた。
確かに、友達には好かれているようだ。しかし、彼女にやはりカリスマ性があるとは考えられない。夢に満ちた気迫も、勝利への執念もないように思える。人並みの願いと人並みの勝利への渇望を持って、走ることにのみ執着している。
「…」
私はそこに、何かを感じた。カリスマ性によく似ているが、絶対に違う。ミスターシービーが持っていたそれに似ているような気もする。
私は、彼女の本質を問う質問をした。
「貴女が走るのをやめるとしたら、どんな時ですか?」
「うーん、やめません!多分死んじゃう時だと思います!」
どんなウマ娘も、引退の時期を考えている。自分の体に限界がきた時。夢を叶えた時。いろいろな回答があることだろうが、死なない限り走り続けると、堂々と公言できる彼女に、私はつい笑みがこぼれてしまった。
「唯一抜きん出て並ぶ者なし」。この学校の校訓である。誰かより抜きん出ていれば、てっぺんをとれる。
彼女の
やっと分かった。彼女がなぜ、友達が多いのか、そして、ここまで私が惹かれているのか。
何度負けても、何度泥を被っても、何度土の味を知っても、それでも、泥臭く走り続ける。常に明るく諦めることはなく。
その天真爛漫な明るさが、人を最大限に引きつけるのだ。
誰よりも負けているであろう彼女が、誰よりも諦めが悪いというのは、運命の巡り合わせなのかもしれない。
「…なるほど。面接は以上です。が、最後に一つだけ、個人的な質問を」
「?」
「もし、すべてのレースを勝ったらどうしますか?」
「えー、どうしよう…!」
ハルウララは、そんなこと考えたこともなかった、と頭を抱える。少し間を開け、彼女は発した。
「とりあえず、人参たくさん食べたいです!」
やはり、勝った時のことや負けた時のことなど考えていないほどに真っ直ぐで素直なことが彼女の長所なのだろう。
「そうですか。叶うといいですね」
「はい!」
これで、ハルウララとの面接は終わった。私は、「彼女であればこの学園に大きな変化を与えるかもしれない」と考え、合格通知を送りつけた。
今思い返せば、本来聞くはずだった質問をすっ飛ばして彼女の本質について聞いていた。そうやって人を惹きつける力があるというのも、彼女の才能なのだろう。
今の彼女は、やはり変わらず負けている。ほら、たった今も五位を取った。対戦数は二桁後半に突入しているというのに、依然として挑み続けている。実力差も考えず。しかし、彼女は圧倒的な数のファンを抱えている。ファンの人はこう言う。
「ウララちゃんを見ていると明日も頑張れる」と。彼女ほど不屈の存在を見ていれば、勇気が湧いてきてしまうのも摂理に思われる。だから、たとえ彼女が負け続けていても彼女を非難する人は一人もいない。皆がいつか勝てると信じて、今日も応援しに来ているのだ。
誰もを惹きつけ、知名度を上げ、また誰かの心を奪う。そういう、天性の魅力が彼女の本質だったのだろう。ここの学園の会長も、彼女を別視点で慕っているという話を聞いた。彼女は途中までずっと負けなしであったわけで、それと相対的に負け続けている彼女は、会長の目的である「全ウマ娘の幸福」に一歩近づける存在かもしれない。
ともかく。目的や才能以前に、彼女に涙は似合わない。
彼女はいつ、勝つのだろうか。彼女はいつか、勝てるのだろうか。
…こんな思考をしてしまった時点で、私もすでに彼女の虜なのだ。
ハルウララ
生涯成績113戦0勝、負け続けたことで多くのファンを獲得し、社会現象すら起こした名馬。体が丈夫。
面接官
人、いや、ウマ娘を見る目があるらしい。元はアメリカでとあるウマ娘のトレーナーをしていたという。お気に入りのTシャツは大きく「big red」と書かれている真っ赤なTシャツ。